以下は「綺羅五芒星」の前置きである。
純粋に小説を読みたい方、特に必要の無い方は、読み飛ばして頂いても構わない。
「綺羅五芒星」(以下、当作)においては、物語の性格上、中国の星官、あるいは五行説について多少の知識を交えながら、お話しをすることが多い。
話の形式として、そういった知識が無い人にも、ある程度はニュアンスでもって楽しめるようにするつもりではあるが、やはり、古代からの信仰上の話となると固有名詞が多くなり、煩雑になると思われるので、ここで、前書きに代えて、少々の解説をしようと思う。
この説明自体も長く煩瑣ではあるが、今後、当作を楽しんでいただくうえで必要かもしれない部分なので、お付き合いいただきたい。
まず、中国には古来より、星官というものが天空上に置かれてきた。
それは現代における八十八星座と同じく、特定の星の繋がりを作ることによって、天体の運行を観察するためのものであるが、現代における「星座」と違うのは、単独の星でもって性格を語られたり、各星官に応じて「~が起これば、~となる」という理屈付けがなされていることである。
例えば、心、房という星舎がある。(この星舎という言葉についても後述する)
これは、いまの蠍座の位置にあり、
──ここに熒惑(火星のこと)が侵入すると、不忠の臣が殺される。
──また、彗星が現れた時には、市(居住区)を徙したり、都を易えたりするべきである。
──また、客星(見慣れない星)が出れば戦争が起き、消えれば高貴なものが喪びる。
といった具合で、各々の天体区分に対しての解説がなされて、それが例えば予言であったり、政治的な動機になっていた。
当作では、これに忠実に従いはしないし、フルに生かそうと思っているわけではないが、ある程度は反映させるつもりである。
なお、種種の記述に関しては、中国語版のウィキソースにある
「史記 巻二十七 天官書 第五」
を参考にしている。興味があり、かつ漢文が読める、または読みたい方は、ぜひ一緒に楽しんでいただきたい。
さて、当作で重要視している星官の内でも、ことに重要視しているのは
紫微垣
太微垣
天市垣
及び
二十八宿
である。
紫微垣は、北極星と、その周囲に置かれた星からなる星官集団の呼称で、その中には紫微宮(つまりは天帝の居住区)が置かれているとする。
太微垣は、今で言う獅子座を含んだ星官集団の呼称で、その中には天庭が置かれているとする。この「庭」とは英語でいう「ガーデン」のことではなく、「宮中」という意味で、つまり「天の政務を行う場所」と見做されている。
天市垣は、今でいうヘラクレス座や、へびつかい座を含んだ星官集団の呼称で、その中には天市(天の住民の居住区)が置かれているとする。
この三つの巨大な星官集団を取り囲っているのが、二十八宿である。
言葉の通り、二十八の星官と、その周囲にある星々で区分されたこれらは、今の黄道十二宮と凡そは同一の場所に在る。
二十八に区分された星官たちを、それぞれ、「星舎」と呼称する。なぜ「星宿」と呼ばないようにしたのかは、後々わかるので、ここでは説明しない。
この星舎たちは、時期ごとに四つに区別され、それぞれを
秋から冬のものは「東宮蒼龍」
冬から春のものは「北宮玄武」
春から夏のものは「西宮白虎」
夏から秋のものは「南宮朱雀」
と、呼び表して、暦の目安とした。
それぞれに属する星舎は以下の通りである。
東宮蒼龍:角宿、亢宿、氐宿、房宿、心宿、尾宿、箕宿
北宮玄武:斗宿、牛宿、女宿、虚宿、危宿、室宿、壁宿
西宮白虎:奎宿、婁宿、胃宿、昴宿、畢宿、觜宿、参宿
南宮朱雀:井宿、鬼宿、柳宿、星宿、張宿、翼宿、軫宿
前に「二十八に区分された星官たちを、星宿と呼ばない」としたのは、南宮朱雀の中に、まさに「星宿」という星舎があるためである。
また、当作では五行思想に関連する知識も織り込んで書く。
こちらは日本でも馴染みの有る考え方だし、ネット上にも様々に情報が掲載されているため、わざわざ説明はしない。
当作では、この五行思想における相生、相剋、その他の考え方について、こちらも全面に従いこそしないが、ある程度は則って書く。
以上が、当作における使用知識の説明である。
なお、実際の天文については筆者が知識皆無のため、当作ではいっそ考えずに書くことにした。これについては、「筆者自身の頭の中に広げられた地図上で、好きに書いているものだ」と受け取って欲しい。
そして、これは輪を掛けて酷い言い訳になるが、天官や五行思想についての失陥があった場合にも、「これは、あくまでファンタジーの類である」と思ってもらえれば、非常に助かる。
また、上記のような星官、五行、そして、ここでは書かなかったが中国の神仙妖怪を言及する関係上、固有名詞が多くなることを踏まえ、漢字を使う場所には全て、ルビを振る。人によっては邪魔かもしれないが、知識のない人にも、あわよくば年端のいかない子供にまで楽しんでもらいたいからしていることなので、ご理解をいただきたい。
何を言いたいか、というと
「ここまで上から目線でものを言ってきたが、お互いに肩肘を張らず、中国神話の世界を楽しみたい」
というぐらいの、軽挙な気持ちで書いているのが、この作品だ、ということである。
どうか、付き合える方には、最後まで付き合っていただけると、幸甚以外の何物でもない。