思わぬ助け
重い音を立てて倒れた巨大な体は、私の目の前でみるみる縮んで、獅子の耳と尻尾を持つ青年になった。
褐色の肌と豊かな長髪。気力を奪われてなお憎悪に燃える金の目を持つこの男性が、獣王・レオンガルドの本来の姿のようだった。
「お、おお……獣王が倒れた!」
「やった! 我々の勝利だ!」
他の皆が倒れ伏す中。無傷の王様とパトリック王子は歓声をあげて
「早くトドメを刺そう! パトリック、兵を呼んで来い!」
「分かりました!」
すぐに部屋を出ようとするパトリック王子に
「待って……私は殺すために、この人を止めたわけじゃない……」
苦しい呼吸の中で、なんとか引き止めるも
「あなたは何をおっしゃっているんですか!? その忌々しい獣人のせいで、どれだけの兵が犠牲になったと思っているんです!? アルメリアだってソイツのせいで死んだのですよ!?」
パトリック王子の反論に、それでも私は首を振った。
まだ獣王さんとは、ろくに話していない。
でも彼は「女子どもには用が無い」と私を見逃そうとした。
兵を護るために自害したアルメリアの勇気を褒め、反対に自分だけを護ろうとした王様たちを責めた。
今回はたまたま戦いになってしまったけど、きっと話の通じない無法者じゃない。
「きっとこの人には、この人の正義があるんだと思います……。なんでこんなことをしたのか、ちゃんと理由を聞きたい……。それまで処刑は待ってください……」
そもそも悪魔の指環を貸す時に、獣人たちを殺さないと約束したはずだ。
けれど、どうやら、それすら私を協力させるための嘘だったようで
「こんな恐ろしい人殺しの化けものまで庇うなんて! あなたはいったいどちらの味方なんだ!?」
「もういい、パトリック! 彼女のことは無視しろ! どうせその怪我じゃ長くはもたん! 彼女が死んで指輪の効果が切れる前に、兵を呼んで獣王にトドメを刺させるんじゃ!」
……ああ、最強の剣の時と同じだな。
人間は優位に立った途端、自分が虐げられていた時のことを忘れて、平気で相手を害そうとする。
命が大事なのは、攻撃されて痛くて悲しいのは、みんな同じなのに。
王様たちの態度に、獣王さんは動けないものの、激しい怒りの形相で
「おい、女! こんな卑怯者どものどこに生きる価値がある!? この呪縛を解け! 俺にコイツラを殺させろ!」
獣王さんに恨みは無いけど、私は彼の言葉にも首を振って
「私が絶対に説得するから……。お願い……。これ以上、誰も殺さないで……」
しかしパトリック王子が呼びに行くまでもなく、他の兵士さんたちが駆けつけて
「陛下! パトリック王子!」
「お前たち、いいところに来た! 彼女を拘束して、そのケダモノにトドメを刺すんじゃ!」
王様の命令に、兵士さんたちは戸惑った様子で私を見ると
「はっ……? しかし、その獣人を止めたのはカンナギ殿では? なぜ恩人を拘束するのですか?」
「いいからやれ! ここまで来て和平などあり得ん! またその恐ろしい獣人が我々に牙を剥く前に殺すんじゃ!」
絶対に王様たちを説得するって、獣王さんに約束した。
なのに実際は意識を保つだけで精いっぱいで、立ちあがることもできない。
そんな私の代わりに
「いい加減にして!」
怒りの声を上げたのは
「あ、アルメリア!?」
「お前、あんなに血を流したのに、どうして生きているんじゃ!?」
驚愕するパトリック王子と王様をよそに、アルメリアは痛ましそうに私を見つめて
「きっとミコトさんのおかげですわ。彼女が瀕死のわたくしを抱き上げた時。ふと死にかけていた体に生気が戻ったんです」
アルメリアの言うとおり、私は彼女を抱き上げた時。瀕死の体に九命の猫を当てた。
それによってアルメリアは一命を取り留めて、リュシオンと同じように負傷も癒えた。
だからこそ、せっかく助かった友だちを死なせないために、私は命がけで獣王さんに食らいついた。
「わたくしもお父様もお兄様も、ミコトさんに命を救われた。不思議な魔法で容易く救ったんじゃありませんわ。彼女の姿を見て! 地獄の業火に焼かれて、酷い火傷を負いながら、必死で助けてくれましたのよ!? その恩人の言葉を、どうして無視できるんですの!?」
涙ながらに訴えるアルメリアに、王様は流石に狼狽して
「し、しかしアルメリア。いくら恩人の頼みでも、ここで獣王を始末しなければ、きっとまた報復に……」
「だから話し合おうと彼女は言っているのですよ! お互いの心に憎しみと恐怖が残らないように! 新たな犠牲を出さないために!」
私の意思を汲んでくれるアルメリアの言葉に、ホッとしたのも束の間。
「お言葉ですが、アルメリア姫。陛下のおっしゃるとおり、ここまで激しく争いながら和平などあり得ません。もともと彼らは、ただ神樹を分けて欲しいと頼んだだけの使者を無礼だと殺し、それでは飽き足らず王族の首まで欲した。そんな野蛮な獣人たちと分かり合えるなど、本気でお思いですか?」
全知の大鏡が、またも王様たちの心に不信を植え付けようとしたけど
「神樹を分けて欲しいと頼んだだけだと? 何を言っている……それを拒むや否や、貴様らは勝手に聖域に侵入して木を切ろうとした。ソイツラを殺したら今度はその報復だと、我らの飲み水に毒を混ぜた。野蛮で邪悪で信頼に値しないのは、貴様らのほうだ」
獣王さんの言葉に、アルメリアはハッとして
「どういうことですの、お父様!? 彼らの領土を侵害し、飲み水に毒を混ぜたとは本当ですか!?」
「う、うぅ……」
アルメリアの追及に、苦しそうな顔をする王様の代わりに
「薄汚い獣人の言葉など信じてはいけませんよ、アルメリア姫。そのケダモノは劣勢になったから嘘を吐いて、我々をかく乱しようとしているだけ。そのような事実は一切ありません、そうでしょう? 陛下」
全知の大鏡はあくまで、獣王さんたちを悪者にする気のようだ。
でも多分、本当に悪いのは、この全知の大鏡だ。
けれどエーデルワールの人たちは、全知の力を持つというだけで、この大鏡を妄信している。
その妄信を突き崩すほどの言葉を、今にも倒れそうな私には紡げなかった。
ここで全知の大鏡に踊らされて、獣王さんを殺してしまったら、きっと取り返しのつかないことになる。
それが分かっていても、もう口を開くことすらできない。
もどかしい想いをしていると
「残念ながら嘘吐きは、その大鏡と王様たちのほうさ」
懐かしい声に、緊張の糸が解けた私は泣きながら
「フィーロ……」
「遅くなってすまないな、我が君。おかげで酷い目に遭わせた」
鏡の中のフィーロは、いくら私を助けたくても1人では動けない。
そんな彼を、この場に連れて来てくれたのは




