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窮地

 私たちを牢屋に閉じ込めた兵士さんたちが去った後。


「謝って済むことじゃありませんけど、優しいあなたをこんな目に遭わせて本当にゴメンなさい……」


 アルメリアは泣きながら、私に謝罪した。


 私は彼女が悲しんでいるほうが辛くて


「アルメリアは悪くないよ。自分を責めないで」


 アルメリアとリュシオンは懸命に私を庇ってくれた。


 エーデルワールの人たちだって、助かりたい一心でこうしてしまったのだと分かっている。


「ただ、あの全知の大鏡は……パトリック王子たちは信じているみたいだけど、私にはどうしてもいいものには思えないよ」


 私の呟きに、アルメリアも真顔で頷いて


「わたくしも同感ですわ。今までは微かな違和感でしたが、ミコトさんとのやり取りを聞くうちに、酷く邪悪なものに思えて来ました」


 私とアルメリアは同じ部屋だけど、男性であるリュシオンは石壁で遮られた隣の牢から


「獣人たちの襲撃のタイミングは全知の大鏡が完璧に予見できるからと、俺もギリギリまでフィーロ殿を捜しに行けないように、ここに監禁されました」


 彼が本気を出せば、牢を破れなくは無いようだけど


「仮に上手くここを脱出できても、向こうには全てを見通す全知の大鏡がついている。不審な動きをすれば鏡を割ると言っていましたから、下手に動かないほうがいいでしょう」


 リュシオンの見解に、アルメリアは悔しそうな顔で


「こんなところに閉じ込められて、手も足も出せないなんて……」


 私にフィーロを返せなくて歯がゆそうな2人に


「街で失くした時は、どこにあるかも分からなくて不安だったから、エーデルワールにあると分かっただけで十分だよ。パトリック王子も返してくれる気はあるみたいだし、いま無理に取り返そうとしなくていいよ」


 本当は、すぐにでもフィーロに会いたかった。


 でも私が彼を恋しがれば、ただでさえ自責している2人を、さらに苦しめてしまう。


 アルメリアは私をギュッと抱きしめると


「一足飛びのブーツがミコトさんから離れなかったのは幸いでした。大鏡の言うことがどこまで本当か分かりませんが、今のところあれが予言を外したことはありません」


 「だとしたら」と彼女は深刻な顔で


「獣人の王は、やはりわたくしたちの首を狙っているはず。もしもの時は、このブーツでミコトさんだけでも逃げてください」

「そんなことできないよ!」


 咄嗟に返すも、リュシオンも隣の牢から


「いや、俺もアルメリア様と同じ気持ちだ。騎士である俺たちが悪魔の指環を持ってしても獣人たちを押さえられなかった場合、それはミコト殿にも本当にどうしようもない状況だ」


 彼は冷静に話を続けて


「最強の剣の時のような奇跡は二度も望めないだろう。もしもの時は自分の命を第一に護ってくれ。あなたのためではなく、あなたを巻き込んでしまった俺とアルメリア様のために」


 もし自分の問題に巻き込んで、友人を死なせてしまったら。確かに自分が死ぬより辛いかもしれない。


 そう思うと、2人の願いを拒めなかった。


 翌日。


 全知の大鏡が、獣人たちの襲撃は今夜だと予言した。


 リュシオンは獣人たちを食い止めるために、他の兵士さんたちと持ち場についた。


 王女であるアルメリアと、いちおうまだ恩人枠である私は、王様やパトリック王子と同じ部屋で兵士さんたちに護られている。


 自分を睨むアルメリアに、王様はバツが悪そうに眉を下げて


「アルメリア。そんな冷たい目で、わしらを見ないでくれ。確かに恩人に対して無礼だったが、彼女の協力を得なければ、大勢の兵士が殺されると全知の大鏡が言ったんじゃ。お前だって我が国の兵が、獣人たちに悪戯に殺されることは望んでおらんじゃろう?」


 父の弁解に、娘はいっそう冷ややかな態度で


「その大鏡の言うことが本当なら、獣人の王が狙っているのは、わたくしやお父様たちの首だけとのこと。兵の命を助けたいなら、我々が大人しく首を捧げる手もありますのよ」


 アルメリアの過激な発言に、私もギョッとしたけど


「何を馬鹿なことを! 我々が死んだらこの国はどうなる!?」

「そうだぞ、アルメリア! 兵士を庇って王が死ぬなんて、手足を護るために頭を差し出すようなものだ!」


 血相を変えて咎める父と兄に、アルメリアは皮肉に笑って


「あら、わたくしたちは国の頭でしたの? 最近はなんでも大鏡にお聞きになるから、あれが頭かと思っていましたわ」

「アルメリア!」


 めいっぱいギスギスするアルメリア親子に、私はハラハラした。


 でも流石に仲良くしてなんて言える状況じゃ無いので、静観するしかなかった。


 この場には全知の大鏡も居て


「全知の大鏡よ。あなた様に指示された手はずは全て整えました。これで我々は助かるのですよね?」


 不安そうに問うパトリック王子に、全知の大鏡は悠然とした微笑で


「最善は尽くしましたが、獣王・レオンガルドは全てを焼き尽くす巨大な獅子の化け物。兵士たちには『耐火(たいか)のローブ』を着せましたが、獣王の発する灼熱の炎に、どれだけ持つか。後はリュシオンたちのがんばりに賭けるしかありません』


 耐火のローブは神の宝ではなく、この世界の人たちが作った高性能の装備だそうだ。


 犠牲を最小限にするために、強欲の指輪を装備したリュシオンと、怠惰の指輪を装備したもう1人の竜騎士。それを援護する5人の精鋭たちが、最初に城門で獣人たちとぶつかるらしい。


 私は「リュシオン……」と心配そうに呟くアルメリアの手を取ると


「リュシオンは強いから大丈夫。悪魔の指環もあるし、きっと上手くいくよ」


 強く彼女を励ました。


 王城の最上階に居る私たちには、城門で戦うリュシオンたちの様子は分からない。


 その代わり全知の大鏡が、彼らの戦いぶりを逐一(ちくいち)教えてくれて


「やはり竜騎士の中でも、リュシオンの動きがいちばんいいですね。彼に強欲の指環を装備させて正解でした。あっという間に獣人を3体も硬貨に変えましたよ」

「おお! では残る獣人は2体だけ!?」

「この調子なら残りもきっと!」


 いい知らせに王様と兵士さんたちが沸く。


 リュシオンの活躍を聞いて、私とアルメリアも希望を持ったけど


「ですが残る2体のうち1体は問題の獣王です。しかも彼は目の前で部下が硬貨に変えられたことで、リュシオンと無手で襲い掛かって来るもう1人に触れられるだけで、魔法にかかると気付きました」


 全知の大鏡によれば、獣王は残り1人になった部下に「ヤツラは怪しい術を使うぞ! 体に触らせるな!」と警告した。


 さらに容易に触れられないように、炎をまとう巨大な獅子に変身したと言う。


 それでもリュシオンは獣王の猛攻をかわしながら仲間と協力して、最後の部下も硬貨に変えたそうだけど


「……ああ。やはり獣王は異次元の強さでしたね。悪魔の指環があれば或いはと思いましたが、竜騎士たちにも止められませんでしたか」


 全知の大鏡の残酷な宣告に


「竜騎士たちにも止められなかったって、彼らはどうなったんですの!?」

「残念ながら全滅しました。まだ息のある者も居るようですが、あと数分の命でしょう」

「そ、そんな! リュシオン!」


 悲鳴を上げて崩れ落ちるアルメリアに


「まだ生きている人も居るんだよね!? だったら私が助けに行く!」


 一足飛びのブーツを履いている私なら、死までの数分に間に合う。


 すぐに医者に見せれば、助かるかもと飛ぼうとするも


「ま、待ってくれ! そのブーツを使うなら、先に我々を遠くに逃がしてくれ!」

「そうだ! 兵士たちはどうせ助からない! まずは私たちの安全を!」


 王様とパトリック王子に縋りつかれて身動き取れなくなっていると


「馬鹿!」


 アルメリアは泣きながら、父と兄を次々と平手打ちして


「王が国を捨てて、どうするんですの!? 捨てられる国なら、どうして護らせたんですの!?」

「あ、アルメリア……」

「ミコトさん、行って! 助けられる者が居れば助けて! ここには決して戻らないで!」

「ここには戻らないでって、アルメリアはどうするの?」


 私の問いに、彼女は身を震わせながらも覚悟を決めた表情で


「リュシオンたちの犠牲でハッキリしましたわ。獣王はあまりに強大で、勝てる見込みは無い。だとしたら被害を最小限にする方法は、1つしかありません」

「ち、父に死ねと申すのか、アルメリア!?」

「わたくしも一緒ですわ。嫌とは言わせません」


 冷たく言い放つ娘に、父は「グゥゥ……」と黙り込んだ。


「アルメリア、考え直して。いくら皆のためでも、自分が死ねばいいなんて思っちゃダメだよ」


 説得しようとするも、彼女は静かに首を振って


「あなたは早く怪我人のもとへ。せめて少しでも多くの人を救って」


 「お願いです」と涙目で頼まれては断れなかった。

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