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空をゆく、仄か緋を  作者:
番外編
37/37

うたかたに眠る


夢の中で、佐穂はいつでも自由だった。夢の中でなら、いつも行けない所にも自由に行ける。時間に縛られずに自由に遊ぶことが出来る。

ここにはいつも側に張り付いている乳母も、身の回りを護る衛士も、口うるさい師もいないのだ。


佐穂は自分の住んでいる宮の外を知らない。行くことが出来るのは宮の裏にある森の中までで、塀の向こうの世界は知らないのだ。どんな景色が広がっているのだろう、どんな人々がいるのだろう。自分と同じ年くらいの子どもたちは、何をして遊んでいるのだろう。


現実の、佐穂の生活の中ではそれらをうかがい知ることは出来ない。

彼はこの大国・中つ国の日嗣の御子(皇太子)であり、次代の国を担う存在として、幼い頃から学び、武術も会得し、とても外の友達と触れ合う時間など持つことがなかった。そもそも、日嗣の御子と友人関係を築くことができる存在はこの国の中にはそうそういない。

同年代の幼い子どもが住むのはこの宮の外である。宮仕えをする者達は、この高い塀の外に家を持ち、家族を持ち、生活を営んでいる。唯一、周囲の小国の王たちは宮の中に執務の為の室を持ってはいるけれど、家族は皆故郷の小国にいるのだ。必然的に宮の中には大王の一族だけが住まうようになっている。


ずっと外の世界を見てみたいと思っていた。自由に色んな場所に行ってみたい。そして、小さな妹達はいるけれど、佐穂には、同年代の泥んこになって遊び回れるような友達が、欲しかったのだ。


いつの頃からか、夢の中でならそれが出来るようになった。翼が生えた鳥のように塀の向こう側に飛んでいき、神山である蛇塚山を巡り、遥か彼方、母の故郷である海が見える小国まで。海に魚のように飛び込み、深くまで潜ることも出来る。川をたどってどこか知らない山の中を、鹿のように駆け巡り、木の実を齧ることも出来る。


はたまた、粗末な民家の上を巡り、粗末な着物を着た子どもたちが石けりをしているのを見て、それを真似てみることもした。「一緒に遊ぼう」という佐穂の言葉を拒む者は、そこにはいない。だって、みんなは佐穂が「日嗣の御子」であるということを知らないのだから。

汗をかくほど皆で遊んだ。しかし、夢の中では遠くまで石を飛ばせたのに、現実の佐穂にはそれ程上手くすることは出来なかった。


そんな時は、面白くも何ともない勉強の合間をぬって、延々と石けりの練習をしたものだ。それこそ、様子を見に来た両親が呆れ返るほど、何度も何度も的に向かって石を蹴っていた。


そんな佐穂を夢の中の世界に導いて一緒に駆けてくれる存在は、真白いキツネだった。このキツネは、佐穂が小さい頃から側にいる存在だった。初めて会ったのは宮の裏にある森の中で、キツネは佐穂にしか見ることができない。父も母も、周りの大人には綺麗なキツネが見えないのだ。

けれど母は、何か思い当たることがあったらしく、見えないキツネを指差す佐穂に向かってよく言った。


『そのキツネは、佐穂の守り神様よ。大切にしてね』


偉大な力をかつて持っていた巫女たる母の言葉を、今も覚えている。そして真にキツネはいつでも佐穂の側にいた。現実の世界の中でも夢の世界の中でも、いつでも佐穂を導いてくれる。

キツネは鳥の飛び方を、鹿の駆け方を教えてくれた。そんな夢ばかり見ては、本当の外の世界に焦がれていく。


一度だけ、佐穂は父と母に「宮の外に行ってみたい」とねだったことがある。けれど、その時父は「立太子の儀がすんだらな」と言って許してくれなかった。どうやら、外に行くには警護を何重にも敷いて、お触れを出して、と面倒くさい手続きが必要らしかった。けれど、その時父は内緒で、唇を尖らせて拗ねる佐穂を馬に乗せて、春日野を遠がけに連れて行ってくれたのだ。


『母似のお前のことだ、駄目だ、の一言では納得せずに、勝手にいなくなりそうだからな。これは母様には内緒だぞ』


いつも政務で忙しい父が、こんな風に遠がけに出られることは滅多に無い。風になったかのような速さで駆けて、野原で寝っ転がって空を見上げ、小川の魚を掬って父と遊んだ。そんな経験があったからこそ、佐穂は外の世界に余計に興味を持ってしまった。

夢は自由だ。けれど、所詮、夢は夢だ。いつかは覚めてしまう。夢の中に永遠に留まることは出来ないのだ。大人になるにつれて、佐穂はそれを理解した。



***



目を覚ますと、まだ夜明け前なのか、室の中は薄暗かった。目を擦りながら身を起こすと、両隣には双子の妹達がぐっすりと眠り込んでいる。数日前にこの二人もそれぞれ父と母から離れて眠るようになったのだが、やはりまだ寂しいのか、こうして隣の室の佐穂のところに潜り込んでくるのだ。

緋緒(ひお)はしっかり者ではあるけれど寂しがり屋で、茅緒(ちお)は反対で大人しく、あまり自分の感情を表に出すのが上手くない。そんな二人も口には出さなくとも、まだ父や母と離れたくなかったのだろう。


本当は、父や母の寝室はここからごく近くにある。行こうと思えば、蔀を半分開けてしまえば、簡単に行けるのだ。けれど、二人ともそれはせずに、兄の佐穂の部屋に潜り込んでくる。

今、父と母の室には生まれて間もない妹がいるから。凪緒(なお)は月が満ちる前に生まれてきた子で、双子の妹達が生まれた時よりも、少しだけ小さかった。生まれてすぐに産声を上げられず、あの時は宮の中が騒然となっていた。佐穂は、半泣きになっている妹達をなだめ、抱きしめ、小さい妹の無事を神様に向かって祈った。その祈りが通じたのか、凪緒は何とか持ち直してお乳を飲んだのだが、肥立ちはあまり良くない。

当然、母は凪緒の世話にかかりきりになり、まだ五歳という甘えたい盛りの双子達は我慢をしいられているのだ。


もちろん、父や母はしっかりと佐穂にも、緋緒にも、茅緒にも心と目を配ってくれている。朝餉や夕餉は必ず家族一緒に取ってくれているし、きちんと話も聞いてくれるし、放ったらかしにすることはない。けれど、父のたくましい腕に抱き上げられたのはいつが最後だったか、母の甘い匂いのする胸に抱き寄せられたのはいつが最後だったか、佐穂にはもう思い出せない。


両隣で丸くなって眠る妹達を見て、佐穂はもう一眠りするか悩み、結局眠ることを諦めた。どうせもう少しすれば明けの明星が見える頃合いである。その直後には、乳母の手によって佐穂は起こされる。

ため息をついて、寝台に横たわり、じっと蔀の方を見つめた。薄っすらと明るい蔀の方を見ていると、いつしか視界の端にふさふさとしたしっぽが現れる。ぼんやりと光るそれは、やがて真白いキツネになり、大きな伸びをして堂々と佐穂の室の中に入ってきた。


今宵も佐穂を夢の中まで案内してくれたキツネ。佐穂の守り神。

しかし佐穂はこのキツネに触ることは出来ない。声を聞いたこともない。いつも静かに佇み、佐穂を導く以外には、このキツネは近寄ろうともしないのだ。遠くで、近くで見守ってくれる存在が当たり前になり、あまり気にしてこなかったことが、今になって気になってしまう。

むくりと起き上がり、緋緒をまたいで床に足をつけ、佐穂はキツネと向かい合う。佐穂の腹位までしか背がないキツネは、じっと佐穂を見つめてしっぽを一振りしてみせた。


「…お前は、一体誰なんだろう」


その問いかけに応える声はない。目の前にいるのに触ろうと手を伸ばしてもするりとすり抜けてしまう存在は、果たして本当に佐穂を守ってくれる神なのか、それとも何か質の悪いモノノケの類なのか…

キツネは佐穂から視線を外すと、気まぐれに蔀をくぐり抜けて外に行こうとする。佐穂は夜明けが間近の空に目をやり、後ろで寝ている妹達を振り返ってから、そっとキツネに続いて室の外に出た。


春日野に立つ宮の庭は、春日野の本来あるべき姿のままに残されている。よくある池や整えられた白砂は無く、そこに息づいている草花がそのまま残され、小道が門の方に向かって伸びている。佐穂はこの庭が大好きだった。一部はどうしても建物の関係で削り取られてしまった箇所はあるけれど、そこにある草花は別のところに植え替えられ、出来る限り春日野の植物が減らないように努力がされている。

だから、虫も生き物もこの庭では大切にされて、皆健やかだった。


廊から伸びる階を軽快にキツネは飛び降りていき、春日野の小道を駆けながら、器用に空中で宙返りなどしてみせる。その身軽さが羨ましくなって、ついつい佐穂は同じように階を降りていき、裸足のまま庭に降り立った。夢の中でそうしているように身軽に駆けていこうとして、不意に佐穂は立ち止まる。砂利の小道は、簡単に幼い子どもの足裏の皮膚を傷つけた。眉を顰めながら足の裏を見てみると、小石が食い込んで少しだけ皮膚がめくれていた。

柔らかい、いつも沓に守られている足の裏は、鋭い小石が散らばる小道をそのままに駆けていくことは難しい。その内歩けなくなって蹲ってしまうのが目に見えていた。


キツネはあっという間に春日野を駆けていってしまい、やがてその姿は空中に溶けて見えなくなってしまった。あっと思って立ち上がっても、もうその姿が見えなければ追っても意味がないだろう。

佐穂はそういう物事の行き先を考える力に長けていた。この時も、その一瞬で、キツネを追っても意味がないという結論にあっという間に行き着いてしまった。

それでも、彼の中で全くの悔しさがないという訳ではない。


(…あのキツネに追いつける、逞しい足裏だったなら…)


小石など屁でもない。こんな軟な足裏では、外の世界に行くことなど、夢のまた夢だろう。

庭に立ち尽くして、佐穂はぐっと拳を握りしめた。

悔しさと、純粋な憧れが佐穂の胸の中で渦巻いている。

――あのキツネのように身軽になりたい。けれど、佐穂のような身分では、簡単に身軽になることなど許されない。でも、身分など気にせずに外の広い世界を見てみたい…――


父も、その父も、大王という身分であるから、この国の外に出ることは滅多になかったという。外の小国の状況観察や市井の見回りは大王の手となる側近が行い、大陸の中心である大王は奥向の仕事がほとんどだ。

佐穂も、いずれそうなる。

叶わない夢を見続けることほど辛いことはない。だから、佐穂はそれに気づいた時から、諦めようと思った。頑張って諦めて、夢の中だけの自由で満足しようとした。


(でも、結局、できなかった…)


こうしてキツネを追ってしまった。あのキツネについて行けば、外に出られると分かっている。それができなくて、佐穂は結局諦められずに、悔しさに唇を噛みしめるのだ。

庭に立ち尽くして項垂れる佐穂に、その時、声がかかった。


「――佐穂。何をしている」


思わずびくりと身を竦ませて振り返ると、廊に夜着のままの父が、腕を組んでこちらを見ていた。瞬間、佐穂は怒られるかもしれない、と口をぱくぱくと動かしたが、こちらを見る父はとても静かな目をしていることに気づいた。

あまり表情がないから、普段から怒っているのかと勘違いをしてしまいがちだが、父は単に静かに状況を見定める癖がついているだけらしい。感情の起伏をあまり見せず、冷静さを欠くこと無く他国の王とやりとりすることが肝要なのだと、昨日習ったばかりだった。


「父上…」

「随分早起きではないか」

「眠れ、なくて」


キツネを追って、とはとても言えなかった。けれど、父はその言葉を気にした風もなく、首を傾げてみせた。


「緊張しているのか?」


――立太子の儀に。


夜が明けると、佐穂には大切な儀式が待ち構えていた。佐穂は今日、正式にこの中つ国の日嗣の御子として認められ、大陸中にその触れがなされるのだ。生まれながらに日嗣の御子として生きていくことは違えようがなかったのだが、これは儀式を通して正式なものとして認められる。今日を境に、佐穂は大人の扱いを受ける。

容易に外の世界を夢見ることも叶わず、夢に逃げること叶わず、父や母に甘えることも出来なくなるのだ。

徹底的に国の政について知識を深めていく必要があり、これまで以上に自由な時間はなくなってしまう。


緊張しているのか、という父の問に、佐穂はただ首を横に振った。自分はただ神の前で膝をついて、日嗣の御子として立つことを報告し、巫覡から祝詞を受けるだけなのだ。手順は色々とあるけれど、何度も何度も練習して、全てその頭の中に叩き込んでいた。

緊張はしていない。ただ。


「…重くて」


ぽつりと呟いてしまった声は、夜明けの湿った空気の中に溶けていった。言ってしまってから、はっと口を塞ぐ。慌てて父を見上げたが、父は――大王は、ただ静かな目をして佐穂を見つめていた。


「佐穂」


そして、呼ぶ。ちろりと見上げると、片手でこちらに来いと手招きされている。

怒られるのだろうか。この大国を背負って立つことは、名誉なことだ。なのに、その役目を重く感じてしまって、そんなことでは駄目だと叱られるのかもしれない…

そんなことを考えて、裸足のまま恐る恐る階まで戻ってきた佐穂を、父は、両腕を伸ばして力を込めて抱き上げた。「わっ」と佐穂が声を上げてもお構いなし。小さい頃よくそうしていたように、空に向かってゆすりあげようとして――でも、それは出来なかった。


「父上、何を…」

「いや、お前はああやって抱き上げてやると、よく喜んでいただろう」

「そんな、小さい時のこと、もう出来るはずないよ。僕、もう8歳だよ」

「そうか」


もう、こんなに大きくなっていたのか。

声なき声は、確かに佐穂の胸の中に届いた。大きくなっているのに、父は構わず、佐穂を両腕に抱いたまま階に腰を下ろした。佐穂は身長も伸びて、手足も大きくなってきて、もう、小さい子どもではない。けれど父は幼い頃そうしていたように、佐穂の頭を大きな手で撫でた。そしてそのまま、己の胸に抱き寄せた。


「本当なら、私だって、お前にこんな重い荷物を背負わせたいとは、思わん」

「父上?」

「お前には、自由に好きなことをして生きてほしいと思っていることも、事実だ。でもな、それが出来ない身の上だということも、また事実だ」

「…分かって、います」

「前も話した通り、お前の中には高御倉神の加護と沙依里比売の加護、そして母様の神気が受け継がれている。次代の王となるために、それだけの力が与えられている」

「神託のお話ですね」

「ああ。力は、時として苦しみも生む。こうやって国を背負う存在には、その苦しみは必ず着いてくる。けれど、それを乗り越えた者にはまた、苦しみより大きな幸せも与えられるのだ」


初めて聞く話だった。佐穂は生まれた時に神託で、この国の日嗣の御子となることが定められている子だということは理解している。それを曲げることは誰にも出来ない。

けれど、苦しみの果てに幸福があるなど、そんな話は聞いたこともなかったのだ。

目をぱちくりと瞬かせている佐穂を見て、父は苦笑した。


「ただ単に、幸せだけを追い求められる身の上だったらどれ程いいか。だが、神はそれを許さない。私はただ、お前に憂いなくこの国を任せることが出来るように、整えていくだけだ。そして、お前にはそれを引き継いでいく器があると、信じている」


私は、佐穂を信じている。いくら待ち受けるものが重く、苦しい道だとしても、そこを生き抜いて幸福を手にすることが出来る男だと、信じている。母様も信じている。


久しぶりに見る父の優しい瞳だった。耐えられなくなって、佐穂は父の懐にしがみつくと、一粒だけ涙を流した。嗚咽を感じるのか父は温かな手で佐穂の背中を撫でてくれる。

逃れられない運命に立ち向かうことは、正直言って恐ろしいことだ。まだその時は遠い先の未来なのだとしても、己にその務めがきちんと出来るのかとても不安だった。だから佐穂は夢に逃げていた。それでも自分の道はこれ以外にない。不安でも怖くても、自信がなくても突き進むしかない。

そんな佐穂の気持ちを、父は理解してくれている。


穏やかに父が背を撫でてくれている感触に身を委ねて、いつの間にやら佐穂は再び眠っていた。遥か彼方、神山の方から朝日が昇り来る。その金色を眺めて御和は目を細めた。

今日のこの日が来ることを、御和はどこか恐れてもいた。幼いこの子が試練に立ち向かっていく、その始まりの日になる。

御和は腕の中で眠る息子の柔らかな髪の毛にそっと頬を寄せた。まだあどけない寝顔の佐穂は、今日から父母に簡単に甘えることを許されない立場になってしまう。一国の王として立つために一層勉学に、武道に励まなければならなくなる。せめて、儀式が始まる時間までは側にいようと思って佐穂の室に来れば、彼は何かを耐えるように庭に立ち尽くしていた。

その横顔は兄の佐和に似ているようで――けれど、もうその面影はどこにも感じられなかった。


ふと目を上げれば、夜明けの眩しい光の中、春日野に一匹のキツネが佇んでこちらをじっと見つめている。懐かしいその姿に、御和は自然と笑みをこぼしていた。

どうやら自分は、まだ兄に心配されているらしい。いや、親子共々心配を掛けているらしかった。眠る息子をゆっくりと抱き上げてその姿をよく見せるように廊に立った。それをきちんと認めると、キツネは朝靄の中に紛れて、やがて空気に溶けるように見えなくなる。


「…いたの?」


不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると、起きたばかりの緋禾が同じように春日野の奥の方をじっと見つめていた。


「ああ…だが、じきに消えてしまった」

「そう」


緋禾はそのまま歩み寄ると、御和の腕の中で眠る息子を覗き込んだ。柔らかく色素の薄い前髪を梳いてやりながら、まだ幼さの残る頬に指先を滑らせる。


「大きくなったね」


その声は、少しだけ涙ぐんでいた。御和はその涙の理由が、これから待ち受ける試練を憂いているという意味ではないことを知っている。緋禾は、純粋に、佐穂が大きな病もせずにここまで成長できたことを、喜んでいるのだ。尊い命を繋いでこの世に存在している。それだけで、きっと緋禾は嬉しいのだろう。

緋緒も、茅緒も、少しばかり身体が弱い凪緒も。みんなそうだ。


重い荷物があるなら皆で背負えばいい。この国は、何も一人の肩にだけのしかかるものではない。多くの民がいて、頼れる臣下がいて、家族がいる。息子が目覚め、儀式に備える前に、その話をしようと御和はふと思った。

次期大王となるその日まで、色んなことを見て、色んなことを経験したらいい。そして、理解できればいい。自分が一人ではないのだということを。



***



中つ国の日嗣の御子は、8歳でその身分を神々に正式に認められた。

その日から佐穂は大人として扱われるようになった。そして、その日以降、佐穂は自由に駆け回る夢を見なくなった。同時に、いつも側にいたキツネの姿も見えなくなってしまった。

もう自分の守り神様はいなくなってしまったのだろうかと、ふと不安に思うこともある。けれど、佐穂は長じるにつれて、その意味が何となく理解できるようになった。

あのキツネは、自分がしっかりと日嗣の御子として立つ事が出来る日まで、自分を見守っていてくれた。「もう大丈夫だ」と認められたから、もう見えなくなってしまったのだと。他には色々なモノを見ることは出来ても、もうあのキツネはいない。見えないのではなく、いないのだ。


まるで一時の泡沫の夢のようだった。けれど、泡沫でも佐穂にとっては大切な一時だった。確かに自分の糧として、今日の日まで息づいている。


立太子の儀から十年後。

日嗣の御子の佐穂は、中つ国を出て、周囲の小国をめぐる旅に出ることになる。

中つ国の次期大王として、自身が望んだ通りに、自分の足で塀の外の世界に飛び出したのだ。更にそこから五年後、無事に父から大王の位を引き継いだ。その傍らには外の世界で出会った后を伴い、共に統治を行った。託宣の通りに豊葦原の大陸を統一した大王のその名は、後世まで語り継がれたという。


番外編というか、後日談的になりました。

佐穂を主人公にした物語を、またどこかで書ければいいなと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

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