04. 甘い解禁
静まり返った夜の使用人宿舎。
その廊下の突き当たりにある部屋の扉を、私はじっと恨めしげに見つめていました。
シャワーを済ませ、ネグリジェに着替えたばかりの肌からは、石鹸の甘い香りがふわりと立ち上り、ひんやりとした夜の空気に溶けています。
——この扉の向こうには、キウイさんがいます。
寝支度を済ませベッドに潜り込んでも、一向に眠れませんでした。
だから部屋を抜け出してここまで来たのです。
自分からキスを控えてほしいとお願いしておいて、今さらキスをしてほしいと縋り付くなんて——なんだか悔しい気持ちもあります。
けれど、一日中焦らされた唇がむず痒くて、もう頭がどうにかなってしまいそうなのです。
私は意を決して、固い木の扉をノックしました。
コンコン。
小さなノックの音を響かせると、待っていたかのようにすぐさま、がちゃりと扉が開きました。
滑らかに開いた扉の向こうには、薄いネグリジェ姿のキウイさんが立っていました。
「あ、キウイさん、私……」
「……お待ちしていましたよ、チェリーさん。どうぞお入りください」
穏やかな声に促されるまま、私は部屋の中へと足を踏み入れました。
背後でかちゃりと扉が閉まり、鍵がかけられる音が響きます。
「さあ、こんな夜更けに、私にどのような御用でしょうか?」
「……もう、わかってるんでしょう」
じっとりと見つめると、キウイさんはあくまで優しく微笑みました。
短い髪を月明かりに透かせて佇む姿は、息をのむほど美しくて——それがかえって恨めしく思えます。
「さて、さっぱりわかりませんね」
「……っ。……キスを」
「はい。チェリーさんが控えてほしいと言ったので、その通りにしています」
「……もう! 意地悪しないで、キス、してください……っ!」
耐えきれずに訴えた瞬間でした。
キウイさんの目が怪しく細められたと思うと、私の手首がぎゅっと握りしめられました。
そのまま腕を引き上げられ、手のひらが背後の扉へ押しつけられます。
驚いて顔を上げると、すぐ目の前にキウイさんの顔がありました。
身体ごと覆いかぶさるように距離を詰められ、逃げ場を塞ぐような体温と影に、すっぽりと包みこまれています。
「……欲しくなりましたか?」
試すような声。
けれど、私の頬を撫でるキウイさんの指先は、微かに震えて熱を帯びています。
「ずっと欲しくて……頭から離れないんです。お願いです、キウイさん……っ」
不甲斐なさと愛おしさで胸がいっぱいになり、零れ落ちた涙を、キウイさんの指がすうっと掬い取ります。
「では……チェリーさんのお望みのままに」
囁かれた直後、私の視界はキウイさんの顔で埋め尽くされました。
「ん、んん……っ」
重なったのは、甘く、深い口づけでした。
昼間の焦らしが嘘のように、割られた唇の間から滑り込んできたキウイさんのぬくもりが、私の口内を満たしていきます。
「んっ……ふぅ……っ、あ……っ」
頬を両手で包みこまれ、角度を変えながら、何度も何度も、深く貪るように口づけを重ねられます。
呼吸を奪われて、痺れるような快感が背筋を駆け抜けました。
ネグリジェ越しに押し当てられる体温を感じながら、私はキウイさんにしがみつくことしかできません。
「はぁ、んぅっ……ふ……」
今日一日分のお預けを一度に回収するかのような激しいキスに、私の膝はすっかり力を失ってしまいました。
「あ……」
崩れ落ちそうになる私を、キウイさんが愛おしそうに抱きかかえます。
離れた唇と唇の間に、うっすらと透明な名残が伸びて解けました。
キウイさんは私を抱きかかえてベッドに運ぶと、静かに腰掛けさせてくれました。
寄り添うように隣に座ったキウイさんは、まだ荒い息を吐きながら、熱を孕んだ瞳で私を見つめています。
「『特別』なキスになりましたか?」
「……ええ、おかげさまで、とっても」
呆れたように私が笑いながらキウイさんの胸にぽすんと頭を置くと、キウイさんは幸せそうに微笑みました。
「ふふ、よかったです。それで、明日からはどうしましょうか」
「……意地悪なのは、嫌です」
「でも、お仕事中の口づけは、破廉恥なのでしょう?」
「……お仕事の邪魔にならない程度なら……いいことにします」
「ふふ。チェリーさん、意外と悪い人ですね」
愛おしさに耐えかねたようにキウイさんが私を抱きしめ、そのまま二人でゆっくりとベッドへと沈み込みました。
二人分のヘアオイルの香りが混じり合っていきます。
重なる胸元から、とくとくとキウイさんの激しい鼓動が伝わってきました。
「キウイさん……?」
「……すみません、実を言うと、私も……かなり、限界でした。チェリーさんが音を上げてくださって、助かりましたよ」
「……もう。意地悪するからでしょう」
二人で顔を合わせ、ふふっと笑みを零します。
どちらからともなく再び顔を寄せ合い、やわらかな唇が重なりました。
月明かりに包まれた静かな部屋で私たちは、何度も、何度も、口づけを交わしたのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
長編百合小説『人魚と姫』に出てくるメイド百合カップルのお話でした。
Caitaの『キス我慢アンソロジー』の寄稿用に書いた作品です。
二人のキス我慢もの、と色々考えたのですが……。
病気でキスできない、だと、二人は真面目に看病しそうですし。
どっちがキスしたくなるか勝負!だと、ムーンライトにしか投稿できなさそう……(多分キウイのボロ負けです(笑))
というわけで、こんな感じになりました。
泣きながらキスをおねだりして、立てなくなっちゃうぐらいとろとろにされたチェリーがかぁいく書けて満足しました!
本編では他にも色んな百合カップルが出てくるので、未読の方はぜひ!
『人魚と姫』
https://ncode.syosetu.com/n3773kv/




