01. 甘い約束
「……では、今日の予定を確認しましょう」
「はい、チェリーさん」
キウイさんの澄んだ声とともに、その美しい緑の瞳が優しく細められました。
ぴかぴかに磨かれた城の廊下に朝日が溶け、そこにふたつの影が寄り添っています。
メイド服に身を包んだ私たちは、仕える主様のお部屋へ向かう道すがら、並んで歩みを進めていました。
誰もいない廊下に、二人分の靴音が心地よく響きます。
キウイさんは、このフィオーレ城で王族に仕えるメイド仲間です。
そして——私の恋人でもあります。
想いを告げられて、お付き合いを始めて数ヶ月。
最初は戸惑うこともありましたが、少しずつ、キウイさんという人がわかってきました。
傍から見ると幸せ真っ只中の私たち。
ですが私には、今、とても困っていることがあるのです。
「……今日のご予定は、以上です。キウイさん、何か心配事はありますか」
「問題ありません」
「では本日もよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします、チェリーさん」
言い終わるか終わらないかのうちに、キウイさんの細い指先がごく自然に私の頬へ伸びてきました。
すっと肌を滑る体温に、私の心臓が小さく跳ねます。
そう、最近の困っていることというのは、これです。
「ま、待ってください、キウイさん」
「何でしょう?」
「今、キスしようとしましたね?」
「はい」
隠す様子もなく、当然のように肯定するキウイさん。
緑の瞳には、悪びれる色など欠片もありません。
「なぜですか」
「……? 『本日もよろしくお願いします』のキスです」
「お仕事中ですよ」
「でも、誰も見ていません」
キウイさんはきょとんと首を傾げます。本当に、何が悪いのか分かっていないという表情です。
「最近私たち、キスしすぎだと思うんです」
「……と、言いますと?」
「いつでもどこでも隙を見つけては私の唇を奪っていくじゃないですか。キウイさんってば、破廉恥ですっ!」
私がじっとりと見つめると、キウイさんは考え込むように顎に手を当てました。
「チェリーさんは、キスはお嫌いですか?」
「嫌い……では、ないのですけど。限度というものがあるじゃないですか。このままだと私、唇がふやけちゃいそうです」
「ふやけた唇のチェリーさんも愛しますよ?」
「そうではなくて! ああもう、話が逸れちゃいました。とにかく、キスってもっと特別なものだと思うんです」
「……なるほど」
私の必死の訴えに、キウイさんは静かに目を閉じ、しばし熟考します。
そしてゆっくりと目を開くと――ふっと、優しい笑みを浮かべて頷きました。
「……わかりました。チェリーさんが嫌がることをするのは本意ではありません。これから、キスは控えます」
「……本当ですか? ちゃんと我慢できます?」
「もちろんです。チェリーさんを愛していますから」
そう言って、私の視界がキウイさんの影で覆われました。
逃げ場を塞ぐようにやわらかく顔を包み込まれ、吐息が混じりそうな距離まで顔が寄せられます。
キウイさんの纏う甘いインクの香りに、頭がくらくらしそうになりました。
(我慢するって、言ったばっかりじゃないですか……!?)
私は反射的にぎゅっと目を閉じました。
——けれど。
いつまでたっても、私の唇にいつもの柔らかい感触が降ってくることはありません。
恐る恐る目を開けると、目の前で悪戯っぽく目を細めたキウイさんと、視線が重なりました。
「では、今日のお仕事も、よろしくお願いします」
とくん、と心臓が鳴りました。
けれどその指先は、期待に固まる私の頬に名残惜しい余熱だけを残して、すっと引いていってしまいました。
(ち、違います、キスして欲しかったわけじゃありませんっ!)
心の中で、誰に聞かせるでもない言い訳をします。
一人で口づけを待っていた自分が急激に恥ずかしくなり、一気に顔が熱くなりました。
「ではまずは、ルリ様たちの身支度ですね。ドレスを選びにワードローブに向かいましょう」
「へ? あ……はいっ」
立ち去るキウイさんの背中を慌てて追いかけます。
残された熱と、触れられなかった唇のむず痒さだけが、いつまでも私の中に残っていました。
お読みいただきありがとうございます!
Caitaの『キス我慢アンソロジー』のために書き下ろしたものです。
自作でおなじみメイド百合カップルのチェリーとキウイのキス我慢。
1話で展開は読めたと思いますが……キウイにキス我慢させたチェリーが、最終的に自分が我慢できなくなって、逆にキスをおねだりする話です。
どうぞ最後までお楽しみください!




