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13)名探偵の失敗

 水口舞と倉科亮平の異色コンビが戻って来たのは、生物部室から出撃ののちおよそ一時間が経過した頃で、明らかに二人ともゲッソリもしくはゲンナリした顔になっていた。


「あれ? 上手く行かなかった?」

 細胞工学の雑誌から顔を上げ、策を授けた片山修一が質問した。

 けれど放った言葉とは裏腹に、至極しごく冷静なトーンである。


 一方、修一の相棒 岸峰純子は、二人に「まずは、お疲れ~」とペットボトルのお茶とビスケットの小袋とを手渡し

「一息、入れな」

八百長やおちょういくさろうねぎらった。


 けれど――

「……いや、あんな事になるとはね……」

 お茶を口に運ぶのも忘れて、脚本書きがストンと椅子に腰を落とした。

 呆然ぼうぜんとした様子だ。


 生き物マニアの方は、ペットボトルのキャップを開けるなり、喉を鳴らしてお茶を一息に飲み干し

「ああ! 生き返った」

と、大きく息を吐いた。

のどがカラッカラになっちゃってたよ。死ぬかと思った……いや、殺されるかと思った」


「で、お疲れのとこ悪いけど、首尾しゅびは?」と純子が、まずは脚本書きに柔らかな口調で水を向けると、相手は

「うん。……はじめは計画通りに上手く進んだ、いや進むかと思ったんだけど……」

と重い口を開けた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「頼もう!」と舞が演劇部の扉を開けると、狭い部室の中では花鶴友加が大判ノートを開いて、次回公演作品のプロットを作成中だった。


 他には監督と、広報兼進行担当、大道具の責任者、衣装担当などが詰めており、友加とブレインストーミングの最中さなかであると思われた。

 前脚本担当(現在は引退)の岡崎里美は不在。


 舞が「花鶴さん、この挑戦状を出してきたのはキミで間違ってはいないよね?」と、暗号が書かれた原稿用紙をかざして念を押すと

「ええ、間違いありません」

と友加が立ち上がったが、強めの語気ごきとは裏腹に明らかに動揺が見て取れた。

「思ったより……予想してたより、早かったですね」


「それで倉科は、どういった立ち位置なんだい?」

 少しを空ける必要がある、と感じたのか、監督が亮平に声をかけた。

「こんな場面に顔を出すなんて、ちょっと珍しいじゃないか」


「俺は金魚のふん。単なる見届け人だよ」

 第三者的立場が許されている亮平は気楽だ。

「仮につかみ合いなんかに発展しそうになったら、間に割って入るかべ担当ってだけのね」


「なるほど? しかし喧嘩けんかなんかになる可能性は」と、再び時間稼ぎを続ける監督の言葉を遮るように

「謎は全て解けた!」

と舞が宣言した。


「書かれているのは『大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立』だね。未熟を疑われていた小式部内侍が、名の有る歌詠みの藤原定頼を言い負かして名声を確立させた和歌。それで間違いないよね?」

 そして舞は

「ワタクシを定頼になぞらえて、一本取る謎かけのつもりだったのかも知れないが、まだまだ若い。友鶴さんの驚きぶりを見ると、もっと苦戦させることが出来ると踏んでたみたいだけど、残念、解読は簡単だったよ。以上Q.E.D.(証明終わり)という事でよろしい?」

と余裕の笑みを見せ、言葉を切った。


 友加からの『いえ、先輩の方こそ”まだまだ”ですよ』という反撃待ちの姿勢である。

 ここで思惑通り、友加が『和歌には和歌で返答するのがマナー』と指摘してくれば

『しまったぁ! そう来たか。コイツはオイラの読みが浅かった。花鶴友加、オヌシなかなかやりおるな』

と相手を称えて、ミッションクリア。


 の、はずだったのだが……


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「『つまらないくらいに超簡単過ぎ……だったんですね。先輩にとって、こんな暗号を解く事くらい。私は一生懸命に考え抜いたつもりだったんですけど』って、彼女、真っ赤になっちゃって」

 脚本書きは、ようようペットボトルの茶を一口含み、首を左右に傾けてポキ・コキと音を鳴らした。

「続けてさ、『後を追う者として、水口先輩には――岡崎先輩と同じように――私のことを知って欲しかった。存在を認めて欲しかったんです。同じくアイデアやひらめきでもって、観客にセンス・オブ・ワンダーを与える、いえ、与える才能が居ると』。そんなコト言い出してね」


 なあ、と生き物マニアも――今度はビスケットを頬張ほおばりながら――頷く。

「カヅルちゃんの暗号は――暗号そのものは――ジャスト・アイデアに過ぎなかったんだよ。二重三重の仕掛けなんかを詮索せんさくする必要の無い。ただ水口の気を引きたかっただけで」

 そして、お茶をもう一本所望し

「予想していた”大どんでん返し”を、予定通りにコチラが演じる前に、むしろカヅルちゃんから意表を突く”肩透かたすかし”をらっちゃった感じでね」

と”その場の様子”を説明。

「いや、”肩透かし”っつうより、”猫騙ねこだまし”か」


「反応にきゅうして固まっちゃったアタシも悪いんだけど……」

 脚本書きはペットボトルをドン! とテーブルに置き

「『えっ!』とか、大声上げたアンタが悪い」

と生き物マニアを指差した。

「いくらなんでも不自然過ぎでしょう?! ただの見届け役・いざという時の壁担当のアンタが、叫び声出すほど驚いちゃ」


 いや、まあ、などと亮平はモゾモゾ口籠くちごもっていたが、勢いよく立ち上がると

「水口、ホンットウにゴメン!」

と頭頂部が床をこするか、前額まえびたい膝頭ひざがしらにくっつくくらいにまで頭を下げた。

「俺は予定調和の事くらいしかマトモにこなせない未熟者だ。それに、自分で自分の尻を拭くことすら出来ない馬鹿野郎なんだ!」


「もういいって。終わり良ければすべて善し、なんだから」

 脚本書きの声が、多少もの柔らかなトーンに変わり

「ほら、これ飲みな。一度、口付けちゃってて悪いけど。ここは喫茶店でも購買でもないんだから、余分のお茶なんて置いてないよ。このペットボトルも、アタシたちが対決に出掛けてる間に、片山くんか純子が気を利かせて調達してくれたブツで間違いないんだから」

と、グイッとお茶を突き出した。


 勢いに押されてペットボトルを受け取った亮平だが、あおくなっていた顔色を一気に赤変させ

「あ、で・でも、こッ・これ……」

と、非常に分かり易く狼狽うろたえた。

「か・間接キスなんじゃ……」


「おっとあにさん、アタシの出す茶は呑めないってかい?」

 美形の脚本書きが”べらんめえ口調”で凄みを利かせる。

大丈夫でぇじょうぶ。毒なんざぁへぇってえよ。アタシャあ、疫病えやみ持ちってわけでもないし」


「そうそう大丈夫」と純子も、せん意趣返いしゅがえしで亮平をはやす。

「舞が口を付けてから3分も経ってないからね。仮に舞が口の中に、口噛くちかしゅかもすのに働くような常在菌じょうざいきんを飼っていたとしても、ペットボトルの中で増える時間的余裕が無い。だから希釈率を考えればほぼ無菌だよ。それにキミは健康体だから胃酸が全てを解決してくれるって」


「第一アナタ、毎日毎日干潟の泥をい回っているんでしょう?」

 脚本書きは生き物マニアをめ付けて、更に畳みかける。

「ヘドロより、アタシの口の方が雑菌まみれとでも言いたいのかね?」


 亮平の窮状を見かねた、といった調子で探偵が割って入った。

「こらこら二人とも。その辺りで勘弁かんべんしてあげなよ」

 そして亮平に向かって手を差し出し

「もったいないから、そのお茶は僕が貰っておこう。代わりに自販機で新品を買ってきてあげるから」

と『助け舟』を出した。


「くそぅ片山。やっぱりオマエが一番の悪党だな」

 観念した亮平が、目をつむってペットボトルをあおった。

 そして「初体験の 甘露かんろなりけり」とヘタクソなしもの句を詠んだ。


 探偵は、亮平の青春アオハル狂歌に

空戦そらいくさ終えて 間接キスの 茶を飲めば」

と生き物マニアの下の句に、それを上回る字余り過多でド下手な上の句を繋げ

「倉科くんが、僕の失敗――読み違い――をフォローしてくれたんだね。ありがとう」

と礼を言った。

「だから、お茶を飲むん切りを付けてもらうための誘導は、ちょっとしたプレゼントってことで」

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