14)暗号推理の報酬には莫大な黄金がデフォ
探偵の意を酌んだかのように、相棒が
「舞。それで、どこがどう”でんぐり返って”『終わり良ければ総て善し』に成っちゃったワケ?」
と説明を要求した。
「倉科くんが驚いて、当然、花鶴ちゃんは不審を抱くよね?」
「おうさ」と脚本書きは大きく頷き「賢いだけじゃなく、花鶴友加には行動力が有る。それも攻撃的と評していいくらいのね」と答えた。
「花鶴友加は、この場における攻略目標を、アタシではなく倉科クンに絞ったんだ。いかにも秘密を握って――共有していて――そうだし、迂闊な反応からみてアタシより与し易しと踏んだんだろう。それで、胸倉を掴む勢いで倉科君に詰め寄った。彼に比べて花鶴友加、頭一つは低身長なんだけど」
「ナルホド。倉科くんは壁ドンされちゃったわけだ」
純子は、そりゃあ大変だったね、と亮平に同情を示す。
「後輩の美少女に詰め寄られるなんて、そういうのが好きな人にとってなら魅惑的なシチュエーションなのかも知れないけれど、知らない女性に恐怖症を持っている倉科くんにとっては悪夢以外の何物でもない。甘酸っぱいなんて、とても感じられる状態ではなかったはず」
「ん……ああ。お恥ずかしながら」と生き物マニアが頭を掻いた。
「全身から力が抜けて、床にへたり込みそうだった。カヅルさんが小鬼に見えた」
「ま、それで花鶴友加は倉科くんの弱みを突くカタチで――まさか恐怖症とまでは見抜いてないんだろうけれど――嵩にかかって攻め立てたんだ。『なにが、えっ? なんですか。私、変なコト言ってますか?!』ってね」
脚本書きは両手を頭の後ろで組み、ううう、と大きく伸びをした。
「花鶴友加にしてみれば、暗号式挑戦状の作成動機を告白した心算だったのに、部外者の見届け人から異議申し立てされたみたいな雰囲気になっちゃったわけだからね」
「それで、つい『水口は、キミに対して負けを認める予定だったんだ』と口が滑った……口を滑らせちゃったんだ」
亮平が、己が犯した失敗の核心部分を告白。
「まあ、そんな事を言っちゃったら『負けを認める?! 負けを認めるって、どういう事ですか!』と追い打ちを掛けられるのは必須というか……当然の成り行きで」
「あ~。それで倉科君は『和歌には和歌で返答するのがマナー』っていう、花鶴ちゃんがゲームを勝ちパターンに持ち込むために必要だったキー・センテンスを、ゲロっちゃったと」
純子はホ~ッと長い息を吐いた。
「舞と花鶴ちゃんの間で、仮にゼロ和ゲームが行われていたとしても鍵になるポイントなんだけど、倉科君の『負けを認める予定』発言によって、舞は非ゼロ和ゲームとして花鶴ちゃんとの対決に臨んでいたのが明らかになっちゃったんだ」
「そ」
脚本書きの肯定は、率直かつ断定的だった。
「アタシにしても、咄嗟に倉科発言を誤魔化す方法は思い浮かばなかった。相手はクレバーだ、という手応えはヒシヒシと感じていたからね。これは軽々しく口を開けない、と思って」
「それで水口は黙ったままだし、俺は――今度は実際に胸倉を掴まれて――『負けを認めて、水口先輩には何のメリットがあるんですか! まさか裏でバカにして私を嗤う心算だったとも思えない。全然、納得できない!』って、鬼の形相で責められて」
亮平のセリフに、純子は「ゴブリンからオーガにクラスチェンジしちゃったかぁ」と感慨を漏らし
「で、どこまでㇵナシをしちゃったのかな? 小式部内侍と定頼とは出来レースを組んでた疑惑の部分?」
と一人語り。
そして「でも、それだけじゃあ花鶴ちゃんの質問に答えたことにはならない」と亮平に続きを促した。
「舞がなぜ、そう考えるのに至ったか。そして今回、それを花鶴ちゃんとの非ゼロ和ゲームに応用しようと思ったのか、という――今度は脚本家 水口舞側の――動機を説明しないとね」
「うん。まあ、それで」
脚本書きが武士の情けで、答えにくいであろう生き物マニアに成り代わり、介錯を執行した。
「アタシが挑戦状を生物研に持ち込んで、知恵袋の片山くんに解読してもらったところから、返し歌候補の『夜をこめて』と『早蕨の』とをチョイスした件。そして悪役貴公子の定頼が小式部内侍に協力を持ち掛ける流れや、『なぜ解読した事のみ』を返答するのが一番思いやりがある対応だと判断するに至ったか、ということまで全部。ちゃあんと順を追ってね」
そして「倉科君の説明で、花鶴友加は完璧に納得した。私の行動の意味を」と結んだ。
「怒りの形相が驚きの表情に取って代わり、ついには意外にも感謝の喜びにまで移行したよ。周りで耳をすましていた演劇部の面々は、顎が外れるほど驚いたままだったけどね」
それにしても、と脚本書きは微笑み
「倉科くんの短期記憶容量の凄まじさ、処理・整理能力の確かさ、窮地に陥っていても説明に手を抜かないアウトプットの巧みさには驚いたね。コイツ侮れないな、と認識を改めたよ」
と生き物マニアを称えた。
「更に、だ。侮れないのは花鶴友加も同様で」と脚本書きは言葉を繋いだ。
「直ぐに感情を立て直すと『そのプロット、小式部内侍と藤原定頼の非ゼロ和ゲームの件、私に下さい!』と、倉科くんとアタシに頭を下げてきたんだな。『私なりに一度よく揉んでみてから、舞台に掛けたいんです』ってね。演劇部の面子にも『面白くなりそうじゃないですか!』って発破をね。その場で、だよ?」
「と、云ったわけで」と脚本書きは探偵に向け
「事後承諾で悪いんだけど、片山クンの読み筋は花鶴友加へとプレゼントすることに成っちゃったから。悪しからずねぇ」
とウインクした。
「解釈としてはオーバーキルだったわけだから、探偵としての成績には汚点が付いちゃうわけだけど!」
「いや、僕なら『職業・探偵業』を看板に上げてるわけじゃないなら、全然問題ないんだけれど」
修一は苦笑すると
「それより、水口さんが倉科君にした仕打ち、あの間接キス強要の理由が分ってホッとしたよ。普段のキミなら絶対に執らないタイプの行動だろ?」
と脚本書きに指摘した。
「傍から見れば、セクハラとかパワハラと取られても言い訳出来ない行為だ。けれどあの場合、キミは花鶴女史から強烈な――新たなトラウマになる可能性を持つ――攻撃を受けた倉科君のメンタルをケアしておく必要を強く感じていたと考えられる。通常人には問題が少ないレベルのショックであっても、既に恐怖症を発している人物にとっては、フラッシュバックに悩まされる起因のポイントに成りかねない」
「皆まで言うな、片山よ。……つうか、オレに言わせろ」
今度は生き物マニアが苦笑した。
「水口がやってくれた事は『ショックの上書き』だ。怖い思いをした激しい衝撃を、甘美な感動で塗り潰し、強制的に更新させる。実際オレは、水口との間接キスに強い衝動を味わったし感謝している。『女の子というイキモノは、可愛くて優しくて、とても良いものだ。怖がる対象ではないんだ』と、胸の底から揺す振られたからな。ショック療法というヤツが有効なのかどうかは、心理学者じゃないオレにはとんと判断がつかないが、今の俺には効いていると言わざるを得ないね」
「照れるぜ、倉科」
感謝されて、脚本書きは優しい表情になった。
「アタシとしても喧嘩の時に、キミが後詰に付いてくれてて心強かった」
ところが、その良い処でキッチリ終わりきれないのが水口舞という人物。
照れ隠しなのか、物書きの性というヤツか
「しかし、だったら『姐さん、これから先も付いて行かせてもらいやすぜ』の一言が、なぜ出て来ない?」
とブチ壊シな事を言い出した。
「そりゃ出ないよ」
と噴き出しつつ、助太刀の剛剣を振るったのは純子。
「アンタ、倉科くんと仲良くなってから、まだ数時間じゃん。彼にしてみれば、ようよう怖くなくなりました、って段階だよ。清少納言の『やうやう白くなりゆく山際』の”をかし”じゃないけれど。ほら一般的にはこんな時なら、普通『まずはオトモダチから』なんて言うんじゃないのかね?」
純子の助太刀は、舞・亮平の両者にとって共に時の氏神ともいうべきものだったか、「まずはオトモダチ」の一言は両名が共に今一時のスタンスを定めるのに大きく役立ったようで……
「純子! 片山クンの扱いが酷いアンタに、上から目線で偉そうに言われる筋合いは無いわ!」と脚本書き。
「よし! オレもまずは小学生レベルから!」と生き物マニア。
結束を固める効果をもたらした。
「皆さん、お幸せそうで何より」
出汁に使われた探偵は微苦笑すると
「でも、ちょっとだけ心配が残るのは花鶴女史のメンタルだね」
と懸念事項を指摘した。
「表面は平気そうに見えても、奥底ではプライドが傷付いているんじゃないのかな?」
「そんな事も有るかも知れないけれど」と脚本書きは、真顔に戻って探偵の危惧を払拭する。
「麦は踏まれてこそ良く育つ。物を書こうというニンゲンにとっては、何事も――時にはそれが負の経験であったとしても――自分の引き出しを増やすための肥やしになるのだよ。いや、糧にせねばならんのさ。『われ、山に向かいて目を挙ぐ』ってヤツだ」
それからニンマリ笑って
「花鶴友加は既にそれを心得ておるよ」
と断言した。
「『経験の幅を広げるために、映研にも出入りさせて下さい。お願いします』だとさ。それに加えて『先輩の知恵袋、生物研の方々への御紹介も、何卒、重ねて』と来たもんだ」
「ウチの部は『来るもの拒まず』だから構わないけど」
純子は苦笑して
「でも、どうせ舞はその場で『苦しゅうない。生物研への出入りも許して遣わす』とか返事しちゃったんでしょ?」
と返した。
「まあ、その場には倉科クンも同席していたし、彼も拒みはしなかったから」
ぬけぬけシャアシャアと抜かす脚本書きに、生き物マニアも
「え! 俺は既にタマシイ抜けてたろ?!」
と一応は抗議したが
「岸峰、片山! 俺からも宜しく頼むわ」
と潔く、新しく出来た『親しい友人』の肩を持った。
「As You like」
純子は二人に微笑むと
「その代わり、花鶴ちゃんには無菌操作と薄層クロマトの分析技術くらいは覚えてもらわなくっちゃね?」
と相棒に同意を求めた。
「生物研にも籍を置くつもりなら」
探偵は「まあ無理は言わないで」と相棒に一言。
「キミの盟友だって長らくここに出入りしてるけど、試験管培養用の綿栓一つすら、作る協力をしてくれてないじゃないか」
そしてヨイショと立ち上がると、堅パンの入ったブリキ缶の蓋を開けた。
探偵は、岩より硬い焼き菓子を皆に配りながら
「それにしても、今回の暗号推理には思わぬ余得が生まれて見っけモノだったね」
と労った。
「暗号推理の醍醐味部分は、謎を解くことで莫大な報酬が約束されているというストーリーが多いのだけど、黄金や埋蔵金といった『お宝』以上に貴重なブツに辿り着いたわけだし」
「あれ、どういう意味か分る?」
亮平は、肘で新しい友人の脇腹を突き、解説を求めた。
舞は「推理小説好きの中には『殺人事件よりも軽い犯罪の場合には、読者の緊張を最後まで継続させることが難しい』と考える向きが有るんだよ」と教えを垂れる。
「実際には『日常の謎』や歴史推理系とか、殺人・傷害が絡まない名作は多いんだけどね。暗号推理モノも、その一つなんだ。ほら、話にも出てた『黄金虫』は海賊が遺した黄金を探すのが目的だし、『猿丸幻視行』は猿丸太夫が隠した財宝の行方を追うのがキモなんだよ」
「そうそう」と純子も解説に参戦。
「江戸川乱歩御大も、少年探偵団シリーズで『怪奇四十面相』を書いている。アレは商船王が遺した金塊の在処を探す話だったし。それに横溝正史御大も『八つ墓村』で宝さがしをテーマにしてる。……まあ『八つ墓村』では、派手に人が死ぬけどね」
それを聞いて「えええ!」と生き物マニアが驚いた。
「『八つ墓村』って、『祟りじゃあ! 八つ墓明神はお怒りじゃあ!』のホラーでしょ?!」
「まあ、渥美清が金田一耕助を演じた1977年の松竹版映画は有名だからね」
と映研の脚本書きが、新しい友人にちょっと困った顔をする。
「けれど原作小説も読んで欲しいな。だいぶ印象が変わるから。あれは”お家乗っ取り”のホラー推理なんじゃなく、尼子の軍資金を巡る冒険大活劇なんだから」
脚本書き他の遣り取りを聞いて
「みんな、はぐらかすのが上手いなぁ」
と探偵が破顔一笑。
「今日の”黄金より貴重な物”の意味は分かっているくせに」
「と、申されますと?」
脚本書きが、すまし顔で確認を入れる。
「一応、伺っておきましょうか」
「敢えて、口にしろ! と来ましたか」
探偵は笑ったままウンウンと頷くと
「じゃあ、まずは花鶴女史。彼女は水口さんに認めてもらいたいという欲求を叶えた上に、演劇部の主要メンバーに、自分の存在感の大きさというインパクトを与えるのに成功した。また派生的に、これまでの殻というか枠組みを越えて、映研との交流も今まで以上に密な協力関係に移行するだろうという手応えも得ている。加えて、これは前の三つに比べれば小さな成果なんだけど、新たに作劇上の情報源――生物部とかね――も確保した。彼女にとってはこの三点、いや四点かな、ま、先々は財産になるんじゃないかな。今は少しプライドが傷付いているかも知れないけれど」
と指を一本立てた。
「それ全部、カヅルちゃんは予想していた上での行為だったんだろうか?」
生物マニアが首を傾げる。
「そうだとすると、彼女、とんでもない策士ってことになるけど」
「ああ、そこまで全部は無理でしょうよ。アタシに己の存在を知らしめたいという部分と、加えて、もしかしたら演劇部に喝を入れたいって部分は、読み筋の内だったんだろうけどね」
脚本家は、新しい友人の疑問にそう応えると
「しかし片山クンが、指を一本しか立てていないのが気になるんだよねェ」
と探偵に続きを促した。
「ふむ。督促が来ましたか」
探偵は二本目の指を立てると
「これは花鶴女史の想定の外、という事に相成りますが」
と一旦言葉を切り、タメを作ってから
「水口さんと倉科は、共に新しく『親しい友人』を得た」
と断言した。
「特に倉科くんは女性と話をするのも苦手だったんだからね。水口さんという複雑な個性を持った素敵な女性が『親しい友人』に加わってくれたことは、人生にとって大きな財産だと言える」
ガタ、と音を立てて亮平が椅子から立ち上がった。
「オマエたち、そこまで読んで俺を巻き込んだのか?!」
「そんな訳、ある筈無いでしょう」
脚本書きが椅子のシートをポンと叩いて、親しい友人の着席を促す。
「偶然だよ、偶然。流れからそうなった、というだけで。まあ悪い偶然じゃなくて幸いだったけど」
舞は亮平の着席を待って
「だったら、片山クンには何か余得が有ったわけ?」
と捻じ込んだ。
「暗号推理の解決報酬には、莫大な財宝がツキモノなんでしょ? それとも今回の探偵さんは骨折り損で幕引きなのかな? そんな小説もあるけどね」
「その点に関しては、まだ確定はしていないんだけど」
と探偵は涼しい顔。
「クレバーでヤル気に満ちた花鶴女史が、生物部にも所属してくれるかも知れないからね。生物研究の面白さに目覚めてくれれば、大きな戦力・有力な後継者に成ってくれる可能性がある。草臥れ儲けで終わるとは限らないよ。ま、その場合、演劇部と映研には恨まれるだろうけど」
「本当にそれだけ?」
脚本書きは追及の手を緩めない。
探偵は渋々先を続けた。
「そうだね。……もしかしたら岸峰さんが、今よりもう少しだけ僕に親しくしてくれるようになるかも知れない。キミ達が、今後更に仲良さげな姿を見せてくれさえすればね。まあこれは、敢えて希望的観測を述べさせてもらうならば、なんだけど」
探偵の希望を耳にした脚本書きと生き物マニアとが、急いで純子の顔に目を向けると、探偵の相棒は耳まで真っ赤になっていた。
おしまい




