ベルフェゴール VS ナイトシェード・羅刹
彼我の距離が凡そ300mまで狭まった頃合いで騎士国側は移動速度を緩め、スヴェルS型の一番騎と二番騎だけを突出させる。
すぐさま草地へ滑り込んで片膝を突いた狙撃仕様の二騎は射撃体勢となり、漸進してくるリグシア領の騎体に澱みない動作でコンパウンド・ボウの矢を射掛けた。
淡い魔力光の尾を引いて飛翔した矢は別々の敵騎に命中し、受け止めた腕盾を氷結させたり、太腿を爆炎で破砕したりと、付与術式の効果を存分に示す。
なお、日置流の遣い手である琴乃の乗騎が連射していた二の矢は偶然にも、一の矢で下半身を攻撃されて傾いた標的の胸郭に突き刺さり、彼女の魔導士イリアが鏃に籠めた “フレイム・ボム” の魔法を発動させた。
『ちょッ、何でそこに中るのよ!?』
『うぁ、一騎、撃破……』
二人とも本格的な対人戦闘は初めてのため、操縦席付近が爆散して大破したグラディウスに動揺の声を漏らす。どう考えても脱出できるような状況ではなく、俺の見立てだと操縦者らは即死している筈だ。
先立って敵方の砲撃騎を誘爆させた時点で、もう人を殺めているのかもしれないが… 感受性豊かな少女達は簡単に割り切れないのだろう。
『生き残れば幾らでも悩める、先ずは死なない程度に立ち廻れ』
『… ん、頑張ってみるよ、蔵人さん』
主兵装の機械弓を手放したスヴェルS型一番騎が腰元の鞘から、不慣れな鉄剣を引き抜く様子など一瞥しつつ、温い会話にロイドやディノが漏らした溜息を黙殺して剣戟の間合いへと雪崩れ込んでいく。
白兵戦で相手取るのは対峙する四本腕の巨大騎士、恐らく中核都市ウィンザードで見掛けた強襲型を発展させた後継騎に相違ない。
『うぅ、手強そう……』
『ならば是非も無しッ!』
敵味方の各騎が交戦し始める中で、魔導士レヴィアと共に駆る黒銀の騎体ベルフェゴールを摺り足で漸進させれば、此方の機先を制した複腕騎が毅然と飛び掛かってきた。
『ッ、随分と拙速だな』
『その首、貰い受ける!!』
高らかな宣言と共に左右主腕を振るい、上段より鉄剣二本による鋭い交差斬撃を繰り出してくるが… まともに受け止めてやる義理も無く、切り結べば手数で不利になるので剣筋を見切って後方へ躱す。
さらに左足で一歩踏み入りながらも右膝を掲げ、攻撃直後で隙だらけな敵騎の胸部装甲に強烈な中段蹴りを喰らわせてやった。
『ぐッ!?』
『うぁ…』
漏れ聞こえた短い呻きに構わず多々良を踏んだ複腕騎に追い縋り、鳩尾を自騎のサーベルで刺し貫こうとするも、左副腕に阻まれて手甲を穿つ程度に留まる。
次の瞬間、半身で距離を詰めると同時に主副右腕での反撃が繰り出され、咄嗟に剣刃と短槍の穂先を凌いだ左剛腕の硬い装甲が罅割れていく。
何の因果か、ベルトラン卿との前哨戦で損壊した部分に槍先を埋められてしまい、人工筋肉の繊維を裂かれる感覚が激痛として伝わってきた。
『ん… ぅう』
気遣わせないよう苦鳴を呑んだ赤毛の魔導士に内心で謝意など捧げ、強引に左剛腕を振り払った勢いのまま半回転して迫り、遠心力が乗った裏拳を複腕騎の側頭部に叩き込む。
その強打で体勢を崩して半歩退き、適度な位置から関節目掛けて放った斬撃が左腕二本の付け根を深く切り裂いた。
『ッ、貴様のような稀人が戦火を広げる。自覚しろ、騎士王!!』
『酷い言われようだな、同じだよ、俺もお前も』
“誰かの為に刃を振るう、不撓不屈の人殺しだ” と思ったのが騎体経由で筒抜けとなり、何やら物言いたげなレヴィアの揺れる心情に触れつつも、複腕騎が右主腕で仕掛けてきた剣戟をサーベルの刀身にて逸らす。
やや大振りな攻撃を囮にして、死角から脇腹を狙ってきた右副腕の短槍も半壊している左剛腕で払えば、半ば凝固している血色の魔導液が飛散した。
『無茶したら減圧で動きが鈍るよ、クロード!』
『レオッ、左腕の傷が深い! 早く仕留めて!!』
躯体制御を担う魔導士達の叫びに急かされ、姿形の違いこそあれ左腕を力無く垂らした騎体同士が睨み合い、残された右腕の白刃を降り注ぐ陽光に煌めかせる。
呵責なく互いの弱点を狙い、左側へ廻り込むようにして突き入れた一撃は… 相打ちなれども、紙一重の差で明暗を分けた。
『ぐぬッ、う……』
焼けるような熱さを感じた刹那、自身と繋がるベルフェゴールの脇腹から魔力を帯びた赫い飛沫が吹き出し、鉄剣の切っ先が深々と刺さっている事実に気付く。
これ以上の継戦は困難だろうが、此方の刃先で魔導核を穿たれた複腕騎は機能不全に陥り、疑似眼球の光も失ってぐらりと前のめりに斃れた。
慎重を期して魔導炉も止めるため、右掌で握り締めていたサーベルの柄を上下反転させて逆手持ちにすると、伏した敵騎の外部拡声器より少女の声が響き渡る。
『待ってッ、投降する!!』
『ッ、生き恥を晒せと?』
切羽詰まったリグシアの魔導士や、戸惑う騎士の言葉に聞く耳持たず、徐に動力部のみをピンポイントで潰したら後部座席のレヴィアが呆れた。
『一声くらい掛けてあげても……』
『端から無益な殺生をする気は無いし、話は全て終わってからで良い』
少し手間取っている内に、周囲の敵騎と鎬を削っていた麾下の僚騎にも幾ばくかの損害が生じて、中破した琴乃の騎体などはディノ達の改造騎に庇われている。
ただ、騎士国に宛がわれた敵勢は総崩れとなっており、まだ余力がある月ヶ瀬兄妹のベガルタに加え、二騎のスヴェルF型が均衡状態にあるゼファルス領軍の援護へ廻っていた。
何気にワンオフの騎体と連戦してますので、そろそろベルフェゴールも打ち止めかと。そして、〆は銀髪碧眼の兄妹が持っていくという(*º▿º*)




