ブレない少女達と騎士王
なお、現地の小城に駐在させている騎士国の武官フォルドの連絡により、女狐殿は領地北東の小都市ベグニッツに近い平原でリグシア領軍を迎え撃つ予定だと伝えられ、時が来るまでリゼル騎士団は近場の大森林で潜伏する事になった。
先方が手配した人払いの結界を張る魔術師達や、自国から率いてきた斥候兵と輜重兵の混成小隊八十名に加え、専属騎士と魔導士の二十名が戦闘前の自由な時間を過ごしているのだが…… 幾人かは手持ち無沙汰のようである。
「うぅ~、暇なんだけどッ、何か面白い事無い?」
「レヴィ姉様、読みますか?」
退屈さで荒ぶる赤毛の魔導士にそっとエレイアが読んでいた書籍を差し向け、木漏れ日に輝く銀糸の髪を揺らせて小首を傾げた。
重厚な革製カバーには『第三代騎士王物語 柳生伝』と記されており、つまりは彼女やロイドの御先祖に纏わる物語なのだろう。
「殿方が好みそうな内容ですが、これを読むことで受け継がれた血筋も含め、お兄様の素晴らしさがマシマシになります♪」
「ごめんね、普通に要らない」
「…… 微塵も軸がブレないな」
若干の恐怖を感じながらも、甘い桃缶を渡してレヴィアのご機嫌を取っていたら、何処かで見た覚えのある精悍なゼファルスの騎士が配下を引き連れて来た。
「お久し振りです、騎士王殿」
「健勝そうで何よりだ、アインスト殿」
自然な動作で差し出された右掌を反射的に握り潰しかけ、彼は脳筋では無かった事実に気付いて、紙一重で単なる握手に留める。
一瞬だけ此方の態度に怪訝な表情を浮かべた騎士長だが、何事も無かったかのように背後に控えていた魔導士を紹介してくれた。
「こうやって直にお会いするのは初めてですね、エリザと申します」
「その声は…… ベガルタL型に乗っていた?」
「はい、騎士長付きの魔導士になります、以後お見知りおきを……」
「あぁ、宜しく頼む」
ぺこりと頭を下げてくれた鳶色髪の女性に釣られそうになれば、透かさず背後でライゼスが大きく咳払いする。
いつもの “王たる者、軽々に頭を下げるな” という主張が多分に籠っていたので、軽い会釈だけを返して再びアインストに向き直った。
「何か状況の変化でも?」
「いや、別件です。うちの御領主が時間を取れないかとね」
苦笑混じりの誘いを断ることはできるものの、隣をチラ見したら小動物の如く桃を齧っていたレヴィアが凝視しており、“私も行きたい!” と言わんばかりの態度だったので素直に頷く。
当然、隠してある騎体を移動に使うことはできないため、アルド騎兵長に適当な軍馬を見繕ってもらい、護衛騎兵の数名と一緒に中核都市ウィンザード目指して進むこと暫し…… 森を抜けて平原へ出た途端、強い風が吹き荒んだ。
「ん~、割と気持ちいいね」
「確かにな…… ところで、何故に琴乃まで?」
腕を廻してしがみ付く赤毛の相棒に短く応えた後、問い掛けつつも斜め前方の黒髪少女と軍馬の轡を並べる。
仲が良い騎体付き魔導士のイリアや、世話焼きのリーゼが宿営地に残留しているため、快活に見えて人を選ぶ彼女が独りで付いてくるのは珍しい。
「いやさ、ゼノス団長が一度ゼファルス領の都市を見てこいって…… それにニーナ様って、あたし達の同類なんでしょ?」
「日本人じゃなくて、ドイツ人だけどな」
<こっちの人達よりも親近感はあるわ>
周囲の者達が理解できないと高を括った日本語の発言を聞き流し、琴乃も銀髪碧眼の魔導士と同じくブレない性格だと感心する。
<まだ、こっちに馴染めないのか?>
<まぁね、クロードさんが馴染み過ぎなのよ>
やや不満げな彼女は戦争から遠い環境で生きてきた人間が陣頭に立ち、平然と刃を振るうのは相当におかしいと主張してきた。
何気に心外だったので初めて人を斬った時、かなりの葛藤に苛まれたのを言及しておく。
<…… ごめん、また無神経なこと言ったね>
<構わない、最近は全て必要性の問題だと捉えているからな>
<必要性の問題って?>
<所詮、個人的な独善だが……>
要約すると正当防衛の拡大解釈で、親しい者達を護るために “必要ならば躊躇わない” というだけの事だ。
その代わりに不要な殺生は避けるものの、判断主体が自身である以上は独善の範疇でしかなく、単に開き直っているだけとも言えた。
<駄目だ、この人…… ちっとも参考にならない>
<そうか、済まないな>
結局は自身で割り切るしかないんだろうなと思いつつ、黒髪少女の愚痴と付き合っている内にアインストの先導で稀人が暮らす壁外街区を抜け、新市街と旧市街の境目に建つ東門を潜る。
大小様々な蒸気機関の煙が随所で立ち上る雑踏の中、先程から興味深そうに街並みを眺めている琴乃や、仲睦まじい月ヶ瀬家の兄妹と一緒に案内されるまま工房区画の駐騎場まで赴けば……
幻想的な知識としては理解しているが、実物は初めて見る飛翔船が地表僅かな高さに浮遊しており、船体から降ろされた折り畳み式階段の傍らに赤と黒を基調とするドレス姿の領主令嬢が佇んでいた。
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