深夜の会談、ただし野郎同士
元の地球で暮らしていた時に比べ、並行世界での実戦や鍛錬を通して格段に鋭くなった知覚に苦笑しながら、もそりとベッドから這い出て魔力灯を点ければ、部屋の扉が緩やかに三度叩かれた。
「陛下、夜分に申し訳ございません」
「構わない、少しだけ待ってくれ」
予想と違わぬミランダ嬢に一声掛け、備え付けの円卓に載せていた白シャツをアンダーウェアの上に着込み、手早く身だしなみを整えていく。
軍服というのは割と面倒なものだが、もはや慣れた手つきで黒いネクタイを締め、剣帯付きの軍用ジャケットを羽織って最後に呪錬刀 “不知火” を脇へ差した。
「問題は… 無いな、来てくれ」
「では、失礼致しますね」
姿見でちらりと自身を確認して相手に呼び掛けると、丁寧に扉を開いた淑女が一礼を済ませ、薄暗い室内へ歩んできた。
「私の主君が兵舎に来られまして… 短い時間になりますけど、貴方様との面会を求めているのです」
「リヒティアの大公殿が?」
「はい、応じて頂けますでしょうか」
援軍を要請した立場上、居城まで呼びつけるのが心苦しいことの他、不要な手間を取らせず、速やかに公国軍と合流してもらう意図があるとの事だ。
公都を訪れている現状、知己を得ておく必要性は感じていたので静かに頷き、踵を返した彼女に先導されて最上階にあるという騎士団長の執務室へ向かう。
辿り着いた部屋の前には屈強な二名の騎士が仁王立ちしており、静かに歩み寄ると無言で身を左右に引かせた。
「大公殿下、御客人をお連れ致しました」
先程と同じく扉を叩いたミランダの伺いに呼応して、室内から俺と同年代くらいの若い声が返ってくる。
「ご苦労、通してくれ」
「はい、失礼致します」
扉越しに畏まり、ゆっくりと押し開いて臣下の礼など取った彼女に続き、室内へ入って円卓の椅子に腰掛ける身体の線が細い理知的な青年と対峙した。
「名前を聞くことは多々あるけど、顔を突き合わせるのは初めてだね、クロード殿」
「此方もベルワトス殿のことは魔術師長から、賢き王だと聞き及んでいる」
「平時であれば良くても、今のご時世だとね」
「無為に遜る必要はないさ」
国境付近を抜けて帝国や騎士国に浸透する異形達につき、積極的な迎撃を控えて素通りさせるのは頂けないが、“滅びの刻楷” の侵攻に抗い、自国と民を護っているのは見事な手腕だ。
気を引き締めて挨拶代わりの言葉を交わした後、勧められるまま部屋の中心に置かれた円卓の傍まで歩み寄り、意匠が揃えられた椅子の一つに坐した。
「先ずは要請に応えてくれたことを感謝しよう」
「自国利益も絡んでいるから余り気にしないでくれ、というのはミランダ嬢にも伝えたな、それよりバルディアからの援軍は来るのか?」
彼の国家も有事の際はリヒティア公国を支える立場なれど、異形達が支配する旧フランシア王国の南西部と隣接しており、直近の状況次第では援軍拒否もあり得る。
「王都ミラドから四騎構成の小隊を寄こしてくれると、駐在官の連絡があった」
「予備戦力を宛がうのか……」
騎士国が主力騎体を投入できたのは敵勢力圏に近くとも、国境を接している訳ではないからだ。是非、リヒティア公国には頑張ってもらいたいと願うばかり。
「今後の為、現時点での詳細な戦況を知りたい」
「勿論、説明は頼んだよ、ミランダ」
「分かりました、大公殿下」
いつの間にやら主君の左隣へと移動していた淑女が頷き、迎撃都市ディオルの陥落や撤退戦に於ける騎体の損失、第一連隊長の戦死を筆頭に一般兵科の人的被害などが淡々と語られていく。
なお、少々前に旧フランシア王国のブルゴーシュ領を根城とする異形達が活性化したとの報告があり、北西の要塞へ視察に出ていたアドレイ騎士団長は中西部からの侵攻に連動した敵勢を留めるため、所属の戦力諸共に釘付けとなっているそうだ。
「南西の都市群も似たような窮状、自由に動かせる戦力は第一連隊のみです」
「色々と困った報告が相次いでね、すぐに援軍要請を出したのさ」
「あまり嬉しくない話を聞いてしまったな……」
公国の残存騎体にバルディアとリゼルの援軍を加えれば、巨大騎士の総数は二十六体になるが、敵勢に含まれる大型種は倍数以上に及ぶらしく、中々《なかなか》に厳しい戦場となるだろう。
中型種と小型種は魔術師隊を含んだ他兵科の戦力と拮抗しているようで、そちらを気にせず大型種へ注力できるのが不幸中の幸いと言えた。
「正直なところ、貴国の援軍が思ったよりも手厚くて嬉しい限りです」
「幾つか初見の騎体も混じっていたね」
「あぁ、国産騎のスヴェルS型だ」
問い掛けてきたベルワトスを露骨に無視できないことから、当たり障りのない範囲で技術分野に触れる内容を暫く続けた後、会話が途切れた際に辞する意志を伝えて、深夜の会談を切り上げさせてもらう。
「最後に一つだけ良いかな、クロード殿」
「聞かせてくれ」
「もし、公都ヴェルンが落ちて収拾不可能な混乱に陥った場合、行く当てのない臣民のうち、何割かを騎士国に受け入れて欲しい」
唐突な難民保護の要請など軽々《けいけい》に応じられる事柄ではなく、さりとて玉虫色の回答をする気もないため、包み隠さない率直な言葉を返す。
「確約はしない、善処はしよう」
漏れ聞こえる公王殿の微かな溜息を聞き流して立ち上がり、兵舎の廊下に出て歩みながら俺も一息吐いた。
公国が傾いた時点で騎士国も余裕は無くなり、“滅びの刻楷” を迎え撃つことに注力しなければならない。
後方に位置する同盟国の支援を受けられるとしても、潜り込んできた難民の面倒まで見るのは荷が重い。
(やはり、最善の解決策は勝利か……)
短絡的な結論しか浮かばない武骨な自身に呆れてしまうが、立ち止まっていても仕方ないので借り受けた塒に戻り、大雑把な格好となってベッドへ潜り込んだ。
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。
皆様の御力で本作を応援してください_(._.)_




