馬に蹴られるかもよ?
南西方向に延びる街道沿いを進むと、少しの間は王都近郊の森を切り開いて作られた幾つかの町村や、同時期に開墾されたであろう穀倉地帯が続く。
『この辺りで収穫された作物が供給されて、俺達の腹を満たしてくれる訳だな』
『ん、農家の皆さんに感謝しないと』
『あぁ、勿論だ』
何気なくレヴィアに返した言葉を集音機で拾い、団長騎のクラウソラスL型に搭載された外部拡声器を経由して、フィーネが雑談に混じってくる。
『陛下、それなら私にも感謝してください。先日、イザナ様と一緒に食べた “じゃがいも” 料理、私の家庭菜園で穫れた野菜が使われていますので』
『ふむ… 帝国のゼファルス領では珍しくないようだが、馬鈴薯の類は騎士国だと見掛けない貴重な食材だったな、ありがとう』
この並行世界に於ける地球でも新大陸が発見されて以降、それなりの年月が経過しているため、南米原産の農作物や嗜好品なども海洋国家を中心に普及していた。
なお、騎士国は内陸に位置するので海岸を持たず、外海に通ずる国際的な河川と港湾都市ハウゼンがあれども、船舶貿易の恩恵は薄いと言わざるを得ない。
その代わりに河川流域では農耕や放牧が盛んとなっており、そこに何らかの新種を持ち込むのは良い選択かもしれない。
『一度、ブレイズに相談してみるか』
『ふぇ、お父さんに?』
『芋類の国内生産を本格的にやろうかなと』
『ニーナさんの領地で食べたの、美味しかったよね』
わりと食いしん坊な側面があるレヴィアらしい言葉に苦笑しつつ、フィーネやゼノスにも意見をもらいながら半刻ほど移動すれば、徐々に人の手が入ったような部分は減じて、木々の緑が視界を占有していく。
それでも河川の支流や地下水脈のある土地は開墾されており、微かな町明かりを騎体の疑似眼球が散発的に捉えていたが、やがて天然の光景しか見えなくなった。
『此処からは国境の森林地帯だぞ、陛下』
『それを抜ければリヒティア公国の北東地域か……』
内部拡声器経由で操縦席へ届いた団長殿の言葉に応じて、巨大騎士の両肩や脚部に埋め込まれた魔力灯が照らす街道の先を見遣る。
左右に広がった暗い森は根源的な恐ろしさを喚起するものの、隣国に至る交易路の安全は幾度かの討伐を経て確保されているため、騎体の脅威となるような大型魔獣は周辺に棲息していない。
故に一刻半ほど黙して歩むと再び視界が開け、遠方に公国側の町が放つ、仄かな灯火を認めることができた。
『このまま夜分遅くに押し掛けて問題ないでしょうか、ゼノス様?』
『危急の折とは言え、些か失礼な気もします』
先行する改造騎のガーディアより、念話装置の共有回線を通じたディノとリーゼの声が脳内に響き、謁見の間での打ち合わせに居合わせた一部の者達を除いて、到着後の仔細までは伝えていなかったのを思い出す。
ただ、恐らく意図的に此方を避け、態々団長殿に確認している手前、余計な横槍は挟まず説明を任せることにした。
『受け入れに係る諸事項は駐在官らが調整済みだ。首都ヴェルンの北門から城郭にある駐騎場へ向かい、併設された兵舎で一泊する』
『ということは… ちょっと遅めだけど、暖かい夕食が食べられるのね』
『…… 持ってきた缶詰も湯煎したら暖まるだろう』
『むぅ、ディノ君は分かってないなぁ、野戦食と普通の料理は別物でしょう!』
自身も他人の指摘をできる立場とは言えないものの、言葉を額面通りに受け取って、無粋な突っ込みをするディノに僅かな苦笑が漏れてしまう。
あれでいて上手く噛み合っている以上、余計な気遣いで人の恋路を邪魔しても馬に蹴られるだけかと思っていたら、後部座席のレヴィアが小声で話し掛けてくる。
「ゼファルス領訪問の頃から良い感じだよね、あの二人♪」
「俺とイザナみたいに結果が出るとは限らない、止めておけ」
「ん~、勝手知ったる幼馴染みとしては応援したいんだけど……」
自ら摺り寄って蹴られそうな赤毛の少女を諫め、騎士国と然ほど変わらない様子を眺めながら、さらに移動していくと風景が穀倉地帯へ切り替わった。
遠方には月明かりで照らされた公都の城が見えており、長い時間を掛けることなく篝火が煌々と灯る北門まで到着する。
義理の父娘が駆る団長騎に続き、門前の整地されている場所へ適度にばらけた僚騎の間を縫い、ベルフェゴールを北門の付近まで至らせれば、防壁上で待機する者達の鮮明な姿が疑似眼球に映り込んだ。
その中でも見慣れた軍服を纏う二名の兵士に加えて、彼らを従えた飾り気のない質実剛健な偉丈夫は騎士国の身内と思しい。
「お待ちしておりました。初めて御目に掛ります、駐在官のザイゼルに御座います」
『出迎えご苦労、現地では世話になる』
『卿と顔を合わせるのは数年振りだな、息災だったか』
「ゼノス殿、積もる話は後で酒と一緒に酌み交わそう」
気安く投げられた団長殿の言葉に微笑を浮かべてから、堅物に見えて柔軟性もありそうな二枚目の中年が公国の守備隊に頼んで開門を促す。
「大通りを直進すると城郭内の駐騎場に着きます。先に行ってください、陛下」
「自由に使ってもいいのか?」
「此処の騎体は前線の迎撃都市群に出払っていますから、いつも伽藍洞ですよ」
そう嘯いた在外の官僚が護衛の兵士らを伴い、颯爽と防壁より立ち去っていくのを見送った後、此方側も公都の市街地へ巨大騎士の脚を運んだ。
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