部活少女の苦難
『残念だが…… この念話は此方の意思を伝えることしかできない』
<うぅ、そうだったのね>
がっくりと肩を落とした稀人のポニテ少女に向け、さらにディノ・セルヴァスが言葉を重ねていく。
『自身の意思は首肯か、左右の首振りで伝えろ、いいな?』
<……>
徒労感に苛まれて、苦渋を滲ませた顔つきの少女は項垂れると、脱力した状態で上下に首を振った。
それに応じて騎体を立ち上がらせ、一歩退いてから握り込んだガンソードを腰元の鞘へ納めた後、再度の駐騎姿勢となって鋼鉄の右掌を差し出す。
『此方の保護を求めるなら、乗るといい』
『騎士国の王都エイジアまで招待するわ』
(女性の声?)
一瞬だけ、脳内に響いてきた柔らかな声音を拾い、疑問を抱いた稀人の少女だが、現状で考えるべき大きな問題は他にあった。
眼前の巨大騎士は立ち上がると全高15~16mほどの高さがあり、掌上の面積は1㎡に満たない程度。少女一人が座り込むには十分であれど、移動時の振動も鑑みれば身体を預けるのは危険に思えた。
<堕ちたら、死んじゃうよ……>
流石に躊躇ってしまうのは仕方ないものの、背に腹は代えられない。
見知らぬ土地へ迷い込んで四日目、弓道の部活帰りに立ち寄った総菜屋のコロッケを齧ったのが最後の晩餐となるため、飢餓感は既に限界を超えていた。
だからと言って、湿原の低木で見つけた “未知の果実” に手を出すのは論外な上、得意の弓矢で仕留めた小動物を捌くのも高校一年の少女にはハードルが高すぎる。
(日頃の練習のおかげで、角つきウサギ? は撃退できたけど)
このままでは遠くないうちに野垂れ死んでしまうだろう、などと考え込んでいれば痺れを切らしたのか、もう一体の巨大騎士が身動ぎした。
『返答は如何に?』
<分かった、一緒に行かせて欲しい>
覚悟を決めてコクリと頷いた少女が恐る恐る近づき、L型改ガーディアの右掌に腰を下ろして、立てられた五指のひとつにしがみ付く。
その様子を眺めていた藍色髪の騎士に僅かな懸念が生まれて、止める間もなく念話装置により皆へと伝播する。
『くッ、不注意で握り潰したら、洒落にならないぞ』
『ちょっとッ、ディノ君!?』
<………… 付いてくのやめようかなぁ>
保護されたポニテの少女がぼやき、言葉の意味は分からずとも気まずい雰囲気が漂う中で、緩りと改造騎が身を起こした。
『レイン、四番騎で先導してくれ』
『承知しました、警戒は任せてください』
快く応じた騎士令嬢のクラウソラスが反転して、此処まで来た道を戻っていくのに続き、自騎を歩ませたディノも帰還の途に就く。
歩行に伴う振動を抑えるため、通常の巡行速度が出せないのもあって、往路よりも丁寧に復路を辿ること一刻半… 中型種の異形に匹敵する魔物と出遭うような想定外の事態もなく、夜闇に王都エイジアの仄かな街明かりが見えてきた。
やがて都市防壁の門まで至ると、特徴的な二つの建物が遠景に姿を現す。
(あの一番背の高い建物がお城かな?)
巨大騎士の掌上でしっかりと薬指を抱き締め、稀人の少女は何気なく予想を立てるが、王都で最も高い建造物はフィアレス大聖堂の尖塔である。
市街地へ入った騎体が目指す先は思惑から外れて、件の尖塔に次ぐ高さの建物がある場所だ。
(王権よりも宗教が強いの?)
一際目立つ大型建造物を比較しつつ、聡い少女が思案するうちにも二体は進み、城郭内に設けられた工房の駐騎場へ足を踏み入れた。
『ひとまず此処で降ろす。落ちないように気を付けてくれ』
『…… ディノ君、ちゃんと慎重にね?』
添えられたリーゼの言葉故か、藍色髪の騎士は繊細な操作で自騎の片膝を石畳に突かせ、そっと右腕を下げていく。
その過程にあたり、駐騎場の暗闇に横たわる巨大な骸骨を認識したことで、俄かに少女が悲鳴を上げた。
安全確認など兼ねて、掌上に傾注していたリーゼは状況を察すると、何処か誇らしげに微笑む。
『錬金魔法で防腐処理が施された騎士骨格よ、神経節を含んだ人工筋肉でつなぎ合わせたら、巨大騎士の素体になるの』
帝国領ゼファルスからの全面支援を密かに受けて一月ほど、重機代わりの騎体も投じて豊富な鉱物資源を掻き集め、リゼル騎士国は二体分の骨格を製作し終えていた。
それは朽ち果てた骸にも見えるため、思わず意識を奪われた保護対象に向けて、やや呆れたようにディノが念話を紡ぐ。
『そろそろ、降りてくれないか?』
<はぅ、ごめん>
軽く頭を下げた少女が騎体の掌から飛び降りると、出迎えにきた遅番の整備班員らの視線が集まる。
長々と居心地の悪さを感じさせる訳にもいかず、藍色髪の騎士は昇降用ワイヤーを使って早々《はやばや》と地面へ降り、帰還を告げるためジャックス整備兵長へ歩み寄った。
「すまない、色々あって遅くなった」
「いや、戦闘後の整備は仕事だから気にするな」
夜間の点検作業も辞さず、朗らかに応えた移民系アメリカ人へ謝意を捧げ、手持ち無沙汰となっていた少女の傍まで行けば、少し後に騎体を降りたリーゼとレイン達も混ざってくる。
「さて、ゼノス団長のところにも顏を出さないとね」
「あまり報告を待たせるのは失礼かと思います」
「というか、お腹空いてきたので早く終わらせたいです」
空きっ腹を撫ぜて、微かに苦笑するヨハンの姿など見遣り、その希望は叶わないだろうなと、視線を逸らしながらディノは溜息した。
(これも仕事か……)
さっき聞いた整備兵長の言葉を頭の片隅に追いやって、ポニテの少女に身振りで付いてくるように仕向け、彼の騎士は城内にある騎士団長の執務室へと足を運んだ。
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