盾の騎士と湿地の羽虫
何やら事後も話し込んでいる者達を見下ろして、観覧席でほっと胸を撫でおろしたレヴィアとは対照的に、初めて騎士王の技量に触れたリーゼは頬を引き攣らせる。
「…… ディノ君、あんた本気でアレに勝つつもりなの?」
「当然だ、正式に認められた場で刃を交える機会があったらな」
大真面目に頷く藍色髪の騎士が日々研鑽しているのは既知であり、鍛え上げられた筋肉質な体格は好ましくも思うのだが、人外染みた相手と切り結べるのかは疑問だ。
「多分、互角に渡り合えるとすれば、ロイドさんくらいかなぁ?」
「何故、月ヶ瀬妹みたいな台詞を宣っているのですか、レヴィア」
「いや、あの娘なら “兄様には敵いませんけど!” でしょう」
声真似など踏まえてフィーネに返した幼馴染みを見遣り、一瞬だけ顰め面となった相棒を看過できず、またもリーゼが表情を強張らせる。
(あぁ、そっちにも対抗意識があるのね)
彼のセルヴァス家は第三代の騎士王、シュウゲンに仕えた土着の名門であり、度々《たびたび》剣術指南役を輩出する稀人由来の某家と並び立つ騎士の家柄だ。
凄腕ながら “武を極めるには非才” と嘯き、陶芸の道へ進んだ月ヶ瀬兄妹の父親に対して、まだ騎体がない頃に一般兵科の混成部隊を率いて大型種の異形に抗い、瀕死の重傷と引き換えに国境沿いの都市を護り抜いたディノの父親が持つ評価は高い。
それが息子達の世代だと逆になり、父親を凌ぐ遣い手とされるロイドと、実績に乏しいディノを比較すれば前者に軍配は上がる。
(ちょっと前まで、どうでも良い話だったのに)
今や一緒の騎体に乗り、生死を共にする関係なので、金髪緋眼の女魔導士は手の掛かる弟のような騎士を支えていく必要があった。
「専用騎体の慣らしを兼ねた巨大昆虫の討伐、首尾よく成功させないと」
一昨日、ウィグレス湿地を通って王都にきた商隊から、全高8m級の中型種に相当する怪物を見掛けたとの報告が王城へ届けられており、性能評価試験を終えたクラウソラスL型改 “ガーディア” の実戦投入が既に決められている。
それを駆る二人が準備のために皆と別れて、拡張工事中の工房へと足を運んでから暫く、件の改造騎がもう一体と連れ立って王都エイジアを発った。
今回は野良の魔物を狩るだけであり、随伴する一般兵科の部隊がいないため、巨大騎士の巡行速度を活かして速やかに問題のあった地域へ向かう。
泥に足を取られてしまう湿地帯に差し掛かると、反応式の中型盾を左手で構え、臨戦態勢になったディノの騎体が先を歩いて、その背後に未改造ながらも同系となる四番騎が続いた。
『そろそろ、討伐対象と出くわしそうだが… 大丈夫か?』
『騎体のコンディションは良好です、先輩』
先日まで準騎士だったレイン・グリムが即答するものの、藍色髪の騎士が聞きたかったのは寧ろ、彼女自身の状態である。
第二世代の新鋭騎に前任者が乗り換えたことで、四番騎を宛がわれた後輩の初実戦となる故、普段は粗忽な彼も気になったのだろう。
『どうせ統率されてない魔物が相手だ、気負わずにいこう』
『お気遣いには感謝しますけど、“陛下の愛騎” を譲り受けた身ですから……』
恐縮混じりの声に相棒が固まるのを察して、透かさずにL型改ガーディアの魔力制御を担うリーゼが茶化す。
『それ、元を糺せば決闘の末に奪われたディノ君の騎体だし、畏まる必要ないわ』
『………… 仰る通りです、 途轍もなく気が楽になりました』
『ふふっ、ヨハン君もね?』
『はい、死なない程度に頑張ります!』
年若い僚騎の魔導士が元気良く応えるのを聞き、何処か腑に落ちない藍色髪の騎士は不満を募らせるが、反論を述べるまでに至らない。
(それで円滑にいくなら、構わんさ……)
そう割り切って、慎重に騎体を歩ませていたら、ふわりと遠方に浮かび上がる巨大な昆虫達の姿が疑似眼球に映り込んだ。
大きさこそ中型種の異形に過ぎなくとも厄介な飛行能力を持つため、放置すれば広範囲に被害が出るのは言うに及ばず、巨大騎士を用いた交戦でも油断はできない。
隠密裏に接近して撃ち落とすのが定石なれど、俄かに高まっていく魔力を感知したのか、“グロウビートル” の複数ある青い眼が深紅に染まった。
「「ギシャアァアアァ――ッ」」
『ちッ、仕掛けるぞ!!』
短く舌打ちしたディノの言葉に応えて、突き出されたL型改ガーディアの右掌からリーゼが光属性魔法を発動させたのに倣い、レインの呼び掛けでヨハンも騎体に搭載された風属性魔法を解き放つ。
『穿ちなさいッ、徹光散弾!』
『切り裂け、炸裂風弾ッ』
ともかく被弾させること重視の範囲攻撃が中距離から成された直後、警戒状態の巨大な昆虫達は空中で散開するが……
圧縮された魔力の爆発によって撒き散らされる光の散弾や、無数の小さな風刃を躱しきれず、硬い外殻に幾つもの傷を刻まれてしまう。
「「ギウゥウゥウッ!!」」
「ギィイッ!?」
不運にも上空へ退避しようとした一匹が柔らかい腹部に致命傷を負い、地に這い蹲って流血を厭わずに足掻く傍ら、縄張りを侵されて憤慨した残り二匹が其々《それぞれ》に巨大騎士へ飛び掛かった。
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