新たな局面へ
されど、“ゼファルス領主に謀反の疑いあり” と言うには時間が掛かり、仮に身内である皇統派貴族の賛同を取り付け、幼い皇帝の裁可を得たとしても、まだ諸々《もろもろ》の問題は残っている。
いざ事に及んだ際、ヴァレル家と急激に接近した西部地域の貴族たちが妨害を企てないとは限らず、中立派の動きも気になるため、迅速に怨敵を討つ必要があった。
「あの愚か者め、勝手に殿を務めて異形の軍勢と刺し違えた挙句、厄介な奴に家督を継がせおって… イグラッドの撤退戦で生かされた輩の身になってみろ」
厳密に言えば “親友の養女” が巨大騎士の技術をチラつかせて皇統派を巻き込み、皇帝に爵位継承の勅免を出させた折、最後は侯爵自身も認めた事実を棚に上げて、今は亡き前領主の死を愚痴る。
何やら呟き出した主の姿を見ながらヴァルフは内心で溜息を吐き、書面での報告なども命じられた青年将校を伴って退出した後、足早に城内の廊下を進んだ。
「これから忙しくなるぞ、不本意だがな」
「すみません、襲撃で標的を仕留めてさえいれば……」
「端から成功率は五分未満の任務だ、あまり気に病むな」
萎縮する麾下に気さくな言葉を掛けて、リグシア領の騎士長は割り当てられた執務室に引き返していく。
その背中にレオナルドは一礼を送り、疲れた身体を休めるため、半月ほど任務で空けていた兵舎の自室へ向かう。
既に幾分かの時間が過ぎており、工房へ足を運んでも隊内の者はいないだろうとの予測に違わず、室内には合鍵をせがまれて渡した経緯のあるエルネアが寛いでいた。
「お帰り、大丈夫… じゃ無さそう」
扉の開く音に反応した少女は軍装のインク染みを見て、不愉快そうに眉を顰める。
「ゼファルス領での失態を考慮するなら、随分とマシなものだ。顛末書を出せば、謹慎処分ぐらいは言い渡されるけどな」
「ん、一緒にのんびりする?」
「ははっ、それもありだ」
ごそごそと西洋箪笥を漁って、衣類を取り出した相棒の魔導士に笑いかけ、久しぶりの自室に戻ったレオナルドは肩の力を抜いた。
「むぅ、羽を伸ばすのは身綺麗にしてから、お風呂の準備もばっちり」
言うが早いか、ずずいと着替えを渡された瞬間、侯爵に絞られているうちに此処で入浴を済ませたらしいエルネアより、植物の精油を加えた石鹸の良い香が漂う。
不意に任務中は水浴びだけで済ませていた自身が気になり、そそくさと浴室へ逃げ込んで身体を清めた後、騎体の操縦者らに許された個室の湯船で疲れを癒す。
以後は顛末書の内容に頭を悩ませつつ、エルネアと緩やかな時間を過ごして一夜明けた翌日、整備の報告を受けに出向いた工房で華やかなドレス姿の令嬢を見掛けた。
(あれでいて稀有な巨大騎士の開発者だからな、分からないものだ)
件の女狐も似たような感じだと伝え聞いていたのもあり、納得がいかずに首を捻れども、自騎の前に陣取って技師らと話し込んでいる彼女を無視はできない。
「ファウ殿、俺のナイトシェードに何か異常でも?」
「いえ、昨日の報告から、さらなる強化を思いつきましたので……」
嬉しそうに彼女が手渡してきた設計資料を確認すれば、濃緑色の隠密型騎体の図柄に見慣れぬモノが一対生えていた。
「これは… 複腕ですか?」
「そう、魔法行使時にも突飛な事態に即応できるよう、二対の腕を持った改造騎体、ナイトシェード・羅刹です♪」
若干、自画自賛的に近接戦闘における四本腕の優位性などファウは主張するが… 騎士として抱いたレオナルドの不安に関して、技師や整備兵らを纏める工房長が諫言を挟む。
「普通の腕と同じく、人工筋肉経由で感覚的に扱う手前、本来は人間にない二対目の腕とか、まともに動くんでしょうかね?」
「当該部位を錬成する際に神経筋を増やし、より多くの末梢神経を含ませる方向で検討しましょう、通常の二倍くらい?」
有識者同士が推考を重ね、実現に向けた前向きな意見を出し合う様子に口を噤み、改造騎の操縦者となる当の本人は重い息を吐いた。
(基礎性能の向上は構わずとも、俺自身が追いつけるのか?)
中核都市ウィンザードで出遭った黒銀の巨大騎士も、扱いづらそうな伸縮式の左腕を備えていたなと思い出す。
因みに異彩を放つ特殊な騎体でなかろうと、適性が絡んで上手く扱える者は少ないため、増産予定の新造騎に搭乗させる準騎士を含む慣熟訓練は喫緊の課題と言えた。
「ヴァルフ様も大変だな……」
これから謹慎という名の休暇をもらう青年将校が気の毒そうに呟く傍ら、活発な技師らは討論を重ねながら、ファウの素案を確かなものに仕上げていく。
他にも様々なリグシア領に属する者達がハイゼル侯爵の命令を受け、新たな画策の下に動き出しており、相応の期間が必要だとしても状況は着実に進んでいた。
嵐の前の静けさ、とも言える中で帰還の途に就いたリゼルの訪問団は大きな問題もなく国境線を越えて、自国の土を踏むに至る。
受領した第二世代の騎体を囲み、荷馬車を率いて随伴する騎馬隊には紛れ込んだゼファルス領の教導技師らが増えており、不穏な動きを見せる勢力に対抗すべく、新造騎の開発に携わる予定だ。
騎体情報 ナイトシェード・羅刹
強襲任務に失敗したレオナルドの乗騎を開発者であるファウ・ザゥメルが大幅改良したカスタマイズ騎であり、四本腕を特徴とするイレギュラーな巨大騎士。魔法攻撃の直後でも、弾幕を抜けてきた敵騎体に即応して近接戦闘可能な仕様だが、全部の腕で魔法を放っている場合はその限りでない。
複腕となったことで手数が増え、純粋な格闘能力が上昇しているものの、人工筋肉に含まれる末梢神経を経由した操作は難しいようだ。なお、頭部を飾る二本角に然したる意味は無いが、技師たちの拘りで付けられた模様、羅刹と名付けられた由来でもある。
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