日頃、口煩い副騎士団長の実力は如何に？
右掌で石突の付近を掴み、左掌は槍柄を握った状態から彼の騎士が踏み出した途端、地につくほど下がっていた穂先が跳ねて仮想敵の斬撃を受け止める。
「ふっ！」
短く吐いた呼気に合わせ、くるりと廻された槍が見えざる相手の得物を絡めて押しやり、斜めに返す突き込みで胸元を穿つ。
そんな切れの良い動きを眺め、大森林の野営地で物理的な横槍が入り、ロイドとの模擬戦が流れた件を思い出した。
打ち合う直前だったのを考慮しても、俺達に悟られることなく近づき、意識の外から地面に一撃を突き込んだのは相当な腕前だ。
「実力あってこその副騎士団長、だな」
「ん、ゼノス団長と互いに勝敗を分けるくらいにね」
当然だと言わんばかりのレヴィアを屋根のある荷物置き場に留め、木槍を振るうライゼスの下に歩み寄って行く。
「クロード王、日課の鍛錬は朝方にしていたはずでは？」
「別に昼も木刀を握っていいだろう、それより……」
先ほど見た動きが素槍ではなく、十文字槍を扱うような印象だったと言及するも、どうやら西方諸国では一般的な武器とされておらず、首を捻られてしまった。
「十文字とやらは知らん、ハルバードを想定したものだ」
「あぁ、なるほど、形状的には近しいものがあるな」
二本の鉤爪がある前者の穂先に対して、ひとつの金属板から削り出された後者のスピアヘッドは槍先、斧刃、鉤爪で構成されており、似て非なる物の範疇だろう。
その扱い方も斧刃による斬撃を除けば刺突、打撃、引っ掛けなど共通する部分が多く、ひとりで何度か頷き、納得していると… ライゼスが此方を見遣り、挑戦的な表情でにやりと口端を吊り上げた。
「不覚にも騎体の適性が低く、ブレイズを付き合わせてクラウソラスに乗ろうとも動かなかったが、生身の戦いなら若い者に退けを取らんぞ」
「あぁ、どうやって相手を頼もうかと考えていたんだ、話が早くて助かる」
ゆるりと距離を取った熟練の槍遣いに応じて笑い、いつもの如く木刀を左甲段に構えつつ、聞こえるか聞こえないかの小声で祓の祝詞を六根清浄まで呟く。
「いざ、尋常に……」
「参るッ！」
立ち合いの直後、先手必勝を期したライゼスが半歩詰めながら、勢いよく木槍を斜に叩きつけてきた。
その初撃に臆する事なく踏み入り、威力が乗る前に打ち付けた木刀で迎え撃つ。
「ッ、軽いな！」
「左様かッ！！」
咆えた御仁は長物の太刀打ちにて、此方の得物を押さえたまま、疾く引かせた木槍の先端を鳩尾へ突き込ませた。
それは宝蔵院流等の槍術だと典型的な所作のため、予測可能な範囲の動きに過ぎず、斜め後方への跳躍で躱したものの、彼我の距離は槍遣いに有利なものとなる。
「せいぁああッ！」
「ちッ」
容赦なく連続して繰り出された刺突を木刀で捌き、懐へ潜り込もうする此方の右脚を狙った槍撃を避けた折、偶然か意図的か、槍先が両脚の間に入ってしまう。
その刹那、ライゼスは斜め前方に飛び出すと同時、長物を低い角度で水平方向へ回転させ、巻き込むような足払いと成した。
「うぉ！？」
咄嗟に直上へ飛んで回避するが、槍柄の持ち位置を手滑りさせて変えた御仁が迫り、顔面目掛けて長物の石突による打撃を放つ。
何とか、握り手に近い木刀の根元で受け止め、地に足が着いた瞬間、反撃の中段蹴りを相手の腹部に喰らわせた。
「うらぁああぁッ！」
「ぐうぅッ！？」
呻き声が漏れ聞こえるも手応えは浅く、よろけつつ飛び退いたライゼスを逃がすまいと追い縋れば、それを阻むべく槍撃が飛んでくる。
「はッ、苦し紛れだな！」
斜め正眼に構えた木刀で受け流して、接触した部分が支点となるように得物を半回転させながら肉薄、遠心力の乗った柄部分で下から顎を砕く… 訳にもいかず、普通に寸止めとした。
「…… お見事、大したものだ」
「そちらもな、技が冴えていた」
神経質で慎重な性格もあって、知恵者な部分を持つ副団長殿が相当の猛者だというのは嬉しい誤算だ。
(人は見掛けに依らない、というやつだな)
多少の認識を改め、乱れた呼吸を整えていると、邪魔にならない程度の距離で観ていたレヴィアが小走りに駆け寄る。
「流石だね、クロード、それにライゼス副団長も」
褒め言葉に添えて、赤毛の少女は荷物置き場から持ってきたのであろう、俺の手拭を渡してくれた。
「ありがとう」
謝意と共に添毛織の私物を受け取り、額の汗を拭き取っていく。
「それにしても、相棒が凄いと微妙に嬉しくなるね♪」
「ははっ、期待を裏切らないように頑張らせてもらうさ」
何やら上機嫌なレヴィアに水を差すこともないので、無難に応えて以後の予定を思い浮かべる。
物事に絶対は殆どなく、逆に不測の事態はあり得るため、ニーナの要請を受け入れて、中核都市ウィンザードへの滞在期間を伸ばしたが、復旧中の街は至って平穏なものだ。
結果的に暇を持て余すのは幸せなことであり、有事に備えて騎体から離れられずとも、今のうちに骨を休めておくのが正解だろう。
似たような考えは此度の訪問団に属する大半に共通していたので、工房に入り浸っている意欲旺盛な整備兵を除き、其々《それぞれ》が緩りとした日々を海外で過ごすことになる。
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