後編
四年に一度の閏年だからこそ月末を逃すなとはっぱかけて頑張りました
「陛下!やっと返事が来ました!」
「…やっと、やっと返事が来たのか…これでこの件も終わりが見えたな…」
「はい…」
シリウスは飛び込んできた文官の言葉に見ていた書類を机にたたき付けるように置いて立ち上がりこれまでのことを思い返した
飛び込んできた文官も同じだ
文官が持っている手紙
それはシリウスの唯一の子であったユリウスが起こした不祥事の後始末の残りの仕事だ
国内であればこんなに時間をかけることはなかった
だが、ユリウスが起こした不祥事
それは一つの国を巻き込んだ、大国プラント王国の姫の孫メアリーとの婚約破棄
事が事だけに本人たちと、両国の意向で伏せられていたとは言え一歩間違えば戦争も起こりかねない事態だった
しかも、事はそのプラント王国の王子が秘密裏に様子を窺いに来ていた時に起こしている
間が悪いと頭痛を覚えたが、起きてしまった事は仕方がない
教育を間違え、傲慢に育ってしまったユリウス。
唯一の王子だったがメアリーとの件で廃嫡され王族と王宮より追放され平民になったが、その後の監視からの報告によれば既に死亡したらしい
ユリウスはもうこの世にはいない
プラント王国の王子には、後日正式な謝罪をさせて頂きますと伝え一端納得の形をとってもらっていた
プラント王国の王子もそれに納得していたが、しかし事態はそれに留まらなかった
暫く離宮で過ごすという事をメアリーが希望したという表向きの理由の元、王都より離れた離宮に向かっていたメアリーが忽然と消えたのだ
勿論シリウスの動かせる総力をあげて捜索したが、八ヶ月が過ぎようとしている今も手掛かりすらない
それでもプラント王国側は誠意は受けとったとし、変わらぬ援助をしてくれているが重なって起きた不祥事
二度もプラント王家の血を受け継ぐメアリーに対して起きた事件
しかも、一方は解決の兆しすらない
公式にプラント王国の王子がナイトスカイ王国の対応を誠意あるものと認め「これまで通りの関係を続ける」とは言ったものの始末が悪い
未だに解決の光がないメアリー失踪事件
プラント王国側が見ていないことをいいことに手を抜いているなど思われたくもない
そうなる前に手を打つ必要がある
国位で言えばナイトスカイ王国はプラント王国より格下であるがゆえに使者ではなく王であるシリウス自ら訪問をし、謝罪をするしかない
シリウスが治めるナイトスカイ王国は星の導きによる星託を受ける事が出来るゆえに中位の地位を持つだけの国であり、星託を求める周辺の国々による援助がなければいつ攻め滅ぼされてもおかしくないほど土地も兵力もない国なのだから
「ともかく、一歩前進したのだ。返事はなんとある」
「はい、二ヶ月後プラント国の王宮で会談に応ずるとあります」
「二ヶ月…長いような、短いような、いや、準備はしてきた。メアリー嬢の捜索を急がせよ!プラント会談の人員は既に決まっておるはずだ。そちらにも通達し、万全を整えよ」
「はっ!」
文官が走り去るのを見送ってシリウスは机に乱暴に置いてしまった書類に視線を送る
そこに書かれていたのは、すこし前にカプリコーン候爵の地位に着いたドランからの報告書
これまでの苦労が一部意味のないものになってはしまったが、それ以上に大きな収穫になるだろう、それ
つい出てしまうため息は漠然と新たな問題を予感させシリウスは最近は手放せなくなった胃薬に手を伸ばしてから机に戻った
二ヶ月後、シリウスは四大公爵家の一人、サウス公爵とプラント王国と血縁のあるカプリコーン侯爵、そしてその三人の息子を連れてプラント国王宮を訪れた
そこに探し人、メアリーが籠城しているとは知らずに
**********
「なんですって!?陛下が!?」
「はい、侍女達の立ち話を聞いてきたのでおそらくではありますが」
「それはいつなの?」
「それが、本日らしいのです」
「あのクソ国王ぉぉぉぉ!!!!!ィッ!」
「お嬢様!」
「大丈夫、いつものよ。休めば…ッゥ!」
バルの報告を聞いたとき既に頭に血が上った
それでも冷静に努めようとしたがつい言葉が悪くなったところで腹部に痛みが走った
メアリーは腹部を両手で抱えるようにしてうずくまる
ソファーに座っていたので上半身を前に倒す形にはなるが、心配して駆け寄ったアナに心配ないと気丈に振る舞おうとするがまた腹部に痛みが走り、言葉を続けられない
「お嬢様、お医者様を手配していただきましょう。ここまでくればきっと」
「ダメよ。あんな国王に頼るもの嫌なのも確かにあるけど、あのクソ国王はきっとこのことを逆手に取ってくるわ、まだ時期尚そ…ッ!!」
「お嬢様!そんなこと言ってる場合ですか?!万が一のことがあったら私は後を追いますからね!」
「…だい…じょ…ッ!…うぶよ…。ふぅ、多分あれだわ。アナ、支度をしてちょうだい。バルとディランも手筈通りにして、まだ、勝負半ばよ。これからが大変なんだから」
「お嬢様!」
「アナ、落ち着け。お嬢様は言い出したら聞かないのはオマエも知っているだろ?指示に従おう。バル行くぞ!」
「はい!」
ディランとバルが部屋を出てしばらくして、ようやく痛みが遠退いてきたのでメアリーはアナの肩を借りて寝台に移動する
アナの顔には不満だと出ているが、意思を変える気はない
ここまで漸く来たのだ
メアリーは三人には半ばと言ったが、新たに始まると思っている
メアリーの戦いはこれから始める
メアリーはまだ耐えられる痛みの中、これから自分がやろうとしている事を無事に乗り切るべく、改めて覚悟を入れ直した
※ディランとバルの会話
バ「お嬢様は大丈夫でしょうか?」
デ「信じるしかないな。医者に見せていない事は不安材料でしかないが、俺は死ぬことはないと信じている」
バ「縁起でもないと言わないでくださいよ」
デ「…励ましのつもりなんだが…まぁお嬢様の事はアナに任せて、俺達は俺達の仕事をするんだ。それが今後のお嬢様のためになる」
バ「そうですね。でもこういう時に、俺にも出来ることがあるなんて思ってもみませんでした」
デ「それは俺もだ。お嬢様は見越して役割を考え与えてくれたんだろうな」
バ「本当に。お嬢様は御優しいですね」
デ「今更だろ?ほら行くぞ!」
バ「はい」
*******
プラント王国の王城に到着したシリウス一行は諸々の検証などを受け、「一旦ここでお待ち下さい」と案内された待合室に通された
しばらく待っているとプラント王国側から用意が整ったと、案内されて向かった先は謁見の間ではなく応接室だった
応接室の内装から調度品まで、ナイトスカイの王宮にあるものより装飾に贅の施されセット
三人が座ってもなお余裕がある大きさの長椅子が二つ並びと奥の方にプラント王国国王バイオが座っている
シリウス達はまず挨拶をしようとしたが、バイオ国王は書類に目を通していて「少しの間向かいに座って待っていてくれ」と言われた
バイオ国王の向かいの長椅子に、中央にシリウスが座り、右にサウス公爵、左にカプリコーン侯爵が座り、その後ろにカプリコーン子息の三人が並ぶ
最初からの重い空気で子息達は緊張しているのか直立不動になってしまっている
だが、それ以上に座っている大人たちはそれどころではない
これから言葉一つ間違えるわけにはいかない会談があるのだ
ナイトスカイで散々シュミレーションしてきたが、バイオ国王は大国に相応しい賢王として知られている
シリウスの三つ下の歳ながら即位する前からその手腕は広く知れ渡っており、比べられた過去すらあるのは苦い想い出でもある
どれだけ時間がたったか、漸くバイオが待っている間に見ていた書類に一区切りをつけて顔を上げる
バイオが顔を上げた瞬間、全員の緊張が最高値を超えたことは言うまでもない
「遠路はるばるやって来てもらったと言うのに待たせてすまない」
「いえ、こちらの都合での訪問。忙しい中、時間を設けてもらっただけでも感謝しております」
シリウス初め、全員が立ち上がり礼を取る
相手は大国、立場が違う
ナイトスカイが国として下であり、尚且つ、訪問の表向きは別だが、一番の目的、謝罪の為に訪れている
格下であると同時に、非礼をしたのはナイトスカイ側
お同じ王であってもここでは立場は下なのだ
勿論、それはバイオも理解しているところだ
だから、待たせることが出来た
「だが、ナイトスカイの国王を待たせてしまったのはこちらの落ち度だ。謝罪を受け取って欲しい」
「お受けいたします」
尊大な態度だが、シリウスを国王の立場にあるものとしては扱う気のバイオにシリウス以外が胸を撫で下ろす
流石に自国の王を蔑ろにされてはいい気がしない
シリウスもそれを理解して王の立場にいるものとしての威厳を持ちながら敬意を持ってバイオに言葉を返す
「感謝する。では挨拶が遅れたが、プラント国王バイオだ。本日はよろしく頼む」
「お目にかかれ光栄です。プラントの王、バイオ殿。ナイトスカイ国王シリウスです。よろしくお願いいたします」
シリウスが代表で挨拶を交す
「紹介させていただきたい。右は我が国の外交総監サウス。地位は公爵です。左にいますが、バイオ殿の従兄弟になるヴァイオレト王女が子息ドラン、少し前にカプリコーン侯爵になり、今は内宮で宰相補佐をしております。後ろにいる三人はドランの子供になります」
「ほう、だれも伯母上には似ておらんな、まぁ、サウス殿も従兄弟殿もその子等も歓迎しよう。良く来た」
「「感謝申し上げます」」
「「「ありがとうございます」」」
ここまではシリウス達の考えていた通りだ
問題は次だ
「ナイトスカイはプラント国、ヴァイオレト王女の娘リリー殿、そして、孫娘メアリー嬢に対する無礼を深く、重く受け止め、ここに謝罪する」
「謝罪の形としてナイトスカイから贈呈したきものがございます。こちらを」
シリウスの謝罪に続いてサウス公爵は目録のかかれた巻物を立ち上がりバイオの横で膝を突いて差し出す
バイオはそれを受け取り、中を改めてから目を細めた
「こちらにはない品が多いな。ありがたく受けとろう」
「我が国からプラント王国への気持ちです」
「うむ。これほどの品を国王自ら持ってくるとは思っていなかった。プラントはナイトスカイ王国と永の友好を約束しよう。だが、一つ気になることがある。最後に書かれているこれはどういう意味だ?」
そこには「実物をもって確認されたし一品」と書かれている
「発言の許可を後ろのものによろしいでしょうか?」
「構わぬ。許す。あぁそうだ、シリウス殿もそう畏まらずともいい。貴方は私より年上なのだ。即位年数もそちらが上だったと記憶している。言葉を崩してくれ」
「ありがとうございます。ローブ、説明を頼む」
「はっはい!カプリコーン侯爵が次子ローブです。えっとそれはで「失礼いたします!」」
シリウスに促され、兄と弟に挟まれていたローブが緊張しながらも練習していた言葉を発していると突然扉が開き、一人の衛兵が駆け込んできた
何事かと目を丸くしていると衛兵はバイオに耳打ちをした
バイオはその内容に思わず立ち上がり声を荒げた
「直ぐに中を確認せよ!ベランダからなら容易だろう!」
「それが、いつの間にかベランダ側の家具が前よりも置かれており中を窺うことすら難しい状態で」
「ええい!もうよい!私が直接行く!シリウス殿すま、ぬ…が……」
よほどの緊急事態と静観し邪魔をしないように気配を殺しているとバイオがシリウスを見て固まった
シリウスに思い当たる節はない
今回の訪問には最低限の人員のみしか構成されていない
道中の護衛と限られた側近、そして自分たち
大人数で押しかける謝罪などないと自己防衛より誠意を取ったのだから命の覚悟はしてきたが、これ以上プラント王国に敵対する意思はないのだ
万が一においては既に弟に話してある
命をもって謝罪せよと言われる覚悟をしていただけに何かしらの疑いを持たれるのは心外と言うものである
やましいことは何もないのであらぬ疑惑など持たれるのは流石に心外というものだ
だが、バイオの発した言葉はシリウスが予想していたどの言葉とも違っていた
「シリウス殿、私の用に力を貸してはくれないか?」
「私が?プラント王国に力添えが出来るか分からぬが…」
「シリウス殿が適任だと思うのだ。よいか?」
シリウスはニッコリと笑うバイオの言葉に首を傾げながら断る理由のほうがないため頷いた
バイオはそれにさらに笑みを深くする
これならうまくいくとバイオには確信があったから
『漸く、手に入るな、アレが』
シリウスがバイオの心中を知るはずがなかった
バイオを先頭にシリウスがたどり着いたのは王宮の一室の前だった
中からはうなり声が小さく聞こえる
一体何をさせようというのか、シリウスには想像もできない
「この部屋のものは閉じこもって約一年近く出てこんのだ。今日になってうなり声がするらしくてな、中に居るのはこの国の重要人物で、中を確認したいが会話にもならん。シリウス殿がもし、この扉を開けるように説得できれば、今まで以上の援助と後ろ盾を約束しよう」
「それはこちらには嬉しい申し出だが、他国の王である私で成功する見込などないとは思うのだが」
シリウスのいうことは尤もである
重要人物であろうとプラント王国の人間である中の人物が国王の命令を聞かないのは信じられないが、それ以上に自国の王の言葉に耳を貸さない者が他国の王の言葉に耳を貸すとは到底思えない
「なに、違う角度で攻めてみるのも一興だ。失敗しても責めはせぬし、謝罪は受け入れた後だ。問題はなかろう」
面白そうに笑うバイオに何も感じない訳ではないが、何分立場が弱い
シリウスはそれ以上何も言わず目の前の扉をノックした
シリウスは知らない
重要人物といわれるのが探していたメアリーだと
バイオは覚えていた
メアリーがプラント王国にきてバイオと謁見したときになんと宣言していたか
メアリーは気がついていない
バイオの思惑も、シリウスがそこにいるとも
******
扉の前が騒がしくなりメアリーは痛みに耐え兼ねて声を漏らしたことを後悔するが、定期的に訪れる激痛に堪え切れず何度も抑えきれない悲鳴が小さく漏れてしまう
「お嬢様、」
「ディランとバルが時間を稼いでくれるわ。二人を信じましょう」
ディランとバルは自分たちの部屋で扉を抑えることが役割だ
二人の部屋の家具は全てアナを初め侍女が使う部屋の扉の前
バルコニーに面するところに置かれている
必要最低限の家具以外四人の部屋には並んでいない
メアリーが寝るベッドと二つのソファーそして四人で食事をするためだけのテーブル
それ以外は籠城の為にバリケードと化した
だから、ディランとバルは自分たちの部屋の入口を自分たちの力だけで抑える必要があった
それだけだ
こうなることはメアリーが体調を崩したときからわかっていた
予定より少し早いがバルを外に出せなくなる日を見越して日持ちのする食品を少しずつ買い集めいていた
そして、バリケード強化した
だが、予定外なことは起きた
メアリーによって考えられた沢山の仮説にもない出来事が
「すまない。ここを開けてもらえないだろうか?私はナイトスカイ国国王シリウス。開けてもらえるなら私に出来る礼を必ず約束する。私に貴殿等に危害を加える意思はない。バイオ王を含め一度話し合いができないだろうか?」
控え目なノックに続く声にメアリーの思考は止まった
バルに報告は受けたのはすこし前
バリケードの奥にある扉の向こうにいる存在は遠く離れても想いを捨てきれなかった初恋の相手
忘れたことなどなかった声がメアリーの耳に響く
「おっお嬢様」
「わかっているわ、あの肥え貯めに落ちればいい糞ジジイは事もあろうに陛下を交渉役に指名したようね。でも、まだ、応じる訳には」
「そちらの望みを教えてほしい。全て叶えられるかわからないが、誠心誠意叶えることに努めると宣言する」
叶えるという言葉にメアリーの心は揺れた
望みはある
王子に婚約を破棄された日、慰めに一晩過ごし諦めると決めた恋だった
王妃か側妃かどちらのつもりで言葉にされたかわからなくとも妃にと言われて舞い上がった
それでも自分が本当に妃になれるなど思えなかった
だから、あの日は夢だったと言い聞かせてきた
けれど、想いは募るばかり
諦められるならもっと昔に出来ていたんだと気がついたときは自分がいる場所が遠い異国の地が恨めしかった
どんなに会いたいと思っても叶わない
二度と会えないかもしれないシリウスを思って何度枕を濡らしたかわからない
もし、願いが叶うなら、早く、ナイトスカイに帰りたい
もし、願いが叶うなら、シリウスの側で生きていきたい
同じ空の下に、同じ大地を踏んで、隣に立つことはできなくとも一目で恋をした姿を自分の瞳に写し、あの愛しい声で自分の名を呼ばれたら
そして、
次々とあふれる願い
だが、今はそれを望むことが出来ない
今はやり遂げなくてはいけないことがあるのだ
メアリーは自分を叱咤し、無言を貫く
心配そうにアナが顔を覗くが構っている余裕はない
「一緒に戦って頂戴、弱い私を助けて、プロキオン」
メアリーが呟くと同時にそれまでの中で一番の痛みがメアリーを襲う
「あぁぁっぁぁぁっぁっぁぁっぁ」
思わず悲鳴を上げてもメアリーは悪くない
扉の向こうが慌ただしくなった気がしたが、メアリーはそれどころではない
この状況が生まれるとわかったときから準備をしてきた
王宮の図書を使う気にはなれず、バルに市井から仕入れてもらった医学書で仕入れた知識を思い出し、奥歯を噛み締めてメアリーは痛みを耐え、腹部に力をいれた
********
扉の向こうから聞こえた悲鳴にシリウスは固まった
聞き覚えがある悲鳴だった
そう、それは破瓜の痛みに堪え切れず漏らされた小さな悲鳴を大きくした悲鳴だった
同時に思い出されるその時の出来事
悲鳴に我を取り戻したのも一瞬、白い細い腕が首に回り自分を引き寄せる
「やめないでください」と小さく願う目の前の女性は目に涙を貯めながらも幸せそうに笑っていて、僅かに戻った理性は霧散したときの事が一瞬で思い出された
扉をノックしようとしていた手が力無く落ちる
そして、後方にいたバイオに視線を移せば、少々罰が悪そうに視線をずらしている
シリウスは理解した
中に居るのは探していたメアリーその人だと
質問されることはあっても、それは侯爵の地位についたドランのこと
そして、メアリーとリリーを蔑ろにした者達の処遇とその後
プラント国の王子は当初捜索に参加していたが、国からの親書が届いたら直ぐに戻っていた
たしかにナイトスカイに来ていた王子は捜索を手伝ったがいなくなったことを責めてきたことはない
立場的にあくまで王子だったからと勝手に納得していたが、実は違ったのかとシリウスも気が付く
王族なので内容を確認することは憚られて王子のいうことを信じてしまっていたが、国からの親書も帰国を催促するものではなく、メアリーがプラントについたという書簡だったとすれば簡単に帰って行ったこともより納得できる
シリウスはバイオを睨みつけたいが、それをなんとか理性で堪える
少なくともメアリーが行方不明になっていた事以外はナイトスカイの不始末
何か言える立場ではないのだから
シリウスが自分の両手を強くにぎりしめるとまた中から聞き慣れない声がした
高く、弱く、それでいて鈴のように愛らしく聞こえる声にその場の誰もが聞き覚えがあった
似たような声は至るところで聞いたことがある
シリウス自身は約二十年ぶりにそれを聞いたが間違えることではない
扉の向こうで一つの命が誕生した
誰もがどれほど時を止めていたか、中から声が廊下に向けて掛けられる
「メアリー様より言伝です。シリウス陛下にお会いするには少々身支度を整える時間が必要です。夕刻であればこちらも準備が整うと判断しますので恐れ多い事にはございますが、お待ちいただきたいとの事です」
我に帰ったシリウスは先ほど睨みかけたバイオに視線を送る
メアリーはシリウスに向けて返事をした
内容から直接会えるのだろう
シリウスは当初の目的を思い出す
自分はプラントに謝罪をするために時間をかけてここにいる
だが、目の前の出来事を実際体験した身としては本当に謝罪が、償いが必要であったか怪しい
保護しているなら保護していると言えばいい
だが、プラントはそれをしなかった
現状、シリウスは国民を勝手に連れ去られ、バイオは実行した側
メアリーがここにいることを知られたくないとしている
今、産声を上げた子もプラント側が驚いていたとしても、それを信じることは出来ない状況を自分たちで作り上げている
ここで判断を任せる、指示を受けることが道理とは思えない
シリウスは何かいいたげなバイオを無視して奥歯を噛み締めて目の前の扉を見る
この向こうにメアリーがいる
叫び声から母親になったのはメアリーであり、同時に時期的に考えてあの日の子と察する
なら、自分にとってはまだ、チャンスと言えるだろう
探していた
それでも見つけられなかったメアリー
そして、再会が自分にだけ許可された
切れたと思っていた糸が細くとも残っていたことにシリウスは幸運に感謝し、扉に向かって返事をした
「夕刻、また来よう。私だけで訪れることを約束しよう。それでよいか?」
「ありがたく思います。メアリー様もお喜びになりす」
・・・・・・
出産という大仕事をやってのけたメアリーはしばしの眠りに着いた
最低限の準備
城下に住む一般市民でももう少し準備はしているという状況でほぼ一人でやってのけた
それだけに眠らなければいけないほど体は疲弊していた
平民でも医者、もしくは産婆がそばにいるだろう
それもなしに大仕事をやってのけたメアリー
本の知識を頼りに、そばにいたアナも経験がないので聞きかじったおぼろげの知識しかない中で
十分にその功績は尊敬できるものだった
そんなメアリーが目を覚ましたのはシリウスと約束した時間の少し前だった
目を覚ますと自分しか潜っていない扉の前がスッキリと片付いている
アナが一人でやったとは考えられない家具たち
ディランとバルがやってくれたらしい
寝過ごす可能性を考え、アナに時間には起こすように伝えていたが、杞憂になったことはありがたい
余裕が出来た時間でメアリーはアナに体を拭いてもらい清めると妊娠時に身につけていたドレス基ワンピースでも見栄のいいものを選んで着替える
恋焦がれた相手が訪れるのだ
ドレスを身につけたいが、まだ、コルセットを付けるまでに回復はしていない
身を清め、持っている中でも上等の分類に入るワンピースに着替えることで精一杯なのだ
その代わりとはいかないが、アナには出来るだけ髪を綺麗に整えてもらった
子供を産むという大仕事の後に少しの仮眠しかとっていない状態でそこまでできるのはメアリーの若さか、それともシリウスへの思いか、それとも己の矜持か、はたまた全てか
日が傾いたのがわかるようになった頃、メアリーがいる部屋の扉がノックされる
メアリーはアナに目配せをして眠っている間に開けられるようになった扉を開けさせる
長椅子に腰掛けていたメアリーは自然と涙がこぼれた
ずっと会いたかった存在がそこにいる
それだけで安心した
開ききった扉から見えるのはこの世でたった一人恋焦がれ愛した男性
どんなに強がり、あの日を支えにしても、たった一度で授かった宝物を拠り所にしていてもメアリーはまだ十代なのだ
緊張の糸が切れていく
「メアリー嬢」
「ッ!申し訳ありません、陛下。体力がまだ、完全ではなく座ったまま迎えてしまい」
慌てて涙をぬぐい、メアリーは座ったまま腰を折る
「気にしないで欲しい。体は大事にしてくれ。寧ろ起きていて大丈夫なのか心配しているところだ」
「寛大な心遣い感謝致します。座っている分に苦はございません。陛下もお座りください。全てお話致します」
聡明なメアリーはわかっていた
シリウスが何を聞きたいのか
そして、シリウスは知る権利があるということを
「アナ、陛下と二人にして頂戴」
「お嬢様」
「大丈夫よ。お話をするだけだわ」
「でも、…」
アナは心配そうに寝台に目をやる
そこには小さな膨らみがある
「大丈夫よ。私を信じて。陛下はこの世の誰より信をおける方。ナイトスカイ国にいたあなたならわかるでしょう?」
アナは少し考えてからコクリと頷き深く一礼してから部屋を出た
シリウスはそれを見届けてからメアリーの前に腰を下ろす
「息災とは言っていいのだろうか」
「お気遣いは無用ですわ。そのような事に陛下の時間を使わないでくださいませ」
ニッコリと笑ってみせるメアリーにシリウスは苦笑しかない
自分の自制心のなさでただ、プラントという祖母の母国に連れてこられただけでない苦労をさせたのだ
胸が締め付けられる
「単刀直入に言うと、陛下の想像通りだと思います。私の勝手な行動をお許し下さい」
メアリーは頭を下げる
シリウスも理解する
あの寝台の膨らみこそ、メアリーが産み落としてくれた我が子だと
もう、抱くことが叶わないと思っていた我が子
少し前に浮浪者のように城下で死んでしまった愚息ユリウスが最初で最後の子だと思っていただけに心境は複雑だが、僅かに喜びが優っているのを感じる
「いや、私の自制が弱いばかりに、其方にはいらぬ苦労をさせてしまったと深く反省している。すまない」
「陛下!頭をお上げください!一国の王がそのように頭を下げてはなりません。それに、私は幸運でした。あの子を身ごもり、この世に生み出せたこと。深く感謝こそすれ、陛下が心を重くされることは何もありませんわ!」
頭を下げたシリウスにメアリーは慌てた
そんなことして欲しいなど思ったことはない
いつでも前を向いていたシリウスしか記憶にない
王妃が隠れてしまっときも、戦争が起きそうになった時も、いつでも前を向き、振り返ることなく、これからを、未来を考え、最善を尽くしてきたシリウスを知っている
自分のために頭を下げるなどして欲しくなかった
「すまない。メアリー嬢に気を遣わせてしまったな。だが、年長者としてのけじめでもある。謝罪を言わせて欲しい。すまない」
「謝罪を受け入れます。受け入れいますから、っ!」
「メアリー嬢!?」
それでも頭を下げていたシリウスにメアリーは立ち上がって叫んだ
と、同時にまだ、回復していない腹部が痛み、思わず座り込む
シリウスは慌てて駆け寄り、その体を抱きしめる
シリウスはメアリーの体を支えて身が凍る
そして、胸が今まで感じたことがないほど締め付けられた
細い腕
体も、記憶にある王妃だった妻よりも細い
夕日に照らされて赤い部屋
照明もついているが、そばに近づけば分かる白い肌
あの日見たよりも、触れた時よりもより繊細に感じるメアリーの体
こんなにか細い体でなんという無茶をしたのかと思うとシリウスはメアリーを抱きしめずにいられなかった
「へっ陛下!?」
そして、女性の大仕事である出産
どんな優秀な医師を、産婆をつけても母親が出産をきっかけに命を落とすことが珍しくないことをシリウスは知っている
年齢に関係がないことも
それを行いながらも自分を気遣うメアリー
シリウスは鼻の奥が痛くなった
「すまない。本当に…すまない」
あの日の自分を何度も殴りたいと思った
だが、今は殺してやりたい
未来あるメアリーになんてことをしたんだと
少し考えればわかったはずだ
自分が求めれば国にいる誰もが拒否しないのは当たり前だが、その中でも自分に好意を示したメアリーは誰よりも受け入れる事を
そして、その行為の結果、憂いが生まれること、その先にメアリーがどうするか
もし、誘拐など起きず妊娠を知ったとき、周囲の目から、シリウスが出産を反対したらメアリーはそれを受け入れたかもしれない
もちろん、シリウス自身そこまで腐ってはいないが
それでも、結果、自分の不始末をこの若く、一見、強く見えるが誰よりも細い体で苦労をしてきたメアリーに全てを背負わせた
あまりにも自分が不甲斐ない
「陛下、謝らないでくださいませ。一国の王がそう何度も謝るなど…」
理性でメアリーも言葉を紡ぐが強く抱きしめられて体が痛い
同時にその痛みが心地よい
そこから感じる体温が自分の心を覆っていた鎧をはがしていく
そうなると押し込めていた思いが溢れる
強がっても恋しかった
子供がいても不安は消えない
子供がいるから愛おしさは増していった
手がもう届かなくとも一目、もう一度会いたいと何度も思って枕を濡らしたことは数え切れない
亡き母親とは違う抱擁
父親からは抱きしめられた記憶もない
時々会える祖父母や叔父から受けたことは多少あるが、特別な愛情を込めたものではなく挨拶の一貫だけ
息が苦しくなるほど、痛みを感じるほど抱きしめられたことなどない
婚約者だったユリウスからももちろんない
仕方なく婚約者であると
「お前に情などない
期待するな」
何度も言われたセリフはあれど社交でのエスコートで手を引かれる以外触れたことはない
気が付けば涙は溢れ、嗚咽が漏れ、シリウスの背に腕を回してしがみつく様に泣いていた
「うっく、へ、へいっかぁ…へいかぁ」
子供のようにメアリーは泣いた
分かっていても、一度剥がれた心の鎧はもう元に戻らない
少なくとも今は
シリウスは何度も謝りながらメアリーを強く抱きしめ、メアリーが落ち着くように背をなで続けた
・・
・・・
・・・・
「はしたない姿を…お見せしました」
泣き止んだメアリーはシリウスから少し身を離して顔を下げる
自分の行動が信じられないと同時に恥ずかしさでシリウスの顔が見れない
「いや、私も、すまない。淑女の君にまた…」
気まずい沈黙が流れる
だが、話さなくてはいけないことはまだある
シリウスは咳払いをしてから気持ちを切り替えて話題もだす
「子供を見ることを望んでも許してくれるだろうか」
「!はい!」
これはメアリーにとって嬉しいことだった
自分が勝手に判断し、産み落とした命、我が息子
メアリー自身は愛しく思うことは当たり前でもシリウスが同じとは思っていない
そんな都合のよい考えを持つ育ちはしていない
シリウスは勢いよく顔を上げて頷いたメアリーをそっと横抱きにして子供の眠る寝台に近づく
「へっ陛下?!」
「共にいてほしい。嫌かもしれないが、」
「嫌だなんてそんな…」
嫌なはずがない
何度も夢を見てきたことだ
力が入らない体が嬉しくも思う
だた、重くないか気になるが
シリウスは顔を赤らめて伏せるメアリーを可愛く思いながらゆっくりとメアリーに負担が掛からないように歩いて寝台にたどり着く
そこに眠るのは自分と同じ赤い髪をした可愛らしい赤子
シリウスは天上の星々に感謝をした
間違いなく自分の子だと確信した
ユリウスは母親よく似た同じ紺色の髪をしていた
シリウスは炎のように赤く燃える髪
情けない話だが、ユリウスは母親の青い髪が強く出ていたため、あまりに違う髪色に父親の実感を持つまで時間がかかった
寝台でスヤスヤと眠る赤子はシリウスと同じ燃えるような色の赤をしていた
シリウスはメアリーを寝台に座らせるように下ろす
メアリーは下ろされると眠っていた我が子を起こさないように抱える
「よろしければ、抱いてもらえませんでしょうか?」
願い出る予定ではなかった
しかし、今なら許されるのではないかという気持ちが後押しをして出た言葉
シリウスは少し黙ってから首を振った
メアリーはショックで思わず顔を歪ませたが、一瞬、仕方がない
厚かましい願いだったと自分に言い聞かせて顔を伏せる
シリウスはそんなメアリーに言葉をかけずに片膝をついて伏せたメアリーの顔を見上げるようにしてから子供を抱えるメアリーの片手をそっと握った
驚くメアリーにシリウスは覚悟を決めて少し前に決めていたセリフを少し変えてから口を開いた
「メアリー嬢。その子を私の子ににしてくれないだろうか?」
「えっ…」
赤子を抱かれないということに通づいて言われた言葉にメアリーの脳裏に悪い考えがよぎる
「いや、違う。言い直させてくれ」
シリウスは小さく咳払いをして、大きく息を吸い込んでから言葉変えてからメアリーに語りかけた
「メアリー嬢。私の妻になり、私をその子供の父親にして欲しい」
メアリーは口を押さえたかった
だが、片手は息子を抱えている
そして、もう一つはシリウスが包むようにして両手で握っている
どちらも動かせない
喉が締まるように上手く息ができない
声が出ない代わりに首を動かそうにも上手くそれもできない
代わりに溢れる涙
「君が先ほど子供を産んだとき、私の子だと思った。出来るなら国のために引き取りたいと思ったのも事実だ。」
これは自分の傲りの罪とシリウスは自分に言い聞かせ、正直に告白していく
「だが、その願いは国王としてだったと気がついたから言わせて欲しい。唯の中年男、シリウスとして君の夫になりたい。もちろん拒否する権利は君にはある。このまま子供と私の関知しないところで生きたいというならそれも尊重しよう。」
そして、気がついた気持ち
許されるか、
いや、メアリーなら許してしまうと思っても言わずにはいられない
「だが、あの日、君を抱いた時から君を忘れたことなどない。笑っているか、憂いなどないか、何より消息のわからない君が生きているのか、何度も考え、そして、幸せだけを願ってきた。しかし、国王の権威で君を縛ってしまい、そばに居させることは可能だと先程まで思っていたのも事実だ。」
なんと傲慢だったのだろうと何度も自分を恥じる
あれだけ自己嫌悪することをメアリーにしておいてまだ、メアリーを苦しめるつもりだったのかと気づいてしまった
どこまで傲慢で愚かだったのか
あれだけ傲慢に育てたことを後悔したが、その根源は自分だったのかと絶望したくなる
窮屈な人生を送ってきていただろうメアリーを縛るなど
愚かの極みだったと猛省するしか出来ない自分が情けない
「しかし、その子を見たとき私は愚かだと気がついた。少年のような心を思い出させてくれた君に、そして、一目で愛しく思うその子が幸せでいてほしいと思っていたのに権威で縛るなど、まして、そなたの恋慕を利用して王妃にし、重責を、多大な仕事をさせようなど…私は愚かだった」
久しぶりに腹部が重くなる
自分の過ちを理解すればするほど、メアリーに幻滅されても仕方ないと思えば、どんどん重く鈍い痛みを生んでいる腹部
「君は君の幸せと、その子の幸せを考えて欲しい。そのための手伝いはなんでもすると星々に誓う。それでも、私と歩んでくれるというなら、私は、私は…」
結局自分は何がしたいのだろうと思う
罪を自覚しておきながら願い、縋って
自分の半分も生きていないメアリーに何をしているのか
「お顔をお上げください」
シリウスはゴクリと喉を鳴らした
同時にシリウスの手からスルリと抜けていく
それだけの事をしていたとシリウスは自分に言い聞かせて顔を上げるとそこには自分の予想とは違う表情をしたメアリーがいた
「陛下、いえ、シリウス様とお呼びさせてください」
優しく微笑むメアリーはそういう
面食らったシリウスが反射的に頷くとメアリーは口元をより微笑ませてから続ける
「私、この子がお腹にいるとき、名前をつけておりましたの。なんだと思いますか?」
情報が少なすぎてわからない
敢えて言うなら自分の名前かと思うが、流石にそこまではないと首を振るとそれが返事になってしまった
「プロキオンですわ」
シリウスは目を見開いた
それはユリウスに付けるはずだった名前の候補となってしまった名前
当時の王妃の希望で自分の名に似たユリウスにはなったが、シリウスはそんなことよりプロキオンと名づけたかった
シリウス
これはシリウスの母親の実家カニスマイヨル辺境伯家の家系を表すものだ
国の貴族の令嬢を后にし、その后が産んだ子はその実家を表す名になっている
そして、プロキオンはカニスマイヨル辺境伯の兄弟同盟を結び弟てき存在のカニスミノル辺境伯を表す
今は、両家は従兄弟が継いでいる
そのつながりで付けたかった名前だ
「アルゲディと悩みました。ですが、私はカプリコーン家に愛着が無く、未練もありませんでしたからプロキオンとお腹に向かって呼び続けていたのです」
アルゲディも同じくカプリコーン侯爵家の母親から生まれた王子を意味する名だ
「メアリー嬢…」
「お許し下さい。私は嬉しいと思っております。シリウス様がお心を痛めているというのに、私は…嬉しいのです。こんなに私を思ってくださっていることが…とっても、とっても嬉しのです」
赤く腫れているメアリーの目からまた涙がこぼれる
釣られるようにして、シリウスの目も溜まっていた涙がこぼれる
「未熟な私でありますし、順番が逆ではあるとは理解しておりますが、私を、シリウス様の妻にして欲しいです。シリウス様のそばならどんなことでもやり遂げる自信しかありませんわ。そして……この子の、プロキオンの父親になってくださいませんか?」
シリウスはメアリーに勢いよく抱きついた
本当に嬉しかった
赤子をつぶさないように気をつけながら
赤子を落とさないように気をつけながら
たくさんの問題はあるが、今は二人の幸せを、新しく始まる三人の幸せをただ互いの体温と共に感じ、浸った
・・・・・・
「そうと決まれば、プラント国王には私を解放してもらわないといけませんわね」
「そのことなら問題はない。メアリーが望むならすぐにナイトスカイに帰れる事になった」
「まぁ、嬉しいですわ。では明日にでも」
「いやいや、産後なのだぞ。体調が戻ってからにして欲しい。君に何かあったら今度は私は狂ってしまう」
「シリウス様、」うっとり
この件に関してはシリウスが上手く相手の上を取った
国の人間を無断で連れ去り、そのあとなんの連絡もなかったことは十分国家間の亀裂を生む
メアリーの件に関しては無断で本人の意思関係なく連れて行くことまではまだそれまでを考えれば何も言えないが、探している事を知りながらそれを無視していたことに始まり、賠償やらを受け取ろうとしていたこと等がある
そして、現状、メアリーは篭城していた
しかし、それを第三者が見た場合どう思うか
答えは簡単だ
誘拐し、監禁していたと取られる
そうなるとプラント王国の信頼は一気に揺らぐ
いくら、王家の血を流すものが対象であっても許さない国は出てくる
更に、シリウスには切り札があった
それは新カプリコーン侯爵の次男ローブである
実はローブこそ、プラントの探していた緑に愛されし子だったのだ
その実力を現した国から持ってきた一つの植木鉢
そこに生えていたのは若木を思わせるほど大きな野菜の苗
結果、プラントの関心はローブに移り、メアリーの身を自由にすることはもちろん、向こう十年の食糧援助優遇権を与えられた
十年という数字に頷くかは迷ったが、良作、不作に関わらず、国に必要以上の食料や木工に使う木々をを優先してくれるというものであるというのと当時に、他国にも輸出は必要であるのにも関わらず、こちらに金品の一切を十年も請求しないというのだから物で賠償してもらうと考えれば摂り過ぎとも思えた
ローブはもとから植物が大好きであり、一応は学者を目指したが、己の能力のせいで実験などが全て上手くいかず、結果農民にでもなろうかと思った過去さえある
父親が侯爵になったことで兄を支えるための勉学に力を入れてはいたが、元から植物は好きで息抜きに世話をしていたところを父親に見つかり、ことが発覚した
苦手な机仕事より大好きな植物と触れ合えるということでローブ自身プラントへ行くことは問題がなかった
寧ろ、好きなことで親孝行の機会ができたことを喜んでいた
ついでに、プラントの王家の養子になり公爵家令嬢という可愛らしい婚約者まで手に入れたのでいうことがない
ローブ自身もだが、婚約者になった公爵令嬢も大人しい性格なので不和は生まれないだろう
・・・・・・
「しかし、国に帰ってから皆に説明するのが骨だな」
「それは大丈夫だと思いますわ」
「なぜだ?」
「シリウス様、人は噂好きということです。既にこちらで少々」
シリウスは小さな悪寒を感じたが気にすることをやめた
それよりも、メアリーが頼もしく感じた
元から息子の婚約者として礼儀作法や教育を行われてきたメアリー
こんなに早く頼もしさを見せるとは思っていなかった
実は既にバルとディランはナイトスカイに向かっている
ある噂を流すために
その噂がメアリーの策だ
「前王太子に婚約破棄された令嬢は実はただ浮気を諌めただけで婚約の破棄を言い渡されていたらしい」
「しかも、王子だからって無理強いなこともしてたらしい」
「令嬢の母親の血筋に外国の血があるらしい」
「その外国が令嬢を無理矢理連れ戻して幽閉しようとしているらしい」
というものだ
らしいだが、事実に基づいたことだ
そこに尾ひれがつくことなど浮かばないメアリーではない
らしいと具体性はないからこそ憶測が憶測を呼ぶ
メアリーからしたら国にいるユリウスとジェーンの不仲を狙ったのと子供に肩身を狭くさせないことと国にはいないことを周知させたかっただけなので問題ない
今後噂を追加するだけだ
もしもの時のためにバルとディランには連絡手段を持たせている
こちらからも一回しか使えないが、向こうからも一回ずつ
噂を追加するだけなので早速使うことにする
「王太子だった息子の不始末を対処していた国王陛下が調査の過程で知った幽閉されていた令嬢を救い出したらしい」
人は噂好き
そこに良くも悪くも尾ひれがつく
だが、先に悪い噂が流れ、後からハッピーエンドが噂されたら?
人は絶望を嫌う
だからそこに救いを求めてより良い装飾をして噂を広めてくれるだろう
メアリーはニッコリとシリウスに笑いかけ、そして、その腕で眠る我が子にそっとキスを送った
【花粉を得た花は大地にかえる
そこに花の意志はない
花はただ大地で慈しむ
己の宝を守るために】
・・・・・・・
数年後ナイトスカイの王宮の庭園でメアリーの腕の中では薄紫の髪をした子供が眠っている
「メアリー」
そこにシリウスが訪れる
メアリーは声に気がつき、視線を子供から愛する夫となったシリウスに向ける
「陛下」
「ダビーは眠っておるのか?」
「えぇ、のんびり屋さんな上に甘えん坊で困っていますわ」
「ダビーは第三王子だ。穏やかなくらいでちょうどいいのかもしれん」
「ふふ、そうですわね。でも、ハレーの半分の活発か利発さが欲しいのも譲れませんわ」
メアリーはナイトスカイに戻った
腕に二歳になる子供を抱えて
半年あればメアリーが広めた噂は十分に浸透していた
そして、メアリーが想定したように噂は広がっていたため、王妃になるまでそこまで障害はなかった
一つ問題があるとすればメアリーの子
前王太子、ユリウスの子として認知されてしまっていたプロキオンだ
だが、それもシリウスが自分の子だと言い張ったため大臣以下他の貴族たちも何も言えなくなった
プラントに同行していたサウス公爵が後見になるといえばなおさらだ
それでもまだ、下火はある
だが、暗黙として誰も言葉にしないだけだ
数年のうちに利発で聡明な子供に成長したプロキオンにこの調子ならと思う貴族も増えてきたという話もメアリーとシリウスも聞いているのでもう無言で通している
そして、プロキオンが二歳のときに第二子のアルゲディ、さらに一昨年、プロキオンが六歳、アルゲディ三歳の時に男女の双子が生まれた
それが、第三王子ダビーと第一王女ハレーである
プロキオンもアルゲディもハレーもシリウスに似た赤い髪をしており、仲が良い
ほどよく年の離れた兄弟のため、いい刺激になっているようだ
ただ、唯一メアリーと同じ髪を持って生まれたダビーだけは我関せず、マイペースの性格をしており、競うことを嫌い、まだ、二歳になったところなので難しい教育はまだだが、母親のメアリーから長く離れないで甘えてばかりでメアリーの頭痛の種になっている
「一人っ子だとユリウスと同じになるから今度こそと子を頑張って儲けたが、この子は別の心配を持って生まれてしまったらしいな」
苦笑するシリウスにメアリーは頬を膨らませる
それでも自分もこうして膝に載せてお昼寝させてしまっているので何もそれ以上言えない
実際、シリウスはユリウスの後も子供は作ろうとした
それを許さなかったのは当時の王妃だ
出産の痛みはもう懲り懲りと言って伽を断り続け、ならば側妃をと思っていると他国から来た元姫の王妃はプライドは高く、側妃は頑なに許さなかった
そして、一度でも側妃を持とうとしたということで何かにつけて国を盾にシリウスに過度な要求をするので、結果シリウスは子供を諦めるだけでなく王妃のご機嫌取りを常にしなくてはいけなくなった
今はそのどちらもないのでただ幸せに浸れる
「おかあさまぁ」
そこに三人の赤い髪をした少年と少女が仲良く手を繋いでやってくる
「父上もいるよ!」
「本当だね。休憩中かな」
真ん中に一番小さな女の子
そして、両サイドにいる兄の手を繋いでいる
片方の大きな方の男の子が少しだけ背をかがめている
「三人も来たのか?」
「探検はおしまい?」
「うん、えっとね、ずっとあっちにねすっごくきれいなお水があったの」
「泉って言うんだってば」
「いずみがあったの」
背の低い方の兄が優しく妹に教える姿は微笑ましい
この三人こそ第一王子となったプロキオンと第二王子アルゲディ、そして、第一王女ハレーだ
「あらあちらまで行ってたの?王宮の中とはいえそこまで子供だけで行くのはお母様は感心しないわよ」
「大丈夫です。僕たちが稽古が終わってから合流したので、一緒にいた先生も一緒でした」
プロキオンが安心させるようにメアリーに伝える
「そういえば稽古はどうだった?」
「はい、僕はあまり変わりありませんでしたが、アルゲディは何度も先生に打ち込みしていました。僕より筋が良さそうですよ」
「違うよ!兄上もすごかったんだ!僕は何度も向かったけど、全部受け止められたもん!兄上は先生の腕に当てれたじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだい!」
口の利き方はともかく、仲の良い兄弟の姿にシリウスは目を細める
「ダビーはまだねているの?」
「えぇ、ハレーはまだ寝なくていいの?お昼寝の時間でしょ?」
「あたしはそんなにこどもじゃないわ」
二歳児が何を言うという言葉を誰も言わない
頑張って大人ぶる姿も十分愛らしい
「陛下」
「なんだ?」
「私は、これ以上にない幸せですわ。ありがとうございます。シリウス様」
シリウスは突然の告白に少し目を丸くして赤くなったが、すぐに優しく微笑み、メアリーの頬にキスをそっと送った
後日談とかで乙女ゲーム系の話を発散させたいですが、いつになるかわからないので完結です
とにかく完結を長く待っていただいた皆様、ありがとうございました