後編
そして、よく分からん流れに乗って、迎えた、ホストクラブでのバイトの初日、少しだけ早く来てよ。って事で、深夜0時~開店のホストクラブに、22時頃にお邪魔する。
なんだかんだと、物の配置やら、メニューの確認やらの雑務を済ませると、先輩の店に来て、私をスカウトした男性(以降、店長)が、こう言い出し。
『○○(先輩)の言う事だから、大丈夫だとは、思うけど、一度、フルーツの盛り合わせを作ってみてよ、それによって、メニューを変えるから』
まぁ……至極当然の事ですな。技術が追い付いてなきゃ、下手な物を客に出す事になるんだから。
えっちらおっちらと、今日の為に、家の押し入れの奥から、引っ張り出して持ってきた。ペティナイフと彫刻刀を使い、フルーツをカットして皿に盛り付けて行く私。
「こんなもんかな? どう?」
働かせて下さい! とやって来てる訳でも無い私は、私が要らないならそれで結構。と言う、立場を利用すると言うゲス思考で、普段の口調に戻ってる(笑)
『うおっ! 予想以上だよ』
『俺より上手いな……』
合格は貰えたようです。良かった、良かった。
こうして、私は店長と辞めた元キッチンの人に認められ、誰よりも横柄に、誰よりも偉そうに、バイトを始める事になる(笑)
ここで、細かくバイト生活を書いてると、長篇作品が出来ちゃうので、ダイジェスト風に、私がどれだけ横柄に働いていたかのエピソードをいくつか紹介しよう。
・氷? 自分で取れよ事件
バイト初日の営業中、キッチンの中で、タバコ吸って待機(サボりでは無い)してる私の元に、ホストの1人がやって来た。コイツは、どうも指名客をまだ持ってない、人気のあるホストのお手伝い(ヘルプ)をしてるホストのようだ。
『お~い、新人さん、氷ちょうだい』
あん? 私はここに、コマ使いとして来てるんじゃねぇと言う意思の元に、当然、チラリと見た後は、安定のスルー(笑)
『おい! 氷用意しろよ!』
おいおい、そんな短気だと、ホストに無茶ぶりして、ホストイジメて楽しむ、風俗のお姉ちゃんの相手なんか出来んぞ。
「あ~? 氷? そこにあるから自分でどうぞ、指名に着いてる訳でもないんだから、ヒマだろ?」
・灰皿が無い! 事件
私は、店長に確かに【キッチンの仕事だけしてればいいから】そう言われて、やりたくもないバイトを引き受けた。
灰皿? 何で私が洗うんだよ? 手がヤニ臭くなるだろ? お客さんに出す、フルーツ等の生物にヤニの臭いや味を付けて出せと?
屁理屈全開で、絶対に洗わん! と言う意思を貫く私(笑)
お前は、手伝いに来てるのか、輪を乱しに来てるのか……(笑)
・リンゴ彫刻事件
ある日、リンゴだけの注文が入った。まぁ客のオーダーだ。応えるのには決まってるが、この単品ってやつが意外とクセモノだ。
種類で誤魔化す事が出来ないからだ。
「仕方ないな……やりたくなかったが……」
そして、リンゴの皮に文字を掘り込むと言う、必殺技を出した。
まぁ……面倒くさいから【LOVE】と【キッチン ヨリ アイヲ コメテ】と掘り込んだだけだが。
うん。思惑通りにウケた。ウケたのだが、ウケ過ぎた……。
次の日、まぁ~入るわ入るわ、文字掘り込むリンゴのオーダーが……。しまいには、これを掘れ。とか言い出す始末。
【今夜の君は薔薇より美しい】
掘れるか~! 私はハンコ職人じゃないんだぞ!(笑)
当然、店長に、これ続けるなら明日から来ない。と伝えた(笑)
まぁ、そんなこんなと、一緒に働くホスト達とも深交を深めつつ、いつしか。
【一番態度のデカイ新人のバイトさん】
【店長より店長らしいバイト】
【危険! 逆らうな! 近寄るな!】
等などの、アダ名が付くぐらいには、お店のみんなと、仲良くなっていた、ある日。
風邪が、私の働くホストクラブのホスト達を直撃した。売れないホストってのは、本当に貧乏だ。1日働いて、ぶっ倒れる程に酒を飲み。客の無茶ぶりに応えて、6000円とかしか貰えない。キッチンで偉そうに座ってるだけの新人バイトでさえ、緊急性と言う物を、店長がちゃんと考慮してくれて、時給3000円も貰っているのに(笑)そして、売れないホストは、集団で、お店の寮などの、マンションの1部屋で、共同生活を送っている。
1人が風邪になんかなろうものなら、間違いなく全員が感染する。
ホストが寮で、ぶっ倒れても、そんな事は、お客さんには関係ない。と言う事で、いつもより遥かに、ヘルプに着くホストが少ない状態で、お店は開店。
まぁ……なるべくしてなった。とでも言うべきか、ホスト自体の数が足らなく、お店が上手く回らない。
そこで、店長が何をトチ狂ったのか知らないが、私が普通に、飲み屋(先輩のお店)で接客が出来ていた事を思い出す。
『あっもふ君、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、ヘルプに着いてよ』
絶対に嫌! 断固拒否! ホストなんて無理! とは思ったが、何だかんだあり、ホスト達とも良い関係を作り、それなりにお店に愛着も出てきてた私は。
・絶対にお酒は飲まない(包丁使うから)
・オーダー優先
・接客方法に文句を言わない
この条件で、ヘルプに着く事になったのだが……。
1つ問題が。私の今日の服装……。ノースリーブのTシャツに、膝丈のハーフパンツ、ビーチサンダル、エプロン。
ホストに絶対見えん(笑)そして、私の体型、着れるスーツが無かった……。
「あ~無理っすね」
『いや! もう、それで行こうか、逆に面白いかも知れない』
この……海水浴に行くのか? って格好で接客しろと?
まぁ、やれと言うんだから、後は知るか。と、客の席にヘルプで着いた。
ウケた。めっちゃウケた(笑)客には、逆に新鮮に見えたんだろう。
そして、どうとでもなれや! の姿勢で、お世辞も何も言わずに、言いたい事だけ言いまくる。客と店員じゃなく、居酒屋でナンパしたお姉ちゃんと話してる客同士って感じに。
お酒を勧められても、断固と拒否。
そして、なんとか海水浴に行く男の、初めてのホスト体験は、目立ったトラブルも無く、閉店の時を向かえた。
次の日。
いつものように、店に行き、戻ってきたホストの姿を見て、今日はキッチンに居ればいいなと安堵した。
しかし……。そうは問屋が卸さない。
店が賑わってきた深夜3時頃……。店長の声が店内に響き渡る。
『もふ君~! もふ君~! ○番テーブルご指名で~す』
はぁ? こいつは何を言ってるんだ?
訳が分からず、キッチンに居た私の元に、ニヤニヤ笑ってやがる店長が来た。
『もふ君呼んできてって頼まれたから、指名ですか? って聞いたら指名する~って言われて(笑)』
『ほら! オーダー無いんでしょ? 早く早くお客さん待ってるから』
マジか?
渋々、呼んでる客の元に行く。歩みは遅い行きたくない。
「来たけど? 何?」
『もふ君、怒ってる? ごめんね~もふ君と話したかったから』
あの日、遠慮の欠片も無く接客してる私の姿を隣のテーブルで、見てて、興味が沸いたから、来てみたら、私は居ない。店長に聞いたら、普段はキッチンの中にしか居ないって言うから、呼べないか聞いてみた。
そう言う事らしい……。
心底キッチンに戻りたい私と、私に何故か興味しんしんの風俗で働くお姉ちゃん。
そうだ! 合法的にキッチンに戻ろう。そう閃いた私は、お姉ちゃんにも聞こえるように、店長に質問した。
「店長~No.1の指名料っていくら?」
『うん? 1セット(60分)5万だけど?』
「それじゃ、私の指名料は、1セット10万ね」
どうだ! No.1より、べらぼうに高い指名料。これなら、キッチンに帰れる。
私の認識は甘かった……。相手はどうやら、そこそこ人気のある、お姉ちゃんだったらしい。お金はたくさん持っているそうだ。
『キャハハ高~い! いいよ~10万で』
コイツ……正気か!?
そして、ヘルプ席と言う名のテーブル越しでは無く、お姉ちゃんのすぐ横に座るハメに。墓穴を掘ったと言うか……自業自得と言うか……何か納得の出来ないまま。
『何で、指名料10万って言ったの?』
横に座り、おっぱいを私の腕に、ムニムニと押し付ける程、密着して来た、お姉ちゃんが聞いてくる。
ここに座りたくなかったからだよ!
とは言えず。適当な事を思い付くまま話した。
「この、歓楽街にさ、ホストクラブっていくつぐらいあると思う?」
『100軒ぐらいは、ありそうだよね』
「そのホストクラブにホストが5~10人働いてるとして、この歓楽街には、最低500人ぐらいのホストが居るって事だよね?」
『うんうん、それでそれで?』
「それで、500人のホストの中で、No.1は100人しか居ない訳じゃん? 1軒に1人しか居ないんだから」
『そうだね~』
「それじゃ、私みたいに、キッチンで働いて、フルーツ盛り作ったりしてる奴」
『あっもふ君の作ったフルーツ盛り、私も食べたよ、すごいよね~あんなフルーツ盛り初めて見た、リンゴに文字とかも』
「お世辞でもありがとう」
「フルーツ盛りが作れるホストって、何人ぐらい居るかな?」
『何人だろ? ……きっと、もふ君だけかも』
「そうだね、私だけかも知れないって私も思うよ」
「この街に100人は居るNo.1と1人しか居ない私、どちらが貴重かな? どちらが指名料を高く取ってもいいかな?」
『なるほどね~もふ君だね、もふ君頭良いんだね~、納得したから、ちゃんと指名料払ってる間は、私の相手しててね』
そうじゃねぇ!(笑)1セットは付き合うが、60分経ったらキッチンに戻りたいんだよ!(笑)
『あっ私……すごいことに気付いちゃった、もふ君を指名した、初めての、客って私だよね?』
「うん、そうだね」
『それじゃ、記念に、ボトル入れようよ! 一番高いヤツね』
恐るべし……風俗嬢……いくら稼いでんだよ? 一番高いボトルって確か……70万だったぞ……。
そして、そこら辺を歩いてた売れないホストを呼び止めて、オーダーを通す、お姉ちゃん……。ボトルを両手で大事そうに持ってくる店長に向けて、パンパンにはち切れそうな程に膨らんだ茶封筒を、シャ○ルのバッグから取り出すと、店長に渡して。
『それで、足らなくなったら教えて』
と……。おい……。その封筒……。300万は入ってそうな厚みしてたぞ……。
『あっ! 初めての乾杯らなら、シャンパンだよね~やっぱり』
待て待て待て~い! 俺の精神が申し訳無さで先にKOされそうだわ。
『もふ君、シャンパン飲める?』
こんな状況なのに、自動的に発動してしまう、私のボケ機能。無駄に高性能である。
「私に飲めないアルコールは【料理酒】と【みりん】だけだな」
この、チャンスがあれば、ボケずにはいられない、私の本能が今は憎い。
『それじゃ~ドンペリのゴールド持ってきて~え? 無いの? 黒は? それじゃ黒でいいよ~、ゴールドじゃ無く黒になったけど、ごめんね許してね』
おい! 私はピンクまでしか飲んだ事の無い庶民だぞ!
黒ってどんな味するんだよ……。
と言うか……、その売り上げ(ホストの給料に加算)に貢献出来ない、私が指名してるホストがNo.1じゃなきゃイヤって、ホストにハマる女の思考をどうにかしろよ! 私は時給3,000円のただのキッチンのバイトだぞ!
そして……閉店まで、オーダーが入って途中、席を立つ事が何回かあったが、最後まで、私を指名してた、有名な風俗嬢のお姉ちゃんの、お会計は……。270万円也……。
帰り際に、お釣りの入った白い封筒を、店長が持ってきた時に。
『あっお釣り? もふ君に渡しといてね』
と言い残し、帰っていった。
おい! これ次来るまで持っとけって事だよな? チップじゃないよな!(笑)
この日……1日の売り上げ高、No.1の3倍だった……キッチンのバイト君であった……。
その後も、バイトが見付かるまで、何度もやって来ては、私を指名して、豪遊するお姉ちゃん。
住む世界が違いすぎると、次のバイトが見付かった途端に、絶対にホストクラブには関わらず生きていこうと心に決めた。
店長は必死に止めてきたが……。