138:ありがとう
それは事件が解決してから約2週間後ぐらいだろうか。
久しぶりに自宅で寝起きして、いつも通りの時間に起きて、支度をして和泉が玄関を出たところ。
ドアの向こうに人影があった。
「周君!! おはよう」
「……おはようございます」
偶然同じタイミングで外に出た、という訳ではなさそうだ。
「もしかして、僕のこと待ってた?」
周はうなずく。
初めは真っ直ぐにこちらを見つめていたくせに、急に目を逸らすと、
「義姉さんから聞いて……その、こないだ……」
何だっけ?
「遅くなったけど、ありがとう……ございました」
「何かあったっけ?」
本当は既に思い出している。
鳥取に出張している間、美咲から『弟を助けて欲しい』と連絡があった時のことだろう。
「忘れてるんなら、別にいいです」
「あ~、もう。また他人行儀な言葉遣いに戻ってる!!」
和泉は周の柔らかい頬をぷにっ、とつまんでみた。
「ひゃなへっ!!」
可愛い。
ずっと見ていたいところだが遅刻してしまう。
仕方なく手を離す。
周は顔を真っ赤にして、
「……と、とりあえずお礼はちゃんと言ったから!! そ、それとあいつ……」
「あいつ?」
該当はきっと彼だ。
でも、気づかないフリをする。反応が可愛くてつい……。
「あのロボットみたいな奴!! よろしく伝えといて、それじゃ!!」
「ちゃんと自分で言わなきゃダメだよ~?」
エレベーターに向かって足早に駆けだす周を追いかけ、和泉も歩調を速める。
下に向かうボタンを押そうとする周の手を背後から手を伸ばしてつかみ、もう片方の手で肩に触れる。
「そうしないと……」
「……なに?」
周が首だけ動かして振り返る。
「後悔するよ?」
すると。
何を思ったか彼はカバンからノートとペンを取りだした。それから何やら書きつけて破り取り、折り畳んでずいっ、と差し出してくる。
「これ、あいつに渡しておいて!!」
おかしくなって和泉が笑いだすと、周はするりと脇を抜けて階段を降りはじめた。
「ツンデレだなぁ~……」
折りたたまれた紙に何と書いてあるかは、読まなくてもわかる。
『ありがとう』
それだけだろう。