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第一章 ベルゼルガ

『ええい、皆の者! 出あえ、出あえー!』


 オウ出あえ出あえコノヤロー。

 多人数対少数だ、こんなもんアクダイカンとかいう奴の圧勝だろ。


――ズバッ、ズバッ!

『ぐえええっ』


 おいちょっと待てよおい。

 武器構えて突っ立つ奴があるかコラおい。

 そこ! 背中! がら空きだぞ!


――ズバァ!

『ぐえええっ』


 いや『ぐえええっ』じゃねえよオイ!

 なんだよこれ時間停止魔法とかそういう類の現象?


『お、おのれぇ~』


 もうアクダイカン一人かよ!

 こうなったらやるしかねえよアクダイカン!

 おう、そうだそうだ。腹ぁくくれ。

 見た限りだと運動不足甚だしい体型だが、まあなんとかなるって。

 例えばそう、その金ピカの着物で敵の視界を奪うんだ。そのまま体格を利用して圧力かけていけば勝機が見えるかもしれ――

『ぐぅわああああああああ』

 負けてんじゃねーよ!

 一撃じゃねーか!


『こうして一行は悪代官の野望を打ち破ったのであった。めでたしめでたし』


――ブツッ。



 俺は手元のリモコンでテレビを消し、溜息を吐いた。


「めでたしって……おいおい昔のニッポンってぇのは、こんなスロウリーな戦闘をしてたのか?」

 独りで愚痴をこぼしていると、横から声が聞こえた。


「あんた、テレビの時代劇なんかで何ムキになってんのよ」


 見ると、買い物袋を両手に下げた少女が立っていた。

 髪の毛伸びたか?

 まっすぐな黒い髪が腰まで伸びている。


「ギャハハ。おう、おかえり神楽(かぐら)

 こいつの名前は里原神楽。

 この部屋――マンション七階の一室――の主だ。


「ただいまベル」

 言いながら神楽は台所へ荷物を持っていく。


 俺の名前はベルゼルガ。本名、ベルゼルガ・B・バーストという。

 神楽はベルという愛称で呼ぶが。


 ところで神楽はこの部屋の主と言ったのだが。

 ならば俺は一体なんなのか。

 俺は、イソーローだ。

 よくわかんねーけど、そういう立場なんだとさ。

 ヨーソロー!


「ヨーソロー!」

「うっさい!」


 怒られた。

 俺は床から腰を上げて立ち上がり、台所を覗いてみた。


「んぁ、何買ってきたんだ?」

「夕飯の材料よ」

「ふーん。どれどれ」


 買い物袋の中身を覗く。

 えーと、卵。

 キャベツ。サラダ油。ネギ。味噌。砂糖。塩。わさび。からし。しょうが。醤油。みりん。醤油(うすくち)。生クリーム。ケチャップ。胡椒。マヨネーズ。


 ……。


 ……?


「なあ神楽」

「なに?」


「液体多くね?」

「そうかな」


「うん。これで何ができるんだ?」

「料理」


「うん。どんな料理?」

「私の料理」


「うん。お前のどんな料理?」

「……さあ」


「え? どういう事、なに首傾げてんの? おい、ちょっと。目をそらすなよ」


 俺はとりあえず袋の中からワサビとかいう物を取り出した。

 緑色だ。なんだこりゃあ……。

 蓋を開けて、指の上に出してみる。

 うわっ。


 ぬわっ。


 えええええ……なんか鼻がすんすんする……。


――ペロ。


「デストドシェエエエエエエエエエエエエ!!!!」

「変な声出さないでよ!」

「ほぇら、ほま、ほまえこえあんらああああ!」


 鼻が痛い鼻が痛い鼻が痛い!

 なんか涙が出てきたあああああ。

 なんじゃこれええええええええ。


「わさび舐めるなんて、何考えてんのよ!」

「ほま、お、お前、これで何作るんだよ! レシピは? そうだよレシピ! レシピ的なものはあるんだろうな!? おいぃ?」


「どこにそんなものがあるのよ」

「はいぃ?」


 涙目になりながらティッシュで鼻を押さえる俺を気にもせず、神楽はしれっと口を動かす。


「なんかぶち込んどけば、なんかできるでしょ」

「ハイ駄目ーデストロイ駄目ー! 晩飯は無しの方向でお願いしまーす!」


 馬鹿だ。馬鹿だこいつ。

 だってお前、俺にだってわかるわ。この材料じゃまともなモンができねえってことくらい。


「なによー。じゃあ出前でもとる?」

「であえ?」

「時代劇じゃないっつうの!」


 出あえだか出あいだか知らんが、マシな晩飯にありつけるなら何でもいい。

 ったく。


「もう、怒らないでよベル」

「いや怒ってない怒ってない。ところでデアエって何だ」

「出前ね。デマエ」

「おう、デマエ。美味いのか?」

「うん、向こうも商売だし」

「へー」


 神楽は台所の棚から、何枚か紙を持ってきた。

 チラシだってさ。


「じゃあ何にしよっか? お寿司、うなぎ、ピザ……」

「栄養剤点滴は?」

「そんなもんあるわけないでしょ!」


 ないのか。


「うーん、あまり豪勢なものを頼んでもねー。今夜料理の勉強しとかないと」


 頼むぜ。引っ越してきてから今まではインスタントで凌いできたんだ。

 神楽手から一枚チラシを受け取る。

 おお。なんかすげー美味そうなのばっかりだぞオイ。


「これ! これ! デストロイこれがいい!」

「んー? ピザがいいの?」

「ピザ! おう!」


 夕飯はピザに決まった。こいつぁ楽しみだ。


「ってぇわけで問題も解決だ。ギャハハ。じゃあ俺はまたテレビでも見るかなー」

「……」



  ◇  ◇



 いそいそと居間へ戻り、寝転がる。

 おっと、煎餅を忘れるところだった。

 さっきは勢いでテレビを切っちまったからな。

 まあ酷い時代劇だった。切っちまうのも無理はねえさ。

 はー、さてさて……。



――ピッ。


『時代劇スペシャル! まだまだ続くよ!』


――ブツッ。



 なんでじゃああああああああああ!


 近くにあった新聞を引っ掴み、テレビ欄を開く。


 ……。



《大好評時代劇アンコールスペシャル一挙放送6時間》

《もはや伝説となった御老公の大活躍!》

《大好評にお応えし、最も人気の高かった最終話までの6話を全部お見せします!》


《でも御老公は最後に死にます》


 オチ書くなやあああああああああああ!!

 やめろやああああああああああああ!!


 この時代劇は駄目。もう絶対に見ない。決めた。

 この局以外には何がやってるんだろ。

 ええと、今は午後四時。

 午後四時からやってる番組は、と。


《BAKUHU》


 なにこれ良さげじゃね?

 日本語じゃないしカッコイイじゃん。



――ピッ。


『時は江戸!』


――ブツッ。



 はいチョンマゲ駄目ー!

 ジャパニーズチョンマゲ=時代劇だから駄目ー!


 次いってみよう。


《GENJI》


 ……これもカッコイイ響きだけどどうだろ。



――ピッ。

『ゴザル!』

――ブツッ。



 ゴザルじゃねーよ。

 鎧着てたし、これも時代劇だった。

 もう歴史的なもんはいいんだよ。デストロイ結構なんだよ。

 はいはい次。


《おかあさんと○っしょ》


 うーん? 子供向け番組か?

 漢字一個も無いし。


――ピッ。

『母上えええええええええ!』

――ブツ。


 次!


――ピッ。

『今日は太古の文化について――』

――ピッ。

『幕末騎士伝!』

――ピッ。

『ゴザル!』

――ピッ。

『ゴザル!』

――ピッ。

『ウキィ! ウキーキ、イエーイ』


 !?


――ピッ。

『オサル!』



「クソがあああああああああああああ!!!」


――ドカァァァァン!


 気付けば俺は固く拳を握り、テレビにパンチをぶちこんでいた。

 肘まで画面の中に埋まっている。

 当然だが、俺を不快にさせた映像は消えた。

 ザマァみろってんだギャハハハハハハ!


「――ちょっとベルー? なんか今すっごい音が聞こえてきたんだけどー!」


 げっ、神楽。



  ◇  ◇  ◇



 ……。



「あんたねぇ! そう簡単に物を壊さないでよ! ああもう、画面の破片が散らばっちゃってー! 片づけも大変じゃないの! テレビだって高いんだからね!」


「はい。はい。デストロイすんません……」



 俺が……この俺が……。

 正座をさせられるなんて何年振りだろうか。

 畜生。俺は悪くねえ。

 大体よぉ、チャンネル変えても歴史関係の番組ばっかりってのはどうかと思うぜ。

 そうだよ俺は悪くねーもん。放送局が悪いんだっつーの。

 デストロイへっへーんだ。


「聞いてんの!? 反省してないでしょあんた!」

「あ、いえ。してます。反省してます……」


「こっちの世界に来たからには暴力は厳禁だってあれほど言ってあったじゃないの!」

「はい。あれほど言われてました……」


 ちぃぃ、うるせえなあ。

 俺は生粋の破壊業者なんだ。

 急に破壊を抑制されても無理だっつーの。


「此処ではね、好き放題壊していいものなんて無いの! 壊したら壊したで手間も時間もお金もこっちが負担しなきゃいけないの! 散々話したでしょ!」

「へい。聞きました……」


「ね! 銃を没収した時に話したもんね! でも銃が無いから素手で壊していいわけないでしょ!」

「へい。重々承知してます……」


「この壊れたテレビ、誰が買い直すと思ってんの! 私がお金出さなきゃいけないでしょ!」

「へい。片付けは俺がします……」


「当然でしょ! あんた私を何だと思ってんのよ!」

「ペチャパイ」

「貴様アアアアアアアアアアアアアア!!」


 うわあああ口が滑ったあああああああああ!!


――ドガガガガ! バキッ! ゴスッ! ベキィィィィ!



  ◇  ◇  ◇



 この物語は、人間の世界に住むことになってしまった男――ベルゼルガ・B・バーストが、

 長い黒髪を持つ破天荒な女――里原神楽との共同生活によって彼女をおしとやかな女性に更生させるという、

 超高難易度なホームドラマである。


 っと。こんな感じか。


「ねえベル、なにブツブツ言ってんのよ?」


 キッチンテーブルの向かい側で神楽は等分されたビザを持ち、怪訝な顔で俺を見てきた。

 俺は頭にできたタンコブを片手でさすり、目線を逸らしながらもう片方の手でピザを掴む。


「いや別に」


 おお! このピザってもんはなかなか美味いぞ!


「痛かった? ごめんね、強すぎたかも」

 と、神楽が俺の頭を見ながら眉を下げる。

「デストロイ大丈夫」

「そう?」


 はむ、とピザをくわえた神楽は、「あっ」と何かを思い出したのか急に立ち上がり、そのまま居間へと駆けていく。

 荷物の中をゴソゴソと漁り、戻ってきた。

 なんだ急に。


「あのねベル! 今日ね、転校の手続き済ませてきちゃったんだー」

「ほー御苦労さん。お前の兄貴と同じ学校だっけ?」

「そう! 楽しみねっ」

「ん? ああ、楽しんで来いよ」

「え? ベルも楽しみでしょ?」

「ん? 何が?」

「学校」

「学校?」

「早起きしなくちゃいけなくなるわよっ」

「俺も? 何で?」

「あんたも行くからでしょ」

「……どこへ?」

「だから学校よ」


 ん。


 ん?


 え?


「学校って、あの学校だろ?」

「そうよ」

「転校するのお前だけじゃねーの?」

「あんたもよ」


 ん?


 ちょっと待って。


「俺も?」

「そうよ。聞いてないの? 破壊業者本店から」

「え、なにそれ待って。破壊業者本店から何か通達があったのか?」

「あったじゃない。大分前に封筒受け取ったでしょ」


 い、いや。そんな記憶はないぞ。


「韋駄天に封筒預けて、ベルに渡しておくように言った筈だけど……受け取ってない?」


 あんにゃろー!

 懐に隠しやがったなー!


「な、内容は?」

「里原神楽――つまり私の専属だから、人間界で暮らす以上、常に行動を共にするのは当然。あちらでの所属も里原神楽に一任し、その為の根回しは本店が請け負う。って内容」


「そんで俺も学生にしちゃったわけ?」

「うん」

「おいいいいいいいいいいい!?」


 馬鹿じゃねえの!?

 神楽も馬鹿だが本店も馬鹿だろおいコラァ!

 破壊業者がただの人間と共存するのは無理があるだろうがあああああ!


「まずいって神楽!」

「何がよ」

「あのなぁ! 俺達は死神業者共とは違って、異界で活動する業者だぞ! あの連中のように特別な人間以外には全く見えません、ってわけにはいかねーんだよ! 見えたり見えなかったり未知数な部分が多い!」

「実験の意味もあるんじゃない?」

「これはぶっつけ本番って言うんだよおおおお」

「まあまあ」



 他人事だと思いやがって。他人事じゃないんだぜ?

 そんな呑気に笑ってる場合じゃ……。



「いいじゃない。私、ベルと学校通ってみたかったし。ね?」

「う……」


 俺はむしろ元教官という、教える立場の者だったんだがなぁ。


「楽しみだなぁ、セーラー服なんて久しぶり! 楽しみー!」

「まあ俺は私服で行くがな」

「あーっ! 転校早々に不良候補ー! いけないんだー」

「いいじゃねえか、俺はお前の専属。お前の後ろで構えるのが仕事だからな」


 どうせ他人にゃ見えねえって。


 その後も神楽は、人間界の学生は学校帰りに寄り道をするだとか、この辺だとどこどこの店が美味しいとか、実に楽しそうに話していたのだった。

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