第3話:ラーメンの温もりと、大分の夜空に誓う約束
昼間、僕たちは別府名物の『地獄蒸し』を堪能した。温泉の蒸気で蒸し上げられた肉や野菜を、あやのが頬張る姿を見て、僕の心はこれ以上ない平和に満たされていた。食べ物から立ち上る熱気は、僕の生まれ故郷であるインドネシア・南カリマンタン州の温かな空気を思い出させ、僕の心を芯から癒やしてくれた。
しかし、僕の心臓が一番激しく跳ね上がったのは、大分での最後の夜のことだった。冷え込んできた夜風から逃れるように、僕たちは赤提灯が灯る小さな地元のラーメン屋へと滑り込んだ。店内はスープの香ばしい湯気で満ちていた。
注文した熱々のラーメンが運ばれてきたとき、僕は木のお箸を手にした。幼少期から日本に住んでいるというのに、あやのの前にいるとどうして緊張してしまうのか、僕の指先は不器用なほどに強張っていた。麺を掴もうとするたびに、するりと箸から逃げてスープの中に落ち、小さな水しぶきを上げる。
「あ……しまって」
僕は思わず呟いた。大好きな彼女の前でこんな醜態を晒すなんて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
隣に座っていたあやのは、クスクスと小さく笑った。その瞳は三日月のように細められ、たまらなく可愛い。
「エド、手元がすっごく硬いよ? 日本に住んで何年目だっけ?」
彼女は優しくからかうように言った。
僕が言い訳をする前に、あやのは突然、自分の木製の椅子を僕のほうへと引き寄せた。二人の肩がぴったりと触れ合う。次の瞬間、僕の心臓は完全に停止した――あやのの小さくて柔らかい手が、僕の右手の上からそっと包み込んできたのだ。彼女の手のひらを通じて、僕の指を正しい箸の持ち方へと導いていく。彼女の顔が僕の耳元のすぐ近くにあり、甘い息遣いまで感じられた。あやの自身の頬も、恥ずかしさで真っ赤に染まっているのが横目で分かったが、それでも彼女は優しく僕の手を握り続けていた。
「ほら、お箸の位置はこうだよ……。さあ、ゆっくり麺を掴んでみて」
あやのは照れくさそうに、声を震わせながら囁いた。
僕はラーメンの味のせいで身体が熱くなったのか、それとも彼女の手の温もりのせいで熱くなったのか、もう自分でも分からなくなっていた。
食後、僕たちは別府湾を見渡せる静かな高台へと二人で歩いた。星が散りばめられた夜空の下、街のあちこちから立ち上る温泉の湯煙が、ロマンチックな街の灯りの中でまるで小さな雲のように踊っている。
僕はあやのの手を握り、星の光を反射する彼女の瞳をじっと見つめた。
「あやの、長野の諏訪に戻って、卒業式を終えたら……これからもずっと、一緒に歩んでいこう。冷たい山の上だけじゃなく、これからの僕たちの未来のすべての歩みの中で、僕は君の手を握り続ける男でありたいんだ」
あやのは僕を見つめ、美しい瞳の端に幸せな涙をうっすらと浮かべた。そして、僕がこれまでの人生で見た中で、最も甘く、最も本物の笑顔を咲かせた。彼女は僕の腕に身体をすり寄せ、強く抱きついた。
「うん、エド。約束するよ。この大分の夜空の下で、私の未来のすべてをあなたに預けるね。私を愛してくれて、本当にありがとう」
あやのは蚊の鳴くような声で囁き、真っ赤になった顔を僕の肩に埋めた。
三年前の白い闇は、今や完全に消え去り、僕たちの前には永遠に続く温かな未来の約束だけが輝いていた。




