友人の過去
確かに「出ていって」とは言った。
まだ夜の入り口だったから、ここからそう遠くない実家に帰ったものだと思っていた。
(でも千佳さん…そんなこと今言わなくてもいいのに…。)
「こんな時にそんなこと言うなって顔してる。そうも思う。でも、こんな時だから言わなきゃかも。ちょうどそんなお腹の時だったかなぁ…。」
千佳さんは遠くを見るような目で、今度は空を見て…まるで何かを思い出しているようだった。
「なんだか旦那の様子がちょっとおかしかった。でもね…深く考えなかった。」
「実家に帰って里帰り出産をしてさ…子供を連れて一日早くサプライズで帰宅したら、旦那が私のベットで女とヤッてる最中だった…。」
(それは地獄だ。)
「それで千佳さんは…?」
「旦那が女と別れるって言うし、子供生まれたばっかりだからやり直そうかと思った…。」
千佳さんは一つ一つ丁寧に思い出しているようだ。
「でもさ、私のお父さんさぁ、昔から女癖がすごく悪い人だったの。それで母は、ずっと苦労してきた。父がどこかで女を作っては家に帰らなかったりしてお金に困ることもよくあったの。」
「それでもお母さんは我慢したんだね。」
「そうなの。うちは3人兄弟だったし、母は働いてもいなかったから、お金と子供のことが心配で母は別れられなかったんだ」
「そっか…」
「いつも苦労している母を見て不幸だと思った。そんな両親を見ていたから、女癖の悪い人は一生治らないんだって思った。だから私は苦労してでも1人で育てていこうと思ってそのまま别れちゃった。」
「じゃあ一人でがんばったんですね…。」
千佳の息子は、大雨が降った時にびしょ濡れになりながら傘を届けに来るような良い子だ。
「結局、子供がいる女って浮気をされたときに、別れるも地獄、別れないも地獄。どちらの地獄を取るかは選択次第なのかもね…。」
どちらも天国じゃない場合、どちらの地獄を選ぶのだろうか?渉のいる地獄、それとも渉のいない地獄。
いつの間にか2人の間にみいちゃんが横たわっていた。
暑さが和らいだ室内でくっきりと、形の良いクリームパンのような、自分の手をなめてくつろいでいた。
猫はいいな…そんなに悩みがなくて。
「あ、そうだ忘れてた。」
千佳さんはチューブ型のおやつを取り出すと、みいちゃんの前にぶら下げた。
みいちゃんの目の色が変わった。




