95・1年に1人途中で入学してくる学校
高校に入学するためには入学試験に合格する必要がある。しかし特例が設けられていて、それに該当する場合に限り試験なしで中途入学することができる。その特例というのが、学校長か市長、特定強化対象者の推薦を受けたことである。
「ってわけで私の推薦でキミは入学できてしまうんだ。もちろん身体検査と経済力とかの話はするけどね。全部私が立ち会うから問題ない」
「?」
アイはよく分かっていないようだ。分からないまま保健室に連れて来られた彼女はルーシーによって身長と体重を測定された。
「これで終わりだ。簡単だったろ?」
「うん」
「お世話様でした。経済力…っていうのは、私と同じようにお母さんが払うことになるんですかね」
「そうだろうな。まあでも大した問題じゃないだろ?」
「ええ。お母さんはアイが学校に行くと予想してると思います」
「かもしれんな」
校長室での話し合いはすぐに終わった。大臣の経済力に信用があるからだ。こうしてアイの入学が許可されて制服が発注された。届くまで1週間ほどかかるというのでそれまでは欠席をカウントしないことと私服で登校することが認められた。
そしてアイの初登校の日。彼女はYシャツにチェック柄のスカートという殆ど制服のスタイルでルシャと一緒に登校した。アイをキルシュ邸に預けなくてよくなったため集合場所はいつもの場所だ。アイが飛行できなかったため歩いてそこまで行った。
「おぉ」
アイの制服風の姿を見たミーナとリオンはその可憐な容姿に見蕩れてから彼女を挟んで歩き始めた。相変わらず『うん』しか言わないアイだが、ミーナとリオンは気にせずダテらせようとしている。リリアとアイがダテるといよいよもってノーランがおかしくなりそうだ。
「私たちで囲もうぜ」
「そしたら不自由ないだろ」
「それもいいけど他の子と壁を作らないようにしないとダメだよ?みんなと仲良くしてほしいから」
「じゃあ先生に任せよう」
学校に着くとアイだけが後から入るということでノーランと一緒に職員室に向かった。何かを説明するわけではないが、説明もなしに入っていると皆が惑うだろうということでノーランの前置きがあってから入室する。
ダテ野郎がニヤニヤしているのでクラスメートは訝しんだ。何かいつもと違うことがあるのだろうか…その疑いはすぐに晴れた。
「えー、今日は新しい仲間を紹介する。アイだ。アイ、入って」
扉が開いてアイが入ってくるとすぐにクラスがざわめいた。美少女だらけと噂のこのクラスでも特に美しい、まるで物語に登場する妖精のような神々しさすらあるアイが頭を下げると全力の拍手が送られた。
「すげぇ盛り上がり」
「優勝報告会かよ」
「アイはちょっとした事情があって上手く喋ることができない。しかしそれが何の問題だっていうんだ?仲良くなるために言葉は必須じゃない。誰もが充実した生活を送れるように助け合うこと。その方法はとっくに分かってるはずだ。じゃ、そういうことで」
ホームルームが終わるとすぐに男子が群がった。押し潰されないようにラークとリオンが適切な距離をとらせる中、アイに質問が飛んだ。
「この時期に来るってことは特強なの?」
「その服かわいいね!どこで買ったの?」
「放課後ケーキ食べに行かない?」
アイが困惑してルシャを目で探したので隣にいるルシャが代わりに答えた。すると落ち着いたクラスメートが急ぎすぎないことを覚えてゆっくり馴染むことを考えた。
座学はただ話を聞いていればよいのだが、体育や魔法実技、理科の実験はそうはいかない。今日の4時間目は体育なので手伝いが必要だと誰もが分かっていた。
「運動したことはある?」
「…?」
外を散歩する程度だろうと思ったルシャはウォーミングアップのときにアイと同じペースで走った。今日は跳び箱を中心に特訓する。アイには難しいことだろう。
「まずはどういうものか見てもらおう」
リオンが3段を開脚跳びで越えた。それから細かな説明を加えてアイに挑戦させると、彼女は恐怖心から踏み切り台で停止してしまった。
「初心者あるある」
「手だけで身体を支えるってけっこうキツいよな」
苦手組が何度も頷いてアイを迎え入れた。補助が必要だと判断されたためルシャが跳び箱の横に立って構えた。しかし彼女は手を使わずに魔法でアイを助けるつもりだ。
「思い切って両手を白いところにつけるんだ。そしたら勢いのままに跳べる」
もう1度挑戦だ。アイがリオンに言われたとおりに両手をつくと、ルシャが補助するまでもなく跳び越えた。しかし着地ができずにマットに転がってしまった。
「うおお…」
「…」
「こっちから見ようか」
そんな感じで手本を示しながら教えること40分、アイは3段の開脚跳びを完璧にできるようになった。どうやら運動神経は悪くないようなので、やり方を覚えさせることで様々な種目で課題を達成できそうだ。
無事に今日の授業をすべて終えたのでルシャはアイに感想を尋ねた。表情を見る限りは新しいことばかりで惑っているようだが、嫌がってはいないようだ。
「お腹痛かったら教えてね?」
アイはルシャの家にはすぐに慣れたので新しい環境に慣れるのに時間をかけないタイプなのかもしれない。これが週に5日あるということに耐えられるかどうかが今後の問題だ。
「行きたくない日は行かなくてもいいよ。そしたらお手伝いさんのところでゆっくりすればいい」
「うん」
「きっとみんなアイともっとおしゃべりしたいんだと思う。欠片が集まればねぇ」
「…」
滓宝を集めるのは中央の仕事なのでフランからの報告を待つ。今のところは欠片は見つかっていないようだ。
「明日は魔法実技があるな…滓宝を持ってるならいろんな魔法を使えるはずだけど、発想がアレなのか…」
膨大な魔力を持っているとしても何を実現させるかのアイディアがなければ魔法を使うことができない。ルシャは欠片とともに使える魔法も増えるだろうと見ている。
翌日、魔法実技の授業にて。ルシャとルートがこれでもかというほどの魔法を見せつけたのにアイは真似をせずに沈黙していた。やはりアイディアがないのだろう。あるいは、思いついたことが魔法によって実現できないことばかりだったか。
「そしたら魔法を体験してもらおう。この杖に乗るんだ」
ルシャは魔法を使ってアイを安定させながら飛んでみた。
「…うぁぁ」
アイが怯えてルシャの背中にしがみついた。誰かを乗せて飛ぶのが初めてのルシャはすぐに着地できそうな低空を飛行してすぐに戻った。
「……」
土を踏んでもまだルシャにしがみつくアイはこの時間のうちに魔法を使えるようにはならなかったが、小柄なルシャにしがみつく彼女が動物の親子みたいだというので好感を呼んだ。
「どうですか先生」
「ううむ…滓宝が関与しているのは間違いないわね。しかし僕がルートに託したパラディムシュヴァルヴェがこんなふうに見つかるとは…発見者として是非とも元に戻したいと思っていたのに、これじゃあアイに渡すしかないじゃないの」
「え、ルートにあの剣を渡したのってミロシュ先生だったんですか!?」
魔王との戦いがいつ起きたか思い出してほしい。あのときミロシュは大会に出るルベンたちを率いて王都に来ていた。ルートがルシャの弟子と知っていたためルシャが魔王と交戦したのならルートが駆けつけるだろうと予想し、そのときには所持していたパラディムシュヴァルヴェを託そうと思っていたのだった。
「僕はルートがルシャを憎むあまり潜在している魔力すら暴走させてルシャを攻撃するだろうと読んでいた。だから彼にそれを制御する方法を教えたんだけれど、中途半端なところで暴走してしまったわね。そのときはルシャや周りに迷惑をかけたけど、それからは正しく扱えるようになったと思う。魔王との戦いの時にはそれを活かしてルシャを助けるだろうと思ったから、それをさらに助けるために滓宝を与えたのよ」
「そうだったんですか…じゃあパラディムシュヴァルヴェはもともとミロシュ先生が持っていたんですね。どこで手に入れたんですか?」
「アーゲンソン…歴代勇者を祀る聖地と呼ばれる場所よ。僕がそこに行ったのはルシャ、キミがいつか魔王と戦うだろうと読んだからよ。滓宝の中でも群を抜いて強い勇者の剣は我々の代の勇者にも必要…しかしあのとき僕がキミに合流することはできなかった。僕には魔王の攻撃に耐える力がない。だからそこへ行くというルートに渡した」
「アーゲンソンが勇者の眠る場所…行ってみたいです」
「言っておくけれど歴代勇者っていうのはヴァンフィールド以外にもいるのよ?アーゲンソンはここから遥か北にあるメイライトっていうすごく特殊な国にあるの。周りに高い山が連なっていて、ドーナツの穴のようにアーゲンソンだけ低くなっているのよ。だから勇者っていう特殊な存在を眠らせるのに相応しいとされた」
「ヴァンフィールドじゃないんですね…しかしよくそこでパラディムシュヴァルヴェを手に入れられましたね」
「それは…ちょっと特別な理由があってね。メイライトに行けば知ることになると思うわ」
ルシャは長い休みの間にメイライトのアーゲンソンに行くことにした。ミロシュのことも、歴代勇者のことも詳しく知れる。そうすればパラディムシュヴァルヴェをはじめとする滓宝に近づけるかもしれない。
「…さて、話をしている間に終わりになってしまったわね。ルシャ、私がメイライトと関わっていることは他の子には言わないで。あの場所はキミのような特別な人だけが知っていればいいから」
「分かりました。滓宝に関することは私だけの話です。私は1人で行くつもりです」
「うん。その時が近づいたら私が役に立つ情報を教えるわ」
真実を知ることには好奇と不安とが伴う。ルシャはその相反する2つの感情を伴ったまま聖地へ行けるだろうか。
「ルシャたそ、ミロシュ先生と何話してたの?」
「ん、あの服はどこで入手してるのかってこと」
聖地へ行くときにはダテであってはならないような気がしている。
ちゃっかり重要なことがミロシュ先生から語られています。




