93・バスケでサッカーをする女
3日目、決勝トーナメント1回戦。チームダテ野郎は万全の状態でアップを終えた。
相手は3年生、厳しい戦いを勝ち上がった者の貫禄を感じる。誰が相手でも萎縮しないリオンと誰よりも背の高いラークは余裕の表情を浮かべているが、ルシャとミーナはいつものようにアホなことを考えていた。
「私にぶつけて点獲るの禁止な」
「あれは偶然だよぉ」
「ホントかな…」
「下手だとそういうことが起きるんだって。相手が奪いに来てて前がよく見えない中で投げたからだよ」
ミーナは背が低いので相手選手が間近に立っているとその先を見ることができない。ヤケクソというより闇雲な気もするショットによってルシャが傷ついたと同時に得点者となった。
「とにかく、ゴールを狙ってくれ」
ミーナが固く誓ったところでスタメンの確認が行われて試合が始まった。3グループの首位のうち2チームが準決勝と決勝を、1チームが決勝のみを戦う。ダテ野郎はくじ引きでシードを引けなかったため今日も2試合だ。
昨日でより優れた感覚を得たダテ野郎は主にパスを繋いでリオンのキレキレフェイントからの高精度ショットで得点を重ねる。優勝候補より強いチームはおらず、一昨日より楽に試合を運べている。決勝のために消耗を抑える動きを意識しながらリードを維持しようとすると、相手がギアを上げてきた。
第2クオーターで投入された選手が有名プロ選手の妹らしく、本気の練習の成果を見せつけてきた。3ポイントは外さないしとにかく動くし背が高いしで全く隙がない。仕方がないので彼女より高身長のラークに徹底マークさせてパスを出させないようにしながらリオンのショットで突き放す。相手にフラストレーションが溜まってラフプレーがリオンを苦しめた。
「おいおい、サッカーじゃねぇぞ?」
殺伐とした相手フィールドに攻め込むのはなかなかに怖い。ルシャはドリブルをせずにパスだけで味方の助けになった。
ラークの完封戦法によって相手のエースを沈黙させたためダテ野郎は10点差で勝利した。しかしラークが著しく疲労したため、決勝の相手にエースがいると非常に苦しくなる。
「マジでイライラしてて怖かった…」
「ガチっぽかったから悔しいだろうね。まあ球技祭って素人もいるからプロ志望には合わないかな…」
気の毒に思いながら心の中で健闘を称えると休憩時間にサッカーの準決勝を見に行った。40分ハーフの試合なのでバスケを1試合戦ったあとでも後半の後半に間に合う。
「素人に40分ハーフって酷だよな」
「委員会がサッカー見たかったんだろうね」
練習している高校生には適したタイムだが、練習していない高校生にはあまりに長い。殆どの選手がバテていて中には脚を攣った選手もいる。
「あの子、私にリオンのこと教えろって言ってきた…えっと、マリアだ」
マリア・セルニコラが孤軍奮闘している。試合終了間際で同点、このまま行けば延長なしでPK戦になる。そうすればいくら自分が頑張ってもどうしようもなくなってしまうため、それを避けるためにラストスパートを仕掛けた。すると細かいドリブルを読み切れなかった相手が足をかけてしまって距離22mのフリーキックになった。
「いい位置」
「いけるんじゃね?」
「マリアさんがどれだけ得意なのかって話ですよ」
「私ならいける。絶対いける」
リオンが素人の壁は必ず避けてくれるため普通に蹴ってもゴールになるという経験をもとに、難しい回転をかけずに楽に蹴ることを推奨した。そのジェスチャーがマリアに見られていたかは定かでないが、マリアは掬い上げるように蹴った。
「縦回転!」
予想外に相手が跳んだのでボールは頭の僅か上を通り抜けた。掬い上げていなければ当たっていただろう。マリアは相手の壁の動きを読んでいたのだ。蹴ったときにはゴールの上に向かうと思われたボールは、縦回転によって高度を落としてゴール隅に吸い込まれた。
「きたぁぁぁ!」
観客が跳びはねて喜んだ。相手のチームも素晴らしいフリーキックに拍手を送っている。これは誰が見てもキーパーはノーチャンスだ。
相手チームは全員攻撃の決死作戦に出て再開とともに前へ飛び出した。迫るボールを確実に蹴り返して行方を追っているうちに笛が吹かれて試合が終わった。接戦を最後の最後で制したマリアチームが決勝進出だ。
「やるじゃないの」
「リオン先輩のジェスチャーが縦蹴れって言ってる気がして」
「それであれ蹴れちゃうのがすごいわ」
「まあ、フリーキック特化ですから私」
彼女にとっては無回転も横回転も難しくなかったのだ。あの場所で、あの時間でフリーキックを貰えた時点で勝利は確定したも同然だった。決勝は無得点で後半39分に意図的にフリーキックを貰って優勝する気だという。
さてルシャたちの決勝戦だ。ラークは体力をまだ半分くらいまでしか回復していないというので第1クオーターは温存させることにした。エースを確認したら彼を出して準決勝と同じ徹底マークをさせる。
決勝ということで多くの客が見に来て体育館がほぼ満員になっている。非常に暑いので先生が業務用扇風機を持ってきた。湿度の高い環境での試合は予想より激しく体力を消耗する。おそらくミーナがフルで出られないので交代策を考えねばならない。
試合が始まるといきなりリオンが見せた。エリアのギリギリ外で高く跳躍すると、着地する前にパスを流してバスケットへと入れた。運動の得意な人にしかできないと話題のアリウープだ。先制したことで勢いづいたダテ野郎はミーナのガードで相手の攻撃を崩してルシャが繋ぎ、ルートがドリブルで敵陣を乱してリオンが入れる。この流れを攻略されない限りは負けない。しかし決勝に進んだ相手がバカ正直に同じ方法で挑戦し続けるはずがない。
ダテ野郎の弱点はチーム内の身長差にある。185cmのラークが相手にとって極めて厄介なのに加えて155cmでもジャンプ力のあるリオンも脅威となっているが、それさえ突破してしまえば比較的低いルート、低めのロディ、ルシャ、ミーナが相手になるため高さを活かしたプレーで簡単に攻略できる。それを防ぐためにリオンが守備に参加しているのだが、帰陣する前にショットを打たれると防げない。
ハーフタイムにリオンがラーク投入を決めた時点でスコアは34-38、僅かに劣勢だ。ラーク抜きでここまで獲れたのだから、強くなった今後はさらに獲れるはずだ。
ルシャは第3クオーターで休憩して第4クオーターになって出撃した。スコアは52-44、あと10分で優勝だ。
しかしここで事件が起きた。
58-52と少し詰められた5分過ぎ、これまで長い間奮闘してきたリオンに異変が起きた。
「いっ……!」
短い悲鳴とともに床に座り込んでしまったリオンが脹脛を伸ばした。
「攣ったか!」
審判が試合を止めた。ラークがリオンに治療をするが、すぐに戻れなさそうだということで交代をしなければならなくなった。疲れているのに出場したミーナはショットしやすいポイントを塞ぐことができず、攻撃を悉く防いでいたリオンが交代したことによって守備力が激減し、守ってきたリードがついに破られた。
残り2分で62-65、リオンの代わりに攻守に走り回ったことでラークにも痙攣の予感が起きた。彼はルートに代わりをしてもらって攻撃だけするようになったが、ルートがドリブルしなくなったことで敵陣が整ったままショットを打たなければならなかった。そのため同点に追いつくことができないまま残り1分になった。
(負けたくない…!)
ここでルシャに強い思念が芽生えた。大会前はいつか負けるだろうと思って諦めていた。しかし毎日のように練習をして、強敵を撃破して、自信がついた後のこの試合に負けることは、ルシャの中にも確かに埋め込まれたリオンと、弟だからという理由でコーチをやることになったジオゴの闘志が許さなかった。どのような動きをすれば相手を惑わせるか知りながらそれを実行する技術を持たなかったルシャがここで初めて覚醒した。
「はい!」
前へ駆け出すとミーナのヘロヘロなパスを受け、目立つラークに高く浮かせたパスを出した。こうすれば必ずラークに届く。ラークは緩急をつけて相手のマークを剥がし、彼だからこそできる”あれ”を見せた。
「ラァ!」
「ダンクだぁぁぁ!」
会場が沸く。高身長はいろいろな人から『やってよ』と言われるもので、ラークもそれに苛まれていた。ならばここぞというところで見せてやろうということで、この決勝、しかも劣勢のときに叩き込んでやった。すると声援が大きくなってダテ野郎に力が湧いた。
そして残り10秒、相手の失敗によってボールを受け取ったミーナからボールを受け取ったルートがラークに渡そうと投げた。これを受けたラークがまた叩き込めば逆転勝利―というとき、相手が急にラークの背後から飛び出してボールを弾いた。
「く!」
ラークが奪い取ろうと駆け出したとき、リオンに次ぐ運動量で貢献してきたラークの脚も攣った。彼が倒れ込んでもボールが外に出ていないため審判が笛を吹かない。弾んだボールに食いついたのはダテ野郎の中で唯一前を向いていたミーナで、彼女は一斉に襲いかかってくる相手からボールを逃がそうと掌底で押し出した。相手の意表を突くパスの向かう先は相手に追い越されて孤立したルシャで、彼女は突然の送球に惑った末、その場からショットを放った…のか?誰もがそれがショットかどうか疑ったのは、ルシャが手を使わなかったからだ。
頭だ。
ミーナが必死に押し出したボールは思い切り地面に叩き付けられて激しくバウンドし、それがルシャの少し上を飛んでいた。走れば手で拾えたものを、何を思ったかルシャはヘディングで触れてしまったのだ。焦りがそうさせたのか、あるいはサッカーが好きすぎるあまりの愚行なのか…それはさておき、観客は明確な狙いをもったルシャに当たって緩やかなアーチを描いたボールを追った。
「くっ…!」
何者かが駆け出した。
ボールは奇跡的にリングに当たった。誰もがショットミスで試合終了と確信したのを裏切って生存したボールだが、地面に触れることはなかった。
「うおぉぉっ…!」
駆け出していたロディが前方に飛び込むとともに右手でボールを掬い上げ、勢いのままに観客席に激突した。怪我を免れなさそうな音にルシャは目を瞑ったが、ボールを見ているべきだったと後悔することになった。
ボールはリングに少し擦れて勢いを緩め、そしてバスケットを通過した。それとほぼ同時にブザーが鳴った。死闘が終わった。
「チャンピオーネ、チャンピオーネ、オレオレオレ~!」
ルシャ、ミーナ、ルート、ロディが飛び跳ねて優勝を祝う。リオンとラークは脚が回復していないので座ったまま腕と口だけ動かす。保健室で2人の治療をしていたルーシーはこの騒がしさを嫌わず、生徒の頑張りを称えるために機嫌の良さそうな顔をしておいた。
「あなたたち、優勝するほど運動が得意だったのね」
「めっちゃ頑張りました。死ぬかと思った」
「私らの脚は切れたよ。しかしまあ…最後のはよぉやったなぁ」
あのスーパープレーはリオンですら驚いた。ルシャのヘディングショットがリングに直撃しただけでも充分な驚きなのに、バテバテのロディがダイビングスクープショットとでも言うべき苦し紛れの大逆転スーパーゴールを決めて優勝を決めたことで、観客は漏れなく全員が狂喜乱舞した。その結果扇風機が巻き込まれて1台破損したとか。
「全員活躍したよな。苦手な奴もいい感じだった。それが何よりの勝因だ」
「オッス。めっちゃいいとこ塞いでました」
ミーナはポイントガードとして徹底的に相手に有利な位置に邪魔をしていた。それだけでなく、正確なショートパスでも貢献した。自分にできることを把握していたことが今回の活躍に繋がったと言える。
「俺は地味だったか?」
「いやぁお前のドリブルで崩しまくったじゃん」
ルートは日々の特訓で鍛えたアジリティを活かした機敏なドリブルで敵陣を切り裂き、リオンに繋がるラストパスを供給し続けた。パスも多彩で相手の意表を突くことができていたほか、守備でも活躍した。
「僕のが地味だったよ」
「お前は最後のアレで決勝のスターになったろ」
ロディは確かにあの瞬間までは地味でボールロストも多かったが、奪取も地味だが多かった。地味に活躍する選手は非常に重要で、彼抜きなら勝てなかったのは確かだ。そして実は運動が得意だというのを証明するダイビングショットはスーパースターでもなかなか決められない。あと観客席に突っ込んだのに傷1つ追わなかった強靱な皮膚も高く評価できる。
「まあでもリオンとラークでしょ。攣るまで出たってことはかなり動いてたってことで、それこそ貢献と言えよう」
「俺らは得意だから動かなきゃいけないだろ。攣ったときはこの程度かって思ったけどね」
「まさか攣るほど頑張らなきゃいけなくなるとは思わんかったよ…レベル高いんだな。さすが勇者学校」
「そしてルシャ」
「はい」
殊勲だとは思っていない。単に頑張ったことを褒められるのかと思いきや、リオンは全く違うことを言った。
「サッカーやりたかったんだね…」




