82・ジュタの危機 蹂躙するルシャ
新店舗に駆り出されてとんでもねぇ納品をさせられたので寝ていました。申し訳ありません。次回は31日の予定です。
その頃、ミーナはキルシュ・グループの情報網を活用してルシャの居場所を突き止めようとしていた。しかし今のところ有力な報告は入ってきていない。
「今でもルシャが攫われたっていうのが信じられないんだ。あれほど強くてあれほど余裕を持ってるルシャが、派手な戦いの跡も残さずにいなくなるなんて…」
「よくあいつのことを”別次元”なんて言い方をする人がいるけど、確かにそうだったんだろうな。ルシャも相手も別次元…私たちの及ばない領域で行動してるんだ」
暗い雰囲気に包まれていても希望は捨てない。自分たちのスケールで可能なことを考え続ける。ジュタの情報網を完璧にすることこそ、今のミーナたちにできることだ。
「あらゆる場所を調べ尽くした。ジュタにいないことは確定した。けど、犯人はこの先目的を果たすためにジュタに来るかもしれない」
「目的…」
「ルシャだけが犯人の行動を邪魔できるんだとしたら犯人が強大な力を持っているってことだから、規模のでかいことをするに違いない」
「規模のでかいこと…革命とか?」
「国家転覆級でもおかしくはない。ルシャの力さえあればそれが叶ってしまうんだから…」 ミーナたちは戦慄した。何か大きな影がこの国に迫っているというのに、かつて大きな影から世界を救ったルシャがいない。彼女に及ばない人たちが力を合わせても乗り越えられることならよいが…
「ルシャが封じられている限り犯人は好き放題に行動できる。街を破壊することも、王都を吹き飛ばすことも…」
「マズいね。ルリーさんとドニエルさんが滓宝を使って守ってくれるとは思うけど、ルシャ並の能力者相手にどれだけもつか…」
姉たちがやけに暗い顔をしているのを見たレオたち弟ズは心細さを紛らすためにミーナとリオンに寄り添った。
「キミらは大丈夫だよ。ルシャねぇはちょっと遠くに買い物に行っただけだ」
「ふーん…?」
ルシャの不在を寂しがる弟を膝の上に乗せたミーナは窓の外を見た。今日は昼から雨が降るということで、灰色の雲が徐々に広がってきている。
「…雨ざらしにはなってないよな」
「ルシャはきっと安全な場所にいるよ」
「……」
お腹が空いてきたので昼食の支度を始めた。リオンは家で食事をするため1度帰ったのだが、そのときに突然大きな揺れが起きた。
「な…!?」
地震のように微動に続いて激震が起きたわけではなかった。突然、何かが激突したような衝撃だ。リオンは火を止めて外の様子を見た。
「…なんだったんだ」
家の近くを見回しても異常はない。しかし彼女が家のドアを閉めるともう1度激しく揺れてガラスが割れた。
「何だよ!?」
ジオゴは朝の運動で疲れていたので寝たかった。しかしこれほどに激しく眠りを妨げられては怒りも湧くというものだ。
「分かんない…けどなんか、すごく嫌な感じがする」
リオンがジオゴとともに外に出て様子を確かめようとすると、2人の前に大きな琥珀色の壁ができた。それは魔法だと一瞬で分かるほど異質だった。
「魔法の壁…ってことは」
リオンが振り返ると、そこにはルシャがいた。
「ルシャ!?」
「……」
「いや、違う…?」
ルシャにしては人間味がないというか、冷たいオーラを放っているというか、再会を喜んで抱きしめたくなるようなルシャではなかった。リオンが訝しんでいると、隣のジオゴが両手を伸ばした。
「んぐ…っ」
盾が光線を阻むもジオゴは衝撃で大きく退いた。
「偽物か…!」
建物の屋上に降り立って壁に凭れたジオゴは呼吸を整えながら壁の向こうを見た。すると偽ルシャの分身が他の人と戦っているのが見えた。
「分身…とんでもない魔力でルシャねーちゃんを操ってるんだ…!」
ジュタは複数の偽ルシャとの交戦によって混乱していた。人々は安全を求めてガルヴォワ要塞のほうへと殺到し、壁の外にいる大人たちが必死に誘導しながら避難を促している。叫び声は壁の内側へと届いていて、戦士たちの焦燥を煽る。
「くそ…有効打を1個も思いつかねぇ!」
「ってか速すぎだろ…!偽物のくせに!」
偽物とは言え2人がかりでも倒せないのがルシャだ。圧倒的劣勢のために考えを改めさせられた2人は元を絶つほうが有効だと考えて他力本願になった。
「けど私たちが耐えないと街が粉々になっちまう!奴を倒せなくても、この街を守ることさえできればいい!」
「俺魔法そんな得意じゃねぇんだよ!」
「弱音言うな!あたしもだ!」
死に物狂いで耐え続けた末に力尽きたのなら誰も文句を言わないだろう。もちろん狙いはそうではないが、狙い通りの展開にすることはできなさそうだ。ひときわ大きな光線が飛んでくると、姉弟は力を合わせて大きな盾を構えた。それから先のことは分からない。
時を同じくして偽ルシャと交戦していたミーナは早くも息絶え絶えで、少ない魔力で光線を弾くことで精一杯だった。それもあと数回、彼女の中に諦めが生まれ始めていたとき、壁の一部が壊れた。
「加勢するよ!」
「先輩、もう大丈夫です!」
「あ、お前ら…」
ミーナは気張るのを止めた瞬間にその場に倒れた。ラークが担いで家の中に戻し、ロディとリリアが戦闘を引き継いだ。
「私ロディ先輩のことなんも知らないっすけど、先輩を守れるほどの余裕はありませんからね」
「僕は足を引っ張るために来たんじゃない。ダテ野郎の1人として、死ぬ気で戦う」
「じゃあ家守っててください!私が偽ルシャをぶっ壊す!」
友達に弟子ができたと聞いて少し興味を持ったら、どうやら予想外に強いと聞いた。ルートの魔法を継承しているのならルシャの魔法も少しは知っているということだ。つまり問題は魔力だけだから、ロディはリリアに任せることができた。
「光線は私には効かん!」
リリアはルシャの破壊光線を容易く消すとともにお馴染みのカウンター攻撃で偽ルシャを牽制した。
(強い…!さすがルートの弟子だ!)
ロディは戻ってきたラークとともにリリアに命じられた地上の防御に徹した。リリアは自分へ向かう攻撃を防げばよいので魔力消費は大きくない。このまま耐え続けて偽ルシャの発生源が叩かれるのを待つこともできるが、リリアはそれに甘んじるような人ではなかった。
(先輩の偽物ってことは本物の先輩ほどは強くないってことだ。それなら)
「恐るるに足りん!」
素早く移動するため魔法を当てるのが至難の業だ。しかし工夫することで動きを制限して確実に当てることができる。リリアはそれを実現するための魔法を持っている。
「リリア!もうもたんぞ!」
「もうちょい耐えて!ルシャ先輩に根性なしって言われたくないでしょ!?ぐ…っ!これから私が偽ルシャを破壊するから!」
リリアに対しては先輩としての矜恃を、ルシャに対しては男としての矜恃を発揮することができる。そしてロディとラークにも守りたいものがある。ここで踏ん張らずして、そのすべてに顔向けできると思わない。
「やってやるよォ!行くよラーク!」
「ああ!最後まで戦う!」
ひときわ大きな光線が街へ迫ると、2人は力を合わせて2重の盾を展開した。それが光線の威力を減らしているうちにリリアは魔法を使ってルシャの動きを止めていた。
「消え去れニセモノ!」
リリアは偽ルシャの胸部に手を当ててそこから最大出力の魔法を放った。膨大な魔力によって構成されている偽ルシャを倒す方法には元を叩くほかに偽ルシャの魔力を上回る魔力で攻撃するというものもある。リリアは後者を選んだのだ。偽ルシャが魔法に貫かれて大きな穴を開けると、そこから粒に分解して消えた。
「マジで倒しやがった…!」
「フハハ…俺らにはできないことだな。なんて奴だ」
「ふぅ、幸いにも私の最大魔力量よりは少なかったようです。しかしまだいるってことは、とてつもない魔力を分割して偽ルシャを作ってるってこと…魔力に余りがあるのならまた作れるし、どこからどうやって魔力を供給しているのか分かってない限りは安心できません」
「ああ。けど少しくらいは休んでいいだろ…?」
「僕らヘトヘトだよぉ」
「私もですよ…まったく、分身だというのに強いんだから…」
3人は揃ってキルシュ邸で休むことにした。壁が消えたことで他の戦闘区域と繋がったのだが、区域の破壊を担当する偽ルシャが消えたため攻撃されることがない…と思いたい。
「偽ルシャはただ光線を放つだけだった。ルシャほどの知能は持ってない。機械のようにルールに従って攻撃してるっぽいよ」
「はい。けど他の区域で戦ってる人は私ほど長くはもたないし、私のように偽ルシャを破壊できないでしょう。すぐ回復して加勢しないと犠牲が…」
素早く回復する方法とは眠ることだと思って長男のクリスに借りられるベッドがないか尋ねた。するとクリスはルシャに貸している部屋に3人を案内した。
「すみません、ベッドはルシャさんに貸す1つしかなくて…マットレスを持って来ます」
「ありがとう、クリス。リリア、お前がルシャのベッドで寝るんだ」
「マットレス派じゃなければ」
「分かりました。私はショートスリーパーなのですぐに戻ります。それまではもってくれ、他の人たち…!」
リリアは強い祈りを抱いて眠った。すぐに寝られる体質が幸いして、ロディとラークの寝る前に深い睡眠を始めていた。
撃破された偽ルシャはたった1人だ。残る偽ルシャによる破壊から逃げる人々を誘導していたプリムラは遥か先で偽ルシャの光線がビルを破壊したのを見た。あの中にいる人たちは既に逃げたのだろうが、光の壁を超えることはできていない―そう思った彼女は自分だからこそできることを為すべく飛んだ。
「バンギ先生、ここは任せました!」
「いいだろう!」
勇者の孫はその魔法で壁を破壊して人々を逃がした。そして姉弟へ迫る攻撃を弾き飛ばした。この程度は彼女にとって片手でできることだ。
「プリムラ先生…!?」
「リオンさんでしたか。よくこの程度に抑えてくれました」
「でもビルが…」
間一髪で攻撃から逃れて地上で休んでいた2人は窮地に現れた助っ人を見て安堵した。しかし歓喜できる状況ではなく、プリムラは2度目の攻撃を弾くとすぐに反撃を始めた。「こういうときは勝つ道理のある者が勝つんです。私は勇者の孫、あなたは特強の偽物…どちらが勝つかは明白ですね!」
小さな身体から無数の光が放たれると一斉に偽ルシャに襲いかかった。それは盾に阻まれたが、他の魔法とは違う反応を見せた。
「爆発…!」
「さすが先生、強い…!」
爆風に煽られて体勢を崩した偽ルシャは光線で反撃を試みた。しかし彼女は所詮偽物、プリムラの魔法が広範囲に渡って展開されていたことに気付いていなかった。
「……」
偽ルシャは表情1つ変えずに爆発に巻き込まれて消えた。プリムラの魔法とは偽ルシャに自在な意思決定のないことを利用した自縄自縛の策だった。偽ルシャは自身の光線の威力によって魔法体を削られたのだ。
「ふー…偽者とは言えルシャさんをベースにしているだけのことはある。もう少し弱い殻だったら破壊されていたでしょうねぇ」
プリムラは両手を何度か握っては開いて自分の身体の不調を確かめた。体力の消耗が激しく、筋肉の疲労もある。すぐに他の戦士に加勢することは難しそうだ。それよりも姉弟を家に送り届けるほうが先だと判断した。
「先生はもしかしてルシャより強い…?」
「いやぁそんなことはないと思いますよ?勇者じゃなくて勇者の孫ですから。濃縮されてればよかったんですけど、たいていは薄まりますからね。ただ薄まっても偽者を倒すことはできました。おそらくは偽ルシャに魔力を供給している何かが大したことないんでしょうね。あるいはルシャさんから魔力を奪っているとして、ルシャさんが抵抗してるとか」
「ルシャから魔力を奪う…?」
「私は勇者の孫なので祖父から聞きましたが、滓宝というのは実に様々な効果を持つものでして、単に魔力量を増やすだけではありません。みんながそうだけだと思っているのは、今のところその効果しか知られていないからです」
「先生は他の効果を知ってるんですか?」
ルシャへのヒントになるかもしれないことを言ってリオンとジオゴに迫られたプリムラは頷いた。
「今ルシャさんに起きていることは、すべて滓宝の力によるものです。さて、”あの人”の言っていた秩序の乱れが起きましたね…どうするんでしょうか」
「あの人?」
「旧校舎の地下遺跡にある滓宝を中央から守っていたヴァイドという男です。彼は滓宝によって力関係が著しく乱れることを避けるために戦っていました。いまそれが起きているんですから、戦わないはずがありませんよね」
「滓宝を使った中央の暴政よりも、滓宝をよく知る者の無秩序に気をつけるべきだったんですね…」
「ルシャさんを捕らえている人は明確なヴァイドの敵です。彼はきっと利用されている滓宝を求めてルシャさんのところへ辿り着く。さて、フランさんとどっちが早いでしょうか」 プリムラはヴァイドに道理を求めた。それゆえルシャのことを気にせずジュタ防衛に力を使うことができる。リオンとジオゴは彼女の静観を心のどこかで恐れていた。




