40・守護者
「まだ増えてるよぉ!」
焦るミーナとリオンの肩に腕をかけたルシャが眉間に皺を寄せた。特強でも厳しいと思う状況だということだ。
「他の特強はいないのか!?王都だろ!?」
ドニエルは会場にいなかった。この数では敵を全滅させることができそうにない。逃げることを考えながら発生源を探していると、錆だらけの古い倉庫に行き当たった。壁が大きく剥がれていて、ブロック塀も崩落している。そこから1体ずつ大きな2足歩行の魔族が出てきている。
「あそこを潰す!」
ルシャが巨大魔法を倉庫へ放った。しかし防がれていた。
「奴らが揃って魔法を使えばルシャさんの魔法でも弾けるのか…!」
「クソ、潰しに行くしかない!?」
「待って!死にに行くようなもんだよ!私の魔法がすぐ届くところにいて!」
強力な魔族が相手ならミーナとリオンは戦力ではなく護衛対象で、ルシャが魔法で護らねばならない。しかしルシャにはこの数を相手に魔力切れを起こさない保証ができない。
「とにかく虱潰しに数を減らすしかない!ルーシー先生!シャペシュのない私の魔力はすぐに尽きます!できるだけ攻撃に使いたいので、私を護ってください!」
「わかった!」
ルシャがビルから飛び降りると同時に魔弾で魔族の注意を引く。一斉に襲いかかってきた魔族が1本の線に被った瞬間にレーザー砲のような魔法で撃ち抜いた。こうすることで消費を抑えられる。
「王都でこんなことが起きるなんて…!」
王都は最も防御の固い場所であり、周辺から侵入することは不可能だ。こうして王都の中で発生した場合の対処についてしっかり考えられていないことが露呈した。
「倉庫の地下ってこと…?」
「そうみたいですね。旧校舎のような巨大な巣になっているのでしょうか」
ルリーが緩い口調を変えていたのでリオンは恐怖した。その隣ではミーナが蹲っている。
「ルリーさん、私たち避難しなくて大丈夫ですか…?」
震える声で問われたルリーはにっこり笑った。これが特強だ。
「街を吹き飛ばして良いと言うのなら一瞬で終わらせることができます…ダメだって言われるだろうからこうして好機を窺っているのです。あなたたちは必ず護ります。ノーラン先生が何度も言っているように、大人の責任です」
そのノーランがリーシャを連れて戻ってきた。リーシャは過呼吸になりかけていて、弟にしがみつくことでなんとか正気を保っていた。
ルシャとルーシーが倉庫を調べる時間を作ったことに喜んでいると、競技場のほうから悲鳴が聞こえてきた。
「突破されたか!?」
「生徒の声だ!まずい、人の多い市街に入られるぞ!」
すべてが自分たちの責任ではないが、戦いでは全体を見ることが重要だ。ノーランの目の先、市街では人の波がゆっくりと郊外へ向かっていた。それよりも魔族の進行のほうが速く、生徒たちの魔法は敵の歩みを遅らせていない。
「追いつかれて食われる…!」
「先生!地下だった!」
「倉庫を崩せ!」
考えられる対処法は倉庫の屋根や壁を蓋にすることだけだが、倉庫を破壊するほどの魔法は遠距離からしか放てないので魔族に防がれてしまう。そこでルシャは見たことのある魔法を思い出した。
「ルーシー先生、護りに集中してください!魔法を置いてきます!」
ルシャは設置型魔法を魔族に踏ませてその死骸で穴を塞ぐ方法を試そうとした。それなら俺がとノーランが勇み出たが、ルシャにはもう1つ狙いがある。
「炸裂が屋根に届けば崩落させられるかもしれません!」
「そうか!それなら魔法で防ぐ奴がいない…!」
少数ずつしか出られないことを利用した完封戦法だ。ルシャは早速魔法を設置してすぐに距離をとった。しかしすぐに魔族が出てきて罠を踏むため、炸裂に巻き込まれそうになった。
「ふぅ、間に合った…!」
ルーシーがルシャを護って事なきを得た。これを数回繰り返して死骸を積みながら天井を損壊させてゆく。
「く、うぅ…!」
ルシャの魔力が尽きてきた。魔法の威力が弱まって敵に致命傷を負わせることが難しくなると、高いところから見ていたミーナとリオンが地上へ降りた。
「発想を貰った!今の私たちならルシャたそより魔力が多い!護る魔法くらいならまだ使えるんだろ?」
にやりと笑んだリオンに頷いたルシャが盾を使い、その間にミーナとリオンが罠を置く。超威力の魔法が炸裂するとルシャの盾の後ろにいた2人が大きく吹っ飛ばされ、直後に屋根が崩落して穴を塞いだ。
「なんとかなったか…!?」
「あれ、痛くない…」
尻餅をついたはずのミーナとリオンはすぐに立ち上がることができたことに驚いた。その眼前には分厚い盾があり、見回すと立方体の中にいることがわかった。
「この魔法は…!」
「護るって言ったでしょう?私これまで何もしてませんからね~」
魔力を多量に残していたルリーの完全防御魔法だ。90%以上の魔力を流し込んだ2人の渾身の罠の炸裂にも耐える超高密度だ。
「これで発生を抑えた。後はいる奴を叩くだけだ!」
目が再び街へと向く。生徒たちの数人は負傷したため建物の中に避難していて、残る生徒が市街へと向かう魔族を追っていた。大混乱の街では人々が正常な判断力を失っており、我も我もで他の人と同じルートで逃げようとしているせいで混雑が発生していた。他のルートを提案することで解消できるのだが、危険な場所で指揮をとれる人材があまりにも少ない。ノーラン、ルーシー、ルリーの3人が特に人の多いところで案内をしながら追ってくる魔族を食い止めた。
「これで避難する時間を稼げたと思うけど…」
人の流れがスムースになったことで避難のことから意識を離せるようになったので魔族狩りに専念して発生源へ戻ってきた3人はあることに気付いた。
「おい、王都なら兵士が大量にいるはずだろ…奴らはなんで来てないんだ!?」
「おそらく王宮とか省庁の近くで固まっているんだと思う…」
「国民のことはどうでもいいのか!?」
「いや、絶対に護らなきゃいけないから総動員してるんだよ。あそこを落とされたら国としての機能を失う」
はじめからそのように指示されているとのことなので、国民は自分の力で逃げ切らねばならないらしい。そもそも多くの人がこのような事態が起きるとは思っていなかったので、兵の中でも激しい混乱が発生したのだ。
「国のためとか言いながら生き延びるために集めてるんじゃないのか?」
「でも中央が崩れたら国が傾くのは事実…反対するってことは国がどうなってもいいって思ってるってことだと捉えられるよ」
「ちっ、役立たずが…しかし複数箇所から湧いてなくてよかったな。塞ぐことが決定的な解決だった」
しかしその下にいる魔族を倒したわけではない。油断できない状況でも身体を休めないといけないのでビルの中に入ろうとした。その前に屋上で何かをしていた人たちに気付いた職員が中からドアを開けた。
「あなたたち、そこで何を…」
「窓の外で起きていた通りです。我々が出てきてしまった魔族を倒して発生源を塞ぎました。この場所はそこから近いので安全とは言えません。あの瓦礫がどかされないうちに避難するべきでしょう」
敵も魔法使いであるため、重機を使って移動するような瓦礫を魔法で弾き飛ばすことができるかもしれない。穴を塞いだのはあくまでも姑息な手段だと強調することで避難する気を促す。
「あなたたちが護ってくれるの?」
その期待をせずにはいられないだろう。ノーランはルリーに護衛を頼み、ここでルーシーたちと休むことを伝えた。
「ここから様子を見て奴らが瓦礫を破って再び出てきたら叩きます」
「我々はずっと怯えていることしかできなかった…あなたたちがいなかったらいずれはこのビルが襲われたかもしれない。買い出しに行く前だったから少ししかないけど、好きなだけ使ってください」
フロアにいた代表者が同僚に声をかけて荷物をまとめさせた。重要な書類を金庫に収め、デスクにある貴重品を鞄に詰めさせると、ルリーの案内に従って西へと移動を始めた。
「只者じゃない人が護衛についてるんだからあっちのことを気にする必要はないよね」
「うん、これで休める…お茶でも貰おうか」
リオンがミーナにブランケットを渡して茶筒を手に取った。かなり疲労していたミーナはルーシーに膝枕をしてもらって眠り、ルシャは向かいのソファに座って長い息を吐いた。
「…しんどいなぁ。腕を持って来てないときにこんなことが起きるんだもん。ただ観戦して観光して帰れると思ってたのに…あれ」
ここでルシャはあることを思い出した。彼女が魔法を使うきっかけとなった襲撃と今回の襲撃とに共通点がある。
「…あの時も魔族に襲われて好きなことができなくなった」
「フリーマーケットのこと?」
「うん。あのとき私は憎しみを力にしてた。けど今回は街とか人を護るっていう気でやった…私、そういう人じゃないはずなのに」
ルシャは自分が慈善家ではないと言った。むしろ他人のために無償で体力を消耗したり資源を消費したりすることには消極的で、フリーマーケットも趣味で金儲けをするつもりだった…が、ここでそれが正しいかどうか疑問が浮かんだ。
「もしかして私は誰かを喜ばせたくて行動してるのかな」
「…っていうよりやりたくてやったことが他の人にとっていいことなんじゃない?」
「かもしれない。学校に入ってから他の人のことばかり考えてる」
「護りたいものがあるってことだろう」
ノーランのその言葉でルシャは魔法を攻撃手段ではなく防衛手段として捉えるようになった。
「これまで無傷だったのがその証明じゃないかな」
緑茶を置いてルシャの隣に座ったリオンがルシャの頭を撫でた。気持ちよさそうにしたルシャは親友の言うことが正しいと思ったのでそういうことにした。
「このまま魔族が出てこなければジュタに帰れる。出てきたら戦う。それ以外のことは今は考えなくていいよ。ほら、飲んで」
「うん…」
目の前で眠る少女の寝顔を見たら気分がスッキリしてきたので、ルシャは茶を一口飲んでまた長い息を吐いた。
「魔王が復活してても、雑魚が相手でも、私は頑張るだけだね…あ、このお茶美味しい」
「…俺は屋上で周りを見る。何かあったら教えてくれ」
「寒くないの?」
リーシャが着ていたパーカーをノーランに貸すと、彼は微笑んでドアを開けた。
「…立派になっちゃって」
「リーシャさんはノーラン先生のこと好きなんですね」
「そりゃそうよ。ちゃんと仕事してるし、あんな姿見せられちゃねぇ…なんだか感慨深いよ」
リーシャはルシャの隣に座って身を寄せた。ルシャはこんな姉がいたらよかったと思って身体を傾けた。
「あったかい…」
そのうちにルシャは眠っていて、護衛を終えたルリーが持って来ていたカメラで写真を撮った。
「そのカメラ…」
「すごい魔法があれば撮ろうと思って持って来たんです。王都にたった1つしかない専門店で売ってる貴重なものですよー」
この時代にカメラは貴重で、大手の新聞社でなければ1台も持っていないほどだ。ルリーは王都に住んでいた頃に買っていて、滅多に使わないことで状態を保っていた。
「…それをここで使っちゃっていいんですか?」
「だって可愛いんだもの。はぁ、ルシャさん専用のカメラにしようかなぁ」
次にルリーの家を訪れたときに壁一面に自分の寝顔の写真が貼られていたならばルシャはビックリして逃げ惑うだろう。
ここらへんから特強が特強に足りる能力を発揮しまくっていたと思います。糸目キャラが開眼したような感じでしょうかね。




