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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
39/305

39・観戦者

 睡眠と観光は十分だ。満を持して競技場への潜入を実行する。開場は8時半、現在時刻は7時。既にかなりの行列ができていた―ランニングから帰ってきたノーランが報告した。

「やっぱりコッソリ入るしかないようですね」

「ああ。トイレに近い席を取るにはそうするしかない…まずは朝食を済ませよう。8時を過ぎると普通に人が増えてくるから行動しにくくなる」

 ノーランが雑に作ったベーコンエッグサンド、ミニトマトとヤングコーンのサラダをたくさん食べてから軽めの鞄に最低限の荷物を入れて出発すると、入り口の反対側にある建物の裏で人目から逃れて浮遊し、気付かれないうちに西スタンドに侵入してトイレに入り込んだ。

「…ふぅ、なんとかなったな。警備の目も掻い潜れた」

「バレなくてよかったですね…」

 清掃は既に終わっていてガラスや便器が綺麗になっている。しかし懸念がなくなったわけではない。警備員がトイレを利用する可能性がある。開場まで残り20分。複数箇所にあるトイレのうち、ここを選ばないことを祈りながら時間の経過を待っていると、隣のトイレのドアが開いた。男子便所だ。

「ノーラン…!」

 個室の鍵を閉めていると存在がバレてしまうのでノーランは個室の鍵を閉めずにいるか用具入れに入っているだろう。開けられないことを誰もが祈っていた。その祈りを感じているノーランは用具入れで蹲っていた。

(おいマジか…別のとこ入れよ…)

 ノーランは胸に手を当てて動かないように集中している。気を抜けばエナメルバケツやブラシに当たって音が出てしまう。便所に入ってきた警備員が扉の前を通過して小便器の前で止まった。ノーランは不快な音が一切耳に入らないくらい緊張していて、早く終わることばかり祈った。すぐに警備員はズボンのチャックを上げたが、ここで気配を感じたのか立ち止まった。

「やっべ、鍵返してないや…」

 そう言ってポケットから鍵を取り出しただけでトイレから去った。胸をなで下ろしたノーランは異常な鼓動を落ち着かせる左手の時計を見た。

(もうすぐだ…!)

 遠くで鉄格子の開く音が聞こえた。時計の針が8時半を示すと同時にノーランは動き出して女子トイレから出てきた4人と合流した。緊張の瞬間が終わり、誰よりも早く席についた。

「心臓飛び出すかと思った…」

「開けられなくてよかったですね…」

 緊張して尿意を催したノーランがトイレに行ってくるまでの間にかなりの客が入っていて、まるで早送りのように次々と席が埋まっていった。

「9時から開会式だ。うちの学校の選手も到着しているだろう」

 今日の王都は晴天で絶好の大会日和だ。しかし気温は低めで空気が乾燥している。ミーナが高そうなパッケージのハンドクリームを仲間の手の甲に塗りたくって対策を打っているうちにフィールドに人が出てきた。ノーランの時計が9時を示すのとほぼ同時に会場に多数設置されたスピーカーから主催者の声が聞こえてきて観客が沸いた。

『お待たせしました!第28回学校対抗魔法大会を開始します!選手入場の前に注意事項を説明致します』

 このような催しにはお馴染みの説明が終わると音楽が流れて選手が入場してきた。ルシャたちの位置からは顔がよく見えるのでルベンたちの表情が分かる。

「緊張してるっぽいね…」

「そりゃそうでしょうよ。お偉いさんが見に来る超大事な大会だもん。いやぁ、観客は気楽だよ」

「出なくてよかったぁ…」

 ルシャはあの場所にいるときの自分を想像して股を押さえた。きっと緊張でトイレに行きたくなっているのに開会式のせいで行けずに漏らしていただろうと言うとミーナが鼻息を荒くした。

「うちらって何番目?」

 パンフレットを貰っていないので出場選手も順番もわからない。予め抽選で決まるので選手と選手の引率者は知っている。

「まあいつでもいいべ。他校の有能な人たちを観察しましょうや」

 少し肌寒いのでブランケットを持って来ていたリオンが両隣にかけると両隣が寄って来たのでそれを見たノーランがホッコリした。開会式は中央の人の挨拶と選手宣誓だけで済まされ、最初の学校の選手だけがフィールドに残った。

「いよいよ始まるねぇ」

「楽しみだね…まあ、そんなに派手にはならないと予想してるけど」

「お前ほどの奴はいないだろう」

 選手のパフォーマンスより観客の反応のほうに期待していると、概ね予想通りの戦いが繰り広げられた。高校生の範疇を逸しない魔法にも観客は声をあげていて、ルシャはニヤニヤが止まらなくなった。


 やはり魔法には驚かされないとルシャが退屈そうにしていると、その目に違和感があった。遠くに何かがいる。見慣れた顔のような気もするが、似ている別人のような気もする。

「どうした?」

 リオンが目を凝らしているルシャの肩に手を当てると、ルシャが指を前に向けた。

「あれルリーさんじゃない?」

「え?…あぁ、ん?」

 続いてノーランもそちらを見ると、アフリカの部族にも負けない視力を持つ彼が断言した。

「あれはルリーさんだ。見に来てたのか」

「やっぱ特強も気になってたんですね。あるいは私の話を聞いて興味を持ったのか…」

「呼びたいねぇ。ルシャたそ、何かできない?」

 便利な人扱いされたことに頬を膨らしたルシャだが指先に球体を出して点滅させることでルリーに伝えようとした。しかしルリーは気付かずに席を立ってしまった。

「あぁ…じゃあドニエルさんも来てるのかな?探してみよう」

 ダテトリオは思った以上につまらない選手のパフォーマンスを見ずにドニエル探しに夢中になった。数十分探しても見つからなかったので諦めたとき、ルベンたちがフィールドに出てきた。

「おぉ、けっこう早かったね」

「先輩の実力を見ておけよ。ちゃんと学んだらああなるってのを知ったら意欲も湧くだろう」

「ですね。アイラ先輩もいることだし、これだけはちゃんと見よう」

 5人は次々と標的を倒す選手の勇姿を見守った。緊張を振り払って自信を持って魔法を放つルベンたちへの応援の言葉が自然に出てきて、周りと一緒に盛り上がっていた。終わってしまうのを惜しく感じながら拍手を贈ると、ルベンたちがこちらに手を振ったように見えた。

「気付いたかな?」

「どうだろ…」

「励みになってたらいいけど」

「あぁ、俺の見る限りでは1番だ。この後の学校がつまんないショーをすればうちが優勝だ」

 ノーランのお墨付きということでルシャたちも優勝への期待が強くなり、この後の選手に楽しませることを期待しなくなった。

「終わっちゃったねぇ…帰る?」

「いやいや、結果発表を聞かないと優勝した瞬間に喜べないじゃん」

「そっか…ニャン、トイレ行かない?」

「いいっすよー」

 ルシャとミーナがいなくなっている間にリオンが思っていたことを先生に尋ねた。

「…ルシャたそを見てる私からすると選手たちが大したことないように思えるんですけど、あれで中央の人は満足するんですか?」

「分からない…今年は特別ハイレベルってわけではないから、毎年見ている奴なら退屈を感じるかもしれないな」

「退屈な選手たちのうちどっかを優勝させなきゃいけないっていうのを受け入れるでしょうか…」

 リオンは中央のことを詳しく知らないのに勝手な解釈で中央からの来賓が退屈凌ぎに何かを起こそうとしていると予想した。ノーランは否定しながらも大会中に異常事態が起きる可能性が高いとして理由を説明した。

「つまんない大会の出場者から優勝者を出したら大して強くないのに強いと思われる人が出る。優勝者の称号を持っているのにいざ戦ったときに弱かったら、勝者に選んだ中央の見る目がないって思われるだろうから、総評のときに免罪符として『つまらなかった』と言うかもしれない」

「つまらない中から選んだんだと知れれば優勝者にかかる期待が小さくなる…中央のセンスが正しいことは守られるわけか」

 ルシャとミーナがルリーを連れて戻ってきたのでこの話を終わりにしてルリーの評価を尋ねた。

「うーん、雰囲気を楽しむものなんですかねぇ…こんないっぱいの人がいる場所ってなかなかありませんし、この歓声も…まあ、退屈は強者故の悩みでしょうかね。はっきり言って他の学校に興味はないので、発表まで寝ててもいいですかねー」

 ルリーが端に座っていたミーナに身体を預けたのでミーナが強めに抱き寄せてハァハァ言い出した。こんなに人のいる場所でもミーナは変わらない。




 すべての学校が競技を終えて係員が集計に入ると観客は優勝予想で盛り上がった。その一方で完全にジュタ勇者学校の優勝を確信しているルシャたちは冷めていて、結果を聞いたら表彰を見ずにさっさと帰るつもりでいた。全く楽しくなかったというわけではないにしろ、驚きに欠けるこの大会をわざわざ3日前に王都入りしたり開場前に侵入したりして見る価値があるかと問われると疑問符が浮かぶ。多くの観客が『今年も見応えのある大会だった』と評するところだとしても、特強の力を知っている人にとっては子供によるショーに過ぎなかった。

「まあ、これだけが王都に来た目的じゃないって思えばいいさ。明日明後日は休みなんだから泊まっていくのもアリだろう…姉ちゃんの許す限りは」

「そうですね。切り替えていきましょう。ルベン先輩たちは決してショボくなかったわけですし、我々の期待が大きすぎたのが悪いんです」

「お土産買ってこー」

「私もいろんな店を回ってから帰ろうと思ってますから、ご一緒していいですか?」

 ルリーは前日の夜に王都に入ったので観光が不充分だった。明後日の仕事に間に合うように帰るので長くは居られないにしてもせめて土産だけは買っていきたいらしい。これを快諾したルシャたちは買い物のことばかり考えた。

 結果発表を待ち侘びている観客と選手たちの前に現れた運営がマイクを持つと会場はしんと静まった。

『お待たせしました!今年もどの学校もなかなか見応えのあるパフォーマンスを見せてくれましたね。では3位から発表します!』




 ジュタ勇者学校は3位にも2位にも呼ばれなかった。やはり1位だと拳を突き出す準備をしていて、運営が優勝校の記された巨大な横断幕を畳んだ状態で持ち出してきたとき、静まっていた会場付近で突然の爆発が起きた。

 音はルシャたちの右、バックスタンドのほうから聞こえた。その瞬間から悲鳴と怒声の混乱が始まり、人々は蹲ったり逃げたりした。その波に呑まれないよう敢えてバックスタンドへ移った6人は、壁に突進している巨大な魔族の姿を認めた。先程の爆発で散った肉体が散乱していて、その上で再び爆発が起きた。魔族が自爆をしたのだ。

「どういう仕組み?」

「火薬を溜め込んで魔法で着火することで自分を爆弾にしてるのかもしれない!」

「なんていう自己犠牲…!でも危険だよ!骨とか散らばるから!」

 爆風のみならずまるで刃のように飛んでくる骨にも気をつけねばならない。頑丈に組まれているはずの壁が容易く破られると、そこから次々と魔族が侵入してきた。反対側から街へと逃れる観客や運営者を選手たちが翼弊すると、中央の偉い人の叫びが聞こえた。

「お前ら絶対にそこを通すな!街へ入られたらどうなるか考えろ!」

 偉い人の周りには黒服の男性が複数いて、危ないから早く逃げろと促している。選手たちはその命令に従って魔法の構えをした。

「あらまぁ…魔族からも人気の大会なのかしらぁ?」

 ルリーが呑気なことを言うと、上空から状況を見てきたルシャが首を横に振った。

「総動員です!どっから湧いたのかとんでもない数があらゆる方向に進んでます!」

「なんてこった!ここは街のど真ん中だぞ!クソ、俺は姉ちゃんを避難させる!」

 ノーランが猛スピードでリーシャのアパートへと飛んでいった。そこにも魔族が迫っている。

始まります…

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