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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
29/254

29・ミラクルの検証

 区長がたった1度目にしただけで特強に指定するほどの超強力と言うべき力を持っているのは、ルヴァンジュの子だからだとされている。

 兵士として数多くの賞を受けてきた父と謎多き魔法使いの母との間に生まれた娘なのだから、それを知ったときには誰もが納得する。しかし強いことを認めてもなお他の理由を探す者がいた。

「…ってわけでルシャたそのスーパープレーがミラクルなのかマジで技術があるのかを確かめようと思います!」

 発起人のリオンはあの時自分を超える注目を集めたルシャに嫉妬していたことを認めつつ、彼女の能力が常に発動するミラクルに支えられているものかどうかを確かめるつもりだ。

「あの時はコケたような動きで偶然にボールが先生の上を通ったように見えたね」

 実はスーパーマンのロディがいつもの口調で振り返った。その隣のラークも頷いてあれは偶然だと断言した。

「本人はどうなんだい?」

「偶然です…」

 審問にかけられているかのような配置だったのでルシャは怯えて敬語を使ってしまった。今回のアスレチックは彼女のためにある。ラークが暇を見つけて連れてきてくれたのだ。

「検証だけじゃなく身のこなしの特訓にもなる。これである程度鍛えられたら秋と冬のテストでかなり楽になるだろう」

 これまで黙っているかに思われていたミーナは低く唸るように声を出していた。彼女はルシャ以上に運動が苦手で、友達しかいないのにナーバスになっている。

「恥ずかしいっすよ。私だけ向こう岸に渡れないとか、途中で池ポチャするとか…」

「池ポチャはその前に魔法使えよ」

 この発想がないのもルシャとの違いである。


 この広大なアスレチック公園には初心者・中級者・上級者・達人の4つのコースがあり、長さや攻略難度が違う。初心者コースは幼稚園や小学校に通う子供のためにあるので、高校生の5人は中級者から始める。見た限りでは体育と同じくらいの難しさなので、特訓には最適と言える。

「体育の時と同じでお手本を見せるから真似してみて」

 上級者程度なら楽々突破できそうなリオンとラークがルシャに先んじて途中まで攻略した。続く彼女の動きを高みから見物するのだ。

「くっそー、あいつら運動できるからって調子乗りやがって…」

「運動できるなら調子乗っていいと思うよ…?」

 ヘラヘラ笑っている2人に追いつくべくロディから始めた。彼の本来の身体能力も見る価値のあるものだから、ルシャとミーナは続かずにその場で彼の突破を見守った。

「ミーナさん、あいつは裏切り者ですよ」

「ダメなフリをするのはマジでダメな奴に失礼だ。処刑に値する」

 ボソボソと呟いたと思ったらスタートした2人は平均台で落ちそうになりながらこれを突破、沼の蓮の葉ように点在している足場を前に萎縮していた。

「あいつらって飛べんの?」

「ジャンプならできるだろ」

 テストにあったレイアップで見ていたのでそれは確かだ。しかし飛距離が足りない懸念はある。ルシャとミーナは小柄な体躯に余る大きな足場であることを利用して転がり込むつもりで跳んだ。なんとか足を足場につけると、身体を前傾させて足場に預けた。

「うぅ」

「1個跳ぶのにこんなことしなきゃいけないの?」

「ふつーの人はぴょんぴょん跳べるんだよ」

「足にバネでもついてんの?」

 足場はさほど多くはないので同じように飛び込み前転をすれば突破できる。かなり疲労した2人が次に挑戦するのはロープ―大きなフレームからぶら下がっているロープを掴んで対岸へ渡るというありがちなものだ。

「これまずロープに飛びつかなきゃいけないじゃん」

「ちゃんと掴めるかなぁ」

 怖がりながらもロープに飛びついたが、怖くなって思わず手を離してしまった。筋道を崩さずに完了できないのが運動神経の悪い人の決定的な特徴だ。咄嗟にルシャが魔法でミーナを浮かせたので着水は免れた。

「振り切るまでちょっと待っとけばいいんだな」

 ミーナは対岸の上まで振れないうちに手を離してしまったからダメなのであって対岸の上に来たときに手を離せば着地できると考えたルシャはその通りにやってみた。彼女は怖がるとロープを強く掴むタイプだったので無事に対岸の上に到達し、この難しい試練を突破した。

「こえぇ~」

「おしっこ漏れるかと思った」

 少しの振れですらかなりの恐怖を感じてしまうらしい。この先にも様々な試練があり、ルシャとミーナは死に物狂いで手摺りや足場にしがみついてなんとか突破した。

「ハッハッハ」

「リオン…!」

「ロディは先へ進んだ。奴を追いたいのならここまで来るんだな!」

 ボスのように腕を組んで上から見下ろすリオンに触れるには、この登り棒を使う必要がある。筋力に対して身体が重めの2人には不利な種目だ。

「やるしかない!」

 ミーナはポケットから手袋を取り出して装着した。内側に滑り止めがついているので格段にやりやすくなる。一方でルシャはそのようなものを持っていない。

「すまんな」

 ミーナがさっさと登りきってしまったのでルシャは絶望した。

「お前も裏切るのかぁ!?」

「フッ、これ、餞別…」

 ミーナは上から手袋を落とした。それを装着したルシャは友人の手汗を感じながら登り始めたが、胸が擦れて思うように登れない。それを上から見ていたミーナとリオンが目を大きく開く。

「あいつ…!」

「棒を胸で挟んでやがる…!」

 ルシャは運動をするということで伸縮性のある体操服のような素材の服を着てきた。そのため胸の間に強い圧迫があっても耐えてくれる。

「うっ…くっ…」

「うわわ…リオンさん目を覆って」

「なんでだよ。ルシャたそ頑張ってるよ」

「えっちだよぉ」

「妄想逞しいな!」

 ミーナはノーランのことを笑えないレベルのヘンタイである。赤面して悶える彼女を叱るべくルシャが頂上に到達し、手汗の染み込んだ手袋を返した。

「やるじゃないか。先へ進もう」

「ラークは?」

「あそこ」

 また登らねばならないらしい。とは言っても登り棒ではなく長い坂だ。吊り橋になっているそこは非常に不安定で左右に激しく揺れる。1度転んでしまえば下の方まで転げ落ちてしまうかもしれない。

「じゃ、そういうことで」

 リオンは揺れをものともせずラークのところまで走り抜けた。それを追う運動不得意ズは予想以上の揺れに苦しみ、収まるまでその場でじっと待機した。

「ラーク、どうよ」

「なんというか…苦労しているなぁ」

「あ、そういうこと言うのね。可愛いとかあるでしょ」

「俺が言っていいものなの?」

 ラークはクールに振る舞いながらも頑張っている2人を心から応援していた。ここに辿り着いたときにかける最高の褒め言葉を考えながら。

「よし、落ちるなよ!」

「そっちこそ!」

 手摺りを掴みながら進んでいるので落ちることなどないのだが、互いに励まし合いながらでないと意気が転げてしまいそうなくらい急な坂だ。橋を支える長い2本の手摺りをそれぞれが使いながら揺れる足場を抜けると、ラークが拍手を贈った。

「運動神経は絶望的に悪いというわけじゃないみたいだな」

「そうなの?普通の人はここまで楽に来られるんじゃないの?」

「俺にとっての普通は運動神経が良い人のことだ」

「この先は階段を下るだけ…ミラクルはなかったね。もっと厳しい試練じゃないとダメかな」

 上級者がやるような高難度の技術でなければミラクルの対象にはならないのではないかと考えたリオンをルシャは止めようとしたが、今回の主な目的を逃して帰るわけにはいかないと頑なになられた。


 次のステージは上級者向けの厳しいものだ。先程より幅や高さが大人向けになっていて、小柄な人は他の人より頑張らねばならなくなる。ラークは大人体型なのでこちらも楽々突破したのだが、リオンとロディはやはり苦労していた。

「ふぅ、ふぅ…」

「ロディ、あんたこんなにやるとはね」

「弟と妹にダサい姿を見せたくないんでね…」

 ロディがえらく格好良く見えたのでリオンは思わず頬に手を当てた。その仕草が何を意味するかに気付かないロディはルシャとミーナのほうに指を向けた。

「ルシャさん、バレやしねぇよ…魔法使っちまおう」

「それじゃあリオンの目的が果たされずに達人コースもやらされるだけだよ?」

「もうおしまいだ!」

 ミーナが玉砕覚悟で飛び出した。最初の試練は細い丸太を飛び移るもので、バランスを保てなければ簡単に落下して池に落ちてしまう。ミーナは予想通りあっさりと崩れて再びルシャの魔法に救われた。

「うー…私は魔法で先に行くよ。私については何も知ることはないんだからね…」

「ずるいぞ!」

 ミーナは浮遊の魔法でラークたちに合流した。残されたルシャは自分の身体でどうにかあの場所へ至らねばならないのだが、ミラクルは起きそうにない。

「ええい!」

 起きそうにないのなら起きないことを証明して終わりにしてやればよいのだ。リオンはがっかりするだろうが、そもそも壮大な期待をすることが自分にとって失礼だったのだと批判してやる。自分は魔法力に長けているだけで、身体能力に補正はかかっていない。

「ぬっ、ふっ、よっ…!」

「あれ?いけてんじゃん」

 ルシャは見事なステップで足場を渡り、遠くから見れば簡単に突破したように見えた。これこそミラクルではないだろうか。しかしまだ実験は続く。


 次なる試練は吊りロープ渡り。長方形の池の上に複数のロープが等間隔に垂れていて、それを飛び移って対岸へ渡るというものだ。確実に掴むことと勢いを殺さないことが重要だ。それはラークの手本を見ればわかる。

「ふぇぇ無理だよぉ」

 ルシャは弱音を吐いてリオンの慈悲を受けようとした。しかし彼女は鬼と化していて、幼女もどきの要求を受けてくれなかった。

「まずこれを掴んで…え、足離すの?どうするんだ?」

 ルシャはロープにしがみついたまま水上に出た。勢いをつけて次のロープへ移らねばならないのだが、勢いがついても手を離せない。

「一瞬でも身体が何にも支えられずに浮くわけだから、そりゃ怖いわな」

 リオンの精一杯の分析は合っていた。運動神経の悪い人に最も必要なのは支えであり、それは手摺りのことである。このステージには手摺りがなく、水上で頼りにできるのは不安定なロープだけだ。恐れているうちに徐々に力を失ってきたルシャは思い切って飛んだのだが、次のロープを捉えていなかったのでそのまま着水した。思わず目を覆う4人。

「うええぇ」

 泣き声をあげたルシャを直ちに救ったリオンが実験を中止して更衣室へ連れて行く。水没することを見越して着替えを用意してあったのでルシャは新たな服に着替えた。

「うーん、ミラクルは持続しないんだねぇ」

「大丈夫ー?」

「うん、なんとなく落ちるって気がしてたから…」

「半ば俺らの興味に付き合ってもらったわけだ。お詫びとして何か奢ろう」

 利用者がまず訪れる巨大な建物には受付横に売店があり、アイスクリームを売っている。ラークがルシャにそれを奢ることで彼女の機嫌を保った。

「あらゆることでこのミラクルを使えるなら超強いと思うんだけど、頼りすぎはよくないってことだねぇ」

 そのような結論をつけて満足したリオンが自分の立場が脅かされないことに安堵したのは内緒だ。やはりダテトリオは魔法のルシャ、頭脳のミーナ、運動のリオンということで今後も続いてゆく。

「けど咄嗟にあの技が出るのはやっぱり一目置くもんだよ」

「先生の度肝を抜いたわけだしね」

「なかなかできるもんじゃない。是非とも他の技も見たいものだ」

「もう出ないよぉ」

 他の技が出てしまうとルシャはサッカーの代表選手になるので勇者にならない。

レアキャラ・びしょびしょルシャちゃんを見られる回でした。ここで重要なお知らせを1つ。第一章を50話で終わらせようとしていたのですが、数学偏差値8の作者は数を正しく数えられないらしく、このあたりで話数を1話プラスしてカウントしてしまっていました。なので49話で第一章が終わります。51話から第二章を始めたいので50話は閑話みたいなのを入れます。憶えておいてね!!!

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