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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
5.西大陸からの旅

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9.夏の終わりに

 王都の北の山地で魔族が討伐された……という噂を聞いたのは、偶然だった。

 昨年の秋頃、王都から派遣された討伐騎士の手で討たれたのだと。

「まさか」

 思わずそう口走ったまま黙り込んでしまう。噂を教えてくれた者は、「それが、本当に魔族がいたらしいよ」ともう一度繰り返した。


 そんな話を聞いても、実際に戻るまでには幾ばくかの決心と時間が必要で……戻った家に人気(ひとけ)はなく、ただ、自分の知らないものの手による魔法の気配だけがあった。


* * *


「やっと、ヴァルツフートに入ったわ」

 麓に下りて最初の人家を見つけて、ようやくヴァリがほっとしたように呟いた。

 さすがにひと月近く山に篭りきりだったとあって、身なりもボロボロだ。顔は日焼けで真っ赤だし、衣服もブーツもくたびれきって、あちこち(ほつ)れたりかぎ裂きができたりもしている。

「とりあえず、あそこでひと晩の宿を頼んで、それからいちばん近い町の場所を聞こう」

「それが良さそうね」


 見つけた人家は、どうやら夏の間だけ使われる羊飼い小屋だった。当番の羊飼いは3人が山を越えて来たと聞いて驚いたようだったが、ひと晩の宿のお代として差し出した鳥3羽に兎2羽、そして幾ばくかの銀貨と引き換えに、快く泊めて貰えた。

 井戸のお陰で身なりも幾分か整えられたし、これで町に行っても追い返されるようなことはないだろう。

 夕食を囲みながら、ここ最近の噂も聞く。


「じゃあ、南はずいぶん荒れてるってことなのね」

「そうだな……噂じゃ、クラインリッシュはその“解放軍”とかいうやつのお陰で、他に攻め込むどころじゃないって話だ。山を越えてここまで来ることもなかろうってな」

 羊飼いは少しホッとしたような顔で述べる。


 クラインリッシュは、解放された戦奴隷の起こした反乱でひどく混乱しているらしい。だが、噂の通りなら、その混乱が山を越えてヴァルツフートまで影響することはないだろう。

 国境付近でも山のこちら側ならという安心と余裕があるのは当然だ。


「これなら、もうオスロスまでは安心して進めそうね」

 ヴァリの言葉に羊飼いも頷き……それから、ああ、とふと思い出したように付け加えた。

「街道を行くんならそんなに心配はないだろうね。だけど、山の中はあまり入らないほうがいいって話だよ」

「どういうことだ?」

 訝しむターシスに対して、エイラムがなるほどと納得した表情を浮かべる。

「獣人狩りや魔族狩りが出るってことか」

「そうなんだ。山の南側には、ヒト狩りがたくさん入り込んでるらしい。奴隷が減ったから必死なのさ。新しいのを捕まえようとね」

「なら、山からは離れたほうが良さそうね」

 ヴァリが眉を寄せてじっと考えると、エイラムは何か思い付いたように顔を上げ、羊飼いに尋ねた。

「……捕まったやつは、多いのか?」

「さあ……国境警備も頑張ってるが、さすがに広いからなあ。南から逃げてきた獣人の氏族も多くて把握しきれてないし、氏族ごとまるっとやられちまったらわからないしで、なんとも言えないよ」

「そうか……」

 首を振る羊飼いに、エイラムもまた考え込むように黙り込んでしまう。

「わからないことを悩んでも仕方ないだろう? オスロスまでは噂を集めながら向かえばいい。街道沿いに町に寄りながら行けば、もっと詳しい話も聞けるさ」

「そうね。南側の主要街道沿いなら話も集まるでしょうし、オスロスまで行けばもっと詳しいこともわかるわ、たぶんね」

 ターシスとヴァリの言葉に、エイラムはやっと「それもそうだな」と呟いた。




 これまでの道行きとは打って変わって、オスロスまでは順調だった。

 人々の暮らしも穏やかで、すぐ隣の国で戦いが続いているとは思えないほどだった。だが、途中途中で噂を集めると、クラインリッシュでの戦争の話はそこかしこで聞くことができた。

 混乱は続き、戦いはますます激しくなっている。かの国の持つ、強力かつ巨大な魔法設備までが一瞬で壊されたと、嘘か本当かわからない話まで伝わってきているくらいに。


「これは、オスロスまで順調にたどり着いても、南が落ち着くまで当分この国を出られそうにないね」

「そうね……もう、どうなるか全然読めないわ。このままクラインリッシュが潰れるのは間違いなさそうだし」

「……皆、無事ならいいんだが」


 エイラムはどうやら、自分の氏族の動向をなんとか知れないかと聞き込んでいるようだった。だが、この近隣ならともかく、離れた場所の獣人氏族の噂となるとなかなか入ってくるものではない。

 それでも、エイラムの出身とは違う、どこそこの氏族が襲われたなどの話を聞くたびに彼の表情は暗くなっていく。

 日に日に焦りが募るエイラムを宥めつつ、3人は街道を進んでいった。


 聞こえてくる南の戦況も、日毎に変わっていった。

 南方では、解放軍のせいで弱体化したクラインリッシュ南側の国境が北に押され始めたというし、“支配の魔法”の要となる魔法設備がひとつ暴かれ、破壊されたことも事実のようだった。

 その報せを受けてか、東方諸国もにわかに活気づいて、次の冬が明ける頃にはクラインリッシュに向かって宣戦布告するのではないかとも言われている。

 ヴァルツフートでも、この機に乗じて山を越えて戦場へ乗り込むべきではないかと、町々で囁かれるようになっていた。


「だんだんと、物騒になっていくな」

「そうね」


 前王国が大陸を統一して以来、西大陸にこんな戦争はなかった。

 せいぜいが蛮族との小競り合いくらいで、それだって王国側の一方的な討伐に終わることが多い。

 戦争らしい戦争なんて、前王国崩壊後の混乱時ぐらいだろうか。それだって、たいしたことは伝わっていないのだが。


「……あまりピンとこないな。どうしてわざわざ険しい山を越えてまで、火中の栗を拾う話になるんだろう」

「クラインリッシュとは、因縁があるからじゃないかしら」

「因縁?」

 頷くヴァリに、ターシスは首を傾げる。

「クラインリッシュは人間がいちばんだって国だから、人間以外の種族を奴隷として使うし、ヒト狩りなんてことも平気で行われてる」

 エイナルも肩を竦める。

「で、そもそもヴァルツフートは、クラインリッシュがまだ東大陸いちばんの帝国だったころ、国が乱れた隙をついて逃げ延びた奴隷たちが、命からがら山を越えてこの地で興した国なんだ」

「ああ、なるほど。だから因縁か」

「そう。それにヴァルツフートなら、この機会に“支配の魔術”の魔法設備を壊そうと考えてもおかしくない。

 手をこまねいて他の国に奪われる危険を思えば、むしろ積極的に壊しに行こうと考えるんじゃないかな」

「確かに、国王陛下なら絶対そうしそうだわ」


 本当に、なんてタイミングなのか。

 ターシスは思わず溜息を吐く。


 そうやって話を拾い集めながらようやくオスロスに着いたのは、夏が終わり、そろそろ秋が来ようとしている頃だった。




「ここが、魔法使いシーロンの屋敷よ」

 オスロスの町に着いてすぐ、ターシスとヴァリはシーロンを訪ねた。

 エイナルは、まずこのあたりの獣人たちの動向が知りたいと、ひとり別れてこの町の警備を統括しているところに向かった。


 町はずれのシーロンの屋敷の玄関扉をコツコツと叩く。

 すぐに顔を出したのは、獣人の年若い女の子だった。

 使用人だろうかと考えながら「シーロンはいるかしら?」と尋ねると、獣人はこくんと頷いた。「ここで少し待っててください」とだけ言い残し、そのまままたぱたぱたと奥へ戻っていく。

「シーロンもようやく小間使いを雇う気になったのかしら。前はひとりきりで住んでたのよ」

「ふうん?」

 そんなことを小さく話しながら待っていると、キィと小さく音を立てて玄関ホール奥の扉が開いて……。

「──デルト!」

「え? ヴァリ? それに、父さんまで」

 最後に別れた時から少し背が伸びたデルトが、扉を開けたままの格好で呆然と立ち尽くしていた。


「デルト、よかった。無事だったか!」

 大股で、早足に近づいたターシスが深く安堵の吐息を漏らしながら、大きくなった息子(デルト)をぐいと抱きしめた。

「その長衣(ローブ)は? 魔法使いの弟子になったのか?」

「あ……ええと」

 戸惑いで言葉に詰まりながら、デルトはターシスのマントをぐっと掴む。

「シーロン師匠の弟子をやりながら戦争をやり過ごして、それから西へ戻ろうかと思って……」

「そうか」

 ぽんと頭を叩くターシスに、デルトはどことなく甘えるように頭を預ける。

「父さんこそ、どうやってここに来たんだよ」

「あの後、アロイスの伝手のおかげですぐに東行きの船に乗れたんだ。そこからこの大陸の東側を大回りして、山を越えたんだよ。戦争のおかげで、とんでもない遠回りをするはめになった」

「……え?」

 ぽかんと顔を上げるデルトに、ターシスはくすりと笑う。

「けど、ヴァリがガイドを請け負ってくれたおかげで、なんとかなった」

「山を越えたって、まさか、東側ってすごく険しいって聞いてるけど」

「ああ。でもなんとかなった」

 呆気に取られるデルトに、ヴァリもくすくす笑いながら頷く。

「ひと月くらいかかったかしらね。確かになんとかなったけど、私はもう二度とごめんだわ」

「父さん……ヴァリにまで無茶させたの?」

「仕方ないだろう。そうしなきゃ、ここに来れなかったんだから」


「……そいつがお前の変人親父かよ。意外に普通じゃないか。いつまでもそんなとこで立ち話してないで、中入ったらどうだ」

 いつの間にかデルトの後ろにシーロンが現れて、呆れ顔で3人を見ていた。

「シーロン!」

「おう、エヴィか。久しぶりだな」

「今はヴァリよ。シーロン、デルトをありがとう。本当にありがとう」

「ターシスです。息子を助けてくださったこと、心から感謝します」

「ああ、いいから」

 頭を下げようとするターシスに、シーロンはひらひら手を振ると、さっさと歩き出してしまった。

「カイヤ、茶を頼む。お前の分もだ」

「はい」

 シーロンの後ろに隠れるようにして覗いていた獣人の女の子が頷いた。もうひとり、やや年長に見える女の子とふたり連れ立って、ぱたぱた奥へと走り去っていく。

「ほらデルト、応接室行くぞ」

「はい、師匠。父さん、こっちに」

 ターシスとヴァリは、デルトの案内で応接室へと入っていった。



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