序章3
この世界には 昔、精霊さんが住んでいました
あるとき、悪い魔族という人たちがあらわれて、精霊さんたちを困らせました
そんなときに、魔族を懲らしめてやろうという人がいました
その人は勇者と呼ばれました
勇者は、悪い魔族を追い払って、精霊さんたちに平和な日々が訪れました
と、まあ、絵本通りに要約するとこんな感じである。
かなり省略したり、脚色されたりしているが、実際にあったことなのだそうだ。
精霊とか魔族とか、どんなファンタジーだ。
魔王が居たというのも本当らしく、世界のあちこちに、伝承として残っているらしい。
そして、ここが異世界だと確信をしたのが魔法の存在である。
マリベルが目の前で水魔法を使って洗濯していたのを見た時、一瞬目の前が真っ白になったくらい驚いた。
世界には無数に魔素が存在していて、それを自分の身体に引き寄せて魔法を使っているそうだ。
この魔素を操る量というのは個人差があるために、全員使えるわけではないらしい。
「私の魔法は、ただ水を出すだけのもので、これでは、使いこなせているとはとても言えませんよ」
そう言って、マリベルは恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。
曰く、この程度では、冒険者の方々の足元にも及びません、だそうで。
各地に出没する魔獣、魔物を狩るために、冒険者ギルドというものも存在している。
魔法を使える人間は、数が少ないため、重宝しているのだとか。
さて。
ここで問題となるのが、私のスペックである。
異世界転生なんてしたからには、何かの特典があるのが物語のテンプレである。
とはいえ、転生先は、冒険とは縁もゆかりもない貴族様で、しかも病弱。
こんな私なんて、ボーナスなんてあるわけなかった。
――はずなのだが。
きっかけは些細なことだった。
転生してからおよそ半年後。
病弱だからと、ベッドからろくに動くこともできず、用を足す以外は、部屋からも出れなかった。
そんな私を不憫に思っていたマリベルが、いつものように父の書斎から本を持ってきてくれていた。
このころになると、文字は難しい単語以外はほぼ読めるようになり、自分で読むようになっていた。
読んでいたのは、『魔素の基本』。
五つ上の姉が、今年まで使っていた、学園の指南書――いわゆる教科書だ。
来年私は12歳になる。
この世界の貴族は、皆12歳から15歳まで学園で学ぶことが決まっている。
日本でいう義務教育みたいなものだ。
15歳で一応成人と認められ、職に就くことになる。勿論、最初は見習いからだけど。
そして、平民の子たちは、通うことができない。お金がかかるからだ。
何とも不公平な世界だが、ある意味仕方がないのかな、とも感じてしまう。
さて、本の内容に戻ると。
――魔素、というのは、私たちの身の回りに広く存在し、当たり前にあるものです。
――人によっては、魔素を扱うのが得意な人、苦手な人がいます。
――得意な人かどうかは実際に魔素を集めてみればわかります。
試しに、本に書いてある通りに魔素らしきものを集めてみようとしたのだが。
何かがおかしい。
集中すると、目の前に何かモヤのようなものが、かかって、前が見えなくなってしまう。
気を抜くと、再び目の前が見えるようになる。
「何、これ?」
思わずつぶやいてしまった。
「サーラ様? どうされました?」
隣に控えていたマリベルに気付かれちゃった。
「ううん、大丈夫。なんでもない」
「何を読んでいらっしゃったのですか? これは……まだ、サーラ様には早いと思いますが」
「でも、マリベルが持ってきたんでしょ?」
「それはそうですが……私、こんな指南書入れた覚えないのですが……」
これはあれか。転生させてくれた神様のプレゼントか。
もしかしたら、あのモヤって、まさか……
「ねえマリベル。ここに、魔素を集めるってあるけど、魔素って見えるの?」
「いいえ。魔素というのは、目には見えないものとされていまして、実際には体で感じるものなのです」
「ふうん、そうなんだ。見える人っているのかな?」
「伝説の勇者様なら、見えていたのかもしれませんね。さ、もうお休みの時間ですよ――」
翌日。
私は、昨日立てた仮説を実証してみることにした。
お風呂で。
なんでお風呂かというと。
(水の魔素集まれ! 水の魔素あつまーれ!)
湯船につかりながら念じてみる。
すると、変化はすぐに起きた。
私の両手に、例のモヤみたいなものが集まってきたのだ。
そして次の瞬間、大量のお湯が、両手の間から噴き出してきたのだ。
(わっ、わっ、もういいっ、止まってっ)
私の願いで、お湯が出るのはすぐに止まった。
(ふぅー、思わず大声出すところだったよ、危ないなぁ……でも、なるほど、理屈はわかった)
やっぱり、実験は部屋でやるべきじゃない。部屋でやったら今頃水浸しだ。
(お風呂でやったから、お湯になったのかなぁ? とにかく、いろいろ実験して検証したいけど)
自分の力がどの程度かわからないが、多分、普通の人よりもかなり高位にいることだけは、確かなはず。
(下手なことやって、悪目立ちするのも嫌だしなぁ……どうするかな)
『サーラ様、そろそろお出になりませんか? のぼせてしまいます』
「あ、はーい」
マリベルの呼びかけに応える。
とりあえず、しばらくはこっそり練習しよう。
魔素が暴発することもあるって、本に書いてあったし、過信は禁物だからね。
続く