第1話 ハッピーセット
甘ったるい。
息をするだけで胸焼けしそうな空間に、閉じ込められていた。
宙にはキャンディと音符が浮いている。
空気まで、やわらかいメロディに浸かっている。
そばには、女の子が三人。
全員、ぱっと見で分かる。
関わったら終わるタイプだ。
夢みたいな場所――と言えたら、まだよかった。
かわいいのは、ラッピングだけ。中身は悪意だ。
あとになって知った。
ここから、全部が始まったのだと。
精霊族が、なぜか相撲を取り始めることも。
魔王の娘と、無理やり結婚させられることも。
あたしの死さえ、ここから始まっていた。
「おい、女子高生」
正面にいた赤髪の女の子が、じっとこちらを見ていた。
野球帽をかぶって、床にあぐら。
片手で頬杖をついた顔は、見るからに不機嫌だった。
死んだ魚の目をしていて、背もかなり低い。
首元には、王冠を無理やり首輪にしたような金の輪があった。
色とりどりの石まで嵌め込まれている。
「え……あたし、ですか?」
一応、礼儀として聞き返す。
見た目は中学生くらいなのに、口の利き方だけは遠慮ゼロ。
「ほかにブレザー着てるやつ、いるか?」
赤髪の子は、残りの二人を雑に一瞥して、すぐ視線を戻してきた。
「ここがどこか、知ってるか」
「知らないけど……なんであたしだけに聞くの……?」
もう一度、周りを見る。
やっぱり、何もわからない。
というか、ここに来た記憶がそもそもない。
「は? お前、女子高生だろ」
「女子高生だったら何……?」
「高校生探偵とか、流行ってるだろ」
「それ、もう前世紀の話だから!」
思わずツッコんでいた。
そのとき、もう一人がふわりと横から割って入ってきた。
「まあ、まあ、まあ、まあ。あまり困らせてはいけませんよ」
頬に手を添えて、にこにこと笑っている。
落ち着いた、どこか大人びた人だった。見た目は、あたしより一つか二つ上くらい。
左目の目尻の下に、泣きぼくろがひとつ。黒髪はきっちりポニーテールに結ばれていて、蝶結びにした白いリボンが揺れていた。
いちばん目を引いたのは、まとっている巫女服。
「お姉さんは知っていますよ〜。探偵さんより、百合漫画とハッピーセットのほうがお好きなのでしょう?」
ふわふわした声のまま、とんでもない爆弾が投下された。
「なっ――!」
ていうか、なんで知ってるの!?
「ふん……百合か」
赤髪の子が鼻で笑って、のそりと立ち上がった。
「ち、違うから! 誤解だから! そういう目で見てるとかじゃなくて! 可愛い女の子同士がくっついてるのを見るのが好きなだけで!」
「わかった」
わざとらしく襟元を引き寄せて胸を隠した。
「わかってない!」
「……くすくすです」
最後の一人が、ついに笑った。
大きな目は、片方が青で、もう片方が緑。銀色に光る髪が鎖骨の前へすとんと落ちている。びっくりするくらい可愛い。
着ているのはパジャマ、足元はスニーカー。服装より気になるところがあった。
見た目はどう見ても同い年くらいなのに、パジャマの胸元だけ妙に平らだった。
「まあ……! 男の娘がお好きでしたのね」
巫女さんが、名案を思いついたとばかりにぽんと手を合わせた。
「うわ……」
赤髪の子が、真顔で引いた。
「マーヤーは男の娘ではありません。胸部は非必須装備です」
可愛い子は、静かに首を横に振った。
「ま――ええええええっ!?」
「静粛に」
遠くから、知らない声が落ちた。
周囲を見回しても、声の主は見当たらない。
……幻聴?
「幻聴ではない」
声が、また響いた。
すっ、と紙の扇が、胸元にぴたりと突きつけられた。
流れていた旋律が、そこでぷつりと途切れる。
「――ひぃぃっ!」
心臓、今ちょっと止まった!
目の前にいたのは、やたら華やかな和服をまとった小さな女の子だった。
小学生にしか見えない。いつ出てきたの、この子。
……それに今、心の声、聞かれた?
「もう一度、余を小学生扱いしてみよ。驚くたびに卵を産む呪いを下すぞ、雑魚人類」
「卵……」
扇を下ろし、こちらへ歩み寄ってきた。
「ここは死後の世界ではない。汝等はまだ生きておる。余は祝福と呪いの神、幸御禍津。汝等に、重大な任を授ける」
「面倒。いらない」
「おや……おいくらほど?」
「速やかにマーヤーを帰還させてください」
三人から、間髪を入れずに文句が飛んだ。
幸御禍津が、一拍、止まった。
額の青筋が、いま一本増えた気がした。
すぐに何事もなかったかのような顔に戻り、こちらを見た。
「ジョージ・コリンズ。汝は徳望厚き大法官にして、晩年――」
「待って!」
「む?」
「ジョージって誰!?」
「汝だが」
こてん、と首をかしげられた。
性別から人種まで全部ズレてるんですけど!?
真顔でめちゃくちゃ言ってる!
「あたし、白石真織です! 日本生まれ日本育ちの高校二年生です!」
「趣味は男の娘と百合とハッピーセット」
赤髪の子が、すかさず付け足した。
「シャラップ!!」
むかつく!!
「……」
幸御禍津が黙った。
改めて口を開く。
「この中に、ジョージ・コリンズという名の者はおるか」
三人が首を横に振った。
「チェン・ヤンアン? イヴァン・ドミトリエヴィチ・クズネツォフ? キム・ミンジュン?」
今度は四人そろって首を横に振った。
また黙り込んだ。
扇子を握る小さな指に、みしり、と嫌な力がこもっている。
「地球の神ィ――――ッ!!!!!!」
怒鳴り終えるより早く、神聖な旋律が降ってきた。
それに呼応するように、巨大な光球が目の前に降臨した。
「何か用?」
声だけはめちゃくちゃ神々しいのに、返事が軽すぎる。
「汝が送り込んできた者ども、全員間違っておるではないか!」
「知ってるよ」
「『知ってるよ』!?」
「見た目も名前も一致してないし。むしろ、今さら気づいたことに驚いてる」
「人間など、だいたい同じような顔をしておるであろうが!」
幸御禍津が足を踏み鳴らす。
「君だって人間の小さな女の子の姿で出てきてるくせに、よく言うよ。メスガキ」
「余をメスガキと呼ぶなあっ!」
「とにかく。君の条件に合うのは、この四名の少女だけだ」
「……ありえぬ! 余が求めていたのは、理想の世界を創れる――」
「三年以内」
「――四人の聖人で……は?」
「君の条件は、三年以内だ」
「そ、それがどうしたというのだ!」
「過去、現在、未来を見渡しても、三年以内に文明を作り替えられるのは、この四名だけだ」
……え。
この四名って、あたしも入ってる?
「だ、だが! あの四人の聖人は、余が選び抜いた精鋭で……!」
焦りすぎて、声が途中でつっかえる。
「なるほど。君の言う精鋭がその世界へ渡った後、役目を果たせると?」
「当然であろう!」
「ふっ」
「何を笑う!」
「君は祝福と呪いを司る神でありながら、人間というものを、驚くほど知らない」
地球の神の内側から、小さな光球がひとつ浮かび出た。それは幸御禍津の顔の前まで滑るように飛んでいく。
中では、無数の情報と映像が、目で追えない速さで流れていた。
「ジョージ・コリンズ。二年後、汚職官僚に罪を着せられ、鉱山送り。そのまま死ぬ……チェン・ヤンアン。三日後、村人を守るため魔物と交戦、死亡……」
光球を受け取った幸御禍津が、ぼそぼそと読み上げる。
「全部見たよ。君の四人の『聖人』は、どの可能性でも条件を満たさない」
「ぐ……」
しおしおとしぼんだ。
「とにかく、こちらの役目は果たした。それじゃ」
「待て!」
地球の神は聞く耳を持たなかった。
ぽふん、と音を立てて消えた。
「ちっ……忌々しい」
幸御禍津が、ぎりっと奥歯を噛みしめた。
神聖な旋律がまた鳴った。
地球の神が戻ってきた。
「あ、そうだ。これ、あの少女たちの来歴ね」
あたしたちの身体から四つの光点がふわりと抜け、幸御禍津の手の中の光球へ吸い込まれていく。
こわっ!
「待たぬか! 余はまだ話が――」
ぽふん。
「ぐおおおおおおおおおおッ!!!!!」




