はい、今回使う真実の愛がこちらですね
華やかな学園生活の最後を彩る夜会にて。
「――シレネッタ! 君……いや、き、貴様の蛮行はここまでだー!」
麗しの第一王子殿下は、高らかにそう告げられました。
シレネッタ。私のことです。カンパネラ侯爵令嬢シレネッタ。優雅な響きですよね。この名前はお父様の命名です。
ちなみにシレネッタは、人間を歌声でおびき寄せて海に引きずり込む、美しい人魚を指す言葉です。まあ私の場合、お母様を殺して産まれた化け物という意味ですね。
とにかく、第一王子殿下の類稀なる美声で呼ばれた名前に、普段ならば私は舞い上がるところですが、今回ばかりはそうもいかないようです。なにやら怒声が混じっております。
「と、申しますと?」
「君のっ、身分を笠に着た横暴な振る舞い……特にカリーナへの嫉妬は、目に余る!」
「まあ殿下、自己紹介ですか? 確かに近年は私への嫉妬が凄まじいですものね」
えーん、そういうところもすっごくかーわーいーいー! 私はにこにこと頷きました。
今宵も絶世の美男子であらせられる殿下は、ふわふわの亜麻色の髪に、紫の瞳のパッチリ猫目がキラキラしておりまして、高貴な猫みたいに愛らしいのです。
ですが、実はこの国の王族の方々に多い黒髪ではないことと、線の細い女性的なお顔立ちを気にされております。そんなところも可愛いですよね。ちなみに身長は僅かに忖度して平均値ですが、もう少し欲しいようですね。
もっとも日頃から臣下に侮られがちなのは、お姿のせいではなく、普段の態度の問題でしょう。根本的に生き様がとても弱々しいのです。
なにせ殿下は、しがない侯爵令嬢に過ぎない私を日々必死に低く見ているのです。しかも私が殿下を差し置いて学園の成績優秀者に選ばれると、「どうしていつも俺を立ててくれないんだ!」とお怒りでした。
「その真っ赤な可愛いご尊顔を拝見したかったからです!」と喉まで出かかった言葉を引っ込めて「殿下がもっと頑張ればよろしかったのではありませんか? しがない侯爵令嬢でもできることですよ」と告げますと、唇をぎゅっとさせて全身ぷるぷるしながら、無言でものすごく怒っていらっしゃいました。
可愛らしすぎて誘拐されてしまう恐れがありますので、王室の警備を強化させるようお願いしましたよね。
うふふ、今もあのときも、本当に殿下は可愛いの権化です……!
「何を笑っているんだ! 君の所業の話だぞ!」
「ですが身分を笠に着た横暴な振る舞いとは、まさに私に対する殿下の振る舞いでもありますわよ?」
日頃から、ことあるごとに「俺が王子なんだぞ!」って地団駄を踏んだり半泣きになったりしていますからね。まさに馬鹿の一つ覚えです。「俺が王なんだぞ!」に進化する日が今から楽しみで仕方ないです。うわーん、想像しただけで可愛い!
「私は侯爵家の娘で、殿下の婚約者ですわ。これは横暴ではなく事実です。ですので男爵令嬢に過ぎないカリーナ様に、私が嫉妬されることはあっても、私がカリーナ様などに嫉妬する必要はありませんわ」
「その君の下位貴族を見下す言動が良くないと言っているのだ! 侯爵令嬢だからといって、男爵令嬢を虐めて良いわけがないだろう!」
「そうでしょうか?」
私は首を傾げました。
「……は?」
あぁっ、ご覧ください! ぽかんとお口を半開きにされている殿下も可愛い!
「この世はしょせん弱肉強食で、地位と財と知恵が物を言うのです。少なくともこの王国はそのようにして発展してまいりましたね。異民族を征服し、土地を広げ、他の文化を奪い、自国の文明を広めて国を富ませてきたのです」
「それは……そうじゃなかったときもある……表向きは……」
「ですが、概ねその過程で王族や貴族などが生まれたわけですよね? では、この社会は権力で成り立っており、権力を作り上げたのは暴力、つまり暴力がすべてを解決してきたと考えられます」
「……俺は、そんなこと望んでない」
しかし殿下はわかってくださらないようです。せっかくの美貌を苦々しく歪めて、ご自分の腕に絡みついているカリーナ様のほうを……あら、いましたのね? 殿下が麗しすぎて、今まで気づけませんでした。申し訳ないですね。
「あ、あの、し、シレネッタ様、もう弱い者を虐めるのは止めてください……っ!」
震えながら、ようやく存在感を出されたカリーナ様に、私は眉を顰めました。
「貴女こそ、殿下の袖をぎゅうぎゅう握って皺を作るのは止めていただきたいのですが……? 殿下がこの後シワシワのお袖で過ごされるか、着替えるために退席しなければならなくなるではありませんか……」
「シレネッタ、別に俺は気にしてない」
「いけませんわ。この世で一番可愛い殿下の良さは、ピシッとアイロンがけされてパリッとノリの効いた衣装でこそ最大限発揮されるのですよ? 最近流行りのナチュラルやワイルドなテイストが似合う方ではございません」
殿下は、折り目正しく自分にも他人にも全てにおいて甘い、物語の王子様の中の王子様なのですよ? そんな方のお袖をシワシワにするなんて……カリーナ様って蛮族のご出身ですか?
「お、俺だって、ワイルドテイストくらい……じゃない、シレネッタ、いま気にするのはそこではないんだ!」
「ええ、もちろん殿下はお気になさらずに。殿下の御衣装に細心の注意を払い、整え続けるのは、殿下ではなく、殿下をお支えする私たちの責務ですわ」
「違うっ! そういう小賢しい雰囲気で話を逸らすなと言っているっ!」
「カリーナ様のことでございますね。ええ本当に。楽しい学園生活で婚約者との時間を奪われ、挙げ句しょうもない言い掛かりをつけられて人前で虐められているのは、私も非常に不本意です……」
次期王太子妃でありながら、大変不甲斐ないことですが。私は悲しいことが周囲にもおわかりいただけるように、片手で半顔を覆いました。
そのままチラリと殿下を見ると、なんということでしょう、殿下も絶句されていらっしゃいました。ああっ、ご覧になりましたか、今の大きな瞳の瞬き。夜空で一番美しい星に勝ちましたね……!
「ああ、いえ、もちろんカリーナ様のおっしゃる弱い者とは、私の侯爵家とカリーナ様の男爵家の身分差によるご自身のことを示していらっしゃるのですよね」
ただ……。と、私は溜め息を吐きます。
「カリーナ様は、先ほど私の行動を、弱い者虐めとおっしゃいましたね。……無論、弱者を慈しみ守ることは、強者の責務です。民は慈しんでこそさらなる力となりますからね。ですが、同じ土俵に上がろうとするならば、弱者を名乗らず正々堂々と勝負すべきですわ」
「ああもう、シレネッタ! 毎回毎回っ、君の話は長すぎるんだ! ここは君の演説会場ではない!」
ええ、ですが殿下の演説会場でもございません。いえ、大地は常に殿下の可愛さを証明するための場であることには間違いないのですけれど……。
「殿下。私は話が長いのではなく、おそらく言葉遣いで発声回数が増えているだけでございますわ。仮にはしたない話し方であれば、三分の一程度に圧縮できる程度の内容でございます」
私が自信を持って告げると、殿下は戸惑ったように視線を彷徨わせられました。
「え……まあ、それは……そうか……?」
「では、話を戻しますわ。——カリーナ様? その点、貴女は、明らかな強者である私に礼儀を尽くしたことはありませんよね。かといって正面から向かってくることもなく、小物らしく卑怯な手段で私を出し抜こうとしてばかりです」
「ああもう、だから、シレネッタ! カリーナにそんなことを言わないでくれ。君とは違うんだ!」
「いいえ、ご理解いただけないようなので、再度申し上げさせていただきますわ。カリーナ様は、弱者ぶって殿下の威光に縋りつつ、影から私を糾弾している、ただの二重規範女です。せめて殿下の腕を解放して、お一人で正面から掛かっていらしてくださいな、カリーナ様?」
……しかしカリーナ様は、未だに殿下の腕にぶら下がり、黙って震えております。この程度の内容で、ご自分では反論できなくなるのなら、私の最愛の殿下をお任せできるはずもありませんよね?
ですが、代わりに殿下が口を開かれました。
「……違う。俺が、カリーナを守っているんだ」
「なるほど。……私が彼女を叩き潰そうとするから、殿下は私を叩き潰すと」
……一連の行動の責任者は、カリーナ様ではなく殿下だそうです。
それを言われてしまうと、私も立つ瀬がありませんね。
私とて感情豊かな生き物ですから、心臓が、ぎゅうと押し潰されたように痛みます。
「……では、なぜ私が彼女を叩き潰したいか、弁論してもよろしいですか? 人の婚約者を奪おうとする卑しい盗人を、被害者が見逃さなければならない事例など、私は作りたくありません。私は次期王太子妃として、国王陛下や王妃陛下に認められております」
私は拗ねた子供のように口を尖らせました。
何しろ私が、カンパネラ侯爵家のシレネッタ、ですからね。
「……やはりカリーナとは大違いだ」
殿下は、ため息をつくように呟かれました。
「一緒にされても困ります」
私は力強く頷きました。
だってどう考えても、私のほうが圧倒的に殿下に相応しいのですよ。今まで殿下をお支えできるよう、私なりに限界を超えて頑張ってきましたからね! おかげさまで私は、一日は四十八時間あると自信を持って言えますよ!
「で、殿下……っ、私……! シレネッタ様が怖いです……っ」
「まあ、失礼ですよ? 人を恐怖物体みたいに……」
私は同意する者を探すべく、周囲を見回しました。
……あらあら? 皆様、なぜ目を背けるのですか?
「大丈夫だ、カリーナ」
殿下は優しくカリーナ様の肩を抱き寄せました。えっ羨ましい……! 私にも! 私にもしてくださ……ああっ、でも、殿下にそんなこと、恐れ多い……っ。
「シレネッタ。今回ばかりは俺の話をちゃんと聞いてくれ。俺が、君ではなく、カリーナを選ぶんだ。カリーナの所業は関係ない。確かに、あらゆる面で君のほうが優秀だが……」
「えっ」
えっ、って驚いてますよカリーナ様。そこは驚かないでくださいよ。ご自分の成績表をご覧になったことないんですか? それともまさか見ても理解できない……?
「……しかし……うん。俺は、カリーナとの間に真実の愛を見つけたんだ! よって君との婚約を、破棄するっ!」
「それ薄汚い浮気の粉飾ですわよ?」
ああ、ああ、とうとう私が十年見つめ続けたこの世で一番愛らしい殿下が、あんな女に引っ掛かって、とんでもなく馬鹿なことをおっしゃいましたよ……うぇーん、でも殿下なら馬鹿でも可愛い……むしろそこが可愛いまであります……馬鹿な子ほど可愛い……至言です……。
意味のわからない大言壮語を吐いて、「やっと言えたぞ!」みたいな雰囲気で緊張と興奮に頬を赤く染められている殿下、なんでこんなに可愛いんですかぁ……?
さすが人類の至宝です、はぁ、大地ってすごい……殿下がいる限り、私は全身全霊で大地を愛し尽くしますからね……。
私は高鳴る胸を必死に抑えながら、一度深呼吸を挟みました。
どんなに殿下をお慕いしていても、殿下が私を選んでくださらないのであれば……覚悟を決めねばなりませんね。
「……とはいえ、殿下自身がそうお望みならば、仕方ありませんわね」
私は殿下から視線を外して、顔を伏せました。
「殿下は、どうしてもカリーナ様と一緒になりたいのですよね?」
「あ……ああ」
殿下は一瞬だけ声を詰まらせましたが、深く頷かれてしまいました。
「わかりました。では私は、身を引きましょう」
「……いい、のか?」
「もちろんですわ。だって私は、ずっと殿下をお慕いしているのですもの。殿下がお幸せになることこそが、私の望みですわ」
ものすごく悲しくて胸が張り裂けそうですが、殿下が私よりもカリーナ様といるほうが幸せだと思うのであれば、私はそれを叶えたいと思うのです。
「……そうか……。ありがとう、シレネッタ」
顔を上げると、殿下が、気が抜けたように微笑まれておりました。
……その笑顔をお守りできるのであれば、この際私も殿下の妻になどという幸福な夢物語から足を洗わねばならないのかもしれませんね。
「……はい。どうかお幸せに、殿下」
私も深く礼をして、この場を後にすることにいたしました。
その晩、もちろん私は干からびるまで泣きました。
あんなに可愛い殿下を間近で見る権利を失ったなんて、悲しすぎますね……。
これからも殿下を謹んでお守りするという使命がなければ、泡となって消えていてもおかしくありませんでしたね……。




