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後編

父は会社員、母は専業主婦。

平凡な家庭だ。

 

父と母が話しているのを、

ほぼ見たことがない。

仲が悪いとかでなく、無関心。

それが普通と思って育った。

歳を重ねて、異常だと知った。

 

離婚すると聞いた時、あー、そうだよね。

それくらいの感情だった。

 

自然と母親について行くことになった。

収入のない母は実家に帰るという。

ここから新幹線で二時間。

近いのに、遠い。

 

平凡な二人から生まれた、

平凡な俺には何も出来ない。



「失礼します」

何人かの視線がこちらに向く。

職員室の机は無機質で硬い。


担任の体育教師が親身になってくれた。

隣の席から椅子を引いて用意する。

椅子に座れと促される。

グレーの回転椅子は安定が悪い。

 

「本当にクラスで言わなくていいのか?」

足を組み、ジャージ越しに腿を掻いている。

隣に座る理科教師の体臭が強かった。

「はい」

「みんなに挨拶した方が気持ちよくないか?」

分かってる。

「理由も理由ですし、送られるのも辛いので」

「今はそういうご家庭も多い、気に─」

遮るように口を開く。

「寄せ書きとか、貰っても困りますし」

小さく笑う。

「先生も貰ったことあるけど、まだ残ってるぞ」

「そんなもの見ると、耐えられないので」


─短い沈黙。


「先生は奏多の味方だからな」

そう言って、緑色の横に長い付箋に殴り書きする。

「他のやつには内緒だぞ」

俺の肩をポンポンと叩く。

回転椅子ごと、少し後ろに下がる。

少しは加減して欲しい。

「なにか無くても気軽に連絡してこい」

この人が人気なのも分かる。

「ありがとうございます」

貰った付箋に視線を向ける。

「この数字は0ですか、6ですか?」

「そんなに字汚かったか」

恥ずかしそうに丁寧に書き直してくれた。

 

少しだけ暖かくなった。

なんとか、春は続いている。

 


中庭の自販機。

小銭入れを開く。

銀色が1枚、銅色が5枚。

小さく息を吐く。

投入口に丁寧に入れる。


大きなあくびが出た。

昨晩は最後の荷造りが長引いた。

 

結局誰にも言えなかった。

でも、それで良かった。


これからは、小遣いも期待できない。

まずは節約、落ち着いたらバイトかな。

コンビニくらいなら、俺でも出来るかな。


自販機の購入ボタンが光る。


カフェオレに視線を向ける。

ボタンを押してないのに商品が出てきた。

 

「ああ…」

最後のカフェオレ。

 

細い首元を腕でホールドする。

汗の奥から、嗅ぎなれたシャンプーの匂い。

もう、会えないと思ってた。

できるだけ、いつも通りを装う。

 

「これはもう私のだよ」

腕に力が入る。

「ごめん、ごめん」

腕が離れない。

「ご…ごめんなさい」

謝るな。

 

腕の力が抜ける。

一瞬だけ上を見る。

「いいよ、一緒に飲もう」

笑う。

「これは私のだから、分けてあげないよ」


晴香を追いかける。

晴香なら…。



視線の先に目的はない。

建築中の住宅。

廃業した商店。

風が強くて瞳が乾く。

 

「最近ここ好きだね」

「別にそんなことないよ」

梅よろしが遠い。

 

「すっごい桜が綺麗」

嬉しそうに晴香は写真を撮る。

「奏多も撮りなよ」

小さく首を振る。


持っていくのは、

記録より記憶がいい。


「何かあったの?」

「カフェオレが飲みたかった」

「まだ根に持ってるの?」

「梅よろしこんなに美味しいよ?」

「梅よろしも好きだよ」

梅よろしは、もう飲まない。

「そんなに言うなら、今度カフェオレ買ってあげる」

カフェオレは、もう飲めない。

「うん、楽しみにしてる」

遠くの山に雪が残っていた。

せめて、あの山が見れたら。


晴香の友達に彼氏が出来た。

その子を覚えていないフリをした。

「─なかなか会えないんだって」

「会えない時間が愛を育てるって言うし」

「あのさ─」

届かない。

「えー、私は無理だな」

「私の世界の主役でいて欲しいもん」


─短い沈黙。

 

「じゃあ、脇役じゃダメだね」

震える。

「奏多は主役だよ」

桜の木が大きく揺れる。

 

「もう暗いよ?飽きない?」

「うん、綺麗だなって」

ブレザーを脱ぐ。

晴香の肩にかける。

「私のこと?」

目線が合う。

「うん」

晴香の視線が逃げる。

「また、明日も見れるよ」


 

駅まで十五分ほど。

今日はやけに景色が遅い。


改札をくぐる。

消える背中を視線で追う。

晴香が振り返る。

「奏多、また明日ね」

「晴香、またね」

空は見えない。

 

─間もなく三番ホームに電車が参ります。


向かいのホームから声がする。

「奏多!ブレザー!」

こんなに、近くに居る。

「大丈夫!」

もう、必要ないから。


─電車に乗り込む。

 

奏多

『今日は遅くまでありがと』

 

晴香

『スタンプ送信』

猫がハートマークを手で作る。


反対側の扉に倒れ込む。

音だけが消える。

 

奏多

『ごめん』

『きっともう会えない』

『晴香の世界に居られない』

 

膝から下の感覚が無くなる。


『ずっと好きだよ』

 

─深く息を吐く。

画面を長くタップする。

 

『送信取消』

 

たった四文字を入力ミスする。

右親指に左手を添えて打ち切る。

 

『さよなら』


─晴香をブロックしますか?


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