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前編

街を見下ろすように建つ校舎。

渡り廊下には風が吹き上がる。

今、私の空は青すぎる。

桜は葉桜になりかけていた。


 

放課後は帰宅部にとって暇すぎる。

 

中庭の自販機で奏多を見つけた。

グラウンドからは運動部の声。

校舎からは吹奏楽部の音色。


気配を消して忍び寄る。

 

自販機の購入ボタンが光る。

脇の下から指を伸ばす。

 

─梅よろし。


ペットボトルが落ちる。


「ああ…」

声になっていない。

 

そのまま腕を引かれ、首に腕が巻き付く。

「晴香!」

「これしか金持ってきてないのに」

「奏多いつも奢ってくれるよ?」

「奢るのと、奪われるのは違うだろ」

巻き付いた手に、さらに力が入る。

 

「ごめん、じゃあ私が買ってあげるから」

奏多の腕をバンバンと叩く。

少し汗の匂いがする。

「その梅よろしも俺のだ」

「これ?」

取出口を指さす。

「これはもう私のだよ」

自販機の隅にダンゴムシがいた。

 

顔が熱い。

「ごめん、ごめん」

視線が刺さる。

「ご…ごめんなさい」

 

腕の力が一気に緩む。

膝からコンクリートにへたり込む。

小さな砂利が膝に刺さる。

 

「もういいよ、一緒に飲もう」

見上げると笑っていた。

「これは私のだから、分けてあげないよ」

 

─梅よろしを抱える。

 

走って逃げる、私。

それを追う、奏多。

二人の笑い声が、吹奏楽部の邪魔をした。



校舎を繋ぐ渡り廊下。

奏多は最近ここに来たがる。


むき出しのコンクリート。

室外機の回る音。

そこから吐き出される熱気。

でも、ここから見る街は桜色一色だった。


二人で腰丈ほどの壁に手をかける。

制服の袖口に白い粉がつく。

左を見ると奏多の首筋が見える。

新しい小さなホクロを見つけた。

 

「最近ここ好きだね」

「別にそんなことないよ」

奏多は飲み口が唇につかないよう、

梅よろしを飲む。


桜が綺麗だったので写真を撮った。

 

「何かあったの?」

梅よろしを受け取る。

私は思いっきり口をつけた。

 

「カフェオレが飲みたかった」

視線は街に向いている。

「梅よろしこんなに美味しいよ?」

見せつけるように横に振る。

「梅よろしも好きだよ」

「今度カフェオレ買ってあげるから」

「楽しみにしてる」

視線はまだ遠い。

奏多が梅よろしを取り返す。


「そういえば!梨花に彼氏ができたんだよ」

「梨花って晴香のクラスの子だよね」

「何度も会ったことあるよ」

「あー、あの美人な子ね」

「彼氏は何組なの?」

「うちの学校じゃなくて隣町の学校の子」

「野球部で忙しくて、なかなか会えないんだって」

奏多は飲み口を避ける。

 

「会えない時間が愛を育てるって言うし」

「えー、私は無理だな」

「私の世界の主役でいて欲しいもん」

「じゃあ、脇役じゃダメか」

「奏多は主役だよ」

聞こえない声で、

「ずっと」


赤橙に染まった桜が、

夜の黒に飲まれていく。

「もう暗いよ?飽きない?」

風が冷たい。

「うん、綺麗だなって」

視線は街に向いたまま。

「私のこと?」

奏多は何も言わずにブレザーを脱ぐ。

私を包む。

目線が合う。

「うん」

優しい顔。

私は視線を街に逃がす。

頬が緩む。

「また、明日も見れるよ」


室外機に並ぶ二つのスクールバッグ。

それを一つずつ手に持つ。

室外機の音は止んでいた。

校舎には人の気配がなかった。


 

駅まで並んで歩いた。

街灯に桜が照らされる。

そこに並んだふたつの影。

駅前は焼き鳥の匂いがした。


定期券を改札口にかざす。

奏多と逆方向のホームへ向かう。

振り返る。

「奏多、また明日ね」

「晴香、またね」

大きく手を振る。


階段で少し足がもつれた。

向かいのホームに奏多が見える。

 

─間もなく三番ホームに電車が参ります。

 

目線が合う。

風がブレザーを揺らす。

「奏多!ブレザー!」

電車が滑り込む。


─スマホが震える。

奏多

『今日は遅くまでありがと』

 

晴香

『スタンプ送信』

猫がハートマークを作る。

 

奏多

『ごめん』

スマホの画面が滲む。

『きっともう会えない』

呼吸が早い。

 

─読むより先に走り出す。


鞄を落とす。

階段を登る。

改札を横目に走り抜ける。

階段を下る。

電車が発車する。

崩れる。

電車の振動より震える。

ブレザーを抱きしめる。

 

『なんで…』


桜は見えない。

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