第二章 「買い物からただいま」 その二
申し訳ございません。
予約投稿し忘れており、完全に遅刻してしまいました。
それでももし読んでくださるなら楽しんでいただけたら幸いです。
「香奈の方こそ何してるの?」
上下一式の薄いピンク地に白いラインの入ったジャージで、走りに行くと言われたら納得してしまいそうな格好をしている。
だけど、そうじゃない事は簡単に予想がつく。
理由は簡単。
門限をとっくに過ぎているからだ。
あのおじさんが、ランニングの為に門限を延ばしてくれるとも思えない。
「炭酸が飲みたくなってさ、こういう時間に買いに来ることがあるんだよね」
そういう事ね。
エントランスホールの角に一台、自動販売機が置いてある。
品揃えもそこそこ良く、一階に降りてくるだけで買えるので大変便利だ。
「てか、開けるから入ってきなよ」
「ありがと」
内側のドアは入る時には鍵がいるが、出る時にはセンサーで開いてくれる。
この仕様を活用すれば鍵無しで外から入る方法もあることにはある。が、やってる事は泥棒とか空き巣とかと似たようなものなのでオススメはしない。
「で、あたしはちゃんと答えたわけだし、紅太も答えてくれるよね?」
あ、笑顔が怖い。
ちゃんと答えないと怒られるやつだ。
「もちろん! 香奈と別れて帰ってから買い忘れに気づいてさ、すぐに買いに行ったんだ」
そう言ってからビニール袋を見せる。
中にはもちろん絵の具が入ってる。
「何これ、絵の具?」
「うん」
「……一本だけ?」
「うん」
香奈の表情が曇ってきた。
「明日美術あったっけ?」
「ないよ」
「何でわざわざ今日買いに行ったの? 明日でも良かったんじゃない?」
「思い付いた時に買わないと忘れちゃうかなって思ったんだよ……。美術の先生が忘れ物に厳しいの知ってるでしょ?」
「まあそりゃね、知ってるけど……」
「けど?」
あれ……?
俯いて黙り込んでる?
しかも少し震えてる?
……どうしたんだろう?
気になって香奈の顔を覗き込もうとしたその時、こちらを向いて声を荒げる。
「だからって、危険だ物騒だって言われたその日に行く事ないでしょうが! 何の為に夕方一緒になって買い物に行ったと思ってんのよ! 危ないから決まってるでしょ!」
「ひぃっ! ごめんなさい! でももうちょっと声抑えて……」
「誰のせいで怒鳴るはめになってんのよ……。それより絵の具一本買うにしては遅すぎない? 別れてからすぐに家を出たんでしょ?」
声量が落ち着いている。
一先ずは窮地を脱したか。
しかし、ありのまま説明したって信じないと思うのだが……。
まあいいか。
「それが聞いてよ。僕ね、久し振りに妖精に会えたんだよ! しかもさ、昔はできなかったのにさっきは妖精と喋る事もできたんだよ? すごくない? 嬉しくってさ、ついつい話し込んじゃったよ」
嘘偽りなく話した。
全部本当の事なんだから文句を言われてもどうってことない。
「はぁ、昔からなんだけど紅太の妖精の話がイマイチ信用できないのよね。本当に見たの? 人間じゃなかった?」
後頭部を掻きながら怪訝な表情で言う。
そりゃそうなるよね。
僕だって、香奈が鬼とか妖怪を見たって言ったら疑ってしまう。
でも紛れもない事実だ。
妖精はいるし、僕は見た。
「本当に妖精なんだよ。僕は見ただけで妖精か普通の人間か見分けられるんだから! 間違える事はないよ」
「……」
「ちょっと! その頭がおかしい子を見るような目はやめてよ! 僕のメンタルは豆腐なんだよ⁉︎」
「島豆腐か、乾いた高野豆腐くらいなもんじゃないの?」
「豆腐にしては割と丈夫だね! じゃなくて本当の事なんだって! 信じられないの⁉︎」
「さっきからそう言ってるじゃん」
「あう……」
そんなに言われると結構くるものがある。
「ねぇ」
「ひゃっ!」
後ろにいたアカネが脇腹を突いてくる。
冷たいやら、くすぐったいやらで思わず声が出た。
「急にどうしたの⁉︎」
「いやさ、ここに妖精がいるんだけど急に突いてきたからビックリしちゃってさ」
「え⁉︎ 妖精いるの⁉︎ 今⁉︎ ここに⁉︎」
「そういえば言ってなかったね。いるよ? ほら、ここに」
そういってアカネを指差した。
「……いや、全然見えないんだけど」
「ですよね〜……」
香奈には見えないか。
わかっていたことだけど……さて、どう説明したものか。
「紅太、とりあえず私がいる事を香奈に教えてあげたいのよね?」
「そうなんだけどね。見えないのにどうするのさ?」
「んー……、手でも握ってみるわ」
「それ怖がらない?」
「紅太が合図を出せば大丈夫じゃない?」
合図か。
それなら少しは身構えられるだろう。
「じゃあ、僕が触ってって言ったら触ってくれる?」
「わかった」
「ね、ねぇ紅太? さっきから怖がるとか触るだとか聞こえるんだけど……な、何の話よ?」
香奈がまた震えてる。
しかも腰を落としながら、少しずつ後ずさりしている。
……熊に出会った時は死んだフリじゃなくてこういう風に逃げないといけないんだっけ。
「香奈」
「な、何よ?」
「妖精は幽霊じゃないよ? 妖精は妖精だよ?」
「あんたに見えてあたしに見えなくて、でもそこにいるんでしょ⁉︎ それが幽霊じゃなくてなんなのよ!」
「香奈、幽霊はね、映画とかだと見えても触れないでしょ? 大丈夫。妖精は見えないだけで触れるから」
「……怖くない?」
「怖くない怖くない。……むしろその……可愛いって言うか」
「うん、わかった。どんどん触って、じゃんじゃん触れて。さあ早く」
「えっ? 急に積極的になったね。そういうことなら……」
何がそんなに香奈を駆り立てるのだろう。
先程と違い目が生き生きと輝いている。
心なしか息が、というより鼻息が荒くなってるような?
「落ち着いて深呼吸〜、吸って〜吐いて〜。それじゃ触って」
アカネは頷くと静かに近づいて、香奈の左手を握った。
「冷たっ! でもちっちゃい手の感覚が……」
とりあえず怖がってはいないみたいだ。
「あれ? 紅太、妖精は今あたしの手を離してるの?」
「いや、そこで香奈の左手を握ってると思うけど」
「握り返したら消えちゃったんだけど!」
もしかしてアカネの手が潰れちゃった⁉︎
「アカネ、大丈夫⁉︎」
「大丈夫よ」
アカネは左手をひらひらさせている。
「こっちから握る分には大丈夫でも、向こうから握り返されたら透けちゃうみたいね。優先順位でもあるのかしら?」
アカネと二人で不思議に思っていると香奈が声をかけてきた。
「そこにいる妖精さ、アカネって言うの?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「う、うん、今聞いたよ?」
なんだか歯切れの悪い返事だ。
「あの、その子ってさ……いや、やっぱいいわ。んじゃ帰るね、また明日」
「え? あ、うん。また明日ね。おやすみ!」
香奈って結構はっきりとものを言うタイプだよな?
その香奈が口籠るなんて……。
珍しい事もあるもんだ。
それにあの目……哀れむようで物悲しそうな感じ。
もしかしてアカネを知っているのか?
「おやすみ〜」
そう言って階段の方から上がっていってしまった。
「……帰ろっか」
「えぇ」
エレベーターで四階まで上がり、部屋の前に行く。
鍵を開けて中に入り、僕一人が中に入る。
「あれ? 入ってこないの?」
慌ててドアを開ける。
「だって……」
「だってじゃないよ、この時期でも外で一晩過ごしたら体冷やして風邪引いちゃうでしょ?」
「いや、妖精は風邪なんか引かないでしょ」
「うぅ……それはそうかもしれないけどさ、やっぱり女の子一人を外に出して、自分だけ部屋でぬくぬくだなんて、気を遣っちゃうよ」
僕がそう言うとアカネはしばらく悩み、諦めたように息を吐く。
そして不安げに僕を見て口を開いた。
「……後悔しても知らないからね?」
「大丈夫大丈夫。そうだお風呂は入る?」
「入らない、というか入れないわ」
「そっか、じゃあ先にお風呂入ってくるね。結構ヘトヘトなんだ」
眠っちゃわないようにしないとな。
一歩間違ったら溺れるもんな。
さて、早く上がってご飯作って食べて片付けて寝よう。
体拭いて、パジャマに着替えてドライヤーをする。
そして脱衣室を出ると、
「寒っ!」
まだ五月。
いや、もう五月だ。
何これ、真冬?
この時期に部屋を閉め切っててこんなに寒くなる事はないだろう。
ということはもしや?
僕はリビングに急いだ。
そこで僕が見たものは……
「ごめん……」
カーペットの上で体育座りをしているアカネだった。
「閉め切ったままだと、熱がこもっちゃうもんね」
この場合は熱というか冷気がこもった感じだが。
窓を開ければマシになるだろうか。
そう思い窓を見ると結露ができてる。
結露って部屋の中側にできるものじゃなかったっけ?
この結露は外側にできている。
窓に手をかけるとかなり冷たかったが一瞬だけ我慢だ。
窓を全て開けると外からの暖気で大分寒さがマシになった。
とはいえ、これからどうすればいいだろうか。
部屋に入れるともれなく極寒。
かと言って外に出しておくのも忍びない。
頭を抱えているとアカネが声をかけてきた。
「私、ベランダに出てるね」
アカネは多分こうなる事がわかっていたんだろう。
「ごめん。お願いします」
妥協案ですらない気がするが、とりあえずそうしてもらおう。
「困った事があったらすぐに言ってね?」
「そうならない事を祈ってるわ」
「あ、ご飯食べる?」
「必要ないわ」
「そうだよね……」
う〜ん、今考えてもロクな考えが浮かばないと思うから、ご飯食べて片付けてさっさと寝よう。
家に着いた安心からだろうか。
先程からずっと瞼が重い。
少し気を抜くだけで意識を持っていかれそうだ。
……ご飯は作った。
……少し雑になったが盛り付けも完了。
……ラップをかけて母さんの分を冷蔵庫に。
……いただきます。
……ごちそうさま。
………洗い物をしないと。
………流しに食器を。
………だめだ、もう立ってられない。
僕の意識はそこで途切れた。
バランスを崩して倒れる時、誰かに抱き抱えられる。
小さくひんやりとした感触を背中に感じながら、僕は静かに瞼を閉じる。
「おやすみ、紅太」
ぼんやりと聞こえたその言葉に、僕は全てを委ねてもいいと思える程の安心感を抱いて眠りについた。
今回もお疲れ様でした。
早く次の日にしたかったので、今回は字数が多めです。
どのくらい多いかと言うと、今まで書いた中で一番字数が多かった第一章その三よりも多いです。
あいも変わらず日常パートが続きますが、お付き合いください。




