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金色の獅子と名高いランディア王国第一王子レオナルド=ランディアは、末の妹への侵略から手を引き、自陣に戻っていた。
一つ、今回の失敗の原因を考えると、やはり聖宮から与えられた異能を軽んじすぎたことだろう。
(あそこまで純粋に肉体を強化することが可能なのか。個でも集団でも、身体能力ではアレを超えることはできまい。禍々しすぎる。厄災が厄災をを呼んだか)
レオナルドの頭にはベルタの味方をした鎧の男がいた。
(さて、いかに攻略するか。妹を先に殺すのもよいが、アレが暴走すれば結局は相手をしなければならない……。ならば、我が兵の異能の練度を上げる他ないのか)
レオナルドの軍勢は、兵隊が十三名。侍従が十名。
この戦争の参加が認められたということは、彼らのレオナルドに対する忠誠は本物であることを証明した。
だから、レオナルドはここにいる自らの部下を信じている。
兵士は一人を除いて皆が一流。
侍従も皆が優秀である。レオナルドの目がなくとも、彼女らはレオナルドのためにと自ら進んで動く。
負けるはずがないと確信していた。
若干の危険視していたのは半月遅くに生まれた第二王子の存在と、さらに二ヵ月遅く生まれた第一王女の二名。
しかし、レオナルドは敗れたのだ。
危険視どころか、視界にすら収めたことのない十も歳の離れる妹に。
慢心はなかった。
だが、負けた。
(あれほどまでに強力な兵士は見たことがない。いや、アレの剣技自体はそこまで際立っていない。アレの力はただの暴力にすぎん。……しかし、その暴力こそ防ぎようがない最強の力)
剣技であっても、体術であっても、全ての武術は弱者が強者に対抗するための知恵。
最強の暴力とは、絶対的強者の証。
それを与えたのは聖宮。
(武術の足運びすら知らぬ人間をあそこまで強くするのか。異能とは私が考えていた以上のものなのだな。この五日間、異能を扱うために修行を積ませたが、まだ駄目だな。もっと異能の扱いに慣れなければ)
先程斬られたランツェルにしろエトムントにしろ、異能を発揮させればあるいはルドルフに勝てていたかもしれない。
しかし、彼らはまだ異能を発動するまでに時間がかかりすぎていた。
故に負けた。
今ではベットで呻き声を上げている。
(兵としては一流でも、異能者としては二流だな。まあよい。汚名返上の機会をくれてやろう)
レオナルドは目の前で膝をつく臣下の名を呼ぶ。
「イグナルト。ルノン」
「「はっ」」
「うぬらは先程の敗北、如何に思う」
先に答えたのはイグナルトだった。
「異能の力の扱いの未熟さが原因かと」
真面目なイグナルトは、レオナルドの求めた答えをした。
「ふむ。うぬはどうだ」
そしてもう一人の男。長髪の青年。
彼はレオナルドを以てしても、時折不可解な言動に走る。
今回はどのような奇怪なことを言うか、レオナルドは自分にはない始点から物事を捉えるルノンを重宝していた。
「人を捨てたか、否か、でしょうか」
「ふむ。うぬは、アレは人であることを捨てたと申すか」
「はい。アレはまさに獣です。敵を殺すために全霊を尽くすでしょう。そのためあんな禍々しい異能も受け入れれてるのでしょう。それに対して私たちは異能をまだ異物だと認識してます。優れた剣術家にとって剣が自らのからだの一部となるように、私たちもあの獣のように異能と一体化しなければなりません。そしてそれは、人を捨てる行為となることでしょう」
部下の言葉にレオナルドは、なるほどと納得していた。
「つまるところ、練度の問題ではなく、覚悟の問題だというわけだな」
ルノンはそれを肯定した。
「兵の鍛練はルノンに任せる」
「はっ」
「ただし、人を止めるな。これは命令だ。我らは後々国を治める立場にある。人を治めるのは人でなくてはならん。人のまま化け物に勝て」
「無茶をおっしゃいますね」
「無理ではないのだろう」
「必ずやご期待に添えましょう」
レオナルが退出の許可を出し、二人は部屋から消えた。
時刻は深夜の二時を回っている。
レオナルドはいくら疲れていようが、思考を止めない。
(覚悟、か。一番覚悟がなかったのは余であったな。慢心はなくとも、油断はなくとも、覚悟していなかった。死に物狂いの勝利)
頭には怒り狂ったヤツが浮かんでいた。
(あれになろうとは思わんが、余は余で自らの道を進みきる覚悟をせなばな。人でありながら、化け物に勝ち、人のまま国を治める。そして――――世界を征服し、この下らない戦争を終わらせてみせよう)
レオナルドは人の何倍も口が悪い。
しかし、それは尊大でいなければ王国の闇と対峙できなかったから。
少しでも弱味を見せたら、喰われる。
そんな世界に身をおいていた。
しかし、他の兄弟はそれを知らない。
次男と長女くらいはもしかしたら知ってるかもしれない。
しかし、知っているのなら知っているで、余計たちが悪い。目を背けてるのだから。
何も知らない異母兄妹であるベルタには、きついことを言った。
しかし、あの程度の言葉で心を乱すのなら、この先はない。
何より、彼女はなにもしなかったことが、愚かとしか思えなかった。
ベルタの境遇は不遇てあったが、かといって手がなかったわけではなかろう。
自分で自分を勝手に悲劇のヒロインにしているだけだ。
救いようがない愚か者だ。
ベルタはレオナルドの目に留まることはなかった。
彼女を味方にしようとは思わないし、救おうとも思わない。
レオナルドには大義がある。
この身内の戦争を自身の代で最後にすること。
そのためには非情にならなければならない。
将来生まれてくる罪のない子に、この初代の罪を被せることは、あってはならない。
余だけが人を辞めればいいのだ――――。




