第二十七話
騒ぎを収める為、私と勇者は別室に追い出された。
そこになぜか聖女が付いてくる。
しかも、聖女だけでは何なので、と言って、ジェラルドがオズウェルを派遣した。
確かに私達三人だけでは、また勇者と聖女の言い合いが勃発するかもしれないが、オズウェルにそれを止められるのだろうか。
広間にほど近いその部屋は落ち着いた深緑に黄色の小花の柄で統一されている。
壁紙や長椅子、テーブルクロスまで。
部屋に何席かある内の、奥の長椅子に勇者と私、向かいに聖女とオズウェルが座る。
座った途端に聖女が口を開いた。
「リディアーヌ様は毎日勇者とキスをしているのですか!?」
「しておりません」
キッパリと否定する。
「本当ですか?」
「本当です。そのような事はありません」
納得できないのか、聖女は勇者へ胡乱な目を向ける。
「リディアーヌ様はこう言ってますが、どうなんですか、勇者」
「していない」
勇者もキッパリと否定した。
だが、横を向き、
「・・・びるには」
何かモゴモゴと言った。
ん?
聞こえなかった。
なんて言った?
隣にいた私には聞こえなかったのに、斜め正面にいた聖女には聞こえたらしい。
ムッとした顔で立ち上がると、右手に光の棒を出現させた。
「じゃあ、どこにしてるんですか!」
光の棒を構えて、問う聖女。
真っ直ぐな黒髪を振り乱し、鋭い眼差しが意志の強さを感じさせる。
白地に銀糸で刺繍された繊細な模様のドレスは聖女の美しさを際立たせる。
光の棒を構える聖女は、戦女神の様に凛々しく美しい。
その姿に見惚れていると、勇者は聖女の光の棒を掴み、聖女ごとひょいっと投げた。
「!」
空中で一回転して着地する聖女。
私もびっくりしたが、オズウェルはその比ではないらしい。
「勇者、何をする!?」
激高したオズウェルは、剣の柄を握り勇者を睨み付ける。
勇者は静かにオズウェルに視線を向けた。
「リディアーヌのいる所で剣を抜くな」
勇者の視線は鋭い。
勇者の視線に射抜かれて、オズウェルはびしりっと固まった。
「投げる事ないでしょう!」
聖女が戻ってきて文句を言う。
「お前が武器など構えるからだ。
リディアーヌが怯えたらどうする」
「それは・・・確かに私が悪かったですけど」
聖女は納得がいかない顔でまた席に着いた。
騒ぎを起こした勇者と聖女は何でもない顔だが、勇者に睨まれたオズウェルは固まったままだ。
声をかけると、びくりっと体を震わせた。
オズウェルは勇者と聖女に目をやってから席に着く。
私も始めは二人の争いにおろおろしていたから分かる。
納得いかないよね、すぐ後でこんな風になんでもないという態度を取られると。
「それでどこにしてるんですか!?」
「黙秘する」
勇者と聖女の会話を聞き流しながら青ざめた表情のオズウェルの様子を窺っていると、聖女の声がこちらに向いた。
「リディアーヌ様、どこにですか?」
「? 何がどこにでしょう?」
首を傾げると、みるみる内に聖女の顔が強張った。
「まさか、リディアーヌ様が知らない内にしてるんじゃ・・、寝てる時とか・・」
「・・・・」
聖女の言っている意味が分からない。
何が知らない内に?
聖女は立ち上がると、恐い顔で勇者に手招きした。
「勇者、ちょっと来てくれます? 聞きたい事があるんですけど」
「断る。リディアーヌをオズウェル殿と二人だけにしたくない」
「一番危ないのはあなたですっ!
来ないとリディアーヌ様に色々バラしますよ!」
聖女の脅しに、勇者はしぶしぶ腰を上げた。
「リディアーヌ、すぐに戻る」
勇者は私に微笑みかけ、オズウェルへひと睨みして、聖女と共に消えた。
なんだったんだろう。
何がどこで、知らない内に?
・・・まさか、まだキスの話をしてたんじゃないでしょうね。
うん、何も気付かなかった。
多分、気にしない方がいい気がする。
「オズウェル様、少々顔色が優れないご様子ですね。
新しい紅茶を用意しましょう。砂糖をお入れしてもよろしいですか?
甘い物は気分が落ち着きます」
渋い顔をしていたオズウェルは軽く頷いた。
入り口に控えていた侍女が動き、新しい紅茶を用意する。
オズウェルが紅茶を飲み、少し気がほぐれたと思った所で口を開いた。
「勇者様も聖女様も、仲が宜しいのは良いのですが、少々乱暴で困りますね」
「少々乱暴? 仲がいい?」
胡乱げなオズウェルに私は微笑みかける。
「勇者様と聖女様の触れ合いは常人には理解できないものなのでしょうね。
前にも勇者様は聖女様を投げていましたし、聖女様も勇者様を先ほどの光の棒で叩いていました。
お二人には戯れあいの様です」
「戯れ・・」
オズウェルは眉間にぎゅっと皺を寄せる。
投げて叩くのが戯れと思えないのか、勇者と聖女が仲がいいという事に難色を示しているのかどっちだろう。
とにかくオズウェルは受け入れられない様だ。
軽く首を振っている。
せっかくオズウェルと二人きりになったのだから、勇者一行をどう思っているのか聞きたいが、それはヴィクトルに任せると約束してしまったので、当たり障りない事しか話せない。
どうしようかと迷ったが、他の聞きたかった事を口にした。
「伺っても宜しいでしょうか? 先ほど仰っていた、ニーナ様とはどなたですか?」
「ぐふっ」
紅茶を飲んでいたオズウェルは動揺し、ゲホゲホと咽せた。
「大丈夫ですか?」
ハンカチを差し出すが、「いや、結構」と自分のハンカチで口を拭う。
オズウェルはひとしきり目を泳がすと、バツの悪そうな顔でこちらを見た。
「ニーナというのは、俺とサミュエルの乳母です」
「まぁ」
確か乳母って、サミュエルとオズウェルを見分けられた人じゃなかったかな。
その人が亡くなってからは二人を見分けられる人がいなくなったっていう。
「乳母によく言われました。
『人に嫌な顔を向けないで、口を上げて笑ってみなさい。
きっと笑い返してくれる人がいるから。
その人はあなたにとって大切な人ですよ』って」
「そうですか」
「俺たちに笑い返してくれる人は少ないけれど確かにいた。
けど、ニーナが亡くなって・・」
オズウェルは私を相手にしている事を忘れているのか、組んだ自分の手をじっと見つめる。
「誰も俺たちに興味がなくなった。
俺とサミュエルは同じ物で、ただそこにいる。
同じ物を二つ用意して取り敢えず渡して。
二人で好きにしていろという感じだった」
「・・・・」
「目印がなければ、誰も俺たちを見分けられない。
そんな奴らは信じられないと思った。
でも、ユーリが初めて俺らが別々の人間だって認めてくれた」
オズウェルは顔を緩ませる。
とても嬉しそうで幸せそうだ。
だけど、本当にそれまで二人を見分けられる人はいなかったのだろうか。
二人の側で過ごせば多少なりとも違いは分かるだろう。
二人は意識してか無意識にか、同じ動作をよくしている。
見分けて欲しいと思いながらも見分けて欲しくないとでもいうように。
今まで二人の周りにいた人の中には、分かっていて敢えて指摘しない人もいたのではないかな。
どちらにしても、別々の人間だと認められて嬉しいと、緩んだ顔が語っているから、聖女が二人にしてあげた事はいい事なのだろう。
微笑ましく見ていると、オズウェルはハッと顔を引き締めた。
「だから、つまり、あなたが言った言葉が、ニーナがよく言っていた言葉と似ていて懐かしい気持ちになっただけだ。
別に深い意味はない」
顔を赤らめ言い募るオズウェルは、今までの仏頂面とは全く違う顔をしていて、思わず吹き出しそうになる。
でも多分、吹き出したら物凄く怒られそうだから、堪えた。
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