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元魔王(偽)で公爵令嬢リディアーヌの冒険  作者: 星乃 夜一
嫌われ公爵令嬢再び!? 対聖女
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小話 勇者の想い

本日二話目。

勇者視点の話を書いてみました。

シリアスです。

シリアス過ぎるのでコメディ好きな方はスルーしてくださってもいいかも?

夏がやってくる。

夏が終われば秋がくる。

あの人を悲しませるあの日が。


俺は1年前、厚化粧に派手なドレス、臭い香水をつけてすり寄ってくるリディアーヌが鬱陶しかった。

人の都合も考えず、仲間のうるさい令嬢とともに、やってくる。

アンジェリーヌ王女といれば、従姉妹だからと遠慮なくアンジェリーヌに嫌味を言い、鼻で笑う。

貴族の令嬢など、皆似たようなものだ。

人を馬鹿にして自分の優位を確かめる。

人を蹴落として、望む物を手に入れる。

他の国に行ってもそれは同じだ。

俺の見かけと勇者の肩書き。そんなものに寄ってくる女共に嫌気がさしていた。


そんな中でアンジェリーヌだけは違った。

優しく、明るい少女。

一見、整いすぎた美貌の為に冷たく見える顔が、笑うととても愛らしい。

俺は数年前に亡くなった妹を思い出していた。


俺が産まれた村は、田舎の小さな村だった。

妹は俺と同じ、金髪碧眼。両親どころか村にもそんな色彩の人間はいない。

俺達は村に居場所はなかった。

息を潜めるように生きてきた。

俺は剣の腕を磨き、独学で魔法を身につけた。何をどうすればいいか、自然と分かった。


ある日、俺は領主主催の剣術大会に出かけた。

この大会で認められれば、職を得てあの村から出られる。

妹と二人、誰にも遠慮することなく自由に生きられる。

開催場所は、俺の村からは遠い街。

出かける時、妹は不安そうにしていた。


帰った時、村は荒れ果てていた。


魔物が村を襲ったらしい。

村人は喰い殺され、家も畑も無残な姿だ。

逃げ延びた者から聞いた。

妹も犠牲になったのだと。


俺は妹を弔い、そこを去った。

それからは近隣の魔物を根絶やしにし、いつしか仲間も出来、勇者と呼ばれるようになった。

たった一人の大切な妹を守れなかった自分が、勇者などと笑ってしまう。

しかし、アンジェリーヌの笑顔を見て思ったのだ。

妹も今は神の国で幸せに笑っているのだろうか。

アンジェリーヌのように。


アンジェリーヌはリディアーヌに何を言われても、言い返さない。

始めこそ、戸惑った様子でリディアーヌに色々話しかけていたが、途中からは困った顔をするのみになった。

ただ、俺がリディアーヌを非難するとアンジェリーヌは止めた。


ある夜、城で月見の会が開かれた。

とても明るく綺麗な月の夜。

灯りのともされた庭で、楽団が音楽を奏でる。

月見と言いながらも、皆お喋りに興じ、ダンスを楽しんでいた。

その会にリディアーヌは来なかった。


会も終わった深夜、俺は酔い覚ましに、城の屋根へと登った。

そこは月の光を反射する白く美しい世界。

誰もいないはずのそこに一人の女がいた。

長い焦げ茶色の髪、白い夜着に白いショール。

幽霊かと思った。

もしくは魔物かと。


女は屋根の段差に腰掛け、月を見ていた。

その横顔は恋しい者を慕うように、けれど手の届かない事を嘆くように、真剣で切ない。

慟哭を抑え込んでいるようだった。


女がその緑の目を閉じると、一筋の涙が流れた。

俺は堪らず、足を踏み出していた。


カツン、という音が静謐な空間に響く。


女は目を開け俺を見ると、信じられない物を見たというように目を見開いた。

ゆっくりと立ち上がり、震えるように口を開く。


「フランシス様・・」


俺はその名に眉を顰める。

それは亡くなった王太子の名だ。

聡明で穏やかな人物だったと聞いている。

目の前の女は俺とその王子を間違えているのか。

女は、ふっと悲しそうな笑みを浮かべた。

その笑みは辛そうでこちらにまでその悲しみが伝わってくるようだった。


「申し訳ございません。勇者様ですね。

わたくし、人違いをしてしまったようです」


女はそう言うとまた月を見上げた。

それきり、こちらには顔を向けなかった。


日常は過ぎて行く。

魔物退治や盗賊退治が終わり城に戻れば、またリディアーヌ達に付き纏われる。

しかし、ある日気付いた。

リディアーヌは自分を見ていないと。

まず目を合わせない。

集団の先頭を切ってやって来るくせにいつの間にか後ろに下がっている。

意味が分からない。

試しに近付いてみれば、顔を強張らせた。

俺に言い寄り、媚を売るいつもの様子が嘘臭く感じてきた。


ある日。

俺は来る予定ではなかったが、城に来ていた。

ヴィクトルがずっと欲しがっていた魔法石を手に入れたからだ。

その魔法石を餌に、リディアーヌの芝居の狙いをヴィクトルに探らせようと思っていた。

それと、屋根の上で会った女。

彼女の正体も知りたかった。

ヴィクトルは彼女の事を知っている。

あの夜の次の日、ヴィクトルに彼女の事を話したら、重い溜め息を付き、この事は誰にも言うなと釘を刺された。

その時は別にいいと思っていたが、日を追うにつれ、彼女の事が気になってきた。

今も彼女が泣いているのではないかと思うと、胸が締め付けられる。

どうしても探し出して、その涙を止めたい。

笑顔が見たい。


ヴィクトルを探して歩いていると、回廊にある休憩スペースにいた。

女性と話しているようだ。

ヴィクトルの声と若い女性の明るい笑い声が聞こえる。

近付いて行くと、その女性は、あの夜の彼女だった。


焦げ茶色の髪は結い上げられ、上品な飾りで彩られている。

黄色のドレスは彼女の愛らしさを引き立たせ、紅の引かれた唇は楽しそうに微笑んでいる。


彼女の笑顔を見て、俺は「よかった」と思った。

泣いていなくてよかった。

笑っていてよかった、と。


俺は彼女に向かって歩みを進めた。

話をしたい。

名を名乗り、話をして、俺にもその微笑みを向けてほしい。


近付くと、彼女は俺に気付いた。

彼女は俺を見て驚いた顔をすると、扇子を広げて顔を隠した。

ヴィクトルに顔を近付けて、何かを囁くと、席を立ち走り去ってしまった。


「待っ・・」


声を掛けようとしたが、相手は明らかに貴族の令嬢だ。

俺から声はかけられない。ましてや引き留めるなど。

俺は彼女が走り去るのを黙って見送った。


俺はヴィクトルの前まで歩み寄ると、テーブルの上に魔法石を置いた。


「お、凄いな。こんな上等な魔法石、あまり見られないな。

どこで見つけた?」


呑気に石を眺めるヴィクトル。俺は石をヴィクトルの方に寄せた。


「やる。だから、さっきの女性の事を教えてくれ。

どこの誰だ? いつもどこにいるんだ?」

「なんだ、急に。

彼女の事は詮索するな。忘れろ」

「忘れられるか!」


俺は声を荒げた。


「忘れられなくて、やっと会えたのに、去られた。

まるで逃げるようにだ。

前は俺を見てくれず、今日は俺から逃げた」

「おい、どうしたんだ?

まるで恋煩いでもしているようだ。落ち着け」


ヴィクトルの茶化すような言葉。

俺は最近の自分の遣る瀬無い気持ちの正体を見た。


「そうか、俺は彼女に恋をしたんだ」

「うげっ」


ヴィクトルが絞り出すような声を上げた。


「何を言っているんだ、気持ち悪い。

大の男が恋とか言うな。

それに、彼女はだめだ。諦めろ」

「いやだ。彼女に諦めろと言われない限りは諦めない」

「それならさっき言った。

勇者に自分の事を話すなって言って去ったから」

「!」


俺は頭の上に石を落とされたような衝撃を感じた。

知り合う前から振られた。

俺はがっくりと、椅子に座り込んだ。


「なぜだ」

「さあな。あいつが何を考えているのか、最近は分からん」

「・・・・親しそうだな」


ついつい恨みを込めた声が出る。

ヴィクトルは肩を竦めた。


「まあな、妹みたいなものだ」

「妹? お前は何人妹がいるんだ?

前にリディアーヌ様の事もそう言っていただろう」

「・・・・あー、言ったか?」

「言った。焦げ茶色の髪の女性は皆、妹か?

そういえば彼女もリディアーヌ様も緑色の目だな」

「・・そうだな」

「リディアーヌ様は濃い化粧に隠れてよく見えないが、綺麗な緑の目をしている。

そういえばリディアーヌ様は何で顔を黄色と赤で塗っているんだ?

元は白い肌だろう。彼女みたいに」

「・・・・・」

「・・・・背丈は似ているな。

リディアーヌ様はもっさりとしたドレスを着ているからよく体型が分からないが、多分細いんだろうな。

今の彼女のようなドレスがよく似合いそうだ」

「・・・・・」


ヴィクトルは答えない。

だが、答えはいらない。

彼女はリディアーヌだ!


俺は固まるヴィクトルを無視して、立ち上がった。


「待て!」


ヴィクトルの制止の声。

俺は無視しようとした。


「行くな! お前はリディアーヌを泣かせたいのか!?」

「!?」


俺はヴィクトルの言葉に衝撃を受けて、立ち止まった。

俺があの人を泣かせる?


振り返ると、ヴィクトルは真剣な顔をしていた。

いつもの様に茶化したり嵌めたりする顔ではない。


俺はすぐにリディアーヌの元へ行きたいのを堪えて、ヴィクトルの話を聞いた。


リディアーヌが王太子の婚約者であった事。

その王子は海難事故で亡くなった事。


ヴィクトルは続ける。


リディアーヌは王子の死が断定された後も気丈に自分の務めを果たしていた。

だが、表に出せない哀しみは降り積もり、周りが気付いた時にはもうリディアーヌはぼろぼろだった。

ベットから起き上がれず、感情もなくした。

それをアンジェリーヌが時間をかけて癒した。

リディアーヌが婚約者の死を受け入れ涙を流し、再び笑える様になるまで、とても時間がかかったのだと言う。


いつも派手な化粧で訳の分からない芝居をしているリディアーヌにそんな過去があったなんて、俺は思いもしなかった。

あの夜のリディアーヌの涙。

あれは亡くなった婚約者を想っての事だった。


胸を締め付けられる様な苦しみに耐える俺に、ヴィクトルはさらに残酷な事を言う。


リディアーヌから声をかけられても今まで以上の反応をするな、何も知らなかった事にしろ、と。


なぜと聞けば、リディアーヌが何かを企んでいるからそれをやらせたいと言う。

リディアーヌはもう少しで終わると言うからそれまで待て、と。


俺はそれに従った。

彼女の過去を知った今、迂闊な事は出来ない。

アンジェリーヌは俺が亡くなった兄と似ていると言った事がある。

リディアーヌも俺の事を「フランシス」と言った。

俺はフランシス王子に似ているのだ。

その俺がリディアーヌに近付く事で、リディアーヌは王子を思い出すと言う。


俺は亡くなった婚約者に似た男ではなく、自分としてリディアーヌに見てほしい。

その為にどうするかを考える時間として、リディアーヌの企みが終わるまで、何も知らない振りをする事にした。


リディアーヌがどうして俺に言い寄る振りをするのか分からない。

俺を見る目がたまに悲しそうに沈んでいるのにも気付く。

俺はそれをどうにかしてやりたかった。

でも何もしなかった。

俺が何も知らない振りをしている限り、リディアーヌからやって来てくれると思っていたから。


しかし段々とリディアーヌは俺に近寄らなくなり、思い余った俺はリディアーヌの寝室に侵入して、ヴィクトルに殴られたりもした。


リディアーヌの企みーー精霊の企みが終わり、リディアーヌと婚約出来て俺は幸せだ。

つい調子に乗って、リディアーヌの気持ちを確かめようとして、婚約を解消されそうになっているが、リディアーヌは俺を見てくれた。

俺を理解しようとしてくれている。

とても心が暖まる。とても愛おしい。

離したくない。


夏が終われば、秋がくる。

あの人を悲しませるあの綺麗な月の夜が。


リディアーヌは今年も月を見て、フランシス王子を想うのだろうか。

彼を想って泣くのだろうか。


リディアーヌ。

彼を想ってもいい。だけど、一人で泣かないでくれ。

俺を側にいさせてくれ。

その日は俺の事を忘れてもいいから。彼との思い出に浸ってもいいから。

どうか、俺を側にいさせてくれ。

お願いだ。










お読みいただきありがとうございます。

勇者の想いでした。

勇者は自分のエゴとリディアーヌへの想いの間で揺れています。

幸せになれるといいなぁ。

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