第十六話
オルガが向かった先は、東屋がある方だ。
オルガは帰りたいと言っていたが、律儀な人だ。
帰るつもりなら先ほどサロンを離れる前にヴィクトルに何か言っていくだろう。
私はそちらへと早足で向かった。
東屋ではオルガとレジス、エロワとドニが仏頂面で行儀悪く座っていた。
「皆様、ここにいたのね」
私の声に大袈裟なほど反応したのはエロワだ。
薄茶色の長い髪、タレ目の二十二歳の彼は、軽薄と噂だが、私の前ではその様子は微塵もない。
今も物憂げに頬杖をついていたのに、私の声に飛び起き、ドニの後ろに隠れた。
そんなに私が嫌いなの。
大柄で筋骨隆々のドニは、そんなエロワに困ったように目をやり、頬にある傷跡を触っている。
レジスは二十七歳で細い目の落ち着いた男だ。しかしなにかあった時は一番逃げ足が早いのだとか。
レジスは私を見るといつも嫌そうにする。地味に傷付く。
「なんだい? 戻れってのかい」
オルガは面倒そうに顔を顰めた。
私は首を振る。
「いいえ、違います。皆様にお話があって来たの」
「話? なんだい?」
オルガに促され、私は東屋の椅子に座る。
「セルジュ様の事で、皆様にお話したい事があるの。
でも、ここではいつ他の方が来られるか分からないので、今日の夜にお会い出来ないかしら。
セルジュ様に内密で」
「・・・・」
東屋の中はしーんと静まり返った。
オルガは天を仰ぎ、レジスは嫌そうに顔を顰め、ドニも顔を引きつらせ、エロワは青い顔で首をふるふる振っている。
「皆様、わたくしの事はお嫌いでしょうが、話を聞いていただけませんか?」
私の言葉に一番に反応したのはレジスだ。
「あっ、いて、いててて。
腹が、腹が痛い」
「どうしたの? レジスさん!」
立ち上がろうとしたが、レジスに手で制された。
「大丈夫です。ちょっと食べ慣れない高級品を食ったもので胃がびっくりしているようです。
少し休めば治ります。
退出してもいいですかね?」
「え、ええ。どうぞ。
医者をお呼びしなくてもよろしいの?」
「はい。大丈夫です。
あ、それから俺らはあなたを嫌っていませんからくれぐれもお間違えなく。
くれぐれも、くれぐれもお願いします。じゃ、後は頼んだ」
レジスは仲間達に手を上げ、東屋から飛び出す。
「ちょっ、待ちやがれ!
てめえ、いつもいつも!」
エロワはその背に罵声を浴びせる。
「・・・・」
病人とは思えない走りっぷり。
逃げられたのかしら。
ドニとエロワを見ると、ドニは困り顔、エロワは顔面蒼白だ。
オルガを見れば、ふぅーっと大きなため息をつかれる。
「ドニとエロワも行かせていいかい?
話はあたしが聞くからさ」
「ええ。
ドニさん、エロワさん、ごめんなさい。
わたくし、そんなに嫌われてるとは思っていなくて・・。
わたくし、迷惑なのね」
ついつい暗い声が出てしまう。
勇者の仲間であるし、ヴィクトルからも気のいい人達だと聞いていたので仲良くしたかったのだが、これほど嫌がられているのなら仕方ない。
俯くと、エロワから「ひぃぃぃぃー」っという悲鳴が聞こえた。
ドニがその場で膝をついた。
「違います! リディアーヌ様!
我々はあなたを嫌ってはいません。
迷惑・・・、迷惑でもありません!」
ドニは思いっきり言葉を詰まらせた。
迷惑なのね。
「ご心配なさらないで。
人の心は自由です。
わたくしの事をどう思っていても咎めたりはしません」
「ちーがーいーまーすーぅぅ!」
エロワは絞り出すように声を上げると、私の元に駆け寄り、膝をついた。
「違うんです、嫌いじゃないんです。
迷惑でもないんです!
泣かないで下さいよ! 頼むから泣かないで下さいよ!」
「でもわたくし、魔王城で皆様に攻撃をしましたし」
「あんなのはもう昔の事です!
理由も聞いたし、なんとも思っていません!」
「ではなぜ? わたくしの評判が悪いからですか?
あなた方もわたくしがセルジュ様を唆していると思っているのですか?」
エロワを見下ろし聞けば、エロワは私の手を取った。
「そんな事は思っていません。
むしろあの変態男に付き纏われて、大変だと同情しています!」
「変態男・・」
それは勇者の事だろうか。
私も前にそんな事を思った気もするけど、仲間に言われるのはどうなのだろう。
首を傾げていると、ふと周りの温度が下がっている事に気が付いた。
私の手を握るエロワが青い顔で震えている。
振り向けば、そこには勇者。
隣にいる聖女は目を丸くして、勇者を見ている。
冷え冷えとした勇者の目は、私からエロワ、そしてエロワに握られている手へと向かった。
エロワはビクッと体を震わせ、私の手を離した。
エロワは立ち上がりながら、勇者に愛想笑いを向ける。
「はっ、はは。お前、いつからいたんだ?」
「お前がリディアーヌに泣くなと言っているあたりだ。
リディアーヌを泣かせるような事をしたのか?」
「ち、違う! 俺じゃねえ。レジスだ。
レジスが泣かせそうだったから、俺は慰めていたんだ」
あっさりと仲間を売ったエロワ。
勇者の恐ろしさの前では仲間も塵に同じ、か。
怖いのよね、この状態の勇者って。
うんうん。
何かされるわけじゃないけど、この威圧感が怖いのよ、寒いし。
私が現実逃避をしている間にも話は進んでいく。
「慰めるにしても、手を握る事はないんじゃないか?」
「うっ」
あ、エロワ、言葉に詰まっちゃった。
こうなると威圧感に抵抗する術がなくなる。
そろそろ、助けようかしら。怖いけど。
立ち上がろうとしたところで、オルガに止められた。
「なに? オルガさん」
「やめておきな、エロワを庇うとセルジュが荒れるよ。
エロワはさ、前に一回セルジュを怒らせてるんだよ」
「エロワさん、何をしたの?」
「寝言であんたの名を呼んだんだ」
「は?」
「それを聞いてたセルジュが怒ってね。
それからあんたの話は、男どもの間でしてはいけない話になったんだ」
「・・・」
もしかしてドニ達が私から距離を取るのは勇者の逆鱗に触れない為?
そのせいで私はここ半年悩んでいたの?
勇者の嫉妬のせいで?
私は勇者の冷たい顔を見て、ムカムカと腹が立つのを感じた。
一言二言、文句を言ってやりたい。
だがダメだ。
今は聖女一行を招いている最中。
余計な火種を作りたくはない。
落ち着こう、私。うん、落ち着いた。
「オルガさん、わたくし、失礼させていただくわ」
「うん? どうしたんだい?」
「なんだか違う景色を見たくなったの。
オルガさんも一緒にいかが?」
オルガは私の顔をまじまじと見た。
私が怒っている事に気付いた様だ。
「あー、いや、あたしは残るよ。あいつら放っておいたら何するか分らないからさ。
それより、セルジュに言いたい事があるなら言っちまったらどうだい?」
「・・・いいえ、ないわ」
「そうかい? 思った事はその場で言わないと拗れるよ」
「今は言う時ではないの」
勇者と喧嘩をしたくないというのもあるが、それよりも思う事がある。
勇者は、今はまだ態度が変わっていないけれど、聖女への気持ちを自覚すれば私から離れる。
そうなれば、「エロワさん達と仲良くするのを邪魔しないで」なんて、言わなくても邪魔しなくなるだろう。
私は立ち上がると、勇者と聖女の方に歩いた。
私の顔に何かを感じたのか、勇者の冷気が収まる。
私は勇者の前に立ち、微笑んだ。
「セルジュ様、わたくし失礼します。
アンジェが探しているかもしれないので」
「アンジェリーヌ様はヴィクトルやジェラルド様方と小庭園の方に行った。
俺も一緒に行く」
「いいえ、セルジュ様はエロワさんとお話があるのでしょう?
それが済んでからお越し下さい」
私は勇者から隣の聖女に笑みを向ける。
「ユーリ様、男性方はお話があるようです。
わたくし達は小庭園の方に参りませんか?」
「はい。もちろん!」
聖女は弾んだ声で返事をする。
あまりに元気な声なのでクスッと笑ってしまった。
「参りましょう」
「駄目だ!」
勇者の鋭い声がしたと同時に、聖女が勇者に引っ張られて反対側にすっ飛ぶ。
手加減しなかったのか、結構遠くまで飛んだ。
聖女は地面に落ちるとゴロゴロと庭を転がる。
え? うそ!
聖女を投げてどうするの!
唖然として聖女を見ていると、勇者がそれを遮った。
「聖女は連れて行くな。置いていってくれ」
私はその言葉に小さく息を飲んだ。
勇者が聖女への恋心を自覚した。
自分から離されるのを嫌だと思ったんだ。
勇者を見上げると、真剣な顔をしていた。
私は勇者に笑みを向けた。
「分かりました。セルジュ様。
ユーリ様は連れて行きません。ご安心下さいな。
それでは」
私は勇者の横を通る時、思いついた言葉を呟いた。
「ありがとう」
ありがとう。今まで。ーーさようなら。
お読みいただきありがとうございます。




