第十二話
本日二話目。
メイユール国から来た聖女一行は、この国の貴族が並ぶ中、王に謁見した。
先頭にメイユールの王子が立ち、その横に聖女が立つ。
聖女は長く美しい黒髪の女性だった。
年は17、8歳。
しゃんと伸びた綺麗な姿勢。
涼しい目元に薄い唇。王女アンジェリーヌとはまた違う美貌。
白いドレスに銀糸の複雑な模様。
派手ではないが、人を引きつけてやまない魅力ある女性だった。
チラッと横に立つ勇者を伺えば、勇者は眉間に皺を寄せつつも食い入るように聖女を見ている。
謁見が終わり、大広間を退出すると、勇者は聖女に声をかけ、二人でどこかに消えた。
私は、はあっと大きな息を吐いた。
女神様から聞いていたが、半信半疑だった。
勇者が心変わりをするなんて。
どこか空虚な気持ちを持て余しながら、私は廊下を進んだ。
今日はこの後、聖女一行には休んでもらい、夜に大晩餐会が開かれる。
そこでメイユール国とこの国の貴族の親睦を深める。
メイユールから来た貴族はメイユールの王子と王女、外交官である伯爵達だ。
聖女や騎士、魔法使いなども晩餐会に参加予定だが、勇者の仲間はヴィクトル以外不参加だ。
貴族の集まりは嫌いらしい。
よって、その二日後に予定されている舞踏会にも勇者の仲間は出ない。
聖女一行と勇者一行の顔合わせはヴィクトルがなんとかするだろう。
私はすぐに部屋に戻る気にはなれず、庭へと向かっていた。
廊下を進むと、なぜか前方にメイユールの王女一行が待っていた。
王女は16歳。栗色の髪に栗色の目の幼い顔立ちながら、豊満な体の女性だ。
昼なのに胸の谷間が見えるオレンジ色のドレス。
私も寄せてあげればあの谷間が作れるだろうか。
私は胸から目を離し、王女ににっこりと微笑みかけた。
「エルヴィラ様、どうかなさいまして?」
「あなたに話があって待っていたのですわ」
エルヴィラは声も幼いようで可愛らしい声だ。
「なんでしょう? 宜しければ席を用意させます」
「いえ、結構よ。わたくし、あなたとあまり話をしたくありませんの」
おや? 随分刺々しい声。
私を嫌っている自国の令嬢達の様だ。
「あなた、勇者様と婚約をしているのですってね。
どんな手を使って騙したのかしら?
噂では恋仲のアンジェリーヌ様を散々貶めて、挙句に体で落としたって聞いたけれど」
「!」
びっくり。
初対面の他国の王女にそんな事を言われるなんて。
そして言い様がちょっと。体でうんぬんなんて王女が口にしてはダメだ。
私の後ろで侍女や護衛の騎士が息を飲んだのが聞こえた。
「勇者様は神の御使いですわよ。
その方をそんな風にして手に入れるだなんて、ねえ」
エルヴィラは自分の侍女達に言うかの様に話した。
「わたくし、そんな方と話をしたくありませんの。
ですからここに滞在中、わたくしに近寄らないでいただけます?
言いたいことはそれだけですわ。失礼します」
エルヴィラはぎっと音がしそうなほど強く私を睨むと、ドレスを翻し、去っていった。
「な、なんですか、今の」
ポリーヌが声を震わせて怒っていた。
「滞在先の公爵令嬢にいきなりあんな事を言うなんて、信じられません!」
「そうね、わたくしもびっくりしたわ。随分嫌われているのね」
「あの方も多分、勇者様に袖にされたのですわ。
勇者様は一時期、メイユールに滞在していたと聞きますし」
そういえばそんな事もあった。二年ぐらい前の事か。
見目麗しい勇者に14歳の王女はあっという間に心を奪われたのだろう。
もしかして初恋だったのかもしれない。
初恋が勇者だったらそれは悲惨だ。
老若男女を惹きつける魔性の男。
その魔性の魅力に抗える日はいつ来るのか。
ちなみに、うちの従姉妹はまだまだダメだ。
勇者に傾倒している。
エルヴィラと従姉妹のイヴォンヌは、私が嫌いという点で気が合いそうだ。恐ろしい。
そんな事を考えていたら、今度は廊下の先に聖女のお付きの女性達が待っていた。
神に仕える彼女らは、清廉潔白、日夜祈りを捧げ、奉仕活動に勤しむ方達だ。
尊敬すべき方達。
私はにっこりと笑いかけた。
「ご機嫌よう。どうかなさいまして?」
すると口々に罵倒が飛んできた。
曰くーー
美しく崇高な勇者様があなたみたいな人と婚約だなんてあり得ない。
勇者様は我々皆の勇者様であって、あなたのものではない。
誰にも縛られることなく、平等に愛を下さっていた勇者様を独り占めするな。
すぐに勇者様を解放し、これまでの行いを神に懺悔しなさい。
肉欲に溺れたあなたでも神は見捨てないでくださるから。勇者様を直ちに開放すれば。
ーー等々言い、反論する間もなく去っていった。
「・・・・」
唖然とする私。
随分嫌われているが、ちょっと突っ込みたいことが何点か。
私って勇者を監禁する誘拐犯か何かだろうか。
肉欲に溺れてって、メイユールでは私ってどこまで悲惨な女になっているんだ?
それと、すごく気になったのだけど、勇者は皆に愛を下さったってどういう事?
まさか勇者って、メイユールで色々な方に手を出した、とかはないわよね?
さすがにこれは気分が悪い。
怒りたいが、それより後ろから漂う怒りの気配が気になる。
「な、な、な、な、なんなのよ、あれー!!」
ポリーヌが爆発した。
振り返れば、護衛騎士二人も剣に手を添えて、怒っている。
「ま、待って。大丈夫よ。
わたくしは全然気にしてないから」
どうどうと、怒る三人を宥めるが、三人は拳を握り、怒りを露わにしている。
「酷いわ、あんな事を言うなんて。
リディアーヌ様がどんなに素晴らしい方か知らないくせに」
「そうだな、許されるなら殴ってやりたい」
殴っちゃだめだ。
血気盛んな若い騎士ーーロジェを諌めようとしたが、先に年嵩な騎士ーーディオンが口を開いた。
「ロジェ、やめておけ。殴ってもいい事はない」
よく止めた。
さすがディオン。ずっと護衛してくれている彼は誠実で信頼できる人だ。
「しかし!」
「こういう時は裏から手を回すのだ。
リディアーヌ様の為に動いてくださる方は大勢いる。
まずはそちらに報告だ。
くっくっくっ。
先ほどの暴言。
悔やんでも悔やみきれぬほどの目に合わせてやる」
「・・・・ディオン?」
「はい、なんでしょうか? リディアーヌ様」
「・・・・」
ディオンからいつも通りの穏やかな笑みを向けられた。
先ほどの悪どい笑みはなんだったのか。
うん。私は何も見なかった、聞かなかった。
ディオンは真面目で誠実な騎士だ。
悪巧みなんてする筈がない。
気のせい気のせい。
疲れてるのかな?
お読みいただきありがとうございます。




