第十一話
がばっと私はベットの上で飛び起きた。
体を震わせながら、辺りを見る。
朝の光が差し込む自室。
そこはいつもと変わらない部屋。
女神様も大精霊もいない。
「夢・・」
私はそっと呟いた。
恐ろしい夢だった。
途中までは混乱するばかりだったけれど、後半は魔物にでも襲われるのではないかという恐怖を味わった。
食べられるかと思った。
「失礼ねえ、魔物なんて、わたしは女神よ」
ひょいっと目の前に女神様が現れる。
「きゃああああああ!」
私は悲鳴を上げながら後ずさった。
夢じゃなかった!
女神様は迷惑そうに顔を顰めた。
「悲鳴をあげることないじゃない。
みんなが起きてしまうわよ」
「も、申し訳ございません」
「いいわよ」
女神様はベットに座った。
私は反射的にびくりと体を震わせる。
女神様はクスッと笑った。
「そういう反応するから、いろいろしたくなるんじゃない。
あなた面白いわね、気に入ったわ」
「ありがとうございます・・」
礼を言ってみるが、どう考えてもおもちゃ認定された気がしてならない。
「今日聖女が来るわ。
頑張って物語を紡いでね。
期待しているわ」
私は顔を引き釣らせた。
それはどっちの物語でしょう?
初めに言ってた、聖女を陰でいじめる悪女の方?
それとも、興が乗ってきた女神様がいろいろ言っていたよく分からない方?
女神様はにっこりと笑った。
「勇者が来るわ。あなたの悲鳴が聞こえたみたい。
じゃあね、楽しませてね」
「あ、待っ」
女神様はすっと消えてしまった。
結局どっち!?
問いかけたかったが、そのすぐ後、部屋の床に魔法陣が現れ、勇者が転移してきた。
「リディアーヌ!」
勇者は私の名を呼ぶ。
朝の光に輝く金髪、私を真っ直ぐ見る青い瞳。
うっかり見惚れていると、勇者は駆け寄った勢いのままにベットに乗り上げ、私を抱きしめた。
「どうした? 悲鳴が聞こえた。何があったのか?」
勇者は私を胸に抱き、優しく私の背中を撫でる。
勇者の温もりにほっとして、身を委ねそうになるが、私は思い出した。
ここは寝室で、ベットの上だ。
「セ、セルジュ様、離して。
大丈夫よ。少し夢見が悪かっただけだから」
勇者は拘束を緩めると私の顔を見下ろした。
「本当に大丈夫か?
よほど恐い夢だったんだろ?
抱きしめた時、震えていた」
「大丈夫よ。もう落ち着きました」
「顔色が悪い。もう少し抱きしめさせてくれ、あなたが落ち着くまで」
勇者はまたぎゅっと抱きしめる。
そう言われてしまえば嫌だとは言いにくい。
言いにくいが、ここはベットの上、そして寝室だ。
誰かに見られたらいらぬ誤解をうむ。
「セルジュ様、もう大丈夫です」
「もう少しだけ」
「セルジュ様、離して下さい」
「・・・・」
「セルジュ様?」
「・・・」
ついに勇者は答えなくなった。
勇者は都合が悪くなると、私の言葉が聞こえなくなるという耳を持つ。
「セルジュ様、わたくしの寝室への出入りは禁止しましたよね?」
「・・・・・」
「セルジュ様、聞いてます?」
「・・・・」
勇者は返事の代わりにぎゅうっと抱きしめる腕に力を込めた。
それは返事にはならないって!
「セルジュ様、そろそろわたくしの侍女が来ます。
こんなところを見られたら・・」
私の言葉を遮るようにノックの音がして、侍女のポリーヌが現れた。
「・・・・」
私の一つ年上の、栗色の髪の大人しい顔立ちの彼女は、勇者と私を見て頬を染め、そっとドアを閉じた。
(誤解よ!
やめて、私知っているのよ。
ポリーヌってば私と勇者の事をこっそり王妃様に報告してるんだから。
たまに王妃様にからかわれるんだから!)
そう言いたかったが、ポリーヌは扉の向こう。
動こうとすれば勇者の拘束は強まるし。
私は諦めて勇者の気が済むのを待った。
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「リディアーヌ様、婚約解消なんておやめになればよろしいのに」
ポリーヌは私の髪を整えながら嘆息する。
いつもなら簡単に済ませる服装だが、今日はもう聖女一行が到着しているので、他国の王族を迎えることの出来るきちんとしたものを身に纏う。
緑と白のドレスに念入りな化粧。ポリーヌが整えている髪は複雑に結われている。
「どう見てもお二人は離れられませんわ。
婚約を解消するなんて仰るから令嬢方が浮き足立ってますのよ。
自分が勇者様を射止められるかもしれないと。
そんな事はあり得ませんのに」
「それは分からないわ。
いつ、セルジュ様が心変わりをされるかもしれないでしょう」
私は昨日の女神様の言葉を思い出していた。
勇者は聖女に一目惚れをする。
それは今日だ。
「あら、なにを仰いますの、リディアーヌ様。
あんなにも愛されてますのに。さっきだって」
「誤解よ、ポリーヌ。
いい。王妃様に報告しないでね。誤解なんだから」
私は鏡越しにポリーヌを見た。
ポリーヌは笑っている。
「誤解ですか?
私はただ、仲睦まじいお二人の姿を見ただけです」
「違うの。
セルジュ様はわたくしの悲鳴を聞きつけて来てくれたのよ」
「悲鳴、ですか? 何かございました?」
ポリーヌの顔に緊張が走る。
私は首を小さく振った。
「なにもないわ。
少し、恐い夢を見たの」
「そうでございますか」
ポリーヌはほっとした顔をした。
「わたくしの悲鳴聞こえなかった?」
「私が紅茶を用意するために部屋を離れた時でしょうか?
気づきませんでしたけど」
「・・・・」
よく考えたら、勇者は悲鳴が聞こえたと言って部屋に来たけど、どこにいたのだろう。
隣の部屋にいた?
でもそれならわざわざ転移して来ないだろうし。
それ以上遠かったら聞こえないわよね。
・・・・聞こえたの?
どこで?
相変わらず、勇者恐いわ。
お読みいただきありがとうございます。




