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第15話 母親の裁き


 まずは母親の裁きからだ。


 被告席の前には、俺が地獄で刑罰を受けた時と似た形のリクライニングシートが準備されていた。

 母罰鬼が母親を促しシートに寝かせる。

 彼女は明らかに怯えており、全身をガクガクと震わせ顔面も青白くなっていた。


 父親の方もようやく思考が回り始めたようで、この状況にスグ反応し怒鳴り始めた。

「いったいお前らは何なんだ! 何の権限があってこんな事——ウグッ!!」

 しかし、スグに父罰鬼がサルグツワのようなものを父親に噛ませて黙らせた。


 一方で母親の方は萎縮したままだ。


 母罰鬼は先ほどからお構いなしに淡々と準備を進めている。

 そして最後に例のヘルメットを彼女に装着した。

 但し今すぐ刑罰を与える為にこの装置を使う訳ではない。

 罰鬼が持つ罪の記録映像を彼女の脳内に映し出す為に使用する。

 と同時に我々裁判官も自由に言葉や映像を被告である彼女に伝達する事ができるようになっている。


 準備が整ったようだ。罰鬼がこちらを見てこくりと頷き俺も頷き返す。

 両脇のニーナとゲツに目配せすると彼女たちもそれぞれ頷いた。


「それではこれより被告人の罪状を明示する!」

 俺は少々仰々しい口調で宣言した。

 そして同時に苦笑する。


 まぁ、いくらロールプレイで事前練習していても本番はこれが初めて。

 どうしても自らの言動がぎこちなくなってしまう。

 とは言え閻魔法廷では強面の裁判官を演じねばならない。

 場数踏んで慣れるしかないな……。


 そう自虐してる間に母罰鬼が行動を開始した。


 己の中にある記録を元に罪状をひとつ読み上げては、その場面の動画を再生し母親を含めた皆に共有していく。

 動画の再生が進むにつれて母親の震えは治まっていった。

 だが今度は顔面が蒼白になっていく


「あ…あぁ……」

 そのうち頭を抱え涙を流し始めた。

「も…もう……やめて…。やめてください…」

 母親には罪を犯した自覚と懺悔の念が普段からあったらしい。


 まぁ、記憶のスキャンの時点で分かってはいたのだが……。

 だからこそ止めるわけにはいかない。

 アンタが逃げて来た事と、それがもたらした結果に向き合ってもらう!


 ……それがここでの刑罰のひとつでもあるのだから。


 ……


「あぁ……うぅ、うぐぅ…………」

 最後の映像が流れると彼女は身をくねらせ……

「——ぁあっ!」

 床に崩れ落ちた。


 そのままその場に突っ伏し嗚咽を繰り返している。


 ヘルメットに隠れて顔の方は分かりにくいが、身体はうっすらと鬼のそれへと変化していた。


 これが彼女の本性……。


 この状況を見た父親……つまり彼女の夫はさらに動揺し怯え始めていた。

 「……ぅグぅ! ぅフー……、フー…………」


 彼には妻の罪の記録映像は見えていない。

 この法廷の光景がただ見えているだけだ。

 だから、いったい自分の妻に何が起こっているのか理解不能であろう。


 それでも次は自分だと感じ取ったようだ。

 息を呑んでこの光景を見守っている。


 ……


 暫くして、母親がゼエゼエと息を切らせながらも何か声を絞り出し始めた。

「わ……わたしが……悪う……ござい……ました……。全て……わたしの……責任です……」


 こちらが問いただすまでもなく彼女は罪を認めた。

 そして…

「し、死んで……罪を……償います……。わたしを……し、死刑に……してください……」

 そう言いながら両手を組んで頭上に掲げ必死に懇願し始めた。


 人として究極の罰を望む気持ち……。


 彼女にとってはもう十分な刑罰になっているという事だろうか……?

 このまま刑を続行して良いのか、という迷いが湧いてくる。


 ニーナやゲツも少し動揺している様だ。


 ——そこに思いもかけない事が起こった。

 玲子が母親のところに駆け寄り、そして両手を左右いっぱいに広げてこちらに向かって立ちはだかったのだ。


 口を真一文字に結び、目は俺をまっすぐに見据え「もうやめて!」と叫んでいるかのように訴えかけてくる。


『『『玲子……!』』』

 皆が念話内で声を漏らした。


 この状況を受けて罰鬼が動こうとしたが、そこへコヤストロンさんが割って入り、玲子を守りつつ念話で訴える。

『もう十分なのでは!?』


 コ、コヤストロンさんまで……。


 例によって父親にはこの2人の姿が見えないし声も聞こえない。

 しかし、場の空気が変わった事は察知したようだ。

 不安気にキョロキョロと法廷内を見回していた。


 ……確かに死は罪を償う最終手段のひとつと言える。

 それを受け入れる気になった被告。

 そしてこれ以上の罰を望まない被害者……。


 これで終わりにしても良いのかもしれない……。

 そう感じ始めていた。

『……』


 ……しかしここで死神ニーナが声を絞り出した。

『……こ、ここは閻魔法廷……。……()は……なんの罰にも……なんの償いにもならない……』


 コヤストロンさんは驚いた表情でニーナを見つめ言い返す。

『しかし玲子が——』


 ニーナは構わず続ける。

『——ここでの目的は……罪人の魂に罪と罰を刻む事……。決して……その場の情に流されて……判断を誤ってはならない……』

 死神ニーナは何かに抗うかのような震える声でそう言い切った。


 それは彼女自身に言い聞かせているようでもあった。

 何か苦い思い出でもあるかのように……。


 ……


 ニーナが俺のほうを向き目と目が合う。

 ゲツもこちらを見ながらこくりと頷いた。


 二人は裁判の続行と刑の執行を促しているのだ。


 確かに俺は玲子の中にある母親への愛情、あるいは慈悲の心を感じて動揺している。

 それに被害者本人の気持ちは尊重しなければならない。

 だが、玲子もまた自らの優しさと母親への情に流されているだけかもしれない……。

 我らの目的のためには最後までしっかりと刑を実行する必要がある。


 俺は玲子とコヤストロンさんの所に行き、閻魔法廷の目的について念話で説明した。


 ……


 コヤストロンさんはある程度理解してくれたようだが玲子には難しい話だろう。


 だから玲子にはなるべく分かりやすく『悪いことした人は、その罪を償わなければいけないんだよ……』などと説明した。

 そして罪を償った後の両親がその後どうなるのかについても説明した。


『…………とういうわけなんだ。だから僕たちを信じてくれないかな?』


 そうしてる間に罰鬼が母親をリクライニングシートに寝かせた。

 母親も少し落ちついてきたようだ。


 それを見た玲子も少し安心したようで、こちらを向いてコクリと頷き元の席に戻ってくれた。


 ……


 裁判の再開である。

「では刑罰を実行する。母罰鬼よ、頼む」


 人の世の裁判と違い通常この閻魔法廷では有罪や無罪といった判決を出す必要がない。

 なぜなら調査の段階で悪行についての確認は既に終わっており、そこで発見された悪事は全て有罪になるからだ。

 だから閻魔法廷にかけられているとも言える。


 ここはただ、罪人が隠してきた己の悪行と罪を本人に自覚させる場。

 そしてそれらの罪に応じた最適な罰が与えられる場なのだ。


 俺はこの裁判の前にあらかじめ決めていた流れのまま、この後の事を罰鬼に依頼した。

 罪人の分身とも言える罰鬼は罪人本人の事と、これまで犯してきた罪について完全に把握している。

 つまり罪人にとって最も効果的な罰を選択できるのだ。


 母罰鬼が刑罰の内容を決め宣言する。

「母親への罰は追体験のループ100回とする!」


 追体験の中で母親は玲子になり、父親から暴力を受け続けて最後の時までを体験する。

 但し最後の時を迎えても罰は一回では終わらない。

 同じ体験を100回繰り返すのである。


 玲子にとって救いなのは追体験中の母親は、ただ眠っているようにしか見えない事だろう。


 母罰鬼が母親を寝かせたリクライニングシートを法廷の端に移動させ、例のヘルメットを装着した。


 さあ、次はいよいよ父親の裁きの番だ。


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