第12話 残酷
玲子がどんな恨みをもって怨霊と化し、何故まだ復讐を始めず、ただ自宅の方を眺めているだけなのか。それが誰にも分からない……。
ただ、我々が色々と考えてみても答えは出そうになかった。
ここでコヤストロンさんが決心を固めたように口を開く。
「そういう事で、心を開いてくれない玲子に対してどうすることもできず、とても困っていたのです……。それでとりあえずこの子を見守っていたのですが、そこにアナタ方が現れた。そしてどうやら玲子は千造さんを信用している様子。アナタであれば、ひょっとしたら玲子の心を開くことができるかもしれません」
「そ、それは……」
すると彼女はコタツから出て正座し、俺の顔を真っ正面から見つめて言った。
「恥を承知でお願い致します! どうか、この無力な天使に手をお貸し頂けませんでしょうか!? 本来これは全て私が一人で解決すべき仕事。天使が第三者である御方に、それも亡霊の貴殿に助けを求めるなど完全に天界の掟破り。でも……私が天罰を受けてでも、玲子を一日でも早く救ってあげたいのです!」
そう言って土下座した。
下を向いた彼女の顔から畳の上にポタポタと涙がこぼれ落ちている……。
「————! ちょ、ちょ、ちょ、コ、コヤストロンさん——!? お、お顔をお上げ下さい!」
そう言いながら彼女に駆け寄ろうとしたのだが、ゲツが俺の腕を掴み、ニーナは彼女の前に立ちはだかった。
「え?」
一瞬、訳が分からなかったのだが、すぐに二人の意図を理解した。
そんな事をしたらコヤストロンさんの泣き顔を晒させる事になる…………そういう事か……。
……
なので、その場からコヤストロンさんに話しかける事にした。
「私も元からそのつもりです! 玲子を早く救ってあげたい。 …………も、もちろん……どれだけの事が出来るのかは分かりません……。でも、私で良ければ是非とも手伝わせて下さい。 全力を尽くします!」
それを聞いた彼女が涙も拭わず顔を上げる。
「あ、ありがとうございます! ……本当に……ありがとう……ございます……」
涙と鼻水で彼女の笑顔はぐちゃぐちゃっぽいが、ニーナに遮られてよく見えない。
と、そこでニーナがティッシュボックスを取り、コヤストロンさんにサッと差し出す。
彼女はハッとした表情になり礼を言いながらそれを奪うと、こちらに背を向けた。
そして、そそくさと顔を拭いている。
いつのまにか俺も少しもらい泣きをしてしまっていた。
天使様が鼻を噛む音が響く……。
あれ?
いつの間にかゲツもニーナもこちらに背を向けてる……。
ふとサダを見ると、滝のような涙を流しながら正座していた。
胸の中に熱いものが込み上げてくる。
なんの因果か、それぞれ違う種族の人外の輩がこんなチンケなアパートに集まって……皆で涙流して…………。
……
その後、皆が落ち着いたところで少しだけ話し合いをした結果、明日になったら俺から玲子に尋ねてみるという事になった。
ひょっとしたら記憶を見せてもらうしか無いのかもしれないな……。
いつしか皆それぞれに姿勢をくずし、誰かれともなく横になっていた。
とりあえず玲子が起きてたら行動開始だ。
そんな事を考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。
……Zzz……Zzzzz…………
…………
「おい、千造、起きてヨ」
「……う、う〜ん…………。…………ゲツ……?」
ゲツが体をゆすっていた。
……ええっと……そ、そうか……みんなでこのアパートに来て…………その後コタツで寝ちゃったんだっけ…………。
「玲子が、玲子が急に出てったんだよ!」
「……玲子…………。 ——え! マ、マジで!?」
窓の外は暗い……まだ夜中のようだ。
携帯を見ると午前2時だった。
「コヤストロンの姉さんはスグに後を追ったヨ!」
「わ、分かった!」
寝ぼけた頭に無理やり喝を入れ、ゲツといっしょに外に飛び出す。
サダも行きたそうだったが、明日も会社だ。
「玲子の事は任せろ!」と言って留守番を頼んできた。
……
霊体での高速飛行は地獄で習得済みだ。
家家の屋根の少し上を飛びながら玲子たちを探す。
と言っても行き先の検討はついている。
たぶんあの屋根の上だろう……。
いつの間にか死神ニーナが後ろを飛んで着いて来ていた。
こいつも玲子の事が心配なのかな……。
……
案の定あの屋根の上に二人は居た。
そして二人ともジッと玲子の家のほうを見ているようだ。
俺たちもその屋根に下り立ち、コヤストロンさんと目で挨拶を交わす。
そして皆で一緒に玲子の家のほうを見た。
家の前に白いバンが一台停まっている。
小雨が降り始めていた。
少しイヤな予感がする……。
……
しばらくして、玲子の家から男と女が出てきてバンの後ろに回った。
男の方はスーツケースを抱えている。
——よ、夜逃げだろうか……?
二人はほとんど声を発せず、荷物を車に積み込む。
時折、何か言い争うような大袈裟なしぐさをした事もあったが小声のままだ。
たぶん、ご近所さんに気づかれないように配慮しているのだろう……。
——その時、突然ある想像が脳裏に過ぎった。
ゴクリと唾を飲み込む。
「マ、マジかよ……」
玲子を見ると、彼女は真剣な面持ちで両親たちを見つめていた。
玲子に話しかける。
「玲子、あのスーツケースにはひょっとして君の死……いや……か、体が入っているのかい?」
玲子は少し間を置いてから、コクリとうなずいた。
「——や、やはり!!」
体が家の外へ運び出されるのを感じ取ったんだろうな……。
胸が苦しくなった。
「……あの二人は玲子のお父さんとお母さんかい?」
玲子はまたコクリとうなずく。
両親は玲子の死を公表していなかった……。
それはつまり……。
薄々想像していた事ではあったが…………
さらに胸がギュウっと締め付けられ、目頭が熱くなる。
いったいこの世の何処にこんな残酷な光景を見たい子供がいるってんだ——!
——自分の両親が、自分の死体を捨てようとする光景なんてよーーー!!!
……ましてや玲子は……まだ幼い少女だぞ……。
「……もうやめろ……。やめてくれ…………」
これ以上……玲子に辛い思いをさせないでくれ…………。
怒りと悲しみで一瞬我を忘れそうになったが……。
なんとか踏み止まった。
……
暫くして、ようやく冷静な自分が戻ってきた。
いくつかの考えが頭を巡る。
ひょっとして、自分の死体の行く末が気がかりで、それが未練となり玲子はここに止まり怨霊と化したのだろうか……?
もしかしたら両親の最後の悪事を見届けてから復讐するつもりなのかもしれない……。
それとも…………。
……
「で、奴ら山にでも行くつもりかな?」
そうつぶやくと、コヤストロンさんが応えた。
「山か……もしくは海かもしれませんね……」
彼女も声が震え目は真っ赤だ。
もう、ここにいる誰もが悟っていた。
奴らは玲子の死を隠蔽するため、何処かに死体を捨てに行くのだと。
玲子が怨霊になってまで現世に踏み止まったのは、自分の身体の最期を見届けるためなのかもしれない……。
それとも………………まさかな……。
——いや、ひょっとしたら……両親が最後の最後に改心するかもしれないと僅かな希望を抱いている……なんて可能性もあるのかもしれない!
だとしたら…………だとしたら!
クソっ!!
溢れそうになる涙を手で拭う。
「とりあえず確かめるしかない!」
玲子を背負い、屋根からバンのほうへ飛ぼうと身構える。
ゲツとニーナも同意しスグ後に続く構えだ。
しかし、コヤストロンさんだけは慌てたふうに叫んだ。
「ちょ、ちょっと、何をするつもりですか!? 私は現世の人々には関われないのです!」
「じゃあ、そこで黙って見ててください」
「え!? ちょ、ちょっと————!」
コヤストロンさんを置いてけぼりにして我らはそのまま飛び、バンの後方へ着地する。
と、すぐにコヤストロンさんも追って来て着地した。
「え? だ、大丈夫なんですか?」
「もー、知りません! こうなったら一蓮托生です!」
そう言って泣きそうになってるコヤストロンさん。
その肩をゲツが軽く叩き、親指を立ててグッジョブサインを出して微笑んだ!
「見直したよ天姉!」
「えっ?」
少し驚き、照れるコヤストロンさん。
そして、その肩にニーナもそっと手を置きコクリと頷く。
ちょーちょーちょー!
なんかみんな、ちょっとカッコいいじゃんか!
——って、流石に俺にはハードルが高かったけど、それでもグッジョブサインを送って微笑んだ。
「じゃあ、一緒に行きましょう!」
「ハイ!」
コヤストロンさんは己に踏ん切りをつけるように頷き、小さくグッジョブサイを作った。
そして俺れたちは、そのままバンの後部にスゥっと乗り込み、皆で例のスーツケースを囲んだ。
バンは引越し用レンタカーのようで、シートは運転席と助手席の1列目しかない。
それより後ろは床がフラットで、荷物が積み込めるようになっていた。
そこにスーツケースが横たわっている。
そうこうしていると、玲子の両親が乗り込んで来てバンが動き出した。
その場でスーツケースの中に顔を突っ込み、中を確かめる事もできたが……。
やはり、少しためらいがあった。
玲子の死体がどういう状態かが分からないし、玲子に自分の死体を見せるような事もしたくなかったからだ。
……
そんな時、両親の会話が耳に入ってきた。
玲子の母親が狼狽しているかのように口を開く。
「あ、あのう……あなた……。や、やはり……もう一度、考え直しませんか?」
しかし、父親の方は余裕なさげに言い放つ。
「何を今更! お前も私もこれがバレたら終わりなんだぞ!」
「……は、はい……」
それっきり、二人はまた黙ってしまった。
どうやら母親の方は少しマシな心を持っているようだ。
……
我らは、念和で今後の手順について打ち合わせをする事にし、その念話はコヤストロンさんと玲子にも聞こえるようにした。
『…………ごにょごにょごにょ…………って感じでいいかな?』
俺が最後にそう締めくくると、ゲツとニーナも頷いた。
『『りょ!』』
その会話を聞いている間、コヤストロンさんは『な……えっ? ちょ、ちょっとそれって!? な、なっ……! え? ええ〜〜っ!?』などと終始驚きっぱなしで、話が終わった時には放心状態になっていた。
まぁ、無理もないか……。
……
その後暫くして、彼女は頭を抱えながら大きなため息をついた。
『私の天使生命……今日で終わるかも……』




