第11話 天使と怨霊幼女
その姿は、どこからどう見ても天使にしか見えない出立ちだった。
ギリシャ神話に出てきそうな白い薄手の布をまとい、銀髪のロングヘアーが優雅に揺らめく。
手には金属製っぽい杖を持ち、大きく広げられた白い両翼はゆっくりとそして力強く羽ばたいている。
『天使に性別は無い』と聞いた事があるが、この天使様は女性のようだ。
……
そんな女天使様が目の前に舞い降りてきたのだ。
近くでよく見ても超美人で清楚。瞳は銀色に輝いている。
「その子をどこへ連れていくつもりですか?」
声に少し厳しめなトーンをまとわせ、天使様は俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。
——え? お、怒ってる?
な、何かやらかしちまったんだろうか?
「……あら、私とした事が自己紹介もせずに失礼しました。私は天使コヤストロン。その子の守護者です」
「え?」
——やはり彼女は天使だった。
でも、コヤストロンってなんか変わった名前だな。
ってか、天使が霊の守護者ってどういうこと?
ましてやこの子は怨霊……。
「……ですので、勝手に何処かへ連れて行かれては困ります」
「え、あ……えっと……。わ、わたしもこの子に急に腕を掴まれてですね……そ、その後成り行きでこんな状態になっておりまして……。それで……話しかけても何も話さないので、とりあえずうちのアパートに一度連れて帰ろうかと……」
「確かに私も見ていました。最初は玲子のほうから貴方に近寄って行ったのを。でも、その後は貴方が強引に彼女を懐に引き寄せ、そして抱きしめましたよね? そうやって捕まえて逃げられないようにしているのではありませんか?」
「え!? い、いえいえ違います……。——この子『玲子』って言うのですね。…………い、いや、と、とにかく……」
——あ! でも青アザと泣き顔を見て抱きしめちゃったのはやっぱり俺か……。
「玲子、大丈夫?」
コヤストロン様がそう話しかけると玲子は彼女を見てコクリと頷いた。
それを見たコヤストロン様は少し驚いたような表情を浮かべ、それから自分の胸に手をやったかと思うと、こちらに背を向けた。
何か湧き上がってくる感情を必死に抑えているようにも見える。
……
暫くして彼女がこちらに向き直り「コホン」と小さく咳払いしてから言った。
「ところであなた方は何者ですか? 見た所貴方は亡霊。そしてお連れの方は……狐人さんと……死神さんのようですが」
——あ! ……ヤ、ヤバイ……。
俺たちの仕事って誰にも知られちゃいけない極秘任務だった!
なのに、ここで天使様にバレて、さらに他の神様なんかに知られたら超ヤバイ!!?
……ど、どうする!!?
そ、そうだ……こういう時の為に念話を練習したんじゃないか。
そこでチラッとゲツとニーナを見たのだが、二人とも小さく首を横に振った。
え?
……念話は……NGってコト……?
ま、まさか、天使様には見破られてしまうってーのか!?
……じゃ、じゃあ……、一体どうすれば……?
そんなふうに焦っていたら、死神ニーナが落ち着いた口調で返答した。
「察しの通りワレは死神でこの者を担当している」
すかさずコヤストロン様が反応する。
「あら、そうですか……。でも、それにしては変ですね。彼は罪人のようには見えませんが」
「特殊案件だ」
ニーナが即答した。
——わ〜っ、チ、チカラ技〜!
「なるほど……。確かに……狐人さんまで居て、変わった組み合わせのようですね……」
そう言いながらコヤストロン様はゲツをじっと見つめた。
ニーナが落ち着いて説明する。
「この狐人は彼の守護霊だ」
——あれ? 『守護霊』じゃなくて『守護神』だよね?
「あら、それは珍しい事ですね。彼が死んだ後も守護を続けるとは……」
我慢できずにゲツが口を開く。
「千造には返しきれない恩があるからヨ……」
——ちょ、ちょっとぎこちないぞ〜……。
「ふ〜んそうですか……。とても義理堅い守護霊さんなのですね」
コヤストロン様はニコリと微笑み、改めて値踏みするように我らを見回している。
——こ、これ……かなり疑われてるよね……。
そう思った時、コヤストロン様が「フゥーーーっ!」っと大きな溜息をつき、少し諦めたような口調で話し始めた。
「まぁ確かに、汚れのない善人や理不尽な死を迎えた者であれば私に通達がきているハズ。逆に、明らかな悪人であれば死神に捕らえられ閻魔庁へ即連行される。そのどちらでも無いと言う事は彼は裁きを待つ一般人の霊という事なのでしょう……」
ゴクリと唾を呑み込む。
……こ、これで納得してくれたのか?
しかし、まだ終わっていなかった。
「……でも何故か、担当の死神と一緒に守護霊までをも共なって現世をウロウロしている……。それに地縛霊でもないくせにアパートを根城にしている様子……」
——ヤ、ヤバイ……。やっぱり誤魔化せない!
俺たち三人は微動だにせず、その場で押し黙った。
「「「…………」」」
しかし、コヤストロン様の次の言葉でその心配は杞憂に終わる。
「な〜んて……あなた方の事は私には関係のない事。これ以上の詮索はやめにします」
——え!? マ、マジですかー!?
ホッとしすぎてヘナヘナとその場へ崩れ落ちそうになった。
「私にとって大事なのは玲子の事……」
そう言いながらコヤストロン様は玲子を愛おしそうに見つめ、その後こちらへ向き直り意を決したように言った。
「どうやら玲子は貴方を気に入ったようですね……」
「え? わ、わたしを……!?」
見ると、玲子が俺に微笑みかけていた。
反射的に微笑み返す。
コヤストロン様が続ける。
「——では参りましょうか」
「え、ど、何処へ?」
「あなたのアパートに決まっています」
「——え? ……ぇええぇーーーっ!!」
…………
そんなこんなで、俺のアパートに移動し皆でコタツを囲んで団欒の時となったのだが……。
玲子はサダにもなつき、サダが玲子を抱っこして座った。
コヤストロン様はこの事にも少し驚いたようだ。
ただ玲子はスグに眠ってしまったので、コタツに足だけ入れた状態で寝かせ毛布をかけてあげた。
まずは玲子とコヤストロンさんの事だよな。
「あ、あの〜コヤストロン様……それで——」
「あ、様は必要ありません。コヤストロンで大丈夫です」
「そ、そうですか。……で、では……コヤストロン……さん……。さっき初めてお会いした時『玲子の守護者』と言っておられましたけど……。それって俺とゲツの関係のようモノですか?」
「いえ、私は玲子の生前から守護者だったわけではなく、死後に守護者になったのです」
「ほ、ほう……。 天使様が霊魂状態の者を守護するなんて事があるのですね?」
「実は『守護者』と言っても、私が勝手に玲子の守護を始めただけなのです……」
「え? そ、そうなんですか?」
コヤストロンさんは寝ている玲子を見つめていたが、何かを思い出しているのか唇が固く結ばれ目は少し潤んでいるようにも見えた。
しばらくの沈黙の後、コヤストロンさんは意を決したように口を開いた。
「こういう話は本来は天界の秘匿事項ですし玲子のプライバシーにも関わる為、他に漏らす事は禁止されています。なので、これから私が話す事はあなた方の胸の内に留めて下さい」
コヤストロンさんは真剣な面持ちとなり、しかし少し辛そうでもあった。
「も、もちろんです」
と言ってゴクリと唾を飲み込む。
ゲツとニーナも小さくコクリと頷く。
コヤストロンさんが続ける。
「今から1ヶ月ほど前、私は玲子を天国に連れて行くために天界から遣わされたのです……。その際『彼女は生前、両親から虐待を受けていた』と私の使える神様から説明を受けました」
やはりそうか……。
そうではないかと思ってはいたが……。
そしてこの話を聞きながら、まだ見た事もないその両親への嫌悪感と怒りが増大していった。
「日々の虐待も相当酷かったようですが、結局はその虐待のせいで命を落としてしまったのです。『その不遇の子は当然ながら天国に召される。なので迎えに行け』との命を受けてここに参りました。」
「やはり……虐待をした両親ってのは……実の親なんですか……?」
「……ハイ……そうです……」
「!!」
——ドスッ!!
俺は拳を握りしめて畳を叩いた。
「……くそっ!」
子を育てた経験もあるからか、子供を虐待する行為や気持ちが全く理解不能だ。
ましてや、実の子を虐待したなどと聞くとさらに虫唾が走る。
これまでも、世の中で起きる虐待事件のニュースを目にするたび胸が苦しくなっていた……。
しかし、今回はその被害者の少女が目の前に居るのである。
俺は、気持ちよさそうに眠る玲子の頭にそっと手を置いた。
コヤストロンさんが続ける。
「でも、私が玲子を見つけた時には、彼女は既に怨霊になっていたのです」
「そ、そうでしたか……」
「そして私がいくら話しかけても応えてくれず、あの屋根の上から自分の家をずっと見つめ続けるだけだったのです」
「見ていたのは自分の家だったんですね……」
「はい」
「天国行きに興味を示さず怨霊を辞めない理由。そして、ここを離れられない何らかの理由。 たぶんそれは自分の家……あるいは両親に関係している何かでしょうね」
「おそらくそうです。でも、神からは簡単な説明を受けただけで詳細は聞いていません」
「両親への恨みで怨霊になり仕返しをしたいって事ですかね……?」
「しかしそれだと、ひと月もの間、外から家を眺めているだけというのも少しおかしいのです。もし人間相手に復讐したいのであれば、既に怨霊になった玲子であればスグに実行可能なはず」
「相手が親だから複雑な心境になっているとかでしょうか……?」
「そうですね……そうかもしれません。でも、怨霊になるくらいですから相当な恨みがその源となったハズです。そこまで恨んでいる相手に、いざとなったら躊躇するのもおかしいのです……」
ここでゲツも合点がいかない、とばかりに発言した。
「そうなんだヨ千造。死ぬほど恨んでない限り怨霊化なんてしないんだヨ」
他のみんなも、それぞれ頷いている。
「そ、そりゃ……そうだよな…………」
そして皆、沈黙してしまった。
「……………………」




