勇者が逃げた
さて、明日はクリスマスだから早く帰ろうと思ってたら電話が鳴る。
人間界なら若者の楽しそうな顔が思い浮かぶだろうが、ここの職員に限ってはそんな事は無い。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「僕は魔道具士のニコルと言います。勇者が逃げたんです。何とかなりませんか。」
「ニコル様ですね。その勇者の方は転生者でしょうか。」
「はい。ジャック・ブラッドと言います。」
「ジャック様の前世のお名前をお教えいただけますか?」
「中村悠斗です。」
「ナカムラ様、B-RA0004-2Dですね。現在、レバレントの街に潜伏中です。」
「ありがとうございます。まだこの街にいるんですね。」
「でも、どうして勇者様は逃げ出してしまったんですか?」
「先週、初めて魔物と戦ったんですけど、かなりショックだったみたいで、ずっと落ち込んでいたんですけど、書き置きがあって、勇者辞めますのでごめんなさいだそうです。」
「まあ、勇者って過酷ですからね。」
「気持ちは分かりますよ。僕だって勇者なんてしたくありませんからね。」
「勇者になる方は、みんなそういったメンタルの方だと思ってたのですが。」
「まあ、アイツは昔っから無謀というか、甘いというか・・・」
「幼馴染みなんですか?」
「ええ、前世からの腐れ縁です。二人して川遊びしてて異世界入りです。」
「川は泳ぐのが難しいですからね。」
「それで二人で神様に会ったんですが、彼は勇者を希望したんです。私は止めたんですが・・・」
「それで、ニコル様は魔道具士になられたんですね。」
「痛いのと怖いのは嫌ですから。」
「そうですね。そうして勇者にならない方が圧倒的に多いわけですから。ということは、ニコル様は戦闘とは無縁の世界を選ばれたのですね。」
「そのつもりだったんですが、多少コミュ障っぽいアイツのために、僕も勇者パーティーの一員になったんですよ。」
「魔道具士なのに?」
「はい。パーティーでは荷物運びをしてます。戦闘はできませんからね。」
「そして、パーティーを結成した結果、勇者様が逃げ出したと。」
「いわんこっちゃないです。最初の戦闘で見事リタイヤです。」
「まだ駆けだしなんですね。」
「ええ、神様からはこれから聖女様や賢者様が合流するということだったんですけど、ダメかも知れないですね。」
「そんなにダメっぽいのでしょうか?」
「アイツが根性見せた所なんて、過去に一度も見たことありませんからね。きっとこのままフェードアウトでしょうけど、逃げたままでは終われませんよ。」
「そうですね。パーティーを解散するにしても手続きがあるでしょうからね。」
「やっぱりお姉さんも勇者を辞めさせた方がいいと思います?」
「はい。無理なことをして命を落とす必要はないと思います。」
「魔王はどうなりますか?」
「分かりません。その世界の勇者システムについては、こちらにもデータが表示されていませんので。」
「アイツの他にも勇者がいてくれればいいんですが。」
「そうであることを祈るばかりです。」
「だからお前じゃあ無理だってあれほど言ったのに・・・」
「そうですね。ご友人の言葉には耳を傾けるべきでしたね。」
「でも、このままペーパー冒険者としてでも活動していれば、聖女様たちに会えるかも知れませんね。」
「会ってどうなさるのです?」
「きっと聖女様なら美人なんでしょう?」
「そうですね。聖女には美人補正がかかりますから、十中八九美人で間違い無いです。」
「そんな彼女が隣にいれば、やる気を出すかも知れませんね。」
「聖女を伴って逃げちゃうかも知れませんね。」
「やっぱり、そうなりますかねえ。」
「それに、勝ち目の無いパーティーに聖女や賢者を引き入れて全滅などしたら、ますます世界滅亡の可能性が高まってしまいます。」
「そうですね。やっぱり、あいつには農民にでもなってもらいましょう。」
「それがいいと思います。出自を隠して慎ましく活きていく道もあるはずです。」
「分かりました。アイツを探し出して、もう一度説得してみます。」
「それがいいと思います。ニコル様のこれからの幸運をお祈りしております。」
「ありがとうございました。失礼します。」
「ポンコツ勇者様が降臨してしまった世界ですか・・・」
「どうして神は無慈悲なのでしょうか?」
「まあ、あの世界は勇者のための世界だったでしょうからねえ。その勇者が自らの意思でそのような人生を選び、挫折することまでは神の責任ではありませんわ。」
「それに巻き込まれる他の人のみにもなって欲しいものですね。」
「そうですね。でも、一般人って大なり小なりそういうものですよ。」
「政治家と魔王はまるで違うと思いますけど。」
「それは現実世界かファンタジーで大きく異なりますわね。」
「でも、現実社会も厳しいからなあ・・・」
ミチコの研修先、ここだったりして・・・




