73話
ダンジョンで出会った管理サイドの存在から依頼である「異常個体をダンジョン外で引き取って欲しい」という話に結論が出て、拳児達は神殿の神官であるセシリアと白い鳥を依り代にした神の1柱であるアウロラと共に、再びダンジョンへと潜った。とはいえ今回は渡されていた割符をダンジョン入場口となる『モノリス』に掲げた事で、すぐに転移が行われダンジョンには不釣り合いな長閑な村落の風景が広がったのだ。初めてこの光景を見るセシリアは驚きに目を見開いたが、すぐに視線を周囲に向けてから呟く。
「本当にモンスターが居ないですね……」
「集落があるだけだからねぇ」
セシリアのちょっとした呟きにフランも苦笑しながら同意し、そのまま前へと進み全員でモンスターの集落へと足を進める。そんな拳児達に気付いたのか転移に気付いたのか、ホログラムにしか見えない、ダンジョンの精霊が拳児達へと軽くお辞儀をしてから笑顔で両手を広げて声をかけた。
『随分話が早いと思ってましたが、神の1柱も一緒ですか。話が早くて何よりですね』
『切迫している訳では無いけれど楽観視出来ない状況ではある。こうして話をする方が早い』
『なるほどなるほど、確かに早くて助かります。では早速ですが皆さんに来て貰いましょう』
ダンジョンの精霊と神の会話に拳児達は一切口を挟む事が出来なかったが、燕尾服のホログラムが背後に控えていたコボルトの1人の視線を向けて頷くと、コボルトは黙ってその場から立ち去り、すぐに複数の存在を引き連れて戻ってきた。そうしてやってきた存在達は、確かにモンスターと呼ぶに相応しい姿形をしていたが、拳児達は一目で「自分達とは違う精神性」を持った存在である事は理解出来た。彼、彼女らの顔にはいわゆる険が無いのだ。20名程の異形の存在達の中で、恐らく一番生まれてからの時間が長いのだろう、全身を蔦や大きな葉で覆って服のようにしている女性がダンジョンの精霊に声をかける。
「オサ様、この人間達が?」
『えぇ、話していた地上の民です。この方達が地上での安全な生活を保証してくれるでしょう』
「地上にある星と豊穣の女神の神殿から参りましたセシリアです。皆さんの身柄も生活も神殿が保証致しますが、突然地上で生活するという事で初めは大変だと思います。皆さんが地上での生活が送れるよう、神殿が支えさせていただきます」
ダンジョンの精霊からの紹介にセシリアが一歩前へ出てハキハキと応えると、集まっていた者達はコソコソと小声で話を始めた。そんな彼らの様子を見ながら、マリエルも小さな声で呟く。
「アルラウネと……ラミアとナーガ、あとはアルケニーね」
「あの頭に赤い傘があるみたいな男の人はなんだろう……」
「ベニテングダケにしか見えねぇ」
マリエルの小声にニアも釣られて口を開くが、服の下は分からないが顔はかなり色白ながら頭に小さな傘がデフォルトで付いている男性の姿に、拳児はその傘の模様がベニテングダケとしか見えなくなっていた。そんな彼らの小声に応える訳でも無く、ダンジョンの精霊が顔をモンスター達に向けて挨拶を促す。
『それでは自己紹介を』
「承った。我はアルラウネ、一応この集団の監督をしておる。我が窓口となる事が多いだろうから、よろしく頼む」
「はい、アルラウネさん、よろしくお願いします」
「うむ」
全身を蔦と葉で覆った人型の女性、緑豊かなアルラウネがリーダーとして言葉を発すると、セシリアが彼女の言葉に応じて返事を返す。そのやり取りを見た後で、次は下半身がヘビになっている男女4名が頭を下げる。
「見ての通り、ラミアとナーガと呼ばれる種族の者です。どうぞよろしくお願いします」
「え、えぇよろしくお願いします。ラミアさん、ナーガさん」
なんだか妙に腰の低い人達だなと頭の中で少し思いながらセシリアも相手に応じ、頭を下げる。そんな彼女達とのやり取りの後、下半身が巨大な蜘蛛になっていて上半身が美しい女性の姿をしている3体の異形が、揃ってセシリアに向けて頭を下げた。
「我らはアルケニーと呼ばれる種族らしい。どうぞよろしく頼む」
「よろしくお願いします、アルケニーさん」
揃って頭を下げるアルケニー達にセシリアも笑顔を向けて頭を下げる。本当に温厚な人達だなと思っていたセシリアに対し、いよいよ頭に傘のある男性がその傘ごと頭を下げてきた。
「自分、マンドラゴラです」
「マンドラゴラがキノコなんかい!」
意外な正体を現したマンドラゴラを名乗る男性に思い切り拳児が勢いで言ってしまった。マンドラゴラ、マンドレイクとも呼ばれるモノ自体は拳児の知識に存在する物は調薬の材料だったりトラップだったりで出現する根っこが人型で引き抜くと叫ぶという存在だったが、眼の前のマンドラゴラはキノコであった。自分の知識との乖離に思わず拳児は突っ込んでしまったが、その横から拳児の背中をポンポンと軽く叩きながら、フランがしたり顔で拳児に言う。
「浅学ね拳児。世の中のファンタジー作品にはマンドラゴラがキノコなヤツも存在するのよ」
「そうなのか。で、そのキノコの効果ってなんだ?」
「食べるとランダムでバフかデバフが発生する」
「ギャンブルアイテムじゃねーか」
フランの説明するアイテムとしての効果に拳児は再び口を挟む。ランダム効果のアイテムなぞ普通にギャンブルにしか使えない効果でしかないと思うのだが、フランは更にしたり顔で話を続ける。
「単独の効果としてはギャンブルにしかならないけれど、これを他の薬品とかと合成すると特別な効果を持つようになるのよ」
「へー、どんな?」
「使った瞬間どんな状態でもベースキャンプに瞬間移動できる」
「それは凄い使えるアイテムじゃん」
「この世界ではそんな効果があるとは思えないけれどね」
フランの説明に思わず期待をしてしまう拳児だったが、急にドライな事を言い始めたフランに釣られて拳児もマンドラゴラへ視線を向けると、マンドラゴラを名乗る男性は申し訳なさそうに頭を下げる。
「多分、そんな効果無いっす」
「ですよね」
「分かってた」
本当に申し訳なさそうな表情で頭を下げるマンドラゴラに対し、拳児とフランは達観した表情で薄く笑みを浮かべて頷く。そんな便利効果なアイテム、本当に存在するなら欲しいけれどそこまで奇天烈なアイテムはまだ出てこないだろうと二人は勝手に思っていたのだ。そんな二人の様子に視線を向けながら、ダンジョンの精霊がセシリアの肩に停まっている神の依代に向け口を開く。
『あの二人の言っている事が分かりますか?』
『分からない。多分あの二人と同じ世界でしか通用しない会話をしている』
『なるべくこのダンジョン出身者には、この世界で通用する知識だけまずは教えてあげて下さい』
『あの子達は用事がある時に神殿に来るだけだから、普段は顔を出さない。心配しなくても彼らの知識がダンジョン出身者に刷り込まれる事は無いと思う』
『ならいいんですけれどね』
割と切実なトーンで問いかけてきたダンジョンの精霊に対してアウロラも真面目に返事を返す。原状で余計な知識というか、別世界の知識を与えても何の意味も無いので、彼らの世界の知識がダンジョン出身のモンスター達に伝播する事は無いだろうと、アウロラは精霊に説明した。実際そんな暇が彼らには無いのが正直な所だ。そんな心配性な精霊に対し、アウロラが話を続ける。
『それで、これで全部?』
『えぇ、全部で20名となります。彼、彼女らに個体としての名前は無い状態ですので、とりあえずそちらで引き取った後で、色々と手続きをお願いします』
『分かった。それで』
アウロラの問いかけに返事を返したダンジョンに精霊にアウロラが言葉を続けようとした所で、精霊は懐から仄かに風を纏い光を発する球体を差し出した。その球体を見て、アウロラは鳥の頭を下げる。
『属性球、確認した』
『これで取引は成立です』
『分かった。セシリア』
「はい、お預かりします」
精霊とアウロラの話を聞いていたセシリアが代表としてダンジョンの属性球を受け取り、それから軽く流れる爽やかな風に何とも言えない心地よさを覚えながら、自身の荷物袋の中へ属性球を詰め込んだ。その様子をしっかり見てから、アウロラが続ける。
『他の属性球は?』
アウロラからの率直な質問に対し、ダンジョンの精霊は飄々とした表情で応じる。
『火と水の属性球は止めておくべきでしょう。光と闇の属性球の方がダンジョンフロアの危険性は低いですから』
『私も同じ意見。なら次は光か闇のフロアへ行くよう誘導する』
『我々も今後もある程度、ここを巣立つ彼らの動向は知りたいですから。彼らに定期的に手紙などでこちらとやり取り出来る手段を教えて下さい』
『分かってる。依頼はマリエル達に行う』
『よろしくお願いしますね』
ここを巣立つ異常個体のモンスター達の今後の動向が明るい事を祈りながら、ダンジョンの精霊は静かに巣立つ彼らへと視線を向けるのだった。




