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迷宮白書  作者: 深海 蒼
62/65

62話


 王城からの呼び出し、属性球とダンジョンの事実をようやく知る事の出来た拳児達は、城を後にしてから軽く休憩と食事を行い、予定通りダンジョンの探索を行う事にした。月鉱石バブル中の坑道では無くやはり「朝露の森林」エリアに入り、文字通り朝霧のような薄いモヤの漂う森の中の通路を歩く。森林の中に構築された通路の横に生える背の高い草むらからガサガサと音が鳴ってから、その音の正体達が飛び出してきた。人間サイズのエリンギファイターマッシュと、中型犬並の大きさはある額に2本小さなツノが生えたウサギだった。


「うわ、本当にツノ生えてる」

「ツノウサギなので」


 初めて見たツノが生えたウサギに恵が軽く引いた所でレテスが苦笑しながら答える。ツノウサギは威嚇のように身を縮めてカチカチと自身の前歯を鳴らして、素早くジャンプによる体当たりを開始した。ツノを突き刺す勢いで飛び出すツノウサギとそれに合わせるように拳を振るい突っ込んでくるファイターマッシュに、まずレテスとマリエルが魔法陣を展開して魔法を放つ。


「エアバレット!」


 2人の撃ち出した空気の弾丸が突っ込んできたウサギとエリンギの動きを止め、そこにニアが矢を放ちまずウサギが一匹脳天に矢を受け地面に倒れる。魔法に合わせて拳児と恵、フランと綾子で前に出てツノウサギとエリンギの相手を始めた。


 風により動きを止められたツノウサギに対して拳児は棍を下から上へと振り上げツノウサギの顎に当ててその顔を上に弾くと、そのまま一歩前へ出て棍から左手を放して喉に拳の一撃を浴びせる。そのまま横に回転して右足で打ち下ろした回し蹴りでウサギを地面に叩きつけ、トドメに棍を振り下ろして始末を終えた。そのまま他のエリンギとウサギも全員で対処してその場に現れたモンスターを全て仕留めてから、全員で剥ぎ取りを行う。


「ツノウサギって丸ごとでいいんだっけ」

「そうですね、ツノも毛皮も肉も必要ですし」

「オッケー」


 フランからの問いかけにレテスが応じるとそのままフランがウサギを回収して荷物袋に入れて、エリンギの方も頭と腕部分のキノコを回収する。全てのモンスターを素材として処理してから、拳児達は再び道を前へと進み始めた。毎回ダンジョンに入る時は基本的にランダムな場所に配置されるのだが、ダンジョン内の通路を辿ればゴールとなる転移装置まで辿り着けるようになっている為、このダンジョンで生み出されるモンスターや環境がどういった理由で生成されているのか、城での国王からの説明である程度理解する事が出来ていた。


「上手くエネルギー循環を行う為のエサとしてのダンジョンか」

「エネルギーを使って魔物やダンジョンの環境を生み出し、それを利用する人達が魔物達を食べたり素材にしたりでエネルギーを消費し、またエネルギーが自然に還る。完璧なエコシステムね」


 恵が呟いた言葉に合わせて綾子が苦笑しながら同意する。SDGsとか呼ばれる社会からこちらの世界にやってきた日本人としては、このエネルギーの循環サイクルはとてもエコロジーなモノに見える。それが地球には存在しない魔力等といった謎パワーではあるが、それでサイクルが形成されていて上手く循環出来ているのであれば世界的にはやはりエコロジーな世界である。だがそんな事は全く知らない異世界組としては、恵と綾子の言葉に違和感を覚えていた。


「えこしすてむってなに?」

「えっと、環境を整えて生物間で良い循環を行うシステムの事ね。動物が草を食みその動物をヒトが食べ、そのヒトが動物を飼育する為の草を植える、という感じ」

「それって当たり前の事じゃないの?」

「私達の世界では国によっては当たり前では無かったんだよねぇ」


 ニアの問いかけに恵が答えるが、国によって環境破壊の度合いが違うのは事実な為、そう答えるしか無かった。そんな恵の言葉を受けて拳児がふと疑問に思った事を口にする。


「そういや、地下資源とかどうなってるんだこの世界。鉱石はともかく石油や天然ガスなんかは当たり前に存在してるだろ」

「そういや考えた事無かったわね、どうなってるのかしら」


 拳児の呟きにフランも疑問を頭に思い浮かべたが、それに対してマリエルが口を開く。


「ガスって可燃性の空気よね、それなら火井戸って呼ばれて海沿いの地域とかでは塩を作る為に使われてるわよ」

「人が居るなら考える事も同じか、私達の世界でも同じように塩を精製する為に使われてたものね」


 マリエルの答えに綾子が納得しながら頷く。歴史があり人がいれば同じような答えに行き着くのは当然なのだなと綾子は感心していた。そんな彼女に対して今度はレテスが疑問符を浮かべて問いかける。


「それで、石油というのは何ですか?」

「地中から出てくる油の事なんだけど、そういう場所ってあったりするわよね?」

「なるほど、真っ黒な油の事ですか。この国の近隣では無いですが、他の国には真っ黒な油の出る沼地があるそうですね。火を使うと危険なのと異臭が酷いので生物がほぼ寄り付かない毒沼と呼ばれています」

「毒沼か、利用方法を知らないなら確かにそうなるわね」


 レテスが知り得る知識で説明をすると綾子はその内容に納得する。原油状態でも危険ではあるしガスも湧くし危険度はかなり高い物質な為、毒沼と呼ばれるのは致し方のない事だ。ただ技術進歩が進めばこの世界でも石油を利用した何某かは出来上がりそうだが、魔力という割と万能なエネルギーが存在するこの世界で石油を利用する場合、どちらかと言えばプラスチック等の製品で利用される可能性の方が高そうに思えた。この世界で暫くは石油製品を見る事は無いだろうなと思いながら日本組は道を前へと進み、再びモンスターとエンカウントする。


「あれ、新種のキノコ」

「なんかベニテングダケみたいな色と模様だな」


 エリンギの権化であるファイターマッシュと一緒に現れた新たな人形キノコは、赤い頭に傘が広がっており、白い斑点をつけていた。その模様を見て拳児は自身の知る有名なキノコの名を口にしたら、レテスがそれに口を開いた。


「あれは火を吹くカエンタケです、注意して下さい!」

「火ぃ吹くんかい!名前が紛らわしい!!」


 大真面目に警告するレテスの言葉に思わず拳児が突っ込むと、それを好機と見たのかカエンタケが本当に口から火を吹き出した。まるで火炎放射器のように前方に伸びる炎を左右に分かれて避けてから、マリエルとニア、レテスで牽制射撃を行う。射撃を受けたり回避行動を取ったりして炎が消えた所に拳児達が突撃し、近接攻撃と魔法によって一網打尽となった。坑道で遭遇するゴーレムの場合余り火や水の魔法が通用しない相手だったが森林に出てくるモンスターは動植物な為、それらの魔法が通用しやすい。なので討伐に関しては坑道のゴーレムよりもラクであった。ただその為に倒したモンスターの素材に傷が付きやすいというデメリットも存在していた。


「このベニ……カエンタケはどこが素材?」

「頭の傘だけですね、そのまま摂取すると毒ですが加工すると薬になるので」

「へー、そうなんだ」


 フランの問いかけにレテスが正直に答えながら言葉通りに傘だけ切り取り荷物袋にしまい、自身の手と剥ぎ取りに利用したナイフを魔法で綺麗に浄化した。キノコなので胞子がある為、身体に付着した毒素をそのままにしている訳にはいかない為、こうして毎回処理した後は浄化を行う必要があった。それで全員の採取が終わった所で、レテスが再び口を開く。


「転移装置がありますね、魔力が流れています」

「分かった、じゃあ今日はちょっと早めに上がりましょうか。朝から王城に赴くなんて事もあった訳だし」

「賛成しまーす」


 レテスの言葉にマリエルが早めに切り上げる事を宣言すると恵も同意を示す。体力の問題では無く朝から割と重い話があったので、全員早めに切り上げて今日はゆっくりと休みたい気分なのであった。

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