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迷宮白書  作者: 深海 蒼
38/65

38話


 大迷宮フィーリアスの内部、通常の20階層分の洞窟迷路と呼ぶべき通路を通過した冒険者に開かれる扉、『選択の間』と呼ばれる空間への入場チケットを手にした拳児達は、その権利を行使して選択の間へと侵入した。するとそこは大勢の冒険者が集まっており、また屋台がいくつも並んでいて街中と余り変わらない光景が広がっていた。そんな所に降り立った拳児達は予想以上の賑わいにポカンとしつつ周囲を見渡す。


「これは……いや予想よりずっと市場っぽい場所だな」

「冒険者も大量だし、屋台も大量……本当にすごい人で賑わっているわ」


 賑わった光景に拳児とマリエルが唖然としながら周囲を見渡し、フラン達も周囲を眺めてぼけっとする。


「噂には聞いてましたが、本当に地上より冒険者が多いんですね……」

「レテスさんは来た事無かったの?」

「はい、サポーター人員になる可能性のあるギルド職員は10階層までしか来られない決まりになっていたので。ただギルド職員でしたから、この選択の間が賑わっているという話は良く聞いてました。実際に来てみて予想以上で驚いていますが」


 恵からの問いかけにレテスが苦笑しながら答える。レテスの場合サポーター人員、奴隷として冒険者に渡される可能性もあった為、10階までしか行けないようにしておかなければ11階層以降の攻略を冒険者がせずにこの選択の間に来られては困るというのがギルド側の判断だ。ギルドとしてはきちんと経験を積んでからこの選択の間へ到達し、自らの道を進むという方向に誘導したいという事である。当然中には選択の間に来られる冒険者に金を積んで選択の間まで来られるようにする人間も居るが、それはそれとしてギルド側では出入りをきちんと管理しているので、一応の身元が分かる人間のみがこの選択の間に来ているという状況だ。


 思った以上の選択の間の賑わいに拳児達は少し引きながら空間を歩いていく。果て、というか壁が全く見えない、天井は黒い何かで覆われた大空洞とも呼べる空間に居る為、冒険者が周囲に多く居ようともかなり余裕のある幅で空間を歩く事が出来ていた。そうして歩いた先、中央と呼ぶべき場所に立っているのが、まるで黒曜石を磨いたような光沢を持つ、天井にまで伸びる程の四角い柱がある。見ても何語か分からない文字がびっしりと書かれていて時折その文字が鈍いエメラルドのような輝きを発しては消えていく、正しく『モノリス』と呼ぶべき物質が目の前に立っていた。


「クラークの三法則だなぁ」

「あぁ、高度に進化した科学はっていうアレね」

「なんですかそれ?」


 『モノリス』を見上げながら呟いた拳児の言葉に恵が相槌を打つと、隣で聞いていたニアが疑問符を浮かべて恵を見上げていたので、恵は苦笑を浮かべて言葉を続けた。


「昔の作家が言った格言のようなものなんだけれど、その一つに『高度な科学技術は魔法と区別できない』という表現があるの。その表現をした作家の作品の中に、この眼の前にある『モノリス』みたいな装置も出てくるんだよね」

「……モノリスってなんですか?」

「本来は一枚岩とか単一の岩石と呼ばれるものを指す言葉なんだけど、この場合の『モノリス』は高度な科学技術の結晶となる単一の装置って言えば分かるかな」


 スーパーコンピューターなどと説明しても理解できないだろうと、自身の語彙で分かりやすい説明を心がけた恵の言葉に、ニアとレテスがほぅ、と頷く。とにかく高度な物である事は理解されたようで恵は安心した。そんな様子を横目で見ながらフランが思わず呟く。


「元ネタ通りモノリスで転移させられるのなら、転移先でスターチャイルドにされるのかしら」

「可能性として無い訳ではないと思う。ていうか魔法とかいう精神エネルギー的な物を使っている生態系のこの世界じゃ、みんな精神生命体に近いかもしれないな」

「あんま怖い事言わないで欲しいとお姉さんは思いまーす」


 フランと拳児のちょっとどころじゃない恐ろしい話に恵が苦情を告げて、二人が苦笑を浮かべた所でマリエルが全員に声をかける。


「ハイハイ!とりあえず先に進むわよ。行き先はフィーリアス坑道跡でいいわね?」

「問題ない」

「じゃ、転移!!」


 マリエルの声掛けに拳児が頷き他の面々も頷くと、早速マリエルは自身の頭の中に表示された選択肢の中からフィーリアス坑道跡を選択し、瞬時に転移を完了させる。一瞬の光に包まれ到着した先は、確かに岩盤の露出した岩肌が長く広く続く通路、坑道となっていた。周辺に転移装置等も無い状態を全員で確認しながら周囲を見渡す。


「前情報通り光源が少ないわね、ライト」

「ライトで十分ね。あっ足元にちょっと轍があるわ」


 マリエルが発動した光の魔法により照らされた足元をフランが確認すると、確かに薄く荷車の轍のような跡が残っているのを確認出来た。軽いものなのでかなり時間が経っているとは思うが、今拳児達の居る通路を誰かが通った痕跡である。その行く先と来た道を確認しつつ、恵が問いかける。


「どっちに進む?」

「逆の方かな。遡った場所が狩り場で、移動先がダンジョンからの出口とするなら狩り場に行こう」

「じゃ、行くわよ」


 拳児の言葉にマリエルが大きく頷きながら同意すると、全員でライトの魔法で自分の周囲に光球を浮かべながら道を進み、洞窟とほとんど変わらない坑道を歩いていると、目視可能な距離の前方左右に赤く光る丸いモノが存在した為、全員足を止めて拳児とマリエルが自分のライトをその赤い光に向けた。すると現れたのは、灰色としか言いようのない毛を大量に身に纏った、巨大なネズミであった。チチチ、と口の中から聞こえたネズミらしい鳴き声に、思わずフランと恵が悲鳴を上げる。


「ムリムリムリムリ~!!」

「いやーっあーっネズミはむりぃ~!!」


 悲鳴と同時に魔法陣を展開し、大量の石片を飛ばして視界に入ったネズミを一片にグシャリと片付けてしまった。その生々しい音にも思わずひえぇと二人が鳴き声を上げると、拳児が思わずため息を吐いた。


「予め出るって分かってただろ、なんでパニクッてるんだよ」

「そりゃそうだけど、あんなデカいなんて聞いてない!!」

「そうだそうだ!!」

「いや人間程度のサイズはあるって言っておいたでしょ」


 拳児の冷静な言葉にフランと恵が涙目になりながら抗議するが、マリエルもため息を吐いて告げる。事前の予習としてきちんとダンジョンの内情を記載した資料を図書館で読んでいた為、ネズミが出てくるのは予想内だったはずなのに、いざ目の前にしたらパニックを起こして魔法をぶっ放したのだから、この先が色々不安で仕方ない。マリエルと同じ懸念を持ったレテスも、苦笑しながら二人に問いかけた。


「そんなに、あのネズミが怖いんですか?街中にも普通に居るネズミを大きくしただけですけれど」

「そもそもこっちに来て一度もネズミを見てないもん!」

「私も!」

「もっとハムスターみたいなのかと思ってた!」

「ドブネズミみたいな毛むくじゃらのネズミは嫌だ!」


 レテスの問いにフランと恵はまたもや精一杯の抗議をするがレテスからすればネズミはたかがネズミでしかないのに何が怖いんだろう、という感想しか出てこなかった。そもそも元の世界でもハムスター以外のネズミと言えば実験用か爬虫類ショップで売られているエサ用のネズミだったりしか無く、他には愛らしいキャラクターとしてのネズミ以外ほぼ見た事が無い現代人二人にとって、本当に思った以上にモンスターとして現れたネズミが気持ち悪くてパニックが起きてしまったのである。本当に大丈夫かな、とレテスが更に不安になった所に、拳児とマリエル、ニアの三人が手を魔法の水で洗いながら三人の元に戻ってきた。


「とりあえず死体は処理して魔石とか回収したから、先に進むわよ」

「死体は端に寄せてあるから、見たくなければ端は見ないでね」


 呆れ顔のマリエルとニアに怯えた表情でコクコクと頷きながらお互いギュッとくっつき合い、なるべく端を視界に入れないよう移動を開始したフランと恵の姿を見て拳児がやはり呆れる。


「ゴブリンよりネズミが怖いのが分からん」

「破傷風とか怖いでしょ!鼠咬症だってあるんだし!」

「バイキンの温床だよネズミは!飲食店に出たら保健所に連絡しないといけないんだよ!」

「日本の法律を持ち込まないで貰えますか恵さん、あなたが警察なのは理解してますけど」


 抗議を継続する二人の姿に再び拳児は呆れを覚え、道の先を進みニアとマリエルが足を止める。


「はい出た」

「ドーン」


 道の先に再び赤い光が見えた所でマリエルが石の礫を放ち、ニアが光の矢でサクッとネズミを殺していく。石の礫はともかく光の矢で貫かれたネズミは刺さった矢の光によって頭を貫かれているのが見える為、その光景にフランと恵は再びヒエェと鳴き声を上げていた。


「もしかして、最初に来るエリア間違えたか?」

「思ったよりも、重大な懸念かもしれませんね」


 ベーシックなダンジョンだと聞いていた坑道で事前に情報として伝わっていたネズミに対して、実際に対面したらこの怯えようなので選択をミスったかと拳児とレテスはお互いを見やりつつ少し悩むのであった。

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