37話
要塞都市フィーリアス、その内部にあり重要な資源調達場所にもなっている『大迷宮フィーリアス』の20階層を攻略した事で、拳児達はギルドから初心冒険者という枠から中堅冒険者としての扱いを受けるようになった。とはいえ具体的に何が変わったかと言えば個人のギルドに対する権利が少しだけ向上したのと、冒険者として活動する為の税制をほんの少し軽減する位である。ほぼ変わらずの扱いだが、個人の実力を担保に相応の身分をギルドが保証してくれるだけマシにはなったのである。
そんな権利を貰った拳児は、ガティの仕事場兼自宅となっている鍛冶屋の裏手、縁側になっている場所で水を張った桶の中に氷を入れ、涼みながらアイスバーを齧っていた。
「果汁100%アイス棒は普通に美味しいなぁ」
「ジュースを凍らせて食えるようにするってのは中々よく考えたもんだぜ」
ガティと並んで桶に入った水の温度を調整しながら涼んでいる拳児の言葉にガティが相槌を打つ。街中で売られているジュースに清潔な棒を突っ込み魔法で凍らせただけだがそれでも果汁の味が口の中に広がりひんやりとした涼も得られるというのは、ガティにとっては初めての体験であった。そんな彼らの所に、ノリシラが冷たいお茶をトレーに載せてやってきた。
「はいケンジさん、ガティ、お茶よ」
「おう、ありがとうよ」
ノリシラの分と合わせて3人分のお茶が用意されており、ガティと共に拳児も一緒にお茶を頂く。内容はほうじ茶となっているが冷製であり、やはり涼しさを感じる飲み物だった。拳児もお茶を一口美味しくいただいてから、ガティとノリシラに問いかける。
「ガティの元の村の場合、こういう少し暑い日はどうやって過ごすの?」
「あー、水浴びに行ったり氷室から氷を取り出してそれを冷房にしたり、だな。氷柱を生成できるような魔法使いも居なかったし、そんなもんだ」
「氷を生成できる魔法使いというのは、実力がある方という事ですからねぇ」
「そんなもんかぁ~」
ガティとノリシラののんびりとした返答にアイスを齧りながら拳児が頷く。シャクシャクとアイスを食べながら、拳児は次の質問を続けた。
「マルタさん一旦村帰って、またすぐ戻って来るんだっけ?」
「おう、残りの村移住組を引き連れてな。移住を拒否してる奴らはもう置いてけぼりにするのよ」
「もう軍資金は集まりましたからねぇ」
拳児の問いかけにガティとノリシラが笑みを浮かべながら答え、ガティが咥えていたアイス棒をガジッと噛んで言う。
「いやぁグレス様と知り合えて運が良いぜ、お陰でギルドの備品管理の一部委託業務を受けられたんだからな。ヘマしなけりゃ継続契約を維持できるし、冒険者ギルド様々だぜ」
「もっと時間かかると思ってましたけど、定期収入の目処が立ったのであっという間でしたねぇ」
「グレスさん様々かぁ~」
ガティとノリシラの言葉に拳児も気怠そうに応じながら答える。定期収入が入るという事は生活が安定するという事と直結なので、ガティの元いた村から早速移住を開始するという事業が始まる事になっていた。ガティの手伝いが出来る者は鍛冶屋でガティ達の手伝いを行い、他にやりたい事があれば住居は確保しておいて他の仕事をする等、村に居た頃より仕事の選択肢の幅がとても広がるのだ、村の若者達のほとんどは移住してくる予定である。
「俺もなんか、安定した収入源を手に入れられるかな」
「安定した収入源ねぇ、冒険者の他の仕事っつったら施設や人の警護や傭兵なんかになるが、故郷に帰る手段を探すんだったら場所に縛られた仕事は無理じゃねぇのか?」
「そうだよねぇ」
ガティのもっともな指摘に拳児はぐうの音も出ずにアイスをしゃぶる。今は冒険者としての実績と旅が出来る程度まで金を貯めるというのが目標となっており、併せてギルドに入ってくる情報収集などを並行して行っている状況であり、何かあれば拳児達は要塞都市フィーリアスから移動する必要がある。その為、フィーリアスで定期収入を得られるような土地に縛られるのが前提の収入源というのは中々に難しいと思った。そんな拳児の考えにノリシラが思いついた事を口にする。
「ケンジさんも、ガティに師事して刻印術を勉強して魔道具を作ってみるとか?」
「刻印術ってそんな簡単に習得できる物なの?」
「センスにも依るが、俺ぁ村のじいさんから教わって10年以上で一端のお墨付きを貰えたもんだ」
「全然簡単じゃないなぁ」
ガティの言葉にやはりそう甘くはないかと思いながら拳児は頷く。そんな彼にガティが問いかけた。
「つーかよ、なんでオメェはあの嬢ちゃん達と一緒に出かけなかったんだよ?今日は休息日なんだろ?」
「女性の買い物に何時間も付き合うのって休憩になる訳ないじゃん?」
「……まぁ、そりゃそうだな」
拳児の言葉に一瞬思考を巡らせてから頷いたガティは自身が浸けている水桶をチャプンと鳴らす。
「拳児、氷が無くなりそうだ」
「あいよぉ」
ガティの言葉に水桶に手のひらを広げてそこから氷をとぽとぽと落とす。チャプチャプ音を鳴らしながら氷が水桶を満たす様子を見て、ノリシラが楽しそうに微笑んだ。
「こういう、氷が水に落ちる音を聞くと涼しくなりますねぇ」
「あー、音で涼を感じるっていうのも確かにあるか。俺の故郷でも風鈴っていうのがあって、ほんの少しの風で鈴のようにカランカラン鳴るようになっていて、その音が暑さを和らげるなんて言われていたよ」
「ほーん、フウリンねぇ。似たようなもんはどこの世界に行っても生まれるもんなんだなぁ」
「人間が思いつく事は他の世界の人間も思いつくだろうからねぇ」
「ちげぇねぇ」
拳児の言葉にガティは納得しながら水桶を軽くかき混ぜて氷が均等になるようにして、再び足で冷を得る。そうしてから拳児に問いかけた。
「んで、明日から向かうエリアはフィーリアス坑道跡だって?」
「うん、一番スタンダードなエリアらしいし、ガティに鉱石とか土産に出来そうだしね」
「出てくるって噂の鉱石ゴーレムとガーゴイルのパーツがあったらそれを土産にしてくれや。普通の鉱石なんかは市場で買うからよ」
「ダンジョンですぐ普通の鉄鉱類は手に入るもんねぇ、モンスターのパーツの方が貴重か」
「冒険者と直接契約してない鍛冶屋には卸されない鉱物だからなぁそこら辺は」
通常の鉱物ならダンジョン化した坑道でいくらでも簡単に手に入るが、モンスターの素材となっているパーツで主に目や胴体に当たる部分には貴重な鉱石も使用されているらしく、そういった鉱石は冒険者に依頼を出している業者や鍛冶屋にしか流れてこないのが通例だ。ガティはこの街ではまだ新米の鍛冶師となっているので他所の鍛冶屋との兼ね合いで金を積んで冒険者に依頼、なんて事をすると新米の癖にと難癖を付けられる可能性があるが、冒険者自身が進んでガティの鍛冶屋に売り込むのであれば問題無いというのが実情である。なので拳児はそうして普段市場に出回らない鉱石をガティに渡して自分達も儲ける為に坑道跡を最初に攻略しようと思ったのである。
「多分普段遭遇しないような珍しいモンスターとか出てくると思うから、調達できるアイテムには期待していいよ」
「なんつぅか、そんなにあの嬢ちゃんは厄介なのか?」
「別に普通に生きていく分には普通なんだけどね。フランが危険に飛び込むとか、何か調査を開始するとか始めると途端に厄介な問題が続出するんだ。だから荒事だらけの冒険者として活動するから、色々珍しいモンスターとかに出会えると思うよ」
「数奇な運命ってものですねぇ~」
ガティの質問に拳児が涼し気な顔で答えると、ノリシラが苦笑を浮かべながら頷く。数奇な運命というのは確かに正解で、フランは非日常が具現化したような存在であると拳児は思っている。平凡な自分の一番近くに居るトラブルメーカーが、フランチェスカという女性だった。
「毎度毎度何かしら巻き込まれるけど、まさか世界を移動させられるとは思わなかったよ」
「そりゃちげぇねぇな」
既に拳児の中では異世界に転移した事がフランの所為という形で決着している事を感じながらガティは苦笑を浮かべて頷く。ある意味での信頼感なのだろうが、そんな不可思議な事すら自分の所為にされている金髪の美少女を思い浮かべて、ガティは苦笑していた。そうして三人で取り留めもない話をしていた所で、店舗となっている玄関先から声が響いてくる。
『ただいまー!』
「ただいまじゃねぇだろ、ここはお前の家じゃねぇ」
玄関先から響いてきたフランの声に思わず突っ込みながら拳児は水桶から足を出して、魔法で足の水気を吹き飛ばす。釣られてガティも足を拭いてから、縁側の廊下に立ち上がった。
「さて、じゃあそろそろ晩飯か」
「えぇ、他の人達が準備を終わらせてくれてますから、夕ご飯にしましょうか」
「フラン達もなんか買ってきてると思うから、それも出して下さいね」
「それは勿論!」
拳児とガティとノリシラ、三人で今日の夜ご飯の事をやいのやいのと話しながら、玄関先で待っているであろう女性陣達を出迎えに向かうのだった。




