78 未知の路への門出
《 アマゾネスト傭兵団 団長ルゥーチェ 》
粗びき挽き肉をばら撒いたような想像を絶する犯行現場? からアマゾネスト傭兵団が設営した臨時宿営地に戻った。森の中の現状を話すと皆が黙してしまう。
あの挽き肉の山を作ったのが巨人達とは限らない。
だが巨人達でないとしても、それはそれで別の問題を提起する事になる。
当然ながら、ここにいる者達はあの巨人の力を近くで、まざまざと見せつけられている。
つまりは、そんな巨人に匹敵する脅威が、森の中にいるかもしれないと云う事だ。
そんなヤベェ~場所から『出来るだけ早く離れた方が良い』とのルゥーチェの意見に、全員が同意し速やかに撤収の準備をして出立する事にした。
討伐の証明部位やら商会の残置物などを、各種戦利品として集める。
世知辛い世の中だが、誰が言ったか『地獄の沙汰も金次第』なのも、または変わらぬ事実だ。
当初の予定では、近道して防衛契約地に戻る心積もりであったが、あんな怪物がいる森の際やらその近辺を押し進むなど危険極まりない。そのため最寄りの主街道筋に出ることにした。ここで傭兵団を二分して、過半数以上の八割を防衛契約地に戻すことにする。
『公子について、どうするか?』と思い悩んだが、人目に付くと思わぬ災難が舞い込みそうなので、このまま防衛契約地のホームに向かっていただく事にした。
この公子殿は先の戦闘を間近で御観覧し相当の衝撃を受けたようで、精神的疲労が著しいようだ。まぁ、血臭どころか肉片迄飛んでくる距離で、震えながら御観覧あそばされたのだ、無理もない。
精神的衝撃で勃たなくなっても、それはそれで困るしな。まぁ、違う意味で甲斐甲斐しく手取り足取りと慰められてくれ。違う意味で疲労するだろうが、致し方なしと云ったところだろうさ。
本隊と別れたウチ等が一路目指すは、傭兵連合国だ。
すでに防衛契約地へと帰参する日程が迫っている。多少超過しようが誤差として許容されるが、森に『大猿と巨人』が出現している事を報せておく必要があると判断したのだ。
ついでに大量の各種討伐部位【大猿の牙など】を届ける事で、帰参日程の遅れを大目に見てもらう算段もある。まぁ、傭兵団の八割方は防衛契約地に戻しているのでお咎めは無いだろう。それどころか情報の提供として報奨金すら出るかもしれない。
それに加えて、舐めた真似をした商会の兇状も報告する事にしている。万が一にも、商会の生き残りに誣告【ぶこく/虚偽報告】なり、讒言【ざんげん/虚偽を告げて相手を陥れること】なりをされたら面倒な事になる。
それどころか予想外の揉め事に巻き込まれたり、評判が傷ついたり、心象が悪化したり、揉め事の裁定では心証も悪くなると、碌な事にならない。
そんな事を考えながら道なりに移動していると、逃げた商会員の生き残りらしき者を主街道筋で捕獲……失礼、保護した。
着の身着のままで憔悴しきった姿を晒し、血塗れのまま、あてどなくヨロヨロと歩いていたのだ。そんな様相であるにも関わらず、ウチ等を観て逃げようとしたので『緊急避難的処置』として保護・収容したのだ。
よほど恐ろしい目に合ったのだろう。怯えた目つきでこちらを見ている。
いくら街道筋とはいえ、そんな身形でうろついていては碌な事にならないだろう。
――飢えた吸血鬼が徘徊していたとして『戯れに紛れて故意に討伐』されたり、盗賊に『拐かされたり襲われたり』したら、どうするつもりなんだ?――と考えながらも、軽々に断定することはしないが、この状況から見るに、件の商会の生き残りだと確定的に推定する。
『どうやらウチの幸運の波は、まだ続いている!』と内心、大いに感激していた。
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傭兵連合国の市壁を越えるが、なにやら騒がしい雰囲気だ。
「何かあったのか?」と気には掛かるが『まずは報告だ』と思い直し、ウチを含めた四人は、傭兵組合総合庁舎に向かう。ついてきた団員たちとは既に別れている。常宿に分宿させた後は、各自で休養がてらに好きにさせる。
傭兵組合総合庁舎に着くが、相変わらずデカい庁舎だ。そんな庁舎に入っていけば、同じく相変わらず雑然とヒトがごった返している。受付を済ませて順番を待ち、別段難しい事も無く手続きを終えた。
こんな面倒事も、傭兵連合国側にとっては稀によくある事柄であり、担当者も手慣れている。淀みなく報告を受けて手続きを終えるが、それで放置という訳ではない。その報告が挙がった当日には、早くも調査隊が急派されて、現場で確認が行われる事になる。流石に実績重視、信用重視の組合だ。仕事が早い。
その調査隊も五日ほどで戻り、情報の真偽がはっきりした。ウチ等の主張の正当性が立証される結果となり、無事に報奨金も貰い受ける。
だが、大猿の討伐金は辞退する事にした。実際のところ、文字通りに一蹴したのは巨人だしな。それでも巨人という脅威の情報と不埒な商会の情報で報奨金が結構な額面で払われている。殊に不埒な商会の情報提供で支払われた原資の取り立ては、商業組合と傭兵国との折衝になるはずだ。商業組合は、かなり吹っ掛けられる事になるだろうが、渋々といった演技をしながらも支払いには応じるだろう。ここで揉めると、商業組合側は傭兵を雇えなくなり、傭兵側も雇用の機会が少なくなる。此れで互いに手打ちとなる筈だ。
誰もが痛し痒しの状況ではあったが、一番の厄札を掴んだのは商会となる。
まぁ……何にせよ、あの商会主は既に骸になってその身を野に晒している。商会の後継者がいればいたで賠償金の支払いに難儀し、商いを続けようにも信用はがた落ちだろう。なにせ納品期限を超過するどころか、納品する事すら出来ない。代替品も直ぐには用意も出来ず、結果として契約の履行すら覚束ない。しかも品物の現物はウチ等に接収され、証言者として商会員の生き残りまで押さえられている。どうやっても言い逃れ出来る状況ではない。
後継者がいなければ、強制解散となって資産は没収されることになるだろう。
もっともウチ等には、もはや無関係で無縁の事柄だがな……。
ウチ等とて調査隊が戻るまでの五日間を、ただ漫然と過ごしていた訳ではない。
傭兵連合国に着いた際の騒ぎを探っていたのだが、どうやら『準大手と称される傭兵団の一つが、支払い不能に陥った』ようだと、しきりに噂されている事を掴んだ。
まぁ、探るなんて大仰に言ったが実際の所、酒場なりに行けばその話題も酒のツマミの一つとして持ち切りで、探るまでも無いことだ。
――「おお、怖いねェ~~。死線を幾度と潜り抜けた実績ある傭兵団すらも、支払いに窮すれば、呆気なく潰える。飯も装備も金次第、地獄の沙汰も金次第。金の切れ目が縁の切れ目ェ~~ってか?」――そんな声があちこちで挙がっているのだ。
もっとも酒のツマミも一つではないようで、その他にも「船が堕ちた」だの、「人を抱いて空を飛ぶ怪人」だの、「地域の情勢」がどうだの、「誰それがスゲェ~~」だの、「教会同士の対立」がなんだの、「常闇の街がどうしたこうした」とか、「新しい商会が進出」だの、「あの戯曲は、あーだこ~だ」の、雑多な話で賑やかなのだ。
しかし、まぁ……なんだ……「人を抱いて空を飛ぶ怪人」と云うのも判るような判らないような表現だが、「船が堕ちた」というのは全く理解できん。 随分と酔っているとしか云い様が無い。 「船は沈む」のであって「堕ちる」と云うのは語弊があると思うんだが、まあ、それとてウチ等には無縁の事柄か。
初日で大体の事は判ったが、また日を改めて来ることにする。
複数の情報源から複数回に渡り情報を手繰るのは、情報分析と管理の初歩だからな。
決して酒と飯を好んでいるわけではない。あくまで情報収集のついでに飲食しているに過ぎない。因みにウチは酒は飲んではいない。ウチは酒は嗜む程度であって好んで飲もうとは思わないからだ。もっともウチの御伴の者達は、飲んではいるがほろ酔い程度に留める自制心はある。
ただ酒場に入って、何も注文しないというのは不自然極まる話だからな……。次回に来た際は、あれとあれとあれを頼むとするか……、実に美味そうだったな……。
そんなこんなで、一応の情報収集は早くも終わりを迎えた。
腹も満ちたその足で、ウチらの傭兵団事務所に顔を出す。
ここにはライラの妹のレイラがいる。ウチ等の金庫番と交渉代理人の役を任せているのだ。
ウチも月に一度くらいの頻度で『お仕事などの打ち合わせ』で事務所に顔を出したり、報告の書簡を往来させたりしているが、今回は此方に来たついでに貌を出す事にしたのだ。
何の変哲もない店構え? ではあるがかなり大きな店舗の外観に、自閉式の扉が付いている。また扉の上には『アマゾネスト統括事務所/アマゾネスト傭兵団』と書かれた看板が掲げられている。
そして扉の横には立て看板が置かれ『よろずお悩み事、各種相談承ります。代書からお買い物代行、傭兵の派遣まで、なんでもお気軽にご相談ください! あなたの笑顔が私達の誇りです』との口上が書かれていた。
『……うん? こんな立て看板……、前に来た時にあったか?』
疑問符を舞い踊らせながら、スイングドアを押し開いて事務所の中に入っていく。
背が高く、目つきの鋭い女が此方に視線を流しながら立ち上がり「いらっしゃいませ。ご用件をお受け致します」と口角を僅かに上げて述べるのだが……、なんというか『とりあえず教えられた通りに、言ってみた』的な語調というか……。
もうちょっとこう『柔和に、にこやかに』言えないものなのだろうか?
確かに、ウチ等は帯剣しているので、警戒する気持ちも理解は出来る。
だがだ、いくら傭兵団事務所とはいえ『組織犯罪の巣窟ですが、一応の偽装はしてますよ?』的な殺伐とした感じじゃ、街衆のみならず新規のお客様にさえ怯えられて、第一印象が悪くなってしまう。
立て看板の『よろずお悩み事、相談承ります』ってのは『敵対組織への討ち入りの御相談ですか?』と勘繰られしまうぞ……。
それにしてもこの目つきの鋭い女、なかなかに良い技量を持っているようだ。その腕前を活かすのは受付嬢ではないと思うのだがな……。
なにか意図があるのだろうか? それならそれで、もっと愛想良くしても良いような……。
いや別に、フリル付きのひらひらスカートや極端なまでに短いスカート姿で、応対・応接してくれとは言わないが……。
もうちょっとこう……な。今のままじゃ、お客様を笑顔で快くお迎えすると云うよりも、肉食獣が浮かべてそうな『初心【うぶ】で旨そうな獲物が来たぜェエエ』的な嗤いに感じられてしまう。
ほら、巷じゃよく言うだろ。『嗤いながら近づく奴には気を付けろ!』とな。
珍奇でありながらも新たなる接客術に衝撃を受けたが、すぐに立ち直り要件を伝えていくルゥーチェ。
「レイラはいるか?」
「ご用件をお伺い致します」
「面会だ」
「ご予約はおありでしょうか? それと内容をお伺いしても?」
至極もっともな質問ではあるのだが……、『お名前をお伺い致します』という定型句が無い。新人で慣れていないのか、受付の代理で座っていたのかと、当たりを付けるルゥーチェ。
だが、そんなルゥーチェをよそに、何故か殺伐とした雰囲気が立ち込めている。
もしかして……、いや、もしかしなくても、ウチ等のことを『殺し屋』とでも、誤認しているのか?
其れならば、この剣呑さも理解は出来る。
だが『殺し屋』がこんな白昼堂々と、正面の扉から入って来る訳ないだろうに……。
もっとも『殺し屋』が来るなり『討ち入り』があるかもと想定しているのならば、いま少し警備なりを増やした方が良いだろうな。
いくら腕が立つとは言え、多勢に無勢なのは歴然とした事実だ。
そういう中途半端な腕自慢が、戦場で斃れていくのを幾度となく観ている。
それとて突き抜けた腕前に至れば、また話は別だがな。
ま、何事にも例外はあると云うもんだ。
それでウチの前にいる『目つきの鋭い女』なのだが、ん~『よく見かける腕の良い武人』ってところか?
『突き抜けてはいない』のが、なんとなく理解できる。
はてさて、『この単純ではあるが、複雑でもあるこの状況をどう切り抜けるべきか?』 と思案していたところ、最奥の扉の向こうから話し声が聞こえた。
そして奥の扉が開きレイラが複数の客人を連れ立って現れた。おそらくは客人のお見送りをするためだろう。そんなお客人達の身形はかなり良い。上客のようだね。
レイラも笑みを浮かべているところから、商談も巧くまとまったようで何よりだ。
そんなレイラが何気なく此方に貌を向けた瞬間、状況が理解できずに凍り付くが、直ぐに『微笑』という仮面を着け直して客人との応対を続行している。
『流石だ』と敢えて言おう。
普通ならば玄関口兼待合室で剣呑な雰囲気で対峙している者がいれば、動転するはずだからな。それにも関わらず、如何にも『稀によくある光景だ』とでも云うかのように、平静を装ったのは『流石だ』と断言できる。
だが、感心ばかりもしてはいられない。なにせ状況は何ら好転などしていないのだから。
レイラは一瞬、此方に視線を流して無言で問い質してくるが、その眼の奥には『???』が乱舞している。
大丈夫だぞ、レイラ。ウチもなんでこんな面妖な状況になっているのか、いまいち理解できないからな!
だがこの起点を逃すほど、ウチとて愚鈍ではない。
この好機を起点とする機転くらいは、ウチにだってあるぜ!
「レイラ、調子はどうだ?」
「ん? あら、ルゥーチェ団長ではないですか、どうしましたか? 予定の日より早いようですが?」
さァッ、皆の者! 傾聴せよ、此の白々しい会話を!
僅か二言の会話に込められたこの情報量の多さに刮目せよ!
『レイラ、調子はどうだ?』と親し気に呼び習わす事で、ウチは関係者ですよと知らしめる。
『ルゥーチェ団長』と呼び習わす事で、傭兵団の団長であると何気なく知らしめる。しかも客人の前で敬語を用いる事で、レイラの上役であり、かつ統制が取れている事を言外に匂わせる。
それと共に、ウチの前にいる女武人殿にも『貴女の雇い主ですよ』と教えているのだ。
素晴らしい、実に素晴らしいぞ! 正に完璧だ!
良し、ウチの前にいる女も眼を白黒させているッ!
安堵したぞ、この瞬間のやり取りで状況を理解できる事理弁識能力がある事に!
ならばこのまま押し通してしまおう。
「応さ、ちと傭兵組合庁舎に野暮な用件があってな。ここには、その帰りに寄ったんだわ」
「ふ~ん? 面倒事?」
「あ、いや、もう終わったけどな。其れは夜に飯でも食いながら話すわ。それで、そちらの皆様は御客人かな?」
「あ、そうです。失礼致しました、ご紹介させていただきます。此方、当傭兵団の団長であるルゥーチェでございます」
「アマゾネスト傭兵団団長のルゥーチェでございます。貴顕なる皆様にお目通り叶う事、偏に武神の恩寵の賜物でありましょう。かかる縁に感謝を捧げると共に、この邂逅が良き交わりとなる事を望みます。
重ねて数多【あまた】ある縁の中で、この度は我らアマゾネスト傭兵団にお声掛けを戴きまして篤く御礼申し上げます。詳しくお話をお聞かせ願いたいのですが、我らも今しがた当地に着いたばかりでございます。戦塵・旅塵に塗れておりますれば、貴顕なる皆様の御前に座すことは憚れることと存じます。日程の都合次第でありましょうが、宜しければ日を改めてお話をお伺い致したく思います。その間の宿などの費えは当傭兵団にて賄わせてさせていただきますが、如何でございましょうか?」
「おお、貴殿が団長でありましたか! これは話が早い! では早速にと言いたいところなれど、確かに長旅でお疲れのご様子。ここは御言葉を入れて日を改めましょう。おっと、此れは失礼をば。逸る気持ちを抑えられませんでした。改めまして名乗らせていただきます、我らは――」
《 アマゾネスト傭兵団 新人傭兵 》
滞りなく双方の自己紹介も済んで、淡々と粛々と交渉が進められていくのを唯々俺は眺めている。
俺と対峙していた女【ルゥーチェ】は、恐らくは貴族の使いである者に対しても泰然自若とした振る舞いで、応対している。
傭兵団という荒事を行う組織を率いる者は、えてして粗野で野卑た人物が多いとの評が定まっている。全てが全て粗野で野卑た人物とまでは言わないが、大体はそうだといえる。俺が見て来た者達もそうだった。表面的に礼節を重んじる者もいるにはいたが、そういう奴等は詐欺師か、道化か、自惚れた馬鹿なお貴族様の道楽傭兵団である事が多かった。
実力を伴い、礼節をも弁える。加えて野望まで持ち合わせて、大願を成就させるために準備までしている者までとなると、十指で事足りる。その一つがこのアマゾネスト傭兵団だ。そんな傭兵団の長というからには、それなりの人物だろうと考えていたが、いま見【まみ】えて確信した。想像以上だ。想定は完全に外れたと言って良い。
『時と状況によって礼節を弁え、言葉遣いを使い分ける』というのは、言うは易いが行うのは存外に難しいのだ。
なにせその状況を認識する洞察力と、使い分けるだけの語彙力、そしてその語彙を使いこなす頭が必要になる。
こういう事は自然には身に着かない。意識して修得する事柄だからだ。
唯々、日々を無為に過ごす奴と、意識して有意義に過ごす者。更に有為であれば、財と時間と労を厭わない者とでは、その結果に歴然とした差が出るのは当然だろう。
こう考えると、このルゥーチェ団長の背は『遥か遠くにあり、そして高い』といえる。
高いと云えば、俺も女にしては背が高いとよく言われるが、そんな俺と同じくらいに背が高い。
思わず親近感を感じてしまうが、そんな俺をルゥーチェ団長の御伴の者らが、壁際に呼びよせて、何故ルゥーチェ団長が来訪してきたのかを説明してくれた。
ルゥーチェ団長と一緒に入って来たんだから、そういう説明は早くしてくれ……。
というか、判っているのなら止めてくれ……。
『面白そう』だから、放っておいたとか……。
そういうのは心の内に留めて慎んでくれ。頼むから実行しないでくれ……。
くそ……道理【どうり】で、ニヤニヤしていたはずだ……。
そんな感慨と共に、俺の心に隙間風が吹き荒れ、軋んだ音を奏でている。
心の軋みは折り重なり、心の叫びとなって俺の心を撃つ。
『俺の心の叫びが、俺の心を撃つ』のだ。正直、何を言ってるのか判らねェと思うが、俺も何を言っているのか、自分で言ってても意味がわからん。
これは、いかんな……。俺の心と頭には、錯乱の風が吹き荒れているようだ……。 だが一つだけ確固とした思いが沸き起こった。
『や、やべェェエエよッ! この方があのルゥーチェ団長だとッ?! てっきり遠国の地に現れたという『鳥の仮面を被った酔狂な出立ちの殺し屋』に感化された意気った阿呆が、討ち入りに来たか、自分を売り込みに来たのかと思っちまったッ! というか、あのまま戦【や】りあっていたら、早速にクビになっていた!? いや、それどころか俺のクビが飛んでいた?!』
そんな悶々とした想いで身も心も震えていたが、御客人と団長の話し合いも終わり、出口の外でレイラ総経理長と団長がお見送りをしていた。
客人の姿が遠のく中で、俺も外に出て不手際を謝罪しようとしたところに、本来の受付が、用事から戻って来た。俺が動揺しているのを即座に把握したようだ。
新入りの俺が、研修として待合室の警備に就いてまだ日が浅いが、此の受付は人物を見る目は確かなようで、的確に来客を捌いていた。
そんな受付が、本日に来訪予約されていた貴人の関係者であろう客を通した後、玄関口に『来客中につき、一時応対できません』の札を俺に掛けさせて、所用をこなすと言い残して短時間とは言え離席したのだった。
貴人の関係者と歓談中に、他の客人を通すわけにはいかない。加えて事案の内容を漏洩させる訳にも行かないのは当然である。だからこその『来客中につき、一時応対できません』の札なのだ。
逆に言えば、それだけ慮られるほどの権勢を誇る家門からの客人である証左でもある。
つまりは、真面な判断力を持つ者ならば、面倒事に巻き込まれるのを避けるために、この札が掛かっていたら出直すのが普通だろう。
それにも関わらずルゥーチェ団長が、威風堂々と入ってきたのだ。
確かに、ルゥーチェ団長の立場から観れば『自分の傭兵団事務所を訪れるのに、何を憚る事があるのか?』と考えるのは、当然といえば当然だ。
ただ、あまりにも威風堂々とした立ち居振る舞いに、一廉の者と判る所作、武装までしているその姿を観れば、誰だって特上の『討ち入り』か『殺し屋』だと思うはず。ならば『名を問う』よりも『まずは制圧を!』と考えるのは、むしろ必然なはず!
だって、そうだろう? どこの世に『討ち入りを謀る者』や『殺し屋』の名を問い質す間抜けな警備がいるか? そんな間抜けな警備なぞ、いる訳が無い!
しかもだ、先程小耳に挟んだ『予定の日より早いようですが?』というレイラ総経理長の言葉からして、団長の訪問は受付の者も聞き及んではいない事になる。
俺が警戒の念を抱き、備えたのは『不可抗力で、是非も無く致し方なし!』であるハズだし、そうあるべきだ! そうじゃないと俺が大いに困る!
いま一度言うが、受付として『新入りに一時的とは云え、場を任せて離席していた』のは事実である事を強調したい。
もっとも、ほんの僅かな時間の離席とはいえ、これほどまでに奇々怪々な状況になる等、俺も受付嬢も真に想定外ではあったのだが……。
先程も述べたが此の受付は人物を見る目は確かだからこそ、所用が済んで戻って来るなり、奇々怪々な状況である事を把握したのだ。
そして直ぐに『拙い!』と考え、俺に文句を投げつける振りをしながら、助け舟を出してくれた。
「ちょっとッ?! 来客中の掛け札が扉に掛かって無いわよ! 一体どうしたの?!」
「え? 掛けてあるはずだけど?」
「……ないわよ。もう、また持っていかれちゃったの?! やっぱり、掛けるんじゃなくて差し込み式にしないとダメね……。レイラ総経理長と団長もいるようだし、ちょうど良いわ。予算の割り当て申請をしましょう」
素晴らしい、実に素晴らしいぞ! 正に完璧だ!
さァッ! 傾聴し刮目してください、此の迫真の会話を!
僅か三言の会話に込められた情報量から、俺の状況を汲んでください!
『来客中の掛け札が掛かって無いわよ!』からは、本来は掛かっているという事を。
『掛けてあるはずだけど?』からは、俺は間違いなく掛けたという事実を。
『また持っていかれちゃったの?!』からは、日常的に結構な頻度で持っていかれてしまう事を。そして、それは掻っ払っていった奴の責任であるという事を。
『やっぱり、掛けるんじゃなくて差し込み式にしないとダメね』からは幾度か、提案している事を。
そして、なによりも今回に事案は『誰の責任でもない事』を。
これら諸般の事情を、是非に汲んでください。
俺のクビが、賭かっているのです。
ここを追い出されたら、俺は匪賊になるしかない……かもしれない……。
あんな輩の真似事をする事なぞ、御免被るぞ!
確かめもせずに軽率な行動に至ってしまった俺は、忸怩たる思いを抱くが、そんな俺をよそに、レイラ総経理長とルゥーチェ団長は奥の部屋に消えていった。
俺の処遇についての話し合いもあるのだろうな……。
あれだけ『戦働きで身を立てるんだ!』と意気って、村を飛び出して幾年だろうか……。
停滞しているのが当たり前で、村に漂う諦めた様な淀んだあの空気感が性に合わなかった。
それからというもの、いくつかの傭兵団や冒険者の隊に属したが、どれもこれもイマイチか、胸糞悪い行状を平然と行うのが多い。
兇状を止めに入れば制裁されて、クビだ。悪い時には襲われそうにもなる。
女の身で傭兵やら冒険者やらをやっていると、夜の相手も出来ると勝手に錯覚してくる輩が多い。もっともその全てを返り討ちにして来たが、それとていつかは限界が出てくる。
お仲間からの夜の襲撃に警戒するあまり、十分に休養が取れなければ、戦働きで後れを取る事にもなる。
加えて『お仲間を返り討ち』にしすぎて、融通の利かない規律を乱す女と讒言【ざんげん/虚偽を告げて陥れること】されてしまい、団を離脱して別の団なりに新規入隊をしようにも、支障が出始めたのだ。
女が多い冒険者の隊にも所属していたが、婚姻やら嫉妬やらで解団に成ったり、瓦解したり、入れ替えで戦力構成が崩れたりと結構忙しい。
結果、次第と単独での任務なりが多くなるが、単独では手が回らなくなる事も多い。
不手際が重なれば実績が上がらず、信用と信頼にも陰が差す。
ここまで来ると悪循環になり始めるのは歴然だろう。後はお決まりの道程だ。
あれよあれよという間に困窮し、途方に暮れて道に蹲っていた時に声を掛けてきたのが、幸運にもレイラ総経理長だった。
『飯を食わせてやる』との一言に、『何てお人好しなんだ』と思ったが、背に腹は代えられない。実際二日ほど口にしていないので、ご相伴に与る事にしたのだ。
一飯の対価に、何か『曰く付きの荒事』でもやらされるのかと思い悩んでいたが、仮雇いで警備に就く事になった。
どうも最近物騒な奴等がいる様で、腕の立つ人員を探していたところに、俺を見かけたようだった。幸運の一言だろう。
武神の恩寵と此の交わりに深く感謝を。
そして一宿一飯【いっしゅくいっぱん】の恩義には、必ず報いる所存。
因みに初日の警備場所は孤児院で、そこで警備に五日ほど就いて手順を学んだのだ。次に配属されたのが、この本部事務所であり、ここの警備に就いて四日目の今日でこの失態を演じてしまった。 幸運なのか不運なのか、イマイチ判別できない。
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最奥の部屋に入り、長椅子にドカッと身を投げ出すように腰掛けるルゥーチェ。
そんな光景は見慣れているのか、不作法な仕草に眉一つ動かさず手近にあった水差しから、冷水を注いでルゥーチェに差し出すレイラ。
その淀みのない一連の流れに、いかにも繰り返されている日常という態が醸し出されていた。
「さてと、レイラ。早速で悪いんだが、帳簿を出してくれ」
出された冷水を飲みながら、簡潔に指示を出していく。
「はい? 帳簿? まぁ、いいけど」
後ろの棚から帳簿を出してくるが、序でに各種の支払い台帳やら備品購入一覧やら依頼の請負契約書も一緒に出てくる。
あれよあれよという間に、机には書類やらの巻物が、わんさかと積まれていく。
レイラのその動きには、一切の躊躇というものが無い。そんなレイラをみてルゥーチェは笑みを浮かべていた。
「? な、なによ。ニマニマして?」
「いや、『流石だな』と思ってな。後ろめたい事や疚【やま】しい事があるなら、躊躇う仕草なりがあるもんだが、一切の躊躇が無い」
「当たり前でしょ、そのために私がいるんだから。それにルゥーチェの大望に賭けたんだから、私だって懐を肥やす暇なんてないのよ」
「くゥ~、レイラお前、やっぱ佳い女だなァ~~」
「当たり前でしょ、何をいまさら褒めてるのよ? 何かあったの?」
「そうだ、何かあった。……レイラ、いよいよ始めるぞ。その為に現有資産を確認したいんだ」
「……そう。始まるのね」
「そうだ、此れから幾人もの同志達を見送る事になる。だが、やらねばならない」
「わかってる。準備は始めていたけど、より一層注力するわね」
「応よ、『伸るか反るか』の二者択一だ。真ん中は無いものと考えてくれ」
「大丈夫よ。たとえ『しくじった』とて、この魅力的な躰が屍晒すだけだもの。それにあの阿呆面に吠え面かかせれば、それだけで私達の勝ちとも言えるわ」
「そんな魅力的なレイラ様の『慎ましくも、細やかなお楽しみである美食』を叶えるために今日は奢ってやんよ。堪能してくれ。ところで玄関口にいたあの『目つきの鋭い女』な、新人だろ? ウチの隊に配置転換だ。警戒心があるのは良いが、あの目つきじゃ、受付嬢は不適だろう」
「受付嬢はちゃんといるわよ? 所用で席を外していたようだけど……」
「受付は一名じゃなく二名にしておけ。あと護衛も二名だ」
「了~解」
恙無く帳簿の確認と指示伝達、各種報告も終わり、残すところは受付の離席理由と『目つきの鋭い新人』の処遇に移った。
まず手始めに、事の発端たる受付の離席理由を聞けば、何の事はない『花摘み【用を足しに厠に行く事】』であった。どうもここ数日気分が優れないとの事である。懐妊でもしたか、食あたりにでもなったのか……、どちらにせよ単独での受付は止める事になる。
さて、次は『目つきの鋭い新人』だが、これはレイラ総経理長の独断で雇ったようだ。零落【おちぶ】れて飢えていたようだが、『落草して盗賊に成り果て堕ちるくらいならば、自決を選ぶ!』と言い出しそうな眼をしていたので雇い入れたようだ。
今般のこのご時世で、易きに流れる輩が多い中、そんな気概を未だに抱く者がいるとはな。実に大したものだ。
ふッ……。試してみるか……。
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奥の部屋から出てくるなり俺を見て『お前の入団は受け入れるが、序でに腕前を見させてもらう。ついてこい』との言葉を受けて、いま訓練場に来ているのだが……。
すでに幾度も刃を切り結んだのだが、俺の振るう剣は容易に受け止められ、受け流され、躱される。
その一つ一つの動きで、俺を推し量っているのが判るのだ。
俺と団長では、地力に差があるのは判ってはいた。
それでもルゥーチェ団長相手とはいえ、そこそこは戦れると思っていたし、『俺の剣技や戦技だって、そこまで浅くはないはずだ!』と考えていた。
だが、全く届かない。
それが焦りを生み出したのか、余計な力を込めた一振りを躱された挙句、足を払われた。
体勢が一気に崩れるが、この場で踏み止まろうとはせずに、体勢が崩れた余勢をそのまま用いて身を投げ出す。距離を取るため、受け身を取りつつ転がり、追撃を断つために剣を横に振るいながら直ぐに起き上がった。
仕切り直しだ! そう意気込みながら構えを取り直し、ルゥーチェ団長を視界に捉えるべく視線を向けた。
「グッ?!」
「どうした?」
ルゥーチェ団長と対峙した瞬間に、無意識に身が固くなる。
先ほどまでとは違う何かに、気圧【けお】されたのだ。
実力に歴然とした埋めがたい差がある事は、判ってはいた。
判っていて猶のこと、ルゥーチェ団長と対峙するとその威圧? に無意識に身構えてしまう。
身構えるだけならまだ良いが、同時に身が固くなり動かなくなるのだ。
『バジリスクに睨まれて、石になる』ってやつか……。
俺はまだ運よくバジリスクには遭遇したことは無いが、似たようなモノだろ。
なにせ、動けないんだから……。
「ふむ、……これならどうだ?」
威圧が霧散し、雰囲気が凪ぐ。だが、逆にそれが恐ろしい……。
当然だろう。先ほどまでは、動けないほどの『滝の水に圧し潰される』かのような威圧が向けられていたのに、今では花畑に佇んでいるように凪いでいるのだ。
この落差が、逆に異常な雰囲気を醸し出している。
なんと言えばいいんだ?
喩えが正しいかはわからんが『大蛇の大きく開いた口を洞窟だと思って、のこのこと入っていく』って感じか? なんか違うな……。
だが、一つだけ確実に判る事がある。
これは『ヤバいッ!』ってことだ!
緊張感が最大限に膨れ上がり、興奮から瞳孔が開き、息が浅く早くなる。
そして僅かに膝を折り、即座に如何なる変化にも対応するべく態勢を無意識に整える。 此処で気後れすれば、喰われるッ!
「お前、面白いな……。此れを『ヤバい!』と判断できる奴は少ないぞ。普通なら手を抜かれたと考えて憤激するのが多いからな……。(しかも手を抜かれた自分に対して憤激するならまだしも、手を抜いたとウチに対して激昂するのもいるからな。見当違いもいいところだが、まぁ、いい。そいつらに比して、こいつは見所がある。合格だ) よし、今回は、ここ迄にするか」
ルゥーチェ団長が剣を納めると、俺は崩れるように両手と両膝を地に着け、肩を大きく揺らして息をしていた。
ここ迄の差があるってのか……。
「団長の背は、遥かに遠くそして高い。いまはその陰すら見えず、か……」
思わず呟いた一言だったが、近くに寄っていたルゥーチェ団長の耳に届いたようだ。
「確かに、お前は今まで生き残ってきた。其れ自体は刮目に値する。
だからと言って、それでお前が強いという事にはならない。それは相手が弱かったのだ。だからお前は生き残った。それを『自分は常勝不敗だ』などと勘違いするなよ」
「……」
心を見透かされたような一言が、俺の胸に深く突き刺さる。
正直思っていたのだ、『俺って強くね? 常勝不敗の英雄て俺の事じゃね?』とな……。
いまにして思えば、つくづく『馬鹿』だと思うよ……。
まさに『井の中の蛙、大海を知らず』ってやつだ。
此れじゃ道化だ、しかも笑えない蛙の道化。
だけどな、いま『井の中の蛙は、大海を知り、蒼天の深みと天の高さを知った』のだ。 俺も観れるだろうか、大きく成れるだろうか……。
「偶然の勝ちはあるが、偶然の敗けはない。あるのは必然の敗けだけだ。
それから今迄の狭く薄い常識なぞ無意味だ、さっさと捨てろ。
常勝不敗? 子供相手に意気って、何をどうするつもりだ? 」
「難しい事はわかんねェが、ルゥーチェ団長の見ている景色ってのを俺も観たいし、成りたい。だが……俺に、その才能があるだろうか?」
「才能? その有無は最後までやり切った者だけが、最後に言える重い言葉だ。まだ何もやってもいない者が、軽々に口にしてよい言葉ではない。お前にその才があるかはわからんが、ウチが最後までやり切れるかもしれない方法を教える。合わなければ違う方法を探してもやる。それを『やるか、やらないか』は、お前次第だ」
「なぜ、そこまで……」
一言一言の意味が深えェが、その懐もまた深えェ……。
「ウチには大望がある。その大願を成就させるため、お前を利用する。お前もウチを利用しろ。ここで留まるならば要らん。進むのならば要る。いま決めろ」
「……」
「ウチがお前になれないように、お前がウチにはなれない。そもそも全く同じでは意味がない。ウチが二人いれば大体の事は出来るだろうが、同じ局面で躓く事にもなるからな。 違いがあるからこそ、同じ道を歩むことも出来る。同じ道を歩んで苦難にあえばウチがお前を援けるし、お前がウチを援けろ。それが『誓約の絆』だ」
「強えェ……」
武人としての格が、ここまで違うって云うのかよ……。
それに、何といっても『器』がデケェ……。
「そうだ、ウチはそこそこ強いぞ。(だが、そんなウチを観るお前の眼の奥底に宿るモノは何だ? 恐怖か、絶望か、嫉妬か。羨望でもないな?)」
「だが……いつか、俺も為れるはずだ」
「……ふふ、佳いな。(なるほど、その眼に宿るは『確信』か)
面白い、実に面白いぞ。そうだ、ウチも『そこ』から始めた。
お前はやはり『佳い眼』をしているな。
気に入ったぞ、ウチと共に来い」
「……」
ゴクリを思わず喉がなる。たった一言に込められたこの威厳。
ヤベェよ……、さすがは当代でも百傑に名が上がるほどの武人だ。
「俺は成る。ついて征くぜ、姉御!」
「いいだろう、歓迎しよう。『同志』よ。
ついでにウチが鍛えてやる。この狂って歪んだ世に、お前の爪痕を残せるかはお前次第だ。ウチの期待を裏切るなよ」
そんな言葉と共に口角が上がり、怜悧な眼光と共に整った顔に嗤いがへばり付いた。整った顔立ちだけに余計に凄みが増している。
「……」
無言の凄みが感じられ、ゴクリを思わず喉が鳴る。
こ、この人は本気だ。マジでヤベェよ、本物の傑物だ。眼を見ればわかる。
『目は口ほどにモノを云う』とは正にこの事だと実感した。
それはそうと、あの……姉御。俺が姉御にガン飛ばした【鋭く睨みつける】事を、実は大変に怒ってやがってらっしゃる……のでありまするのでしょうか?
余りの凄みに当てられて、俺の語調と精神は混乱気味だ。
それに、鍛えてくれるのは正直ありがてェが……、これって……実は『鍛錬という美名で装った処刑』なんじゃないのか……。
ヤ、ヤベェよ……、俺、死ぬんじゃないか?!
し、信じているぜ?! 姉御!
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